COUNT GETTER
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NEW DAYS
ニューイヤーの鐘が、街中に響きわたる。
街角のそここで、誰もが新しい年に抱き合って、喜びのキスを与えあい、
今年の幸運を祈った。
ウルフウッドは、人混みの中、一本のシャンパンを持って歩いていく。
時には捕まり、祝福のキスをもらい、お返しをする。
ウルフウッドが牧師の肩書きを持っている事や、以前の生業を知る者はこの街には居ない。
そう、これから向かう高台に住む、二人を覗いては。
「ハッピー・ニュー・イヤー!!」
たどり着くまでにもらった(押しつけられたというべきか)トンガリの紙の帽子を被って、
クラッカーから飛び出た紙をあちこちにくっつけた、いかにも浮かれた格好のウルフウッドが、長四角の包みを片手でもちあげて、家の主に陽気に挨拶をした。
「・・・・・」
「なんやぁ、そのしけた面は、新年そうそう。
しかも遠方からこうやって尋ねてきてやったっちゅうのに」
街から少し離れた場所に、ぽつりと立つ家は、みすぼらしくはないが贅沢とも言えない、
こじんまりとした平屋だ。
「まぁとりあえずお邪魔するで。白ワインとかは、用意してあるんやろ」
「・・・・おい」
「それにしても、もうちょっと街ん中でもよかったんちゃうか。けっこう歩いたで」
「チャペル、どうしてお前がここを知っている」
リラックスした服装ではあるが、決してだらしなくはない。
整えられた髪と、微かに感じる香りは、誰かが訪ねてくるのを、待ち望んでいたと知れる。
づかづかと、遠慮なく入り込むウルフウッドの肩を掴み、
家主は疑念と怒りと戸惑いを露わにして、強い語調で言った。
「ワイがネオジュライに住んどんのは、知っとるやろ。
ガントレットから伝言預かってきたんやで」
その名と都市の名前をあげられて、ようやくミッドバレイはその手を離す。
何かあったのだろうか。一瞬不安が掠めるが、悪い知らせを伝えるというには、
目の前の男は暢気過ぎた。
手を離されたのを良いことに、ウルフウッドはリビングを覗き、
ヒュウ、と下品な口笛を吹いた。
「うわー、すごいごっつぉうやな!ガントレットも可哀想やなぁ、せっかくの料理も味わえんとは」
ミッドバレイは、とかく伝言を聞くまでは、この男の不躾も我慢しようと、
能面のような表情は崩さずに、殺意だけを醸し出した。
それに、ウルフウッドも反応して、ちら、と視線を寄越すが、
にしゃりと笑うと、オードブルをつまんでぽいと口に入れた。
「確かこれキャビア言うんやんな。ホームでは『天然物』は希少で高級やってんて」
もぐもぐと口を動かしながら、あつかましくもウルフウッドはソファーにでんと腰を下ろす。
「・・・・そんな旨ないな」
半眼になったミッドバレイが、そろそろ脇の銃に手をかける事を察知して、
ウルフウッドはさっと先ほど受け取ってもらえなかった包みを差し出す。
「これ、ガントレットからの頼まれもん。シャンパンや言うとったよ」
「・・・つまり、予定の日に戻ってこれなかった詫びという訳だな?何かあったのか」
ひったくって、名もしらない店の名前がプリントされた包みを、
つまらない物のように見つめる。
実際、ミッドバレイにとっては、下らないものだった。
詫びの品など。
「まぁ、つったっとらんで、座りぃや。ワイが大食らいでも一人でこんだけは食えへんで」
まるでこの場の主は自分だと言わんばかりの態度に、
とうとうミッドバレイは懐の銃を抜いた。
「伝言わー」
後一秒後であれば、トリガーの指は間に合わなかったろう。
「メッセンジャーボーイ。早く仕事を終えてさっさと出ていくんだな。チップはこれでいいだろう」
左手にもっていたシャンパンを放り返す。
既によっつめのオードブルを半分囓ったウルフウッドは、おっと、と片手で受け止めた。
「そんな振り回したら、アワだらけになってまうやないか。冷蔵庫あんのか。冷やしとこ」
全く空気を読まないウルフウッドに、ミッドバレイは下ろした銃を再び持ち上げる。
「・・・すまねぇな。こんなコト頼んで」
あきらかにイントネーションを変えたしゃべり方は、ガントレットを真似たのだろう。
トリガーの指から緊張が消えたのを悟って、
ウルフウッドはばりばりと包みをあけながら続けた。
「どうしても人手が足りねぇって、オレみたいなのでも、何か役に立てるって言われると……」
「・・・普通にしゃべれ」
「おっ、これドンペリやん!はりこみよるなー」
「いいから続けろ!」
「おっちゃんなー・・・。ええけど。とりあえずこれ冷やさしてぇな」
強盗が命令を下すように、照準は合わせたままで冷蔵庫のある方を顎でしゃくる。
ここで、それは持って帰ればいいから、冷やす必要はないなどと
やりとりをするのも馬鹿馬鹿しく、またウルフウッドは、のらりくらりと結局目的を果たすまで
続きを話そうとはしないと分かっているからだ。
「おー」
しまった。と思ったのはウルフウッドが感嘆の声をあげたからだ。
あの男のあつかましさを少々みくびっていたらしく、ミッドバレイはこめかみを押さえて、
結局銃を戻した。
「ワイ牡蠣はけっこう好きや。ザリガニはあんまり好きやないねん。あんたが食い」
ウルフウッドは嬉しそうに、銀のフォークに牡蠣をぶっさして
、品のかけらもない仕草でぽいぽいと口に入れていく。
「・・・ロブスターだ」
はぁぁぁ〜。とミッドバレイはソファーに沈んで瓶を傾けた。
冷蔵庫があるのはキッチンだ。キッチンにはニューイヤーの料理が一通り並べてあった。
もちろん一人分ではない。
「あんたホンマにブルジュアやなぁ。なんもかんも一級品やろ、これ」
ウルフウッドは、ネコのように笑って、さっさと盛りつけを開始し、
冷蔵庫から白ワインを出して栓を抜いてしまった。
「チャペル。俺の負けだ。いくらでも勝手に食って、腹がくちくなったらさっさと帰れ」
「伝言はええの」
伝言の為に、招かざる客に黙って暴飲暴食を許していると思っていたウルフウッドにすれば、意外な言葉だった。
「・・・・・お前こそ、一緒に祝う相手も居ないのか」
痛い所をついたらしく、ウルフウッドは付け合わせのオリーブを、
いかにも不味そうに噛みつぶした。
「・・・あんたと一緒」
ちらりと浮かぶ影。けれどそれはミッドバレイにとって、もう遠い世界の出来事だ。
わざわざ掘り起こして、身近に引き寄せるつもりはなく、
それ以上何も聞きたいとは思わなかった。
幻影をふりきって、ミッドバレイは立ち上がる。
「どうせ捨てるなら、お前の胃の中でもゴミ箱でも一緒だな。オーブンに火を入れてくる」
「・・・おえ、ワイはゴミ箱扱いかい」
「部屋の中に置いてやってるんだ。しかもソファーに鎮座している。
随分優遇されたダストボックスじゃないか」
伝言など、本当はないのだろう。
言い訳をする男じゃない。
配線工の仕事に付き、意外にもその器用だった指は、
復興中の街で大いに人々に貢献した。
そもそもは細やかな男だったのだ。
人の上にたって指示するのではなく、危険な個所や複雑な工事でも現場に出向いて
立派な仕事振りを見せた。 遠くの街からも、依頼がくる。
ネオジュライで、予定外の仕事が入ったか、困っている別の地域に
緊急で呼びつけられたか。
多分ガントレットがウルフウッドに依頼したのは 。
『これ届けて、堪忍言うたらええんやな。説明しといたるよ』
『いや、余計な言い訳は見苦しいだけだから、いらねぇ。
約束より仕事を取ったのが事実だしよ』
『・・・まぁ、そらええけど。あんたの仕事は偉いな。ホンマに人の為になっとる』
『その・・・あんた新年はここで過ごすのか。頼める筋合いじゃないけどよ。
・・・一人で過ごさせたくねぇんだ。あんたが、もし』
『ワイもふられて、ぐれとったトコやし。ええよ。』
『随分あっさり承諾するんだな・・・・。もしかして、チャペル、あんた』
とんだ杞憂にウルフウッドがげらげらと笑った後、気まずそうにガントレットは視線を外した。
「はーーーー。よぉ食った!もぉ動けへん」
「おい、ゴミ箱 ・・・泊まっていくつもりか」
ベルトをゆるめ、ソファーに横になろうとした男を咎める。
「・・・それ非道すぎひんか」
「シャンパンはいいのか、ダストボックス」
「あっ、忘れとったで!それで締めくくらんと!」
ウルフウッドは現金に身体を起こし、いそいそと冷蔵庫に向かう。
ため息をつきながらも、ワインと同じグラスで飲む野暮を嫌うミッドバレイは、
シャンパングラスを棚から出そうとして、ふとある物に目を止めた。
「新しい年にかんぱーい!」
すっかり出来上がった酔っ払いは、注いでやったグラスに、無頓着に口をつける。
一緒に浮かれるつもりはないミッドバレイも、最後の一杯だと思って、軽く杯をあげる。
「・・・なんかごっついコップやな。重たいし。随分豪勢なカットグラスやけど・・・」
「バカラの最高級品だ。落として割るなよ」
へぇ、と阿呆な男は、まじまじとグラスを眺めた。
どう見ても、口をつけるにはそぐわない分厚いガラスにウルフウッドは首を傾げる。
そしてはっとしたようにこちらを睨み付けた。
「・・・コレ花ビンちゃうんか!!」
「ほう、さすがに区別がついたか。いい目をお持ちだな」
むきぃ、と怒る男は、ドンペリの瓶をかっさらい、あつかましくも口をつけて飲みだした。
まぁ、ちょっとした新年の悪戯だ。
どうという事もない。
ほんの少し、愉快であるだけの。
二日後平謝りでミッドバレイを訪ねたガントレットは、
水切りに伏せたままになったバカラのベースを見て、ぽつりと呟いた。
「・・・これ、確か一輪挿しって聞いて買ったんだけどよ」
「それでドンペリを飲んだ。旨かったそうだ。お前もやってみるか?」
「・・・・・」
ふられたと言っていた男が、実はちょっとした意地っ張りで依頼を引き受けたのを
後で知ったガントレットは、自分と同じ様な目にあっていなければいいと、小さく嘆息した。
総て世はこともなし。
おっしまい!
◆ミッドバレイが登場するオハナシ。チュエーションはおまかせ◆でうけたまわりました。
ウルフウッドとミっちゃんが出でくる、と言うことで書いたのですが、
おそらく、まちがいなくリクエストには答えておらんのだろう・・・・。と小さく小さくなる次第です。
この人達が住んでいる星は、日川善さんちの人達が住んでいる星の、決して交わらないけれど、
近所にある星の人達なのでする |
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