もう用が済んだならその靴返してくれ、とお願いしただったが。

「大事な証拠物件だ。俺が預かっておく」

跡部に取り上げられてしまった。
もう手元に契約書まであるんだからいいじゃないかよ…とが悲しみに暮れていると、ふと何かを思いだしたように跡部が口を開いた。

「…おい、そういえば名前の下の”(右)”ってなんだ?」
「…え…右靴という意味です」
「それは分かってんだよ。どういう意図かって聞いてんだ」  
    
そんな簡単にキレかけなくても。
この男、沸点が低すぎる。
  
「…い…いや…あの、大した理由ではないんですけどね・・」

は言いにくそうに、口ごもった後、ボソボソと説明しだした。

「朝忙しいと、ロクに確認もしないで飛び出すから、左右逆で履いてることがよくありまして…だから、その…目に付くように太字で…」
   
その台詞を黙って聞いていた跡部だったが、口元がヒクついている。
どうも、笑いをこらえているらしい。
自分から聞いといて失礼である。
何とか笑いを押し殺すことに成功した跡部は、何を思ったか揃えて置かれたのスニーカーの片方を手に取った。
(まだ彼女は裸足で正座させられていた)(長い)


  
 ・ (左

   

「…ええ、書いてますよ。全部の靴に書いてありますとも!」

跡部から突っ込まれる前に、は先回りして答えておいた。
半ばヤケだ。

ブフ
――――ッ!!

その言葉で、跡部はこらえきれなくなりついに吹き出した。
ついで言うと、部室全体が同じ状況だった。

「ありえへん、本気でありえへんから!!」
「超おかCー!!」
「ダセェ!左右逆に履くってどういう状況だよ!」
「アレでしょ!気づいたらローファーやたら外向きになってんでしょ!」
「…ちょっ…そんなに笑っちゃ失礼ですよ…ブフッ」
「「……!」」

(音もなく笑うな日吉と大男!)

ああ、もう好きなだけ笑うがいいさ、とが遠い目をしていると目の前のご主人様がこっちへ振り向く。
笑いすぎたのかなんだか知らないが、奴は涙目になっていた。

「…本物の馬鹿だな、お前は」

満足気にそう言った跡部の声は、なぜだか妙に穏やかで。
浮かんだ表情も、皮肉めいた笑いとは違っていた。
少し驚いたものの、そんな優しい声が出せるなら靴返してくれないかな、と思ってしまうだった。