「よおおーし!血がたぎって来たぜ!」
例の口癖を口走りつつ、肩をグルグル回しているのは呉の特攻野郎・甘寧である。
普段からたぎり気味の彼だが、最近はいつもにも増してテンションが高い。
その理由は、数日後に控えている合肥の戦いにあった。
彼は君主である孫策に、戦においてのやんちゃぶり活躍ぶりを買われ、奇襲部隊長に任命されたのだ。
合肥の戦いは、おそらくかなり大きな戦となるだろう。
その戦況を左右する重要な作戦を任されたとなれば、武人の血が騒がないわけはない。
「魏の奴等、ギャフンと言わしてやる!!」
まずギャフンとは言わないだろうが、そんな事はおかまいなしに甘寧様は闘志充分。
今すぐ戦が始まっても、即無双乱舞を発動できるほどの張り切りようである。
しかし当たり前だが、戦はまだ始まらない。
ありあまった力を持て余し、とりあえず宮廷内を走り回ってしまう迷惑な男であった。
「……はぁぁ」
そんな暴走将軍とは対照的に、浮かない表情の人物が1人。
呉軍の女神・朱雀のである。
近頃彼女は、考え事をしては肩を落とす、という毎日を送っていた。
今にも暴れだしそうな甘寧の気力を分けてあげたいぐらいだが、その憂いの元が彼に関連することなのでまず無理だろう。
そう、甘寧の元気爆発の原因が合肥の戦であれば、の元気不発の原因も合肥の戦にあった。
実を言うと彼女も甘寧の奇襲部隊の一員である。
呉が誇る朱雀のとヤンキーの甘寧、この2名が中心となって曹操軍に奇襲をしかけるのだ。
「参ったな…どうしよう」
そう呟いて、は盛大に溜息を吐く。
彼女だってこの任が嫌なわけではない。
勝利を導く大事な役目だ。
共に戦う皆の為に、キッチリと仕事をこなしたい、が。
人間誰でも、苦手分野というのはあるもので。
この作戦、戦闘開始から数刻後に敵本陣近くを突然襲撃するのだが、その交通手段がの頭痛のタネであった。
敵本陣へ、呉国お得意の船で登場する、というのだ。
●周瑜と孫策と陸遜が語る、船で奇襲の利点●
1.敵に悟られずに近付くことが出来る(周瑜・談)
2.派手で、なんかいい(孫策・談)
3.うまくすれば、火薬積んで爆発炎上もアリか(陸遜・談)
とりあえず3番目は却下されたが、とにかくそういう理由で作戦に船を用いることが会議で可決された。
(2番目もどうかと思う)
それが決まったときの甘寧のはしゃぎようと言ったら。
「元海賊の実力、イヤってほど見せ付けてやろうぜ!」
なぁ!?と、同じ任に就いたへガッツポーズをとって見せた。
勢いに圧され、ついもガッツポーズをとってしまったが、別に彼女は元海賊ではない。
ハッとして、盛り上がってる甘寧に「あの!」と口を挟もうとしたが、
「水軍が自慢の呉だからな、楽勝だろ?任せたぜぇぇ!」
じゃ、解散!と孫策が言ったのを合図に、こわばった表情のと「頑張ろうぜ!」とイキイキしている甘寧を残したまま、会議は終了してしまった。
「…うう」
廊下の壁に張り付いて、朱雀様は再び頭を悩ますのだった。
「野郎ども!気合入ってるかぁぁぁ!!?」
ウオオオオ!!
甘寧が叫び、精鋭100名の兵が応える。
そんなイノキ・ボンバイエな雰囲気に呑まれつつ、は船の上で固まっていた。
ついに、戦が始まってしまったのである。
この船が動き出してから、しばらくは人形のように口を閉ざしている。
口を開いたら、ギャアとかヒィィとか、うっかり口走ってしまいそうだからだ。
最初は静かに武具を身に着けたり剣を磨いたりしていた兵士達だが、船が進むにつれボルテージが上がっていったのか(大将の甘寧が無理矢理上げさせたのか)今では全員、揃いも揃って血がたぎっている様子である。
船内全体が妙に熱い。
そんな勢いを増していく兵士連中とは反比例して、はどんどん縮こまっていく。
(どうしよう…もう、限界かも)
は、額から冷や汗が吹き出してくるのを感じていた。
その時。
グラリ
船が傾き、手合わせをしていた兵士達がバランスを崩した。
船慣れしているはずの者達がよろけてしまうほど、久々に大きな揺れであったらしい。
「!大丈夫か?」
船の端で青ざめているを心配して、甘寧がフラつきながら近付く。
しっかりと捕まっている船のフチから手を離さないように注意しながら、は彼の顔を見上げようとした。
ビシャッ
揺れのせいで海水が船の中へ飛び込み、顔を上げたの頬にわずかにかかる。
「…いっぎゃああああああ!!!」
瞬間、が弾けたように悲鳴を上げた。
驚いたのは、甘寧はじめ呉軍の兵士達である。
さっきまで静かに、来る戦いに備えて精神統一していた(誤解)が突然奇声を発したのだ。
完全に「朱雀様ご乱心の図」としか思えない。
不吉である。
これから命がけで奇襲だというのに。
「ど、どうした?大丈夫だ!傷は浅いぞ!」
ギャアギャアと涙目で叫び続けるに意味不明な励ましをしてしまう甘寧。
彼もまた動揺している。
「#%**$る!!V##@れるぅ!!!」
混乱しすぎて、文字化けしてしまっているの言葉を甘寧は必死に聞き返した。
「何?!なんだって?」
「溺レル――――――――!!!!」
揺れがおさまり、なんとかは落ち着きを取り戻した。
甘寧は、涙と海水で濡れた彼女の頬を優しく拭ってやる。
「、お前……カナヅチかよ」
叫びすぎて喉が痛いは、目の前の困ったような表情の甘寧に、黙ってコクリと頷いた。
は泳げない。
完全無欠のカナヅチだ。
子供用プールですら、溺れる。
には幼い頃、おんぶしていたうっかり者の父親の手が滑ってフェリーから大海原へ放り出された(うっかりしすぎ)という苦い過去がある。
すぐに救助されたが、当時相当ショックを受けたらしい。
それ以来、全く泳ぎに関してダメである。
更に船に乗ると、その忌まわしい過去が思い出され、水にも入っていないのに心臓バクバク。
しかもこの呉の船、現代の大型船とは違って大いに揺れる。
彼女にとってはこれでもかー!というぐらい最悪な環境の中で限界ギリギリまで耐え忍んでいたが海水を浴びて一気に臨界点突破・・・というわけだ。
「何で、」
もっと早く言わねぇんだよ、と甘寧は言いかけたが、有無を言わせぬあの状況を思い出し、口をつぐんだ。
ガッツポーズまでとっちゃったよ、あの時…俺のバカ野郎!ってな感じで反省することしきり。
そんな甘寧に頬を拭いてもらいながら、疲れきった顔のもまた後悔していた。
(やっぱりもっと早く、打ち明ければ良かった……)
呉に初めてやって来たとき、ウチの自慢は水軍だぜぇ!と君主から知らされたときは、正直顔が引きつった。
元海賊・元海賊退治武将がひしめいてる、水上戦がお得意の呉軍。
そこの勝利の女神がカナヅチで船嫌いなんて、どう告白したらいいのか。
しかも伝説だの救世主だのと崇め奉られている朱雀が、溺れる、というのもインチキくさい話である。
も一度は、朱雀なんだし、もしかして!と淡い期待を抱き宮廷で一番深くて大きな風呂で試してみたが、見事沈んだ。
風神は所詮「風」の神であって、そんなことまでは面倒みきれなかったらしい。
は「呉の朱雀は泳げない」という事実を情けなく感じ、なるべく知られないように今まで過ごしてきたのである。
だが結局、黙っていたことでみんなに迷惑をかけてしまった。
しかもこんな大事な役割を担っている時に。
「ご、ごめんなさい」
さっきは恐怖で半泣きだったが、今度は自分への不甲斐なさでの目はうるうると光っている。
「だ、だめな朱雀で…本当にごめんなさい」
鼻をすすり、そのままは視線を落とした。
そんな彼女を見た甘寧は、たまらず布を放り出し、両手での頬を包んだ。
「全然ダメじゃねぇよ!」
なんていじらしいんだ、お前ってやつぁ!!!
甘寧、胸中で絶叫。
このまま頬擦りしたい心境である。
「気付いてやれなかった俺のせいでもあるんだ!泣くなよ、な!?誰にでも苦手なモンってのはあるんだからよ!」
「そうです、どうか泣きにならないで下さい」
心配そうにを取り囲んでいた兵士の1人が、甘寧の後ろから声をかける。
「甘寧将軍の言うとおりです。どうしても駄目なものというのは人それぞれありますよ。様はそれがたまたま海だっただけです」
その兵士の言葉に顔を上げると、別の兵士が口を開いた。
「そうっすよ!俺なんか閉所恐怖症ですよ!」
笑いながら彼がそう言ったのを皮切りに、周りにいた兵たちが一斉に喋りだす。
「私はどうも方向音痴で……宮廷内で未だに迷います」
「酢豚にパイナップルの組み合わせが、どうあがいても絶対食えない!」
「本当はあんまり戦向きじゃないと思うんだよなー俺」
「僕、対人関係がちょっと……」
何だか、苦手なモノ自慢の場、と化した呉の船内。
中には本気で心配したくなる発言も含まれているが、他でもない朱雀様に元気を取り戻してもらう為である。
多少の問題はこの際目を瞑ろう。
「ホラよ、こいつらだってダメなモンぐらいあるんだ。大した事じゃないと思えてきただろ?」
兵士達の励まし(?)によってどうにか泣き止んだの頭を、甘寧はグリグリと撫でてやる。
「この俺だって苦手だぜ!?陸遜がな!!」
ギャッハッハッハッと甘寧は、親指をビシ!と向けた。
笑いながらも、リアルな発言。
つい本音が漏れたのかもしれないが、結構シャレにならない内容である。
本人に聞かれたが最後、五体満足では済まないだろう。
だが幸い、この場にその話題の人物が居合わせてなかった為耳に入ることもなく、甘寧は火ダルマになる危機をまぬがれた。
そんな捨て身の台詞が心をうったのか、はどうやら感動しているらしい。
「甘寧様、みんな……ありがとう」
『中学生日記』もビックリな青春展開だが、ここは熱き国・呉、ということで許して頂きたい。
ウォォォ!朱雀様、バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!
目を赤く潤ませながらもようやく笑顔を浮かべたに、兵士達は喜びの声を上げそのまま「朱雀様を讃えるバンザイ三唱」をはじめてしまった。
ちょっと盛り上がりすぎじゃないか。
「朱雀様、いま船の速度を落として参りました。これであまり揺れませんぞ」
この船の舵取りを任されている老紳士がのそばで膝をつき、優しく微笑んだ。
サンキューおやじ!と甘寧はその彼の肩を叩いた後、すぐにのほうへ顔を向ける。
「安心しろよ。敵陣に着くまでこの船のスペシャリスト・甘寧様がずっとついててやるぜ!」
「はい!私今日の戦、頑張ります!!」
バンザーイバンザーイバンザーイ!!
野太いバンザイ三唱を耳にしながら、「ああ、私呉に来て良かった!!」とは心から思った。
彼女も知らす知らず、呉国の暑苦しさに蝕まれているらしい。
名実共に、呉の武将らしくなってゆくである。
それが、いいのか悪いのかは定かではないが。
こうして更に結束を固め戦場へと進んでいるつもりの一行だが、舵取りまで一緒にバンザイ参加してしまってるので、全く別方向へ船が流されていることにはまだ、気付いていない。
「一体いつになったら奇襲部隊は到着するんだ!?」←周瑜
「いくらなんでも遅すぎではありませんか甘寧殿!!」←太史慈
「孫呉の喉笛食いちぎりに参った――――!!!」←例の遼来々
「ちょっとー!!逆に奇襲かけられてんじゃないのよ!!」←尚香
「よっし行け、権!この勝負楽しんで来い!」←孫策
「え?!兄上、ちょっ…ギャー!!(断末魔)」←孫権
呉本陣大ピンチ!
ついでに孫権の喉笛も、大ピンチ!!
そんな合肥戦場に甘寧奇襲軍が到着するのはまだまだ先である。
キリバン30000を踏んで頂いたあや様のリクエスト、甘寧ドリー夢でございました。
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