COUNT GETTER
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愛の言霊
「・・・そんで?」
「・・・え、それでって・・・。それでその人とは別れておしまい」
「・・・・」
ウルフウッドはまたか、と諦めにも似たため息をついて視線をそらした。
内ポケットをさぐり、煙草を出して銜える。
ヴァッシュは悲しい気持ちになった。
途中までは、興味深げに相づちを打ってくれていたのに、話の最後にはこんな表情をされる事が少なくない。
以前は、話し終わると困ったような顔をされた。
何かいいたそうな、話の先を促されているような、微妙な表情。
楽しそうに話を聞いてくれるヒトがいいとか、なんでも同意してくれるヒトが好きだとか、そんな事はないし、望んだりしない。
正直に怒りや反意を示してもらう方が、本当は嬉しかったりする。
そして自分にはむけられない、優しい笑顔とか、声とか。
そんなものが好きだと思う。
箱船から落ちて、彼の体の事を知って。
でも何もできない自分が居て。
なのに心は何ひとつ変わらない。
「直るのか、それ」
「ああ、あのおもろいひげの鍛冶屋は、直せる言うとったで」
「二日もあれば?」
なんや聞いとったんかい、とつまらなさそうに眉があがった。
行くのか、と尋ねたい。
僕に何も言わずに?と詰め寄りたい。
ウルフウッドが、僕に何か言わなくてはならないなんて義理はない。
ましてや、彼がこれから赴く戦場に、自分の助力を請うなんて考えられない。
「・・・二日もある。二日しかない。・・・君はどっちなんだい」
聞きたい事のかわりに、そんな問いかけをして手を伸ばす。
本当はすぐにでも出立したいだろう彼に、与えられた二日間。
それをくれないか、僕に。
ウルフウッドは、伸ばされた腕の真意を知って、悪めいた笑みを浮かべた。
「二日もあったら、充分やろ」
肘の上あたりをいやらしく掴まれた。
後はただ、むさぼり合うだけ。
シャワーを浴びる、着替えて食事をしに出ていく、部屋に戻ってまた抱き合う。
馬鹿みたいに、体がくたくたになるまで。
どさり、とウルフウッドが体を投げ出す。精根尽き果てたといった重い動き。
しょり、と砥石の擦れる音。ぽうと灯る明かり。
すでにウルフウッドの体臭ともいえる煙の匂い。
「・・・なんか、話、してくれよ」
こんな感傷は似合わない。自分にも、ウルフウッドにも。
だけど声が聞きたかった。
当然、意外そうな視線が返される。
何か言いたげで、困ったような顔が思い出される。
何か伝えたい事があるんじゃないのか。僕に。
例えそれが僕にとって喜ばしいことじゃなくても、君の想いが知りたい。
煙をひとつ、ふたつ燻らしてから、ウルフウッドは体を起こして灰皿を手にとった。
「ワイが、チャイナタウン言うとこ行った時の話、したか」
「・・・聞いてない」
なんだろう。何を話してくれるのか。
思い出話だっていい、知らなかった君をひとつ手にいれる事ができる。
「あっこは、何やホームにあったどでかい国の文化を色濃く伝えとってな。ワイも話は色々聞いとったんやわ」
その街の噂なら聞いた事がある。
「確か・・・白と黒のテディベアを守り神にしてるんだよね」
「・・・それちょっとちゃう思うけど」
「そうだっけ、それで?」
無責任な相づちに、少し渋い顔になって、それでも平素よりは穏やかな調子で続けた。
「道歩いとって、もよおしてな」
「・・・劣情を?」
いきなりな展開に、焦ってつっこむと、軽く叩かれて、でもその表情は嬉しそうだ。
「ちゃうわい。金払て入る便所があるんや、ふつーに小便やったらその辺ですますけど、ちょっと腹具合が悪くてなぁ、手近にタダで入って出れそうな店ものうて、しゃあないしソコかけこんだんや」
ピロートークにはどうかと思われる話題だが、とりあえず先を促す。
「したらな、普通個室てドアがついとるモンやろ。そこちゃうねん。しゃがんで肩位までしか隠れへん囲いしかのうて、しかも出入りするトコは開いとるねん」
「・・・小便器じゃなくて?」
いまいち想像ができなくて、困っていると、ウルフウッドが空に図解する。
「・・・ええと、それって、その、横に立ったら、簡単に全部見えちゃうって事だよねぇ」
小用を足す時は別に並ぼうが見えようが比べようがかまわないと思うが、さすがに抵抗がある。
「そうや!しかも、便座てあらへんのや!・・・こう、細い小川が流れとって、みんなでそこまたぐんや!!上流の奴はええで、下流の奴はどう思う。上流の奴のしたモンが股の下通っていくんや!」
「や、そ・それは・・・」
なんだかとても想像できなくて、しかもあまり美しくない話に、もういい、とついアクションしてしまう。
さえぎる仕草の手をがしっと掴まれて、真剣な顔が近づけられる。
「さすがのワイも、ピンチや思たわ。どないする。ここは引くトコなんか?せやけどかなり限界がきとった。ここを撤退して、果たして間にあうんか。否、とてもそんな余裕はあらへんかった」
熱を帯びた話し方に、つい引き込まれてしまう。
「ワイは覚悟を決めて、その低いへいの中に入って、小川をまたいだんや。ベルトを外してズボンをずらしてしゃがむ」
その時の事を思い出したのか、ウルフウッドがぶるっと震えた。
一体どんな怖ろしい光景を彼は見てしまったのか。
「しゃがんだ瞬間、目の前におっさんの顔があった」
「は?」
「至近距離や、おっさんも目をみひらいとった。その時ワイはやっと自分のアヤマチに気ぃついたんや」
「それ・・・」
「そうや、向きをまちごうとったんや。ワイの前・・・もとい後ろのおっさんに、けつを向けてしゃがまんとあかんかったんや。・・・よっぽど焦っとったんやろな。横から見たら、ワイのびーてぃほーな尻は、出入り口から丸見え」
はたしてこの想像が正しい間取りなのかは分からないが、それはそれは珍妙な光景だったことだろう。
ぶっと吹いた後に、枕につっぷして笑ってしまった。
「ど、どーしたんだい、そのまま?」
「もぉしゃあない。片手あげて『にーはお』言うたった。おっさんは『ハロー』いいよったわ。・・・辛かったわぁ。おっさんとお見合いしながら用たしたんは、後にも先にもこれっきりや」
訳わかんないウルフウッド!!おかしすぎ!!!
ひーひーとひとしきり笑って、涙目になって、ようよう言葉を紡ぐ。
「なーんか、君の話って、どーしてそうおかしいのかなぁ・・・」
何だか想像していのとは、全然違う展開だったけれど、こんなのも悪くない。
そしてふと思い当たる。ウルフウッドに何か話してとねだると、たいていはおかしくて楽しい話ばかりだった。
多分、それは、僕を笑わそうとして。
笑いすぎで出た涙が、違うものに変わりそうになって、ことさらに笑顔を作ってみせる。「・・・ありがとう」
そんな君が好きだ。
優しい言葉も甘い睦言もないけれど、本当は君が優しいことを知っている。
礼を言われたウルフウッドは、またちょっと困った顔をして、何かいいたそうにして、やっぱり、何も言わなかった。
「結局、あいつに言うたる事、でけんかったな・・・」
断罪の十字架を背負い、砂塵の中たちつくし、ウルフウッドはぽつりと呟いた。
幾度か言葉にしようとした。
けれど伝えた所で、困ったように瞳を伏せただろう。
そして何も語らなくなるのだ。
ヴァッシュが何かを話す。自分に聞いて欲しいのだろうと思って聞いてやる。
しかし、いつもウルフウッドは困ってしまうのだ。
それでどうしたんだと。
「・・・オンドレの話、オチがあらへんのや・・・!!」
ウルフウッドの魂の叫びが、ヴァッシュに届く日は、来るのだろうか。
おしまい。
◆つれないウルフウッドにラブラブなヴァッシュ君◆を承りました。
つれないの意味を大いに勘違い。何分へたれ書きなので冷たくなんかできない・・・!
ってなってしまったと言うのは厳しいですね。ごめんなさい・・・! |
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