COUNT GETTER
|
宵月
月が酔っぱらっていた。
路地に入り、小道を抜けて、店先を横切って。
建物の影に隠れたかとおもえば、ふらふらとまた同じような場所に鎮座している。
「・・・しっかりせぇよ」
さっきまで行儀良く、五つ並んでいたのに、今はもう3番目と4番目は少し高い時計塔の裏っかわに。
赤いコートはひらひらと。
従えた五つの影を短くしたり、長くしたり、時には闇にとけ込んで、街灯にまたお供を増やして。
ウルフウッドの前をゆらゆらと歩いていく。
「・・・ここ、さっきも通った気がすんねんけど」
狼は気まぐれな月にむかってぶつくさ呟いてみる。
野営をする事なく、一日以上砂漠をかっとばして、ようやく街についた。
道を急いだのは、途中バイクの調子が今一つで、少しでもエンジンへの負担が少ない夜の内にも走らせようとなったからだ。
昼間の暑い時間は少し体とバイクを休ませて、日が傾きはじめたのを見計らって走り出し、街に滑り込んだ。
ウルフウッドは、バイク屋を探して修理を依頼し、ヴァッシュは宿を確保して飯屋のあたりをつける。
そこまでは特に揉めることも、問題が勃発する事もなく穏やかに割り振られた。
「三十分後で大丈夫かな」
「したらあそこで待ちあわせるか」
時計台の前。
プラントがくっついているシップの内壁よりは低いが、他の建物と比べれば、頭ひとつ高く、外観の特徴もあって目につきやすい。
三つ目の月が昇って、四つ目が顔を出し始めた空を、二人は見上げて頷いた。
ウルフウッドは、店じまいもの済んだ、微かな明かりが漏れているシャッターをがんがんと叩いて開けさせた。
ぶつぶつ言う店主を持ち前の口の上手さで丸め込み、バイクを預けてしまう。
十字架を担ぎ、一服しながらぶらぶらと時計台に向かって歩くと、存外に割り振りの仕事を早く終えたらしい、赤いコートが目に入った。
「よう、早く飯にいこうよ。腹ぺこだ」
「宿はちゃんととれたんか」
「うん、シングル二つ。一部屋60$$。いいだろ?」
たいした仕事ではなくても、言われたことがきちんとできたのが自慢なのか、なんだか嬉しそうに笑った。
五つ目の月は、まだ昇り始め。
後少しの時間でいいから。
このまま。
そんな笑顔だった。
夕食を取るには多少時間遅れで、飯屋というよりは飲み屋に近かったけれど、ウルフウッドに特に異存はない。
まずはアルコールで喉を潤してから、最後に腹に残るものを食べるウルフウッドと、最初から食事と共に、ゆっくり飲み出すヴァッシュ。
そして最後には、双方が酒で合流するのが常であったのだが。
「・・・オンドレ、今日ピッチ早いんちゃうか」
食べてはいるが、食べる合間にウルフウッドに負けじと飲んでいるヴァッシュに、ウルフウッドは多少不安になって、いさめてみる。
「だって、喉乾いてんだよね。ビール旨いーーー」
近場の移動ということで、あまり飲料水を持って出なかったから、わからないでもない。
「潰れたら、ここに放っていくで」
しかし、既にほんのりと目元が赤いヴァッシュに、再度警告を与えておく。
「宿の場所知ってんの僕だけだもーーん」
内容はともかく、だもーーん、などと言われてぴくぴくしたウルフウッドだったが、あえて何も言わず、既にウイスキーに移行しているグラスをぐい、とあおった。
「大丈夫だよ、・・・・まだ」
グラス越しの瞳は、琥珀に滲んで、少し寂しそうに見えた。
「で、ヴァッシュさん?」
危うくテーブルに突っ伏して高いびきをかきそうになった男を、びしびしとたたき起こして飯屋を出て、早二十分。
「だからー、こう、左側を歩いてー、三つ目の月が時計台の真上にきた所で右に曲がってー路地に入るだろ。出たら大通りを歩いて、三つ目の角をみぎに入る。しまってる雑貨屋が見えたらその先を右手に4番目の月が・・・」
月の見え方が基点とは、はなはだ怪しい目印な上に、右いって右いって右いって右。
建物がよほど複雑に乱立していないかぎり、当然ゴールはスタートに戻る。
しかもさっきまでの移動状況と全然つじつまがあっていない。
「この酔っぱらいがぁぁぁ!!」
ウルフウッドは、思わずパニッシャーでこづいてしまう。
「痛いイタイいたいぃぃ。ひどいい」
「・・・もう、ええ。オンドレは遭難しとれ。ワイは勝手に他の宿さがす」
つきおうとられん。
そう思ってウルフウッドが背中を向けると、慌てた赤コートは追いかけて、なんとか上着の裾をひっつかんだ。
「・・・こんな酔っぱらい捨てていくのかよ」
「酔っぱらいやさかい、捨てていくんや」
むべもなく言い放つと、悔しげにヴァッシュはウルフウッドを睨んで、上着の裾を掴んだまま、ぐいぐいと反対方向に歩いていく。
「おい、服伸びるやないけ、離せや」
ヴァッシュは意に介していないように、力尽くでウルフウッドを引っ張っていく。
今まで通った覚えのない路地裏に入り込み、ようやく真面目に宿を探す気になったのかと、ウルフウッドが多少警戒を緩めた瞬間。
襟元を両手で掴まれて、ドン、と建物の外壁に押しつけられた。
しうちに怒りを感じて、というには大げさすぎ、かといって冗談とも思えない真剣さがあった。
「なんなんや・・・」
背中の痛みに、理不尽さを感じて、自然不機嫌な響きになる。
気がつくと、目の前に金色のまつげがあった。
次いで柔らかい感触が。
唇に。
「・・・・・・」
街灯もない、近道をするためだけの細い通り。
三番目の月だけが、微かに覗いている。
「たまには、いいだろ」
離れた唇が開いて、そんな言葉が零れでる。
甘い言葉や仕草など、欲しがるそぶりも見せないできたくせに。
抱き合っても、ベッドの上で唇を交わしても、それは生きていくのに必要な、どうしようもない痛みみたいな顔をしていたくせに。
ウルフウッドは、しかめっ面を作ってみせる。
「ワケわからんわ、オンドレのすること」
苦虫をかみつぶしたみたいに口を歪めた。
酔いのせいにして、月のせいにして。
ぐるぐると廻る。
二人で。
夜の街を。
ウルフウッドは、歪めた口をつまらなさそうな形に戻して、それから、赤いコートを引き寄せると、ゆっくりと唇を合わせた。
月はおしゃべりだから、明日には五つめまで知れ渡っているだろう。
END
◆モリタ文書でウルフウッドに甘えようとするヴァッシュさん◆というお題をいただきました。
初めててキリリクというものにチャレンジ致しまして、緊張してかきました。照れり。 |
|
|
|