トロンボーン・クァルテット・ジパング 第8回演奏会
●1月14日(日) 東京・すみだトリフォニーホール
文=菅原恵子(NHK交響楽団ファゴット奏者)
演奏会の帰り道、周りを歩く人々の背が和らぎに包まれていた。そして私も、真冬だというのに心が温かかった。そういえばロビーも客席も....。クラシックの演奏会では、なかなか見られない光景だ。みんなジパング・マジックにすっかりはまってしまったようだ。
毎回いろいろな趣向を凝らして「お客さまに楽しんでいただこう!」というサービス精神は、いざ実行するとなると簡単にできるものではない。演奏の合間に話すだけでもどれだけ大きな負担になるか、プレーヤーならよーくご存知のことである。
今回は『ニューイヤー・ジパング』と題して楽しいオペレッタ作品や、フィリップ・スパークへの注目の委嘱作品《トウキョウ・トリプティック》(世界初演)、ドビュッシーの合唱曲《3つのシャンソン》、ラヴェルの《道化師の朝の歌》が演奏された。
まず、パイプオルガンが幻想的にライトアップされるなか、スパーク本人からのメッセージが流れ、華麗なファンファーレで幕があいた。初演の曲を聴くのは、知らない街を探検するワクワク感がある。
フィリップ・スパークは、ロンドン王立音楽カレッジで作曲、トランペット、ピアノを学び、「人生のほとんどを、ブラスバンドと吹奏楽のための音楽を書くことに費やしてきた」と本人も述べているように、ブラスの世界で名実ともに高い評価をされている作曲家である。彼は訪日のたびに魅了される東京の街に敬愛をこめて、今回《トウキョウ・トリプティック》という作品のなかで、〈シンジュク〉〈センガクジ〉〈シブヤ〉という3つの街を取りあげている。せっかくなので各曲について簡単に紹介しよう。
〈シンジュク〉は、上行形のリズミカルなラインが新宿副都心の高層ビル群を思わせる。ビルに朝陽があたりキラキラと輝いている。忙しい一日が始まる!クリアな金管の響き小気味よい。
〈センガクジ〉は、四十七士の貫き通した武士道を表現。事を終え、今は満たされた穏やかな気持ちで日々を過ごす、純粋な彼らの姿を垣間見られる.....いい曲だ。
〈シブヤ〉は、情報、ファッション、若者、最先端を突っ走る街の活気を描いた躍動感みなぎる曲だ。
東京の街を、こんなにさわやかに感じてくれるとは嬉しいものだ。再演を重ね、多くの人に聴いてほしい作品が誕生した。
私がジパングを気に入っている理由の一つに、「歌」をよく取り上げることがある。ドビュッシーしかり、ラヴェルしかり...、和声を大事に扱い、心地よいバランス。当然深みも増してくる。「ジパング、練れてきたなぁ」と嬉しくなった。結成9年目、吉川武典氏は「みんな歳をとってきたんでしょう....」と照れていたが、よい歳を積み重ねてきた証拠であろう。
後半のオペレッタも歌手2人をゲストに招き、いやおうなく楽しませてくれた。アンコールの催促に応え、《カルメン》から〈花の歌〉をしっとり聴かせ、〈ジプシーの踊り〉では、徐々にテンポアップし、気分も超絶テクニックも高揚してくる。会場からはため息が.....。
私も心の中で「ブラヴォー」連呼し、帰途についた。「楽しかったぁ」。さて、次はどんな幕が開くのであろうか。期待大!
(以上、バンドジャーナル3月号を原文のまま掲載しました)