夢
「ぎゃーーーっ!!!」
ウルフウッドは、ものすごい悲鳴をあげて、ベッドから跳ね起きた。
心臓はばくばくいって、油汗だらだら。
ショックで涙目になっている。
キッチンで夕食の支度をしていたヴァッシュは、この世のものとは思えぬ悲鳴に、とるものもとりあえず、そのまま寝室にとびこんだ。
「ど、どうしたんだウルフウッド!」
左手にはむきかけのジャガイモ、右手には包丁。
今だ夢の名残と戦っていたウルフウッドは、その姿を見て、再び悪夢に取り込まれたのかと思って、オトメのようなか細い悲鳴をあげた。
ウルフウッドは、心配そうに自分を覗き込むヴァッシュを、かぶったシーツの隙間からぶるぶると震えつつ、見やった。
「そ、そのナイフでワイをどないするっちゅうねん」
「は?あ、ああ。ごめんね。だってあんまり凄い叫び声だったから、そのまま来ちゃったんだよ」
自分がかなりまぬけた格好だとヴァッシュはようやく気がついてベッド脇のテーブルに、ジャガイモとナイフを置いた。
根菜と刃物がヴァッシュの手から離れたのをじいっと確認して、ようやくウルフウッドはシーツから頭を出した。
顔面は蒼白、誰が見ても健康的とは言い難い汗が浮き出て、涙の跡が見てとれる。
ぷるぷると震えている様は、落雷におののく小動物のようであった。
が、実際はがたいも立派な、大の男である。
「・・・ホンマのヴァッシュ?」
「・・・夢でも見てたのかい」
ちょっと抱きしめて、気でも落ち着かそうと一歩踏み出すと、ウルフウッドはびくりと震え、ヴァッシュの足先にはこつんと何かがあたった。
足下を見れば、ウルフウッドの(そう、ウルフウッドの、である。二人の、ではない)大事なお道具箱が出されて、手錠やらクスリやら、怪しいマウスやらそれの説明書やらが散らばっていた。
ヴァッシュは渋い顔になる。
・・・お道具を取り出して、またしてもあらぬ夢想にふけっていたのに違いない。
疑う余地は全くなかったが、一応は仮定の形で言葉を締めくくった。
「夢・・・そうや、夢やったんや・・・。ああ、よかった・・・」
ほぉーーーっと、九死に一生を得たような息を付き、ウルフウッドはようやくヴァッシュの方に手を伸ばした。
しかし、ヴァッシュは冷たい視線でもって、その手が触れるのをとめだてた。
「・・・どんな夢見てたんだよ」
「え」
つっこまれて、ウルフウッドは引きつりながら口元を笑いの形にする。
「いや、あんな・・・」
のの字を書くかわりに、ウルフウッドは両手の親指と人差し指をもじもじと挟んだり離したりした。
ヴァッシュの足下のどれぞに視線を向け、次にはサイドテーブルのナイフをちらと見た。
「・・・オンドレが」
「僕が?」
正直聞きたくもなかったが、会話の流れ上そう相づちを打つほかなかった。
「手錠を・・・」
言いよどむウルフウッドに、よっぽど破廉恥な夢だったのだろうと、ましてやそれを今から実現されても困る、とさっさと退室しようと思って、ヴァッシュは包丁とジャガイモに手を伸ばす。
するとウルフウッドはまたしてもびくりと飛び上がって、両手を前に付きだしてあわあわしている。
「・・・別に刺しゃしないよ」
ウルフウッドの妄想にいちいち刃物を持ち出していては、もう五百回くらい彼は涅槃に行っている。
が、ウルフウッドは、そのヴァッシュの言葉に衝撃を受けたようで、またしてもさぁっと白くなった。
「や、やっぱりワ、ワイに刺したいんか・・・・」
「はぁ?」
ヴァッシュは包丁とウルフウッドの顔を交互に見比べる。
どうやら、自分に刺し殺される夢でもみたらしい。
それって随分失礼な話じゃないか?
少々意地悪心が出て、ふぅーん、とうすら笑いを浮かべてみる。
「どんな夢だったのかな」
ぺしぺし、とナイフでジャガイモを叩きながら言うと、ウルフウッドは震え上がった。
「お、オンドレがワイを縛り上げて、ナイフをつ、突っ込もうしよったん」
拷問にあいそうになった罪人が、慌てて罪を告白するように、一気にウルフウッドは申し立てた。
ちゃりーん。
ぼと。ごろり。
ヴァッシュは違う意味で白くなった。
チャリーン、は落ちたナイフが手錠の鎖にあたった音、ぼとはジャガイモの落下音で、ごろりはジャガイモがあたって倒れた瓶の音である。
いや、そんな事はどうでもいいのだか。
「・・・・・・」
固まったヴァッシュの隙を見て、ウルフウッドは、もはや平素ではみられなくなった素早さで包丁を拾うと、さっとベッドの反対側に投げ捨てた。
「・・・君の特殊な趣味の妄想に、僕を巻き込まないで欲しい・・・」
怒るよりも呆れてしまって、ジャガイモはそのまま、ふらふらとベッドルームを出ようとしたヴァッシュを、ウルフウッドはちょっと待ったぁぁ、とはしっと捕まえる。
「何・・・」
嫌々振り返ると、不満そうなウルフウッドの顔。
空いた方の手で、ウルフウッドは皮手錠を拾うと、ヴァッシュに差し出した。
「・・・・・」
ヴァッシュは嫌な予感がして、眉を顰める。
「やってみ」
ヴァッシュの手にぐいぐいと押しつけると、ラブレターを渡したオトメのごとく、恥じらいつつも、両腕を揃えて差し出した。
どうやら縛って欲しい模様。
げんなり。
首につけて、きゅうっと縛り上げてやろうかとも思ったが、どうしたって喜んでしまいそうな気がして、できるだけ事務的に手錠をはめてやった。
ウルフウッドの口元がゆるんでいるのが見えて、ますます冷静になってしまう。
「ど、どや?」
いえ、別に、特に、何も。
「・・・どきどきした?」
しません。
視線で冷徹に返答すると、ええーーっとウルフウッドは大層不満げに鼻息を荒くした。
嫌な感じがもがもだか、どうやら自分に縛られて、多少なりとも興奮したらしい。
このままほおっておけばちょうどいいや、ときびすを返すと、後ろでぱちんと弾ける音がした。
不審に思って振り返ると、すっかり鼻息を荒くしたウルフウッドが、こいこい、と手招きしている。
「ワイにもつけさせて」
どうやら、ちゃんとしたおもちゃらしく、つけるのはやっかいだが、簡単に外せるしくみらしい。
さすがエレンディラ謹製という奴か。
妙な所で感心したヴァッシュだった。
さておき、この要求を飲むかどうか、思案のしどころである。
このまましらんぷりをすれば、確実にいじけて、夜のお楽しみとばかり、ずぅぅっと妄想をし続けるだろう。
今まで抱き合っていて、殊更変わったことをしたがる性癖でない事は知っているが、多少の不満を混入して妄想すれば、どんなすごい事になってしまうか分からない。
今させてしまえば、案外つまらないとわかって、それで納得するかもしれない。
・・・甘いかな。
当然甘い考えだが、ヴァッシュはウルフウッドにも甘かった。
最終的には、けっきょくウルフウッドのしたい事はさせたい気持ちになってしまうのだ。
それでウルフウッドが喜ぶんだったら、オッケーだという、大層腐った所がもちろんヴァッシュにもあった。
それでも、夕食の支度途中だということを考慮して、できるだけつまらなさそうに両手を差し出した。
ぱぁっと明るくなったウルフウッドは、嬉々として、まさに嬉しくてしょうがないという風情で、皮手錠の金具を止めていく。
賞金首だった、むかーーしの頃は、けっこうお世話になったっけ。
まつわる嫌な事も思い出されて、ヴァッシュははぁ、とため息を漏らした。
それが、どうやら水晶体の歪んだウルフウッドには、色っぽく見えたらしい。
はっ、と気が付くと、ウルフウッドの目つきは、すっかりその気モードだ。
「あの、さ。わかってると思うけど、夕食の支度中なんだよね。腹減ってるだろ」
なんとか正気に戻そうと、真剣に言い募るが、その本気具合が、いっそうウルフウッドをあおってしまった。
「めしより、今のオンドレの方がそそる・・・」
あああああ。
先ほどウルフウッドが、ぱちんと外したのだから、縄抜けなどしなくても、この戒めは簡単に解けるはずた。
しかし。
だがしかし。
ここまで来てしまっては、というのはウルフウッドの欲求が、なのだが。
後でといって、更に欲求が高まって、ごはんの間じゅう桃色光線を発射され。
下手をしたら食事の最中にしばられちゃったりなんかして、手が使えへんから食べさしたろ、などといいながら、無体を始められるよりは。
この前、食事用のテーブルの上で、食べながらいたしたのは、あまりいただけなかった事も思い出す。
そんなヴァッシュの逡巡の間にも、ウルフウッドはシャツの下に手を差し入れてきて、さわさわと愛撫を始めていた。
脇腹をこすられ、右胸の僅かな突起をなぶられると、いかなヴァッシュとて、甘いしびれが走る。
僕だってお腹が減っているのに・・・。
最後に一言心で悪態をついたが、じゃらりと手錠を繋ぐ鎖を引かれ、ヴァッシュはウルフウッドの上に倒れ込んだ。
上着を捲られて、半分はえぐられた、僅かな胸の肉を舌で舐められる。
傷跡との境目、立ち上がった肉芽の断面を執拗に責められると、皮膚の内側を触られるような痛みと共に、下腹部にいやらしい感覚が溜まっていく。
「ん、あ、あぁ」
唇で噛まれ、吸い上げられる。
ウルフウッドがいたずらに歯をたてれば、簡単に食いちぎられそうな小さな突起が、どうしてこんなにもたまらない気持ちにさせるんだろう。
頭の上においた手は、拘束されていてウルフウッドを抱きしめることもかなわず、その不安定さがよけいに胸元を意識させた。
舐められ続け、歯でかるくはまれると、その部分は確かに痛みさえ訴えるのに、下半身の熱は、貪欲に快楽を吸収して、もどかしげに揺れ始める。
ウルフウッドの手は、腰骨をもみあげて、ジーンズの中に入っていく。
しめつけが苦しくて、足先を絡めてつつくと、心得たようにジッパーがおろされ、下着ごと取り払われた。
胸元を触られただけなのに、既にめい一杯立ち上がったものが晒される。
最初しぶっていた事を揶揄するように、ウルフウッドはその先に、小さくキスを与える。
「あっ」
掠めるような刺激に、もっと先を、とみだらにねだる。
なんでもいいから、早く君が欲しい。
走り出した体に、躊躇や恥じらいなど必要ない。
要るのは、ウルフウッドの熱だけ。
その手の平で、唇で、熱い肉で。
かき回して、とばして、イかせて。
腕を伸ばすと、ちゃり、と金属の音がする。
抱きしめたいのに、拘束されているのが少しばかりもどかしい。
「そんな、焦らんといて・・」
腕をとられ、色悪めいた笑みが昇る。
「ひゃっ」
手錠を繋ぐ鎖が、立ち上がっているモノに巻かれる。
ひやりとした金属の感触に、びくりと全身が跳ねた。
自分自身を、両手の甲で挟んでいるような状態になる。
「手ぇ動かしたらあかんで。へたしたら、締まるだけですまへんしな」
言い終わるか否の時点で、腰を抱え上げられ、ウルフウッドの前に秘奥がさらされる。
ぬめる、熱く柔らかいものが、入り口に触れて、唾液が流し込まれる。
「あ、あっああ」
体勢の苦しさと、離せない腕、巻き付けられた鎖が、そのつもりはなくても立ち上がった肉に刺激を与えて裏返った声がもれる。
ぬるりと指先が入ってくる。
動かせない両腕がもどかしく、力を抜かねばと思うあまりに、快楽が体中を好き勝手にのたうち回って、声ばかりがあがる。
指がそこを掠める度に、腕に力が入って、しめつける事になってしまう。
電気が走るような快感と、直後に訪れる痛みに、頭の中がむちゃくちゃになる。
流れる涙も、半分は快楽で、半分は苦痛。
「は、あ、あっ、やぁ!」
もう、君を埋め込んで弾けさせて欲しい。
抱えられた足先で、必死に背を打つけれど、その動きがまた鎖をしめあげて、気が狂いそうになる。
指でなじっていたウルフウッドも、もう限界だったらしく、性急な動きで入り込んでくる。
熱い固まりが内部を焼く。
ウルフウッドは鎖のからまったまま、両手を添えて上下にこすりあげる。
ヴァッシュはその手に爪を立てて、自分の願うように蠢かした。
リズムに合わせて、悲鳴じみた嬌声が響く。
真っ白になった後、どさりと体が落ちた。
「・・・すぐ出来て、すごく旨いもの作って」
咽が痛い、拘束されていた手首は赤くなっている。
変に力を入れていたので、両肩や腕は筋肉痛間違いなしの重さを訴えている。
もちろん腰は怠いし、いいたくないが、お宝も金属で擦られてひりひりしている。
乗りかかった船だと飛び込んだのは自分だが、こう、もう少し穏やかでもよかったのではないだろうか、と今頃になってヴァッシュは後悔した。
後悔もしていたが、腹も立てていた。
気がつくと八時も廻っていて、疲労に空腹が勝ったので目が覚めたのだ。
腕をさすりながら、体を起こしてじろりと睨むと、ウルフウッドも、はい、と慌てて身を起こす。
ごそごそとパンツを探していたりする姿は、はっきりいって間抜けだが、まさか堂々フルチンで食事の支度をされるのも嫌なので黙っておく。
ふと気がつくと、ベッドの横にウルフウッドが投げたナイフがおっこちている。
全く、危ないったらありゃしない。
ベッドから上半身をのり出して拾う。
「ほら、ちゃんとこれも持ってけよ」
ベッドの反対側に立って、ズボンを履こうとしていたウルフウッドが、足下のジャガイモをふんづけて体勢を崩したのと。
ヴァッシュがナイフの柄を持って差しだしたのは。
そりゃあもう、絶妙のタイミングと位置関係だった。
え。
と思った瞬間に、ヴァッシュの視界はウルフウッドの背中で一杯になり。
ぐえ、とうめくよりも早く。
「ぎゃーーーーーっ!!!!」
死に神も驚いて逃げ出すような、野太い悲鳴があがった。
ヴァッシュは震え上がった。
幸いな事に、ヴァッシュは刃物を渡す時にはきちんと刃渡りの方を自分に向けていたので、刃の部分はベッドに刺さっている。
ぷるぷると拳が震えた。
手首をひねったかもしれない。
いや、そんな事はどうでもいいのだが。
自分の拳は、ちょうどウルフウッドの臀部の下敷きとなっている
握り込んだ拳の親指側は、ウルフウッドのトランクスにぴったりと接している。
親指と人差し指のわっかの上には、数センチは出ているものがあるはずだった。
かくして夢は現実となり。
その日の食事は店屋物となり果てた。
おーしーまーいー。
◆「道具えっち」で承りました。おまけ牧師がつきました。◆
なんだかウルフ受けくさいオチになってごめんなさい!!!と叫んでいた記憶が。そして、今改めますと、「道具エッチ」ってすごいリクエストですね!↓でもって、オマケのへたれ牧師でする。
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