建物名称 レインボータワー
所在地 新潟県新潟市中央区
高さ 避雷針高110m 塔頂高107.5m
竣工 1973(昭和48)年
営業中止 2011(平成23)年営業休止 2012(平成24)年廃止
現状 塔体現存
TF式分類 第2種 II類
概要

新潟駅からほど近い「万代シテイ」は、県内に路線網を広げるバス会社・新潟交通がデベロッパーとして展開している商業施設群である。近い将来の上越新幹線と関越自動車道開通によって新潟市のさらなる発展が期待される中、遊休化していた広大な自社用地を有効活用して同市の副都心となることを目指し1970(昭和45)年にプロジェクトがスタート。総事業費約45億円を投入して1973年に第1期工事としてバスセンタービル、ダイエーショッパーズプラザ(2005年に閉店して現在はラブラ万代)、そしてレインボータワーが完成した。万代シテイはその後もデパート、ショッピングビル、シティホテル、レジャー施設などを相互にペデストリアンデッキで結ぶという当時としては画期的なスタイルの商業施設として拡張を続け、市内においては信濃川対岸の古町地区と並ぶ繁華街となった。
レインボータワーは万代シテイのシンボルとしてバスセンタービル南端の角に設置された日本ケーブル製の回転昇降式展望塔で、直径2.7mの塔体はその名のとおり七色に塗装されている。キャビンは直径約6m・2階建て61人乗り。分速36mで上下し、1行程は約10分を要した。新潟市街地を高所から俯瞰できる唯一の施設として市民や観光客から大いに親しまれていたが、1994(平成6)年に市内で初めて100mを超える高層ビル・NEXT21に無料展望室がオープン、2003(平成15)年にはさらに高い朱鷺メッセ・万代島ビルにも無料展望室が開設されたことはレインボータワーの営業に少なからず影響を与えたはずである。
レインボータワーが営業を中止した直接のきっかけは2011(平成23)年3月に発生した東日本大震災である。この震災で新潟市では震度4を観測した。タワーに異常や損傷は認められなかったがメンテナンスや安全性の確認などを理由として営業休止状態が長く続いたのち翌2012年2月に正式に廃止とすることが発表された。新潟交通が発した公式リリースから廃止理由を正確に引用すると「今後新潟で起こり得る最大規模の地震を想定した場合、客車及び塔体は揺れるものの倒壊する恐れはなく健全な建物という評価でしたが、極めて稀な地震時という非常に限定的なケースにおいて、基礎に若干の移動等が生じる可能性が否定できないことが判明いたしました。」とのことであるが、「倒壊する恐れはなく健全な建物」との結論が出ているにもかかわらず後段では耐震性に不安があるかのような矛盾した記述がなされ、しかもくどくて歯切れが悪い文章なのが気にかかる。「基礎に若干の移動等が生じる」というのがどういう状況なのかも具体的なイメージができない。タワーの基礎部分はバスセンタービルと一体化しているので、それに移動等が生じるとなればバスセンタービル自体の耐震性に疑義があることになり、タワーだけでなくビルごと営業を休止しなければ話が整合しない。これはあくまでもTOWER FANTASIAの勝手な推測であるが、タワーの営業廃止の理由として震災は口実であり、新潟交通の本音としては採算性の低いタワーの営業は仮に震災がなくてもいずれやめたいと考えていたのではないだろうか。
今や新潟交通の最大の収益事業である万代シテイにあってその代名詞的存在のレインボータワーを撤去することはさすがにできないとみえ、同社はタワー施設そのものは今後も維持し何らかの活用策を検討する旨を表明している。現に2013(平成25)年3月には塔体の塗り直しを実施し、下塗りのため一時的に白一色の姿になった際は地元紙の記事になるなど話題を呼んだ。また同年は万代シテイ開業40周年を記念するPRキャラクターのデザインが公募されたが、最終選考に残った10作品のすべてがレインボータワーまたは虹色をモチーフにしていたことは、同タワーがいかに万代シテイのシンボルとして高い認知度を得ているかを端的に示した事象と言えるだろう。なお一般にはほとんど知られていないが、レインボータワーにもマスコットキャラクターは存在した。キャビンを顔に、七色の塔体をスカートに見立てた女の子(と思われる)のキャラクターで、その名を「たわりん」と称した。

 2012年4月16日撮影
万代シテイの一部を成すラブラ万代の前から捉えたレインボータワーの姿。キャビンは塔体の途中まで上昇した状態で停止しているので、あたかも現役稼働中かのような写真が撮れました。キャビンを上げっぱなしにしている理由は、のりば付近が夜間でも自由に通行できることから落書きや破壊行為を防止するためではないかと推測しているのですが、回転昇降式タワーは強風が吹くとワイヤーが塔体にぶつかってピシャンピシャンと金属音をたてるので騒音を軽減させる意図もあるのだろうと思います。
Twitterのキーワード検索を利用して観察していると営業廃止後もどうやら1〜2ヶ月おきくらいにキャビンを運転していることが目撃した人たちのツイートからわかります。新潟交通に営業再開の意思はないはずですが、とりあえず動かせる状態には維持しておく方針のようです。
タワーが立っているのはバスセンタービルの片隅。その名のとおり高速バスや市内各所への路線バスが発着するターミナルとショッピングモールが一体化した建物で、新潟交通の本社もここにあります。
ビル内の随所に掲出されている案内板に描かれたタワーのピクトグラムはいつまで残しておいてくれるでしょうか。
ビル2階の大部分はステージイベントなどに利用されることも多い公開の広場になっており、タワーのりばもこの階にあります。赤いテント屋根の通路は2階建てキャビンの2階席のりば。
タワーの切符売場はビル2階のキャビン1階席のりば前にあります(ややこしいな)。ずいぶん立派な待合室がありますが、時刻表の類が見当たらないことから運転は客があり次第随時だったと思われ、晩年はほとんど活用されることもなかったでしょう。
待合室はもちろん閉鎖されていますが、ガラス越しに内部を見ることはできます。搭乗記念のスタンプ台が置かれていますね。私は訪れたタワーにスタンプが置いてあっても押しませんが、こうして廃止されたタワーを目の当たりにすると記録の一環として押しておくべきなのかなぁ、と考え直してみたり。
天井が低くて圧迫感のある1階席ののりば。営業終了の告知を貼りつけた看板とカラーコーンに渡された警戒色のバーが二重にゲートを塞いでいます。
こちらは2階席のりばのゲート。客の立場としては切符売場から少々迂回して階段を登るのが面倒で、運営側の立場としてはドア開閉の係員を配置しなくてはならないことから、晩年は1階席にしか客を乗せていませんでした。
この角度だと上下ののりばの位置関係がよくわかります。また、タワーの根元はビル2階よりやや掘り下げた位置にあることもわかります。しかし巨大地震が起きたときにどこが「若干の移動等が生じる可能性が否定できない」部分なのかはわかりません。
のりばの反対側には“おりば”のゲートがあり、混雑時は乗車客との動線分離が可能な構造でした。これに対応してキャビンのドアも上下階それぞれ2ヶ所ずつ設けられています。しかしおりばのほうは2階席よりももっと使用されることが少なかっただろうと思います。
私はついに営業中のレインボータワーに乗ることができませんでした。これは痛恨の極みです。それゆえひととおり観察と撮影を終えても非常に立ち去り難い未練があったのですが、最後に伊勢丹前の交差点付近から順光での全景写真を撮影して今回の取材を締めくくることにしました。青空をバックにキャビンが上昇した状態の美しい姿をカメラに収めることができたのはせめてもの救いです。
2012(平成24)年10月に、切符売場および待合室があった一角は全面的に改装されて飲食店がオープンした。

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