アレルギーと分かるまで

 

【うまれたときのこと】

ゆうのことを話そうと思ったらまず出産のときからはじめなければいけないと思います。

ゆうは実は病院で生まれていません。かあさんのお産の進行が早すぎて間に合いませんでした。
救急車を呼んだけどそれも間に合わず、陣痛を感じてからたった20分もしないうちに
しかも救急車に向かうストレッチャーの上で生まれました。つまり屋外です。
生まれたときほとんど泣きませんでした。実はもうそのときトラブルを抱えていたのかもしれません。
それでも救急車の中でふえふえと弱々しくですが頑張って生きようと泣いていました。

病院へ無事到着して半日もしないうちにかあさんは小児科の先生に呼ばれました。
あまりに元気がないので血液検査をしたら炎症反応を起こしており、状態が落ち着くまではしばらく保育器に入っていなければ
いけないと言われました。どこかで細菌に感染したのでしょう。かわいそうにゆうは生後1日目から保育器に入って
頭に注射針を刺されてずっと点滴を受けることになったのです。

かあさんは里帰り出産していたのですが、そのことをとうさんに言うと、翌日にはすっ飛んできました。
そしてもう一度小児科の先生に話を聞いて「今後影響が出ることはほとんどありません」とは
言われたものの、不安を抱えながら帰っていきました。
状態が落ち着いてきたのは3日目になってからです。保育器から出ることができたのは普通より1日のばした退院の前日でした。

【しっしんがひどくなる】

退院してからは普通に過ごしていましたが、生後1ヶ月の検診の時にはすでに湿疹が頭や顔に出てきていました。
でもみんなこれは赤ちゃんによくある乳児湿疹だと思い、小児科や皮膚科で薬をもらってきて塗っていました。
(それより当時はゆうの肺動脈が普通より細い、と言われそちらが心配でした。今は治っているようです)

だんだんゆうの湿疹が普通と違う、と気づいたのは3ヶ月頃になってからです。
そのころには顔や頭だけではなく、体にまで広がっており、特に耳はかゆがってかきむしるものですから
じゅくじゅくと汁が出るようになっていました。
皮膚科で塗り薬をもらっても効くのはそのときだけで使用をやめたとたんまた湿疹があらわれる。
その当時弱いステロイド剤(レダコード)、顔にはステロイドを使えませんのでアンダームを使っていました。
ステロイド剤は怖いもの、と当時思いこんでいた私はその薬も使ったり使わなかったり。
今考えたらそういう使い方が一番危ないような気がします。

皮膚科でも湿疹がいつまでも続くので多分アトピーでしょう、と言われていましたが、
6ヶ月を過ぎた頃、とうとう「日赤の小児科を紹介しますから検査を受けてきて下さい」と紹介状を渡され、
(そこの皮膚科では0才児にはアレルギー検査をしていなかったのです。)
それを持って日赤で検査を受けたところ、卵と牛乳にアレルギーがあると分かりました。

日赤の小児科では治療の中心は完全除去でしたので、
その日からかあさんとゆうは牛・鶏関連の食材は摂取禁止になったのです。
普段の湿疹の治療はそれまで通り皮膚科ですることになりました。


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