―1105年23日水上都市スクーレ元騎士団本部アスティ・ウォードの部屋―

「腐れ魔術師、居るか?」
声と共に扉が開く。
「ノックくらいしろよ、不良サムライ。」
室内の主は無作法者に背を向けたまま不機嫌な声を出した。
「女子でもあるまいに、いちいち細かい奴だな…ん、アッドもおったのか!」
長身を屈め本棚の整理をしている少年の姿に気付き、オルギは顰めていた顔に笑みを浮かべた。
「こんな陰気臭い部屋で何をしておる?長居すると茸が生えてくるぞ。」
「生えるかよ!」
共に25歳の大の男だとは思えない旧友同士のやりとりに苦笑いを浮かべながら、アルヴィルドは立ち上がり入り口に突っ立ったままのオルギに会釈した。
「アスティさんに傷薬の小分けをお願いしていたんですよ。」
「傷薬?粉末の水に溶いて塗り薬で使うアレか?」
「そうだよ。遠征に長期携帯で持っていくのにそれ以外の薬があるわけ無いだろ。」
「拙者はアッドと話しておる。で、ケガでもしたか?アレなら小瓶に入れて持っておったろ。」
「僕のじゃなくて弟の分ですよ。ほら、この前ティゴルでケガしたでしょ?」
「ああ、あのちっこいのか!」
「『ちっこいの』じゃなくて『アルビル』。いい加減に名前覚えろよ…」
呆れ顔で溜息を吐くアスティを気にも留めず、オルギは机に背を向け寄りかかった。
「あっ!気をつけろよ、不良サムライ!せっかく作った薬がこぼれる!!」
「お主の瓶詰め作業に比べれば微々たる量だろ。」
「瓶詰め作業?」
オルギの言葉にアルヴィルドが小首を傾げる。その様子にオルギはにんまりと笑みを浮かべ、一方のアスティは眉根に皺を寄せた。
「見ておればわかる。なかなかの見物だぞ。」
「見物って…」
「アッド、相手にするな。バカが移るよ。」
「薬は出来たのだろ?ならば、あと半刻は待たねばなぁ。」
「は、半刻?!」
「オルギ、邪魔しに来たのなら帰れ!」
「用事があって来たに決まってるだろ。見物しながら待たせてもらう。」
しぶしぶと作業を再開したアスティの手つきを見て、アルヴィルドはオルギがニヤニヤと笑っている理由を理解した。なんとも覚束無い手つきで薬の大半は魔術師の手にした小瓶ではなく、卓上に敷かれた紙の上に落ちていく。先程までの薬を調合していく鮮やかな手つきからは想像つかない光景に、少年アーチャーは目を丸くした。
「アッド、アスティの手先の不器用さは折紙付きだぞ。覚えておけ。」
驚いた様子のアルヴィルドを見てオルギは満足そうに笑んだ。
「オ〜ル〜ギ〜、邪魔をするなら出て行け!!」
「大声出すと余計こぼれるぞ。ただでさえ3分の2は瓶の外なのだからなぁ。」
「あ、あのぉ…」
今にも掴みかかりそうな不快な表情を浮かべたアスティにアルヴィルドが遠慮がちに声をかける。
「何だい、アッド?」
「僕がやりましょうか?瓶詰め作業…」
思いもよらなかった少年の申し出に、大人気ない大人二人は目を点にし同時に声を出して笑い出した。その様子に申し出た当人は困惑してしまった様子でポカンとしている。
「あ、あの、僕マズイこと言いましたか?」
「否、最良の選択肢を投げてよこしただけだ。」
「そうだよ。最初からアッドに頼めば良かったんだ…」
何故そのことに気付かなかったのか、とアスティは力が抜けて普段の顔に戻っ表情で笑んだ。薬作りのお礼にと散らかった室内を整頓してくれるぐらいなのだから、アルヴィルドはまめである。投げナイフを自在に操ることからも手先の器用さは想像が出来た。
「じゃあ、お願いするよ。」
「はい。」
「なんだ、拙者には頼まんくせにアッドには素直に頼むのだな。」
「オルギに頼むとわざとこぼす振りをして、見ている方が疲れるんだよ。」
「冗談の通じない方が悪いのだろ。」
「まぁまぁ、お二人共それぐらいにして。はい、瓶詰め出来ましたよ。」
あっさりと作業を終え、アルヴィルドが静止の声をかける。
「おお、終わったか!よし、アスティ、アッド移動するぞ!」
「あれ?用事って僕にもですか?」
「何を言っておる、宴会企画委員会の一員だろう!」
「いつから委員会になったんだよ…」
「宴会って何かお祝い事ありましたっけ?」
「冷たい奴だな…弟の入団祝いがまだだろ!」
「ああ、そういえばアルビルの入団祝いちゃんとやってなかったな。」
「色々とゴタゴタもありましたからね。」
「お前達までそんなではちっこいのが可哀想だろ。」
「オルギは人の名前は覚えないくせに、そういうことはよく覚えているよな…」
「温情ある先輩のご配慮に感謝いたします。」
やや芝居がかったアルヴィルドの言葉に、オルギは満足げに頷くと先頭を切ってドアを開け廊下に出た。あとの二人もそれに続く。
行き先は決まっている。『酒場 月の涙』である。宴会の企画を立てる際に一度三人で飲むのが常だ。
「アッド、アルビルの傷の具合はどう?」
「そうであった、主役が欠席では話にならんからな。」
「もうほとんど完治してますが、今は用心させて部屋で休ませてます。」
「え?一人で大丈夫なのかい?」
「付きっきりで看病してくれる頼れるお兄さんが居ますから。」
「…前々から気になっておったが、あの仏頂面とお主の弟はどういう関係なんだ?」
「あっ、それは僕も気になっていた!あのエルムが他人に優しくするなんて信じられなかったからね。」
「エルムさんは昔から優しかったですよ。まぁ、あの二人は仲が良過ぎるというか…」
ドアの取っ手を握ったままアルヴィルドは適切な表現を探した。
「あの二人の関係はオルギさんとアスティさんの関係を素直にさせた感じですね。」
納得のいく表現を見つけ、アルヴィルドはそっとドアを閉めた。
彼の答えにサムライと魔術師の双方から不満が述べられたのは言うまでもない。



      ―1105年23日 水上都市スクーレ元騎士団本部アスティ・ウォードの部屋にて
                   アスティ・ウォード、オルギ・ダジャ、アルヴィルド・メイゼン―


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