建物名称 平泉タワー
所在地 岩手県西磐井郡平泉町
高さ 全高?50m
竣工 1967(昭和42)年
営業中止 1970(昭和45)年?
現状 1972(昭和47)年解体撤去
TF式分類 第2種 I類
概要 平泉は中尊寺や毛越寺をはじめとする奥州藤原氏ゆかりの史跡があることで全国的な知名度があり、多くの観光客が訪れる場所である。しかしレジャー施設は乏しかったことから、同町所在の北都観光株式会社はタワーと遊園地を開設して平泉の観光地としての魅力を高めようと計画、兼松江商(現・兼松)から1億円の設備投資資金を借りて1967(昭和42)年6月に回転昇降式展望塔をオープンさせた。場所は毛越寺北側に位置する塔山の北面、標高110mの地点で、現在跡地は住宅用の分譲地になっている。タワーの工費は8500万円。展望キャビンは2階建てで、各階30人ずつ計60人乗り。北上川の流れや衣川古戦場跡、栗駒山などが一望できたという。隣接する遊園地は8250平方メートルの敷地にコーヒーカップやゴーカートなど8種の遊具を備えていた。
オープン前年にNHK大河ドラマ「源義経」が放映されたことが追い風となって当時の平泉は観光客で大いに賑わった反面、タワーと遊園地は立地の悪さが災いして客足が鈍く赤字を累積した。早くも1968(昭和43)年10月に北都観光は不渡り手形を出して銀行取引停止の憂き目に遭い、1970年には1億5000万円の負債を抱えて営業を停止するに至る。タワーと遊具は売却されることになったが、遊具はすぐに買い手がついたのに対しタワーは売れ残り、しばらくは廃墟として山上に佇んでいた。岩手日報の記事の表現を借りると「九州の観光業者」が「スクラップ同然の価格」で買い取ったことでようやく1972(昭和47)年8月に解体された。

1967(昭和42)年6月24日付の岩手日報にタワー(6月18日)と遊園地(同25日)のオープンを告知する広告が掲載されている。紙面の4分の3を占めるスペースにタワーの写真を大きく配し、「日本最初の回転式タワー」と大書されている。この年は東京スペースタワーとびわ湖タワーもオープンしており、どちらにも「日本初の回転昇降式展望塔」であるとする説があるが、営業開始の日付を根拠とするならば確かに平泉タワーが「日本初」である。
ところでこの広告を見る限りでは、タワーにも遊園地にも固有の名称がついていないように見受けられる。また、営業時間、入場料、所在地などといった基本的な案内すら載っていないのも広告としては不備だとの印象を免れない。
タワーの撤去を報じる岩手日報の記事には「平泉タワー」という文言が出てくるが、これは地元での通称とみるべきと思われる。「九州の観光業者」の具体的な名前は出ていなかったが、「解体業者」ではないところをみるとタワーがどこかに移設された可能性も否定できず、気になるところである。

TOPページへ