2008.03.03 「卒業50年記念総会」の案内 (予告) |
工藤君から案内状が、発信されました。記念総会であり、全国規模としては区切りになる会なので、皆さんの参加を期待して再掲します。 期日 2008年5月12日(月)〜13日(火) 会場 秋保温泉「岩沼屋」 会費 1万円 日程 5月12日 18:00〜(現地集合) 開宴前に記念写真撮影 (15:00〜 受付 20:00〜二次会) 5月13日 7:00〜朝食 (以後現地解散) |
2008.03.03 「ゴルフ大会」の案内 (予告) |
工藤君からの案内にもありましたが、東京のゴルフ幹事の塩沢君から下記のような案内メールが発信されているので再掲します。皆さん奮って参加下さるようお誘いします。 何となく春めいてきた今日この頃ですが、諸兄には元気のことと拝察いたします。さて、掲題の件について仙台の世話人である渡辺光太郎氏と打ち合わせの結果、概要次の要領が決まりましたので皆さんにお知らせします。正式には改めて案内状が出されますので、そこに申し込んでください。 日時 5月13日(火) 総会の翌日 場所 西仙台カントリークラブ (東北クラシックなど開催のコース) スタート 9時3分から5組予約 (キャデー付) 費用 10名以上 一人 9180円 9名以下 一人 11280円 (共に食事代別、当然宅急便代などは別) アクセス 作並から及び仙台駅まで30分程度 (少なくても終了後5時〜5時半には仙台駅到着予定) 足(車の手配)は在仙メンバーが用意 概要以上です。 今回のメールはアドレスの分かっている諸兄を中心に送付していますので、他のじっかいメンバーに連絡の折には趣旨をお伝えいただければ幸いです。総会時まで体調を万全に臨まれるようご自愛下さい。とりあえずの連絡です。塩沢 信行 |
2008.03.03 「東京じっかい世話人会」 (報告) |
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東京じっかい世話人 事務局 進藤 舜一郎君からの報告です。 二月に入り厳しい寒気の中にも、向春の日差しを覚えるようになりました。 さて、1月28日(月)5時から恒例の新年会が銀座の鉄板焼・コルザで開かれ、おいしいステーキとワインで笑いの絶えない実に楽しい一夜を過ごした。今回は、千葉の玉造氏と東京の亀氏が初参加し、一段とにぎやかになりました。どうもこの年になると、病気のオンパレードで面食らいました。若かった家族壮健の時代は終わり、他人の話を聞いても何時我が身かと、妙に寒さが身にしみる会でした。 一人清高氏のみが年末に念願の自動車免許を取得したと気を吐いていましたが、「それでなくてもボケが始まっているのだから注意しなきゃあ」と皆は手厳しいことでした。そして奥さんとの葛藤日々が続く、生々しい現状報告が続きました。 なにはともあれ十人十色といいますが、皆違った人生を生きてきた仲間が仲良く一緒に食事できること、遠慮なく者が言える相手がいることは良いことです。それが友人であれ妻であれ、気分は高揚するし脳は活性化するし、それなりにとてもシアワセことなのだなあと思えてなりません。 さて最後に「卒業50年記念総会」には全員出席することが確約されたが、翌日のゴルフ大会について東京の担当は塩沢氏にお願いしたので、企画を進めるように幹事会に要望した。いずれ50年総会、古希の仲間が一人でも多く春の秋保温泉に集結できることを期待しています。 |
2007.10.27. 「じっかい2007秋の日」 (報告) |
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〈東京から参加した進藤舜一郎君が、帰りの新幹線から寄せた報告と写真です。〉 秋風が吹き紅葉の便りが急ピッチで南下しています。さて先夜の紅葉グランドホテルでの「秋のじっかい2007」は、本部世話役の心をこめたもてなしで、まるで総会のように実に盛会でした。 東京から参加した世話人一同も歓待して頂き、またご無沙汰しているめずらしい人々にも再会でき、嬉しい限りでした。何より工藤事務局長がヘルペスから体調も戻り”じっかい”も発行し、久々にも復活した事に加え中村氏はじめ幹事会の面々が力を合わせて運営されている熱意が強く伝わってきました。これで、古希を迎える来年の秋保での記念総会の成功も間違いないことを確信しました。 今回のじっかいは亡くなった石黒氏への黙祷から始まりました。実は私は遅刻して会場に入る前に、東北高そしてノンプロの仙鉄の選手・監督として石黒氏と同じ歩みをした、宮城野中学同期の葛西氏と評定河原球場のグランドに立って、昔を偲んでいました。50年前の一二高定期戦の歓声が耳に甦り、風に乗って応援歌が流れてきました。そして、今更のように広く一般的に言って何事であれ、他者の悲しみ・痛み・苦しみをできるだけ〈他人事〉ではなく〈我がこと〉として受け止める人間社会が願わしい事を痛感しました。ところが現実は万能と言うと、カネ万能のような風潮に支配され政治や企業のトップが第一にこうした〈我がこと〉意識を欠き、すべからく〈他人事〉みたいになっています。だが、うれしいいことにじっかい世話人は、何事であれ〈他人事〉とは思われないという人生訓を学び身につけている人ばかりです。 いつまでも感傷的な思い出に浸ってもはじまらず樋口君の挨拶に元気付けられ在りし日の石黒氏の元気な姿をしかと心にとどめつつも、そこから抜け出して、人生最後のラウンドの生活と仕事に精を出そうと思い直し、帰りの新幹線で今回の感想を纏めてみました。 ――じっかいは熱―いるだけで密度の違う空気を放つ ――じっかいは波―引いたかと思えばまた寄せてくる ――じっかいは数―ばらばらに見えてたちまち終結する それが自覚的であれ無自覚であれじっかい生その魂で前にある壁を蹴散らし、あとには瓦礫と足跡を残してきた。埃っぽく騒々しい、しかしそこには痛快がある。我々はこれからも年齢を重ねていく、しかし老いとは違う何かが待っている気がする。かつてどの時代どの国でも起こっていないことを、じっかい生はこれからもしでかす気がする。 所用で二次回は失礼しましたが、さぞかし盛り上がったことでしょう。このじっかい何時まで続くか保証の限りではありませんが、私も皆さんとの絆を大切に、菊地支部長のもと東京の事務局を担当していきたいと考えています。今後ともよろしくご協力、ご支援お願いします。 写真同封しました。季節の変わり目、ご自愛下さい。 日時 平成19年10月15日(月) 午後 5時 会場 江陽グランドホテル *二次回は「彩香」(二番丁通・広瀬通西北角の地下)
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2007.09.19. 「じっかい2007秋の日」案内 (急告) |
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ゆっくり語り合える事が楽しみでありませんか? 幹事会の協議で、 今年も下記のように企画しました。 日時 平成19年10月15日(月) 午後 5時 会場 江陽グランドホテル(青葉区本町二丁目)(022-267-5111) 会費 7,000円 *二次回は「彩香」で(会費:5,000円)(022-264-0722) (セントラルビルB1F〜二番丁通・広瀬通西北角) 申し込み 10月10日(水)まで 仙台一高じっかい事務局へ 【工藤忠久宛=住所・電話略(先の郵便じっかい参照)]
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2007.08.23 「東京じっかい有志懇話会」 (報告) |
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(以下進藤君からの報告を要約します) 連日35度を越えるのが当たり前だった東京の夏も終盤に差し掛かった8月23日 (木) 仙台から中村君が上京するのを機会に、銀座で東京じっかいの世話役会 メンバーが 懇話会を開きました。中村君からは、阿部事務局補佐の新任および 秋の日じっかい・ 卒業50年記念大総会開催など、6月25日の幹事会の詳しい 経過が伝えられました。 仙台・東京の世話役同士の交流の一層の緊密化をはかる事や、じっかいに関る 皆さんの熱い思いを伝え合いました。お互いに意見を述べ、語り合う楽しい夏の 一夜でした。 出席者:中村利弘(仙台)、菊池清高、佐藤義明、大立目弘、進藤舜一郎 諸君 (塩沢君は体調の都合で急遽欠席となりました)
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2007.08.15. 楽しく飲んだ「納涼大会・じっかいサロン」 (報告) |
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今年の「一中・一高大納涼大会」は、第51回ということで「原点」 を基本テーマにして開かれましたが、じっかいからは9名が参加し、 大いに楽しく盛り上がりました。その後、例によって、彩香での 「じっかいサロン」での二次回となり、楽しく飲み・歌い・語りあい ましした。 参加者は、(下の写真左から)小野寺文昭、佐藤興治郎、中村利弘、 立花佳夫、(京子さん)、小川肇、吉田政史、樋口龍雄、 安藤勝祥、鹿野敏秀 の諸君です。 |
2007.04.12 「千葉じっかい有志懇談会」開催(報告) |
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先に予告して、参加を呼びかけました、じっかい千葉の集いが30名参加という、 大盛況で開催されました(仙台から中村君など5名、関東各地から豊嶋君の電話 呼びかけに応じて多数参集)。 中心になって準備を進めた玉造さんからの、報告を転載します。 なお、写真は、玉造さんと蠣崎さんの撮影したものを載せました。 ――― 記――― 1.日時:4月7日(土) 13時〜17時(懇談・近況報告および2次回) 2.場所:千葉駅近辺のレストラン(海燕亭) :2次会(近くのホテル地下のカラオケルーム) ―――――― 「皆様昨日はお疲れさまでした。 お陰様で初めての千葉でのじっかい有志懇談会を盛会裏に無事終える ことができました。いろいろ行き届かない点もありましたが、久しぶりで お互いに元気で再会できたことを喜び合い、出席者全員から思い出話や 近況報告をしていただけたのでそれなりに有意義な時間を過していただけ たものと思います。これを機会に更に相互の交流が深まり、益々元気に 楽しい人生を過されますよう祈願しております。 昨日の写真を下記の CANON iMAGE GATEWAY オンラインアルバムに アップロードしましたのでご笑覧の上、適宜必要に応じダウンロードやプリント してご活用下さい。 又、出席者名簿を追記/訂正したものを添付しておきます。 (名簿および写真のURL略) 以上」 玉造記
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2007.02.14 「じっかい千葉の集い」開催予定 (急告) |
じっかいのメンバーで千葉在住者の皆さんが、たまに顔を会わせて飲んで いるなかで、少し広く呼びかけて、「有志の集り」をやろう、と言う話しが出 ていました。 このたび、以下のような呼びかけメールが発信されました。 関東地区はもとより、仙台やその他全国各地のじっかい有志への呼びかけ ですので、奮って参加するよう期待します。 「じっかい」千葉在住の(玉造)です。 大変ご無沙汰しておりますが、皆様におかれましては、お変わりなくお過ご しのことと存じます。突然で恐縮ですが、現在下記日時にて千葉での「じっか い」有志懇談会を計画しております。お忙しい時期とは存じますが、花見にも 良い時期ですので出来るだけ多くの方々のご参加をお待ちしています。取り 敢えずご出席可否を2月末までご回示賜れれば幸いです。 尚、上記メール宛先以外の「じっかい」の方にも出来るだけ声を掛けていた だければ幸甚です。 (世話役:菊池(清)、堀江、豊島、玉造) ――― 記――― 1.日時:4月7日(土) 13時〜15時(昼食方々懇談・近況報告) 2.場所:千葉駅近辺のレストラン/居酒屋等 (参加人数も考慮し開催場所、2次会等の詳細は別途決定) |
2007.02.14 「東京じっかい世話人会」の報告 |
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平成19年正月の仙台123の会は休会となりましたが、東京じっかいの世話 人会の開かれた模様が、進藤君から報告があったので、皆さんにお知らせ します。 立春の候、今年は例年にない暖冬で、鎌倉は水仙・菜の花が満開となり、 社寺の 梅も五分咲きです。昨年は東京じっかい総会で、じっかいの関係 諸兄には大変お世話になりました。今年も宜しくお願いいたします。 さて、仙台の123の会はなくなりましたが、東京じっかいでは恒例の世話 人会を、1月23日銀座で開催しました。菊地支部長をはじめ、佐藤(義)・ 塩沢・大立目・佐藤(千)そして今回は菊地氏夫人が特別参加し花を添えま した。皆さん寄る年波に勝てないのは現実としても、「老いの一里塚」といっ たイメージとは程遠く、談論風発まだまだ生涯現役と意気込んで、しっかり 自分の人生を生きているようです。 私も、ご心配をかけた夏以来の帯状疱疹もやっと治り元気になりました。 気のあった昔の仲間と酒が飲めるのは本当に幸せです。皆さんからは、背 中を押されるパワーではなく、肩に手をかけられたような優しい力をもらえ ました。せめてこれからは今こそと言う気持ちを大事にしながら、良寛の言葉 ではないですが、「日々日々また日々」と一日をゆったりと生きていこうと 思います。また、それが 私にとっての何よりの健康法とも考えます。 (写真も同封します) |
2006.12.29 「正月123の会」の休会 (急告) |
「平成19年正月の123の会」が休会となりましたので、お知らせします。 例年会場としていた、建華苑が急遽閉店となったため、今年は休会となりました。 これからの、「じっかい」の例年行事の開催予定(例えば、春・秋の2回開催など)や、諸々の運営方針などについては、年が開けてから世話人会を開催し、相談して行く予定になっています。 |
2006.12.29 「じっかいサロン(in彩香)」の開催予定 |
「じっかいサロン」も開設から7年を過ぎました。今年も「じっかい」人のいつでも会える「たまり場」として、「出入り自由」「飲んで・歌って・語って」ということで毎月開催する予定です。 「友遠方より来る」で意外なメンバーと会えることもあります。気楽に参加くださるようご案内申し上げます。 【会場】 彩香 022-064-0722 (仙台セントラルビル地下1F) (東2番町と広瀬通の北西角) 【時間】 19時〜22時ごろ 【会場】 会費 5,000円〜7,000円 (当日の割り勘) 【2007年の開催予定日】 1月9日(火)、2月19日(月)、3月12日(月) 4月20日(金)(一高同窓会総会)、5月14日(月)、6月11日(月) 7月9日(月)、8月15日(水)(納涼大会)9月10日(月) 10月15日(月)、11月15日(木)(同窓会支部総会)、12月10日(月) |
2006.10.05. 「じっかい秋の日」報告 (再報) |
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「じっかい秋の日」が開催されてたことは、先に報告しましたが、 写真と工藤君からの速報が届いたので、再報します。 日時 平成18年9月11日(月)(毎年、9月の第二月曜日に開催) 場所 桃水 会費 7,000円 いつの間にか眠ってしまい、皆様のおかげで無事終了したことを 感謝します。 「帯状疱疹」で、痛みと右耳難聴の中、ずっと酒が飲めず睡眠不足 でした。心置きなく語れる皆様・「桃水」のうまい肴と美酒で快い 状態でした。(さほどの量ではなかったが、程よいものでした) 東京事務局の進藤君に電話したら、彼も足に発症し、痛みに苦しみ ながら通勤しているが、酒は厳禁とのこと。後日、私の担当医に 尋ねたら、飲酒は血行を促すので程ほどなら可。めでたし。 「じっかい通信」を編集中です。進藤報告、恩師近況、会員異動、 篠沢君(文芸部員)の文章等が内容です。乞うご期待。 |
2006.09.16. 「秋のじっかい」盛会 (報告) |
これまで約40年間、正月の「じっかい123」が開催されてきました が、じっかい諸兄もそれぞれ熟年に至り、もっと集る機会が多い方が 良いと言う声がふつふつと沸いてきました。確かに諸般の事情で、 正月はどうしても参加できなくて残念と言う声もあったので、世話役達 が相談しまして、下記のような企画をしましたところ、実に28名の 参加があり、楽しくも盛大な、秋の集いを持つ事ができました。 その後は、恒例の「じっかいサロン」での二次回もあって、秋の夜長を 心置きなく語り明かしました。 (追って、写真入りで詳報しますが、とりあえず、新しい試みの、 秋のじっかいが、無事終了したことをご報告します。) 日時 平成18年9月11日(月)18時〜 (今後毎年、9月の第二月曜日を開催日とします) 場所 桃水(グランパレビルの小路を西に100mほどの地下) 会費 7,000円 |
2006.09.16 続「東京じっかい」 (報告) |
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日時 平成18年6月10日(土)14時〜17時 二次会 17時〜20時 場所 メルパルク東京 3F・5F 世話役 進藤舜一郎 君 からの報告を掲載します。 第6回東京じっかい総会報告 前日に梅雨入りしたばかりの6月10日、芝公園の木々の緑が色濃いメルパルク東京で、第6回東京じっかい総会が45名の諸氏の参加を得て、3年振りに開催された。当日は、仙台や広島からも恩師平野和夫先生をはじめ10名が上京し、盛大な会となった。 恒例の佐藤義明氏の司会で、まず55名の物故者への黙祷に続き、菊地清高支部長が「還暦から7年経ったが、皆元気で何よりだ。今回は東京から西に住む135名に連絡し、125名から返事があった。世話人としては、集まってもらうのが何よりうれしい。今日は卒業後48年ぶりに、音楽の平野先生をお招きしている。」と歓迎の挨拶。 続いて樋口龍雄世話人代表が「仙台の1・2・3の会は、学生の頃は正月休で都合がよかったが、もっと別の時期に集まりたいという意見が出て、年2回(1月・9月)やることになった。年をとると、食い物・金・女はどうでもよく、友と語り合うことが大事になる。一律共学化の県の方針に対し、一高は“選択の自由を認めよ”と主張してきたが、残念ながら通らず、来年二高から共学時代がはじまる。私は共学になっても、一高精神に賛同するものは拒まない考えだ。一高の大学進学の偏差値は、惨憺たるもので、大変やばい。しかし、映画の菅原文太や小説家の井上ひさしをはじめ、津軽三味線で活躍している若い人、“一人のバンカラ応援団長”として第71代の大道寺君もTVドキュメントで話題になったり、一高は文化で元気だ。別学同士最後の戦いとなった定期戦も、二高は共学に反対して応援道具を封印し、OBも元気がなかった。一高はいじけてなく、面白くやっており、あまり心配しなくてよい。」と独自の一高文化論を披露した。 続いて、来賓の恩師平野和夫先生が挨拶に立ち、「23歳で一高に赴任して15年、二女高で23年、その間宮城学院やらの講師兼業を30年やった。一高の校風の違いに驚かされ、何も分からない新人教師時代であったが、音楽部が合唱コンクールの全国大会で4位に入賞したことは忘れられない。じっかいメンバーの活動は印象深い。現在も6団体の合唱指導をしている。趣味は、ソフトボール審判20年、居合道10年・5段、詩吟4段、マジック21年になる。人を騙すのは楽しい。心臓に不整脈があったが、腹式呼吸で鍛えた体は若い人に負けない。健康でないと人間何もできない。」と74歳とは思えぬ若さの秘訣をユーモアに語った。 遠路、広島から参加した国分裕支部長の発声で乾杯し、しばしの歓談が続いた。その間、仙台の工藤事務局長と同窓会の山崎幹事長から、じっかい2006秋の会開催や共学化を前提とした一高将来像の検討などの母校の報告があり、私から東京の事務局報告をした後、恒例となったクラス別近況3分間報告になった。いつもは自分のクラスを失念し混乱するのだが、今回は当時の教職員・生徒の「昭和32年度仙台一高名簿」現物のコピーが配布されていたので、実に正確に恩師と仲間を確認できたようだ。何しろ、この名簿には今は消えた古い住所はもとより、父兄名・職業まで記載されており、電話のあった家はたった3分の1ということまでわかる貴重な資料である。個人情報保護の現代では考えられない、古き良き時代ではあった。 壇上からは時間を惜しむように、皆が次々に話しかけてくる。定年の直後は,あれ程「のんびり」を求めていたのに、67才を越した東京じっかい生130名のうち40名(30%)が未だ働いている。まさに仕事に生きがいを求める「働く高齢者世代」ではあるが、本当に能力や経験を生かし活躍できる社会が実現しているのだろうか。現役時代は無意識のうちに緊張と弛緩のバランスが保たれていたが、どうも定年後は年金という生活の支えもあるせいか、遊ぶか働くかの極端に走ってしまい、バランスを取るのに苦労している話が多いようだ。 何よりも驚かされたのは、来賓の平野先生を前にして、ユニークな音楽の試験やらあの美声による独唱の授業など、多感な茶畑の悪童時代に、新任音楽教師との出会いで音楽に目覚めたり、心を動かされたエピソードを、多くの人が真剣な表情で次々に告白したことだ。先生はしきりに照れていたが、じっかい生の品格・生き方にこれほどまで音楽教育が深く入り込んでいたことを認識させられ、樋口会長の言う一高文化論(生き方そのものが文化)は、きっと正論なのだと確信した。 会も盛りあがったところで、いよいよメインイベントである。昭和31年全日本合唱コンクール出演のメンバーが、平野先生の指揮の下に、何と50年ぶりに音楽部東京OB会の後輩の賛助出演を得て、男声合唱を披露するというものである。私もその一人だが、別室での音合わせもそこそこに、昔よく歌った懐かしい3曲を一気に歌い上げた。あの平野先生の指先の細かい動きを、皆が覚えていた。17名の少人数ではあったが、迫力ある合唱に会場はこぼれるような笑顔と大いなる拍手喝采に沸いた。昨年亡くなったメンバーだった渡辺氏(東京)、梅津氏(名古屋)の顔が一瞬脳裏に浮かんだ。 合唱の魅力はハーモニーにある。私などはもう年末の第九しかやらないが、小澤征爾の指揮でご夫婦で歌った国分氏や東北大OBの人たちは今もって各地で活動している。いまさら合唱などと思うだろうが、ハーモニーの楽しみを知ったら、奥はどこまでも深く、その魅力から抜け出せなくなる。余談だが、じっかい音楽部メンバーがOB会で幅を利かせられるのも、昭和25年に甲子園に出場した野球部と同じく、「全国大会に出た」という実績がものをいっている。その後50年、彼らには経験がないのだ。平野先生との絆は、殊のほか強い。今回、荒川、菅原、篠沢、平野氏らが欠席したのは残念なことだった。 オーケストラの校歌が流れてきた。最後は全員が平野先生の指揮で校歌斉唱し、会は最高潮。なぜか皆、感動の趣で歌い上げることができた。やはり音楽は体験し共有するものなのだ。 二次会は同じ建物の和室に26名が残って、仙台からの差し入れの笹かまぼこを肴に、遅くまで車座になって語り合っていた。興に乗った平野先生は、お得意のマジックで皆を煙に巻いていた。二次会後、先生は別室で待っていた音楽部OB会のパーティにも出席し、メンバーと時間ぎりぎりまで合唱を楽しみ、帰仙された。後日、先生から「最高のじっかいでした。とにかく感謝、感謝です。久しぶりに一高生の良きバイタリティーに接し、楽しく懐かしく過ごしました。」との便りが届いた。 事後、事務局から出席者へは記念写真、欠席者全員に当日資料を送付したが、なんと40名近くの会員から、折り返し「平野先生に再会できてよかった。」という手紙やメール、電話が寄せられた。皆に大きな感動を与え、楽しい会となったことは、企画した世話人や事務局として、何よりもうれしいことでした。 思えば48年前、一学年362名のうちの約半数が、星雲の志を抱き上京し、そこで学び、職を得て、伴侶を見つけ、子を育て、定年となった今、一クラスに相当する56名が他界している。夢や希望を無慈悲にその渦に飲み込んでいく東京で、時として自らの羅針盤を失い、路頭に立ち尽くす。そんな時、母校の仲間や恩師と再会することで我に返ることができるのは素晴らしいことだ。生きるということは、数限りない出会いを迎えることである。友との出会い、師との出会い、書物との出会い、知識との出会い、音楽との出会い…全ての出会いによって人は生きる喜びを与えられると同時に、全ての出会いは別れを伴うことを悟らされる年になってきた。長く生きることは、別れのつらさと多さに耐えなければならない。 じっかい生も若いと思っていたのに、あれよあれよという間もなく、早くも67才を迎えた。れっきとした老人である。これからは、誰もが長い老いをどう受け止めるか、そのありようが問われる。老いの奥行きは深い、その処し方もさまざまだ。老人となったと思った瞬間から、人は老いるという。いくつになっても、心に好奇心が生きていて、情熱が消えない限り、人はじっとしていられないはずだ。今回の総会を終えて、つくづくじっかい生は豊かなんだ、ということをいいたい。一番の豊かさは、自分自身が持っている身体(フィジカル、メディカル、メンタル)、そして生命(いのち)。生命とは実は時間のこと、この世にいる時間が生命であり、自由にできる時間をどのくらいもてたか。自由に時間を使える、それが「人生の達人」であろう。じっかいで皆と話しているのも幸せ、一人でいることも幸せ、誰かの犠牲になるのではなく、頭を柔らかに、生命を充実して、いきいき生きていきたいものだ。 今後も予想外のことは、度々起きるだろうが、大事なのは前向きに人生を100%生き抜くことだと思う。樋口氏の言うように、生き方そのものが文化である。生き方は人を引き付ける力になる。国でも学校でも人でも、それが文化で、その力が普遍的になれば文明になる。文化とはきっと、難しいものではないのだろう。全ては自分次第なのだから。振り返ってみよう。自分は?自分の喜びは?その上で何を大事にする?どう生きる? 東京じっかいのメンバーが、気軽に足を運び、集い、語らい、表現し、共感し合うことで心の豊かさが深まり、ふれあいの輪が広がる、そんな楽しい会が今しばらく続くことを事務局として切に願っている。とにかく、体力と気力の許す限り参加してほしい。 最後に、今回の総会の企画・運営にご協力いただいた、仙台の工藤、鹿野、東京の菊地、佐藤、大立目、塩沢の各世話人と賛助出演してくれた音楽部東京OB会の諸氏に心から感謝したい。 出席者(45名・五十音順 安部孝二、阿部陽一、岩淵上、氏家久芳、大立目弘、岡崎圭一、小川光則、蛎崎明 廣、柿沼茂、柏木信、加藤昭、鹿野敏秀、菊地章、菊地清高、菊地武彦、亀掛川良 宣、工藤忠久、小泉征一郎、国分裕、今野仁一、今野文康、斎藤秀紀、佐竹靖邦、 佐藤千昭、佐藤統夫、佐藤義明、塩沢信行、庄司勝敏、進藤舜一郎、菅原征雄、鈴 木朗、鈴木通弘、高橋保夫、田口晴雄、新沼輝彦、樋口龍雄、福留靖浩、伏谷昇、 村井一守、村上紀夫、望月良平、守屋孝重、山崎勝弘、結城寛、渡辺光太郎
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2006.06.21 「東京じっかい」開催 (報告) |
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日時 平成18年6月10日(土)14時〜17時 二次会 17時〜20時 場所 メルパルク東京 3F・5F 世話役 菊池清高 佐藤義明 大立目弘 塩沢信行 進藤舜一郎 諸君 仙台から(樋口会長など7名)はもとより、全国から(広島の国分君など) 「じっかい」諸兄の48名が参加して楽しい一時を持つ事ができました。 先生は音楽の平野先生がご出席くださり(田中・富樫先生は都合で欠) 東京茶畑音楽部OB会の賛助出演などもあり、大いに盛り上がりました。 来年は、仙台と東京の中間(那須のあたり)で、「総会」をやろうと言う声も 出て、「とにかく元気での再開を」と誓い合いました。
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2006.06.21. 「秋のじっかい」開催予定 (再告) |
これまで約40年間、正月の「じっかい123」が開催されてきましたが、 じっかい諸兄もそれぞれ熟年に至り、もっと集る機会が多い方が良いと 言う声がふつふつと沸いてきました。確かに諸般の事情で、正月はどう しても参加できなくて残念と言う声もあったので、世話役達が相談しま して、下記のような企画をしました。近づきましたら改めてご案内しま すが、諸兄の参加を期待します。 日時 平成18年9月11日(月)18時〜 (今後毎年、9月の第二月曜日を開催日とします) 場所 桃水(グランパレビルの小路を西に100mほどの地下) 会費 7,000円 (なおこの日は、毎月開いている「じっかいサロン」も開催します) *註「じっかいサロン」については、このHPの2006.01.02号参照 |
2006.04.26. 「東京じっかい」開催予定 (予告) |
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日時 平成18年6月10日(土)14時〜17時 場所 メルパルク東京 3F 百合 (03-3433-7210) 世話役 菊池清高 佐藤義明 大立目弘 塩沢信行 進藤舜一郎 仙台はもとより、全国からの「じっかい」諸兄の参加を呼びかけます。 |
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2006.02.10. 東京じっかい幹事会(「国分君を囲む会」)(報告) |
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蠣崎明廣です。 いつもお世話になっております。じっかいメルマガいつも楽しく読ませてもらっています。 今回は佐藤義明さんの呼びかけで、国分氏を囲む会を開催しました。当日進藤氏から電話が 行きましたよね。出席者は進藤、国分、蠣崎、沼田、佐藤義明、菊清高、稲田、西村、玉造、 塩沢、の10人。 皆さんそれぞれ近況を披露しましたが、皆元気で若くマイペースで頑張っ ておられました。特に菊池清高氏所有?のペースメーカーの講義と「倒れたら動くな」の教訓 は一同真剣に聴いておりました。詳しくは進藤支部長から報告あるやもしれませんが、進藤氏 カメラよりちょっと進歩したカメラを持っていたので私が画像を送りました。 別件 昨年(2005,12,18)こんなメンバーで忘年会やりました。場所は町田の鳥料理屋 さん。左から菊池章、伏谷、斉藤秀紀、蠣崎、半田、一高2年7組菅野ガンダーラ先生と 東華の流れで、神奈川在住、蠣崎、半田は放送部斉藤はバレー部マネージャー、伏谷は山、 菊池章はまじめ組、まあこんなメンバーで4年ほど毎年やっています。 皆それぞれマイペースでやっているので元気です。 |
2005.08.15. サロン・ド・じっかい 「Salon de じっかい(in 彩香)」の《再開》 |
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関係の皆様のご努力で、「再開サロン(in 彩香)」が再開しました。この日は、茶畑恒例の「納涼大会」で、同窓会副会長の樋口君、幹事長山崎君、じっかい幹事の小野寺君など10名のじっかい紳士が出席しました。 納涼大会終了後、いよいよ再開「じっかいサロン」と言う事で彩香に集まり、例によって良く語り良く歌い、良く飲んで楽しい一時となりました。 (サロン参加者:樋口、中村、山崎、高橋保、小川、渡辺光、安藤、立花、鹿野の各君に京子ちゃん と言う顔ぶれでした)。 以下の写真は、デジカメの夜間撮影のため、ひどい手振れをお許しください。
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2005.07.15. サロン・ド・じっかい 「Salon de じっかい(in ざくろ)」の《休会》 |
昨年末に、HONJOでのお別れ会から、その後半年間、 関係の皆様のご努力で、 「再開サロン(in ざくろ)」を開いて来ましたが、この度、店側の都合で会場が使えなくなりましたので7月、8月と当面の例会を休会としました。 これまでの皆様のご協力に感謝します。再開ができましたら、改めてご案内します。 |
2005.02.14. サロン・ド・じっかい 「Salon de じっかい(in ざくろ)」の報告 |
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昨年末に、HONJOでのお別れ会が開かれたことは、先に報告しましたが、 その後、 関係の皆様のご努力で、「再開サロン」を開くことが出来ました。 在仙の皆様には、お手紙で案内したのですが、届いていない方々もあったよ うで、失礼しました。改めて、3月の上旬には、「じっかい季報」に織り込んで ご案内しますので、お楽しみに。 さて、平成17年2月14日(月)に、開催された再開サロンには、9名のメンバー が集まり例によって、「良く飲み・良く語り・良く歌う」楽しい集いになりました。 次回は、3月14日(月)18:30〜です、ぶらりと立ち寄ってください。
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飲み会報告(情報発信者)工藤忠久君 「9・18(土)≪東京じっかい≫へ行って来ました。送っていただいた H.P.も紹介し、心得ある人に渡しました。 茶畑の学び舎にて昭和17年〜18年・21年〜39年の間永年勤続され、「蒋ちゃん」の愛称で親しまれており |
1999/09/09
ご案内:仙台一高{東京じっかい}・東京大会 拝啓 残暑厳しき折からお変わりありませんか。 1999/09/091999/08/15 大納涼大会にて |
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メールはこちらへ、JHP事務局・鹿野宛 |