トロンボーンの音ってどうやって生まれるの?

 今回は少し難しい話です。しかし、皆さんに一番初めに理解してもらいたい、イメージを持ってもらいたい「音」についてのお話です。どうやって音は生まれてくるのか。どうしたら素敵な音が出せるようになるのか……。 まず、音が生まれるところから考えてみましょう。

 例えば、皆さんがよくご存知のピアノ。鍵盤を押すと、ハンマーという部分が箱の中に張られた弦を叩きます。すると、その弦がぶるぶると振動して、そのぶるぶるが黒い木の箱を伝って空気中に放出されます。ぶるぶるは空気に地面に壁に伝わり、その振動全てがピアノの音として私たちの耳に届いているのです。

 ハンマーに叩かれた弦がぶるぶると振動したのがピアノの音の始まりでした。では、クラリネットではどこでしょう。それはリード(木の板)です。マウスピースに付けて口にくわえ、息を吹き込むことによって生まれた振動が、黒い木の筒へと伝わっていきます。ヴァイオリンでは弦ですね。弓で弦をこすることによっておきた振動が木の箱へと伝わります。ティンパニは?そう、皮です。スティックで皮を叩いて振動させ、それを大きなお釜のような器に伝えています。人の声も、声帯というすき間のある膜を振動させているそうです。声も音も同じ【振動】なのです。

 では、トロンボーンではどこでしょう。それは唇です。唇の振動がマウスピースを経由して、楽器本体に伝わっているのです。他の楽器でリードや弦や皮に当たる部分が、身体の一部分である唇なのです。つまりトロンボーンは、トロンボーンという道具だけでなく、私たちの身体もあわせて初めて一つの楽器だということができますね。

 つぎに、どのように唇をふるわせれば、心地よい美しい音が生まれるのか考えてみましょう。といっても、私は振動している唇を直接見たり、その幅を数値で測ったりしたことはありません。だから、あくまでイメージの話になりますが、“息を出した瞬間から、できる限り細やかに振動するように”と思いながら、いつも吹いています。

 私はバイリンガルではないので、外国語を話さなくてはならないときには、頭の中で考えてから実際に言葉に出すまでに、かなり時間がかかってしまいます。言いたいことが頭に浮かぶ→それに当てはまる言葉を探す→言い間違えないだろうか、相手にキチンと伝わるだろうかと心配しながらゆっくり話す…といったところでしょうか。しかし、日本語で話すときには(特に気心の知れた友人や家族と話すときは)、そんなことはありません。トロンボーンを吹くときにも、まるで日本語を話すように――話したい言葉が何も考えずにスラスラ出てくるように――吹きたいフレーズを時差も障害もなく音にすることができたらどんなにいいでしょう。つまり、息を出した瞬間から、時差も障害もなく唇が反応してくれればよいのです。これを私は〈唇の反応がよい状態〉と呼んでいます。そして、その振動の幅は、“できるだけ細やかに”とイメージしています。バラバラときめの粗い振動ではなく、ブーンと細かく振動すれば、息はスムーズに、川の水が流れるように楽器の中に送られていくことでしょう。音色も、より柔らかく美しくなるのではないかと思っています。

 ティンパニの皮を再び想像して下さい。皮の周りにあるワクのネジを思いっ切り締めて、皮を張りすぎると、パン!と固い音がします。反対にネジをゆるめすぎて、皮がだらんとなっている状態だと、ボヨォンとしまりのない音になってしまうでしょう。つまり、そのティンパニがポーンと一番良い音のする張り具合というものがあるはずなのです。同じように、私たちの唇にも理想の張り具合があり、それには、下あごのポジションが大きく影響しています。そして、よい状態(きつすぎず、ゆるすぎず)で張れていることは、“息を出した瞬間から、できる限り細やかに振動する”ことと、切っても切れない関係にあるのです。

 来月から、いよいよリップスラーとタンギングのレッスンに入っていきますが、その中で下あごのポジションについてもお話ししたいと思います。

 

我が輩の辞書にはトロンボーンという文字がある〈その2〉

 スライドの内管の端に、ストッキングという少し太い部分がありますね。全部が同じ太さだと、摩擦でスライディングが重くなってしまうので、一部だけ太くしてあるのです。ある日、私は、このストッキングの先端の部分がほんのわずかだけすぼまっていることを発見しました。この部分を広げてまっすぐにすれば、息の流れがスムーズになるんじゃないかなぁ!?さっそく、楽器の主治医に相談してみました。「あのねぇ、吉川さん。これをまっすぐにすると、摩擦で動きが悪くなりますよ。そうならないように、技術者が一生懸命曲げているんです。しかも、この内管はとても堅いので、曲げるのにはとても高度な技術がいるんです。どれだけ苦労して曲げてると思ってるんですか!?」と怒られちゃいました。私たちの目の届かないところにも、色々な工夫が成されているんですねぇ。