夜に散りばめられた色とりどりのイルミネーション。 デパートには巨大なクリスマスツリー。 ビジネスが絡み合う仕立て上げられた他所の国の宗教とはいえ、クリスマスは冬の一大イベントである。 若者達、いわゆる青春時代ド真ん中で生きているような少年少女たちにとっては、年越しなどよりもずっと意味のある日かも知れない。 そう、たとえ一緒に過ごす恋人なんぞいないとしてもなんだか浮ついてしまう、それが12月。 当然いつもはテニスでお忙しい氷帝レギュラーの方々も、メリーでイブなその1日を気にしながら過ごしているのである。 キ ラ ★ キ ラ リ 「んなぁ、はクリスマスなんか予定あるん?」 「予定というか…家族でケーキ食べるくらいですけど」 「不憫なもんやな、年頃の娘が」 「要りませんそんな憐れみ」 『クリスマス特集』と文字の躍る雑誌を適当にめくりながらは、忍足の余計な同情を払い落とす。 そりゃあ恋人を持つ華やかな連中はさぞかしロマンチックな聖夜を過ごすのだろうが、そんな相手などいたこともないにとっては寂しさなど感じるわけもない。 そもそもこの半年、色恋にうつつをぬかすヒマすら与えなてくれなかったのは他でもないこのTのつく部の長であるA様である。 「クリスマスは空き空きやて、跡部。この可哀想なお姫さん」 「ハン、そんなことだろうと思ったぜ」 跡部は鼻でせせら笑ったが、の口から埋まっていないクリスマスの予定について出た時、彼が一瞬だけホッとしたような表情を浮かべたのを忍足は見逃さない。 「仕方ねぇな、そんな哀れなお前にゴージャスでラグジュアリーな一晩を贈ってやるか」 仕方ねぇという渋々な台詞とは対照的な跡部の顔からは「やる気満々」が溢れ出している。 「らぐじゅありい」 英語が大層苦手なは聞きなれない単語を呟きつつ傍らの宍戸を見上げたが、彼もまた「らくじゅありぃ…?」と眉間にシワを寄せていたので翻訳を期待するのはやめた。 「俺らな、毎年集まって跡部の家でクリスマスやってんねん」 えらい豪華なご馳走が食い放題やで、と眼鏡を拭きながら忍足は言った。 いやしくも「ご馳走」という言葉につい反応してしまったの視線の先では、ご主人様が得意気な笑みを浮かべている。 「19時きっかりに開始だ。遅れんなよ」 直接的な誘い文句ではなかったが、どうもその跡部家の「らぐじゅありい」なクリスマスパーチーというやつにご招待されているらしい。 いつものようにというか当然というか、今回も出欠の意志は確認されない。 「来るか?」ではなく彼の基本は「来やがれ」である。 しかしそんな跡部の振る舞いに最早慣れてしまった彼女はその時別のことに心を砕いていた。 「ええっと…冠婚葬祭に対応可な学生の正装ということで、制服で行ってもいいで」 「却下」 「即答された!」 そう、お召し物について。 庶民生まれ庶民育ちののさんはこの人生、一度たりともそんな華々しい場に着飾って参加した経験などない。 せいぜい近所の友達のお誕生日パーティー(必ず唐揚げが出る)くらいである。 当然、場にふさわしいゴージャスな衣装とは縁がないわけで。 「わたし…そんな、持ってませんよ、仮面舞踏会みたいなドレスなんか」 「そうだろうな俺だって出たことねぇよそんな中世貴族みてぇな催しは」 お怒りの跡部氏には悪いが、一般市民が抱く金持ちのパーティーのイメージなんてそんなもんである。 「!そんな気張らんでも、ちょっとおめかし程度でええねんて!俺らも結構気軽な格好で行くし」 「あ、そうなんですか?タキシードとか着ちゃったりしてもっと堅苦しいのかと思った」 「去年それで集まったんやけどな…すごいキモかったからもうやめてん」 「宍戸とか明らかに貸衣装だったしねー!」 「うるせえよ!」 普通は持ってねーよタキシードなんて!と岳人に声を荒げる宍戸に深い共感を覚えつつ、は鞄からスケジュール帳を取り出した。 「書かなきゃ忘れるほど予定ねーだろ、」 「……」 それはその通りだが、人に言われると激しくムカつく。 怒りをなんとか押さえ込み、開いた手帳にペンを当てたはその時ふと顔を上げた。 「そういえば、これ24日…ですよね?」 むしろ24日でなければ困る、というようなの口ぶりと表情に、跡部は敏感に反応し片眉を軽く吊り上げる。 「なんだ?25日だとなんか都合悪いのか?」 「え、じゃあ25日なんですか?パーティーは」 「24日だ」 「じゃあいいじゃないっすか!!」 「うるせぇ、そんなこと今問題じゃねーんだよ。クリスマス予定ないっつってたのはなんだ?俺に嘘ついたのか?ああ?」 「ヒィ…!別に嘘は吐いてませ…!」 簡単に問題がすりかわるので跡部との会話は危険がいっぱいである。 「だって…困るじゃないですか25日だと。早く寝なきゃならないのに」 「ああ?」 「や、だから、12時前に寝ないとサンタさんが来ませんよ」 「…あ?」 な に 言 っ て る の こ の 子 「…それはギャグなん?それともキャラの方向性を変えようとしてん?」 サンタさんてお前…という、うすら寒い部員達の視線がに集中する。 「ギャグって…何の話ですか…25日の夜は家で大人しく過ごさないとプレゼントがもらえないでしょうが」 そう語るの目は真剣そのものである。 とてもウケ狙いで言っている様子ではない。 「…いや…サンタなんていねーだろ」 「いますよ」 「なんだその確固たる揺ぎ無い自信と曇りのない瞳は…!」 いつもは跡部の行き過ぎた愛と忍足の行き過ぎたはしゃぎっぷりなどなどに対して、冷静な否定、または無視、というツッコミ的役割を担っているはずのの奇怪な発言に、テニス部は動揺を隠せない。 「まさか、お前…枕元に靴下を…」 「当然おきますよ」 当たり前じゃないですか、と言わんばかりのに、彼らは軽く眩暈を覚えた。 「……毎年、12時にはぐっすりなのかよ」 「はい。我家のクリスマスの夜の就寝時間は9時です」 「「「「「早!」」」」」 今時の小学生だってそんな時間に布団に入るまい。 「寝なさい寝なさい、サンタさんが困るから早く寝なさいってウチの親が」 …盲目的に信じさせているのは親か…! 確かに世の子供達の多くはサンタクロースを信じている。テレビの向こう側で活躍する特撮ヒーローの存在と同様に。 クリスマスの夜に白髭の老人がそっと贈り物を置いていく、という儀式とも呼べるようなこの習慣を親たちが正しく踏襲しているおかげだろう。 だがそれはあくまで子供が小さい頃の話だ。幼児期の場合そのような演出に凝る親はいくらでもいるが、それなりに大きくなった娘をそこまで騙しきる持久力は普通ない。そこまでする意味もない。 キッカケはそれぞれ異なるだろうが、大抵どこの家庭も途中で正体に気付かれてしまうものである。 しかし、ここいる(来年は15になるはず)の少女はまるで疑うことなく白髭の老人の実在を信じているのだ。ある種、これは奇跡である。 果たして、両親はどんな手を使って彼女の目を逸らし続けたのか。この情報社会の中、サンタの情報のみを娘から遮断し続けるのは生半可のことではない。 一体なんのためにそこまで。 不可解な努力と情熱が渦巻く家、実に謎である。 「そんで起きると、次の日必ず枕元にサンタさんからプレゼントがあるんです」 「希望通りのプレゼントが?」 「いやぁ、時にハズレなんですよね」 そりゃ親父も毎度毎度欲しいものなんか探り当てられんよなぁ、と誰もが頷きそうになったが。 「なかなか提出した希望用紙通りにはいきませんよ」 「「提出!!??」」 「「「希望用紙!!???」」」 目をむいて食いついてきた部員連中には「あれ、書きませんか?みなさんの家は」、と逆に驚いたような顔をした。 彼女の話では、メモ用紙でもなんでもいいから白い紙に欲しいものをひとつだけ極太の油性ペン(マッキーが好ましい)で書いて、玄関において置くとクリスマスにもらえるのだそうだ。 「締切は12/10です。それ以降は受け付けてもらえません」 「クリスマスケーキの注文かよ」 メルヘンな割りに合理的すぎねーか、と宍戸は思った。 夢があるのかないのか、わかりかねるシステムである。 「でも毎年、さんの欲しいものがもらえるわけじゃないんでしょ?」 「うん、ゲームボーイアドバンスSPって書いた年は、靴下に図書券が入ってた」 「「「「「……」」」」」 あまりにも適当な代用品である。 確かに彼女が希望したそのプレゼントは、当時品切れ状態が長く続くような入手困難な品だったが、図書券はないだろう。 そこまで娘にサンタの存在を植えつけたんなら、最後まで徹底して欲しい。 「次の日母さんが、サンタさんも忙しくてつい予約とかし忘れるって言ってたんで…そうかなら仕方ないな、って納得しました」 何故それで正体に気付かないか、この娘。 そして、もう少し上手い誤魔化しができないものか、この母親も。 「……あんな…そのサンタって多分、お前の」 下手な嘘に騙され続ける後輩に真実を告げようと忍足はゆっくりと口を開いたが、それを制止するように後ろから力強く肩を掴まれた。 「それ以上は…言うな」 跡部だった。 「だってお前、」と言い募る忍足に黙って首を振った後、跡部はじっとを見下ろす。 「…サンタは…いる」 そう言いきった彼の声は微妙に震えていた。 ついでいうと、頬もなんだか赤らんでいる。 『うわっ跡部の目、なんかキラキラしてる…!』 『きっと嬉しかったんですよ、さんが可愛いこと言ってるのが嬉しかったんですよ…!』 『あれやない?”萌え”ちゅうやつやない?』 『どっちにしろあの跡部はキモいな』 サンタを信じているというの意外な一面は、跡部の心の琴線に触れてしまったらしい。 「…今年はサンタになにお願いしたんだ?」(めちゃめちゃ優しい声) 「えーと…こういうのサンタさん以外に言っちゃ、当日プレゼントもらえなくなったりしないですか」 「……!」 がためらうようにそう言うと、跡部の瞳がさらに輝いた。 今の台詞は彼のツボだったらしい。 「ええんちゃうの?もう10日過ぎたんやし」 早くも1人だけウキウキとジングルベル状態に突入してしまった跡部の代わりに、忍足が話題に横槍を入れる。 「そっか、そうですね」 「で、何にしたん?」 「今年はPSPにしました。ニンテンドーDSと迷いましたけど」 「お前のクリスマス、ポータブルゲームばっかりやな」 「ああ、あの大きさだとサンタさんが靴下に入れやすいかと思って」 「……!」 「サンタさんは一晩で全部の家まわらなきゃならないですからね、忙しいですからね」 「……!!!」 忍足のレンズの奥の瞳までが輝いてしまった。 「やべーよ、忍足までキラキラし始めた!」 「や、今のはちょっと俺もキュンと来ましたよ!」 「…!もう部活どころじゃなくなるから、これ以上の萌え台詞は控えて…!」 「萌え台詞?!!(なにが!?)」 なんとかギリギリまで踏みとどまっていた残り3名だったが、その後無意識に発せられた「萌え台詞」を前に次々と倒れ、結局一人残らず討ち取られた。 身悶えしながらも『サンタクロースは…いる!』と、口々に言い出した彼らの瞳が、まぶしい位に輝いていたのは言うまでもない。 こうして、近付くどころかどんどんと真相から遠ざけられていく。 果たして彼女がサンタクロースの真実を知るのはいつの日か。 そして爽やかな運動部にあるまじき「萌え」という単語が飛び交うこのテニス部に明日はあるのか。 ちなみにのお目当てPSPは、どこの販売店でも軒並み売り切れ状態であり、今年も彼女の靴下には図書券が入る可能性濃厚である。 |