部室のドアが開く音に振り向いたは、挨拶する間もなく忍足の笑顔アピールを食らった。

「今日は俺の誕生日なんやけどな」

いきなりである。

「あー…お誕生日…」
 
申し訳ないが、跡部の誕生日を(空回りに回ったが)なんとか終えてすっかりと一仕事終えた気分だったので、何の準備もしていない。
忍足の何かを期待するまなざしに対して、は目が泳ぐ。

「お、おめでとうございます忍足先輩」
「おおきに」

取り繕うような祝辞におだやかに応えた忍足だが、まだじっとこちらを見ている。
明らかに、彼は何かを要求している気がする。
刺さるような視線を受けて内心焦りながら、は鞄の中をまさぐった。

「……ええーと…これ、15本には足りないですけど」
「跡部の時の残りを使おうとすんなや」

見抜かれていた。
やはり同じ手は二回使えないと断念したはロウソクをしまいこみつつ、こうなったらまた
か…!と更に二番煎じの手口を企んでいると、忍足は噴出すように笑いを洩らした。

「そんな難しい顔すんなや…ちょっと困らせたろ思うただけや。どうせお前のことやから誕生日知らんかったんやろ?」
 
図星である。
今の今まで、忍足の誕生日など知らなかった。
というか頭にまるで無かった。
大体、9月から10月にかけて部員の誕生日が固まりすぎである。
把握しきれたもんじゃない。

殊勝そうにが俯いていると、忍足は弾ませるように頭をポンポンと軽く撫でる。

「ええってええって、別にからモノせしめようなんて思ってないわ」
 
そう明るい声で笑い飛ばした忍足だが、すぐに「その代わりな、」とトーンを落として囁いた。

「誕生日プレゼントつーことで、今日1日侑士って呼んでや」
「は?侑士=H」

思わずは、うなだれていた頭を猛スピードで引き上げた。

「侑ちゃんでもいいわ」
「侑ちゃん=H?」 
  
これ以上ないくらいに目を開ききった自分の顔が、忍足の眼鏡のレンズに映って見える。
意図がわからない。
このメガネの意図がまったくわからない。

「女の子に可愛らしく名前で呼んでもろうたら、部活にも身が入るやん?」
「え、先輩まだ部活する気なんですか?もうそろそろ受験の準備とかした方が…!」
「大丈夫やて!それより、先輩やないやろ。侑タンや」
侑タン=I!??(さっきと変わってる!)」
「侑・タ・ン」
「ゆ…」

頑張ってはなんとか挑んでみたが、とてもじゃないが言えたものではない。
拒否反応で口の中が乾く。

「…む、無理です…!」
「そんなことない、お前はやれば出来る子や!」
「出来ない子でいいですから…!」
「いいから、早う!」

何を焦っているのか、忍足はの肩をがっちり掴んで詰め寄りはじめた。

「ほら、早いとこ言わんと跡部が来てまうやろ!」

切羽詰ったような忍足の大声は部室の隅々まで反響し、その後一瞬の静寂が部屋を支配した。

「……跡部先輩なら、とっくに来てますけど」

部室の奥から血も凍るような足音が響き、忍足は手荒い誕生祝いを全身で受けることになる。


ハピバースデー侑タン。
 




 こんなんでもおめでとう忍足サン。