ウルフウッドは、疲れた色を落としているヴァッシュの横顔をじっと見つめた。
 新たに刻まれた、まだ赤い跡。
 砂漠の旅人が水を求めるように。
 陳腐な言い回しだが、本当に、そんな風に彼が欲しかった。
 その体温を、声を、涙を。
 あまねく汲み尽くし、己の体に流しこみたかった。
 例え言葉の上だけだとしても、だめだと言われて、それでも止められなかった。
 じらして、じらして。
 己の欲望など、反って簡単な物に思える位に。
 ふらつく足取りのヴァッシュを半ば抱えるようにして、寝室へと連れて行く。
 その間すら、触れた肌が愛しくて、ゆるやかに撫でさする。
 少し睨まれて、お返しに瞼にキスを落とした。
 その視線ひとつすら、自分に向けられている事が嬉しい。
 掴まれているシャツのその指先も。
 ベッドに沈み込み、彼の右手と自分の左手を、しっ かりと絡めてつなぐ。
 甲の傷跡が、中指の先に少し触れる。感触が違うから見なくてもわかる。それをなぞって。
 先程に少し濡れてしまった下着を右手で取り払ってしまい、残滓を自分のシャツで拭き取った。
 それにぴくりと反応して、何かいいたげな視線を寄越す。
 でも今は、そんな事どうでもよくて。
 隠される所の少ない上着一枚の、彼の事の方が大切。
 膝を割って、擦り付けて、たかまっている熱を伝えて。
 戸惑ったような、困ったような表情も味わって。
 それからもう一度深く口付ける。シャツの上からその体温が手のひらに移るぐらいにゆっくり、
右手でその隆起を確かめる。
 傷跡や、肢体に埋め込まれた金具や、筋肉の動き、血流。
 絡まって答えている舌が、時折逃げるような仕草をする箇所は特に緩やかに。繰り返し。
 そうやっていると、ちょうど触れ合っている下肢から、じわり、と彼の熱も上がってくるのがわかる。
 もどかしげに腰を挟みこまれ、唇を離した。
 混ざり合って、零れた唾液をなめ取ると、ヴァッシュは一度閉じた唇をうすく開いた。
 言葉を紡ぐかと思われたそれは、震えるような吐息を漏らしただけで、声にはならない。
 なぜだか酷くあおられているようで、いつものような余裕の表情がない。
 それがまた嬉しくもあり。
 シャツをたくしあげて、今度は直にふれる。
 ウルフウッドは傷だらけであっても、そのやわらかい腹部が好きだった。
 もちろん成人男子として恥ずかしくない筋肉がついてはいるのだけれど、弛緩した今は浅い彼の
息に伴って隆起する。
 内臓に、すぐ届くところ。弱い部分をひらいていく。
 手のひらは左脇を通って、首筋へと登り、かわりに唇は右肩から続く傷跡を辿って。
 耳をあてると、彼の生きている音がする。
 海鳴りに似た。
 知らず微笑んで、左手を一度きつく握り締めてから、腰に回して抱き締め、腹部の窪みにそっと舌をはわす。
 甘い声が上がる。ウルフウッドの胸にふれているヴァッシュのものも、それに呼応するように熱を主張する。 
 いじわるをするように胸でやわらかく押すと、びくりと体が跳ねた。
 窪みの右下をきつく吸い上げる。痛みがまさったのか、少しばかり乱暴な仕草で頭に手が添えられた。
 指先でシーツをかいくぐり、跡の残る項から背骨をすうっとなぞり下ろすと、動きに合わすように反りかえる。
 頭をあげて、もう一度その綺麗な動きを確かめる。
 放られている中心の熱に、ヴァッシュは我慢ができないのか、潤んだ瞳をうらめしげにむけた。
 もう、ちょっと、まってや。
  直接に快楽を与えるのは簡単なのだけれど。  
 むずがる子供をあやすように、胸で何度か擦り、名残惜しげにやわらかいキスを臍に落とした。
 腰骨に両手を添えて、足のつけ根の方から親指をきつく擦り上げる。
 狙ったわけではなかったのだが、すでに張り詰めたヴァッシュの先端に、ちょうど吐息がかかり、嬌声が漏れる。
 ウルフウッドはその声にちょっと驚いてしまって、何度か瞬きをしたが、すでに早鐘のような鼓動がまた少し早まっ
たくらいで。
 かんにんな、の気持ちをこめて、やさしく、口に含んだ。
 急激な熱に怯えないように、半ばはじらしたい気持ちも手伝って、きつく吸い上げる事はしないで、舌先で溝をなぞ
るにとどめる。
 それだけでもびくびくと足先が跳ねるのがわかって、ウルフウッドの熱も高まる。
 けれど、自分の激情に流されないように、慎重に彼を追う。
 もっと、溶けてしまう程に悦んで。
 自分の体がわからないくらいまで。
 鳴いて、縋って。
 腕を延ばして、そのきれいな頤のかたちを確かめて、唇に指先を忍ばせる。
 暖かい生き物がからみつく。なまめかしい動きに指すら最も感じ易い器官になった気がする。
 情欲にまみれた指を抜いて、そっと頬に添えて。 
 その間にもやわらかく歯をたてたり、熱を放してちろりとなめてみたりして。
 深く銜えこみ、一段と高い声が上がった時に、するりと指を差し入れた。
 はじけそうな熱を、まって、と言うように、舌の中央でおさえる。
 そうしておいて、放し、差し入れた指をそうっと動かしてみる。
 内側をくるりとなぞると、どこかに触れたらしく、腰が浮き上がる。
 指を増やして、探るようにゆっくりと蠢かす。中心に向かう一点で嬌声があがる。
 そこをくりかえし指のはらで上下にこすると、魚のようにはねた。
 逃さないように、左手でしっかりと掴み、擦り上げる。
 もはや悲鳴に近い声をあげて、ヴァッシュの体が硬直する。きつく吸い上げて。
 熱い放出をその身に受け入れた。
 意識が飛んでしまったのか、一瞬反応がなくなる。
 なんとはなしに焦って覗き込むと、ようやく酸素にありつけたかのように、激しく息をついている。
 軽く触れ合っている胸からも、随分と早い鼓動が伝わってくる。
 何だか苦しい思いをさせたみたいに感じて、ウルフウッドは労るように胸を撫で、体を少しおこして、
シャツやズボンを脱ぎ捨てる。
 まだ息の整わない相手を安心させるように、抱き締める。
 きつ過ぎないように、でもぴったりと、隙間なく。
 項から、髪に手を差し入れる。今は汗でしっとりとしているが、柔らかくはなくてもさらりとしたその髪質が
とても好きだ。
 地肌を味わってから、髪をくしゃくしゃとかきまわす。
 子供にする仕草のようで、気にいらなかったのか、ずっと閉じられていた瞳がうっすらと開く。
 呼気を逃すだけで仕事が一杯の唇は、何も言わなかったけれど、ウルフウッドはちょっとばかり苦笑して、促すよう
に、あるいは塞いでしまうかのように、かるく口付けた。
 実際の所、彼自身はもうかなり限界にきていて、今すぐにでもその熱を穿ちたかった。
 けれどまだ、ヴァッシュを受け入れたかった。もっと自分を相手で満たしたかった。
 そうしてから、彼と熱をわけあえば、ずっと深く、ひとつになれるような気がしたのだ。
 熱が冷めきらない内に、ゆっくりと愛撫を再開する。
 浅い── といっても、筋肉には達しない程度の、という意味だが───傷は、柔らかくて、まわりよりも
盛り上がっている。
 舌先でその境目をなぞる。はがれて、まわりと同じにならないかな、と馬鹿な事がちらりと横切って、
前歯と下唇で挟んで軽く引っ張ってみる。
 う、と快とも不快ともつかぬ声。
 おそらくは骨近くまでえぐられた傷は、触れるのが少し怖い。ひきつるように、へこんでいる。
 削られてしまったその皮膚の下の、見えない骨や筋が、まだ痛むのではないかと思う。
 夢中になってしまって、手荒く追ってしまう事も多いのだけれど、右腹の深い傷を指先で今はそっと確かめるように
して、きいてみる。
「……なぁ、もう、─── 痛たないんか?」
「……──── 平気─── 」
 それが本当かどうか、彼程の傷を持たぬ身としては確かめようもない。
 けれど決して痛めないように、傷を治す獣のように、丹念に、丁寧に嘗め尽くす。
 詰まるような喉声をあげてヴァッシュは身をよじる。
 痛みを感じるというなら、その痛みまで。
 この自分の胸の痛みも。
 あまねく伝えて──  伝えさせて。
 口づけて、忍び入り、迎える暖かい生き物をもてあそぶ、掴まえようとする舌を逃れて、上顎をかすめてみる。
 くぐもった呻きが、わずかに開いた互いの唇の隙間から漏れる。
 後ろ頭に片手を差し込み、逃れられぬようにして、一方は荒々しく内股を撫で上げる。
 近い刺激にヴァッシュは確実に反応を返す。己の高ぶったものも、擦り付けて高め合う。
 もう……限界かも。
 このまま彼の肌で果ててもかまいやしないのだが、やっぱり、熱い肉に包まれたい。
 思いだしたように、ヴァッシュのシャツをはぎとり、首筋から耳朶まで軽く噛み上げて、吐息と舌と言葉を
その耳孔に差し入れる。
「ヴァッシュ……」
 誤解を招く言葉は続けずに、その名前に総ての気持ちを込めて。
 両足を肩に抱え上げ、一気に深く貫いた。
 ヴァッシュは衝撃に目を見開く。苦痛が勝らないよう、動きを止め、根元から緩く握り上げていく。
 熱く飲み込まれたウルフウッド自身は、ヴァッシュの鼓動と脈打つそれが、同じである事に感動する。
 じり、と動かすと肩にのせたふくらはぎが、ぴくりとうごく。
 右の手のひらで太股から膝頭までを何度も往復する。
 左手は、ヴァッシュの先端を親指と人指し指で卑猥にこねた。
 びくびくと震えて、シーツを握り締める。
 一度の放埓で多少は落ち着きを見せていても、官能に溺れている肉体と精神はあっけないくらい波に
翻弄されていく。
 突き上げて、握っている根元を肌に押し返すように荒っぽくしごきあげる。
「あぁぁぁぁ」
 開かれたままの唇から迸る声。
 焦点が合わなくなってきている瞳を、塞ぐように、体を折り曲げてまぶたに口付ける。
 すすり泣く、震え続ける体。
 自分の為だけに、その涙を、肢体を、心を晒す。
 思うが侭に体を進め、擦り、衝き、遍く味わう。
 最後は折れるほど抱きしめて、ヴァッシュの中に熱を注ぎ込んだ。
 がり、と背中に立てられた爪が常になく強く。
 硬直したかと思うと、魂を失ったようにぱたりと落ちた。
 互いを満たし、満たされて、ようやく狼は深い眠りについた────── 。
 

                       了