「ところでお前ら、今日アイツに何あげんのや?」

 たまたま廊下で顔を合わせた忍足先輩は、私たち3人にそんなことを言ったのです。












  * 1 0 月 4 日 *













 「失礼しまーす…」
 「こんにちはー」
 「お疲れ様です」
 
 放課後開かれた部室の扉から、・長太郎・日吉がぞろぞろと連なってなだれ込んできた。

 「なんだお前ら3人、揃いも揃って」

 この二年生トリオがつるんで部室に現れるのは、実に珍しいことである。
 跡部は訝しげに眉をひそめた。

 「あ、あのう跡部先輩……その…ケーキとかは、お好きですか?お召し上がりになりますですか?」

 そろそろと忍び足でそばまでやってきたは、伺うように上目遣いで跡部を見上げる。
 誤った丁寧口調が気になりはしたが、それよりも目を引いたのは普段あまり見られないもじもじとした彼女の仕草と、後ろ手に隠された紙包みの存在、そして今日は他でもない自分の誕生日。
 すぐさま何かを察した跡部は下がりそうな目尻を気合いで引き上げた。

 「…
ゴホン…まっ…嫌いじゃねぇな」
 「あ、良かった……!それじゃ、あのコレ…つまらないものですが」 

 安堵したように息を漏らしたは、うつむきつつ背中に隠していた小さな紙袋をおずおずと差し出す。 
 
 「お誕生日ケーキの際にでも使ってください」

 開いた紙包みの中には、白くて長い棒状のものが無造作に入っている。
 どう見ても、ロウソクである。

 
ッ…てめッッ!…ケーキじゃねぇのかよ!!さす方かよ!!」
 「ケ、ケーキプレゼントするなんて一言も言ってないじゃないですかっ…」
 「今の流れだと普通そう思うだろ!!しかもこれ明らかに仏壇用じゃねぇか!!ケーキにどんだけデカイ穴開けるつもりだこの野郎!」
 「こ、購買にはそれしか売ってなかったのです」
 
「…おまッッ…!!人の誕生日プレゼント学校の購買で買いやがったのか!!
 「だ、だって…だって、今日が誕生日ってことさっき初めて聞いて…」
 「さっきぃ?!!!」

 弁解すればするほどの墓穴は深くなるばかり。 
 鬼軍曹のような厳しさで詰め寄る跡部に、ただ小さく縮こまってゆく。

 「部長、そんなに責めないでやってください!」  
 
 そんなをかばうように、長太郎が二人の間に滑り込んできた。
  
 「さん今月金欠だったのに無理してロウソク買ったんですよ!所持金9円なんですよ!」
 「私…もうガチャガチャのガムすら買えません…」
 「し、知るかよ…」

 うっすらと涙を浮かべる(なぜお前が泣く)長太郎と、その後ろで一円玉と五円玉を握りしめたまま肩を落とすを前に跡部はたじろいだ。
 なんだかよくわからないが、ちょっとした悪役気分。
 今日この日に生まれたというだけで、あたかも貧窮にあえいでる民から蓄えを絞りとっているかのようないわれの無い非難を受けるとは腹立たしいことこの上ない。
 栄えあるお誕生日様だというのに、まるでめでたくないおもてなしである。
 段々と跡部は憤りを感じてきた。
 本日の主役の顔が微妙に歪んでゆくのを見て流石にまずいと思ったか、は小銭をポケットに押し込み(もはや財布すら持ってないのか)無理やり乾ききった明るい声を上げる。

 「あ!ひ、日吉もちゃんとプレゼント持ってきたんですよ!ね?日吉?!」

 自分の贈り物があまりにアレなので、とりあえず他へ話題が移るよう必死に画策している模様である。
 他人の貢物で点数稼ぎとはなかなか意地汚い。
 助けを求めるかのごとくにぐいぐい袖口を引っ張られながら、日吉は鞄から細長い箱を取り出した。

 「お誕生日おめでとうございます、部長」



  毎
  日
  香



 ((うわっ日吉……!))

 日吉が何を用意したのか全く把握していなかったと長太郎は、笑顔そのままで凍りつく。
 受け取った跡部はもっと凍りついていた。

 「日吉…てめっ…家にあるもん適当に持ってきやがったな…!」
 「もしお嫌いなら『青雲』もありますけど」
 「そんなもんどうでもいい!」

 本当にどうでもいいな、と2人も思った。
 隙あらば跡部に挑もうとする日吉の向上心について今更どうこう言う気はないが、相手の誕生日ぐらい下剋上を休めてはどうだろう。
 周りが迷惑だ。

 「や、でもホラ先輩、私のロウソクと合わせたらお墓参りも安心って感じじゃないですか?」
 
 苦しいこじつけなのはも痛いほど解ってはいるが、フォローせずにはいられない。
 「ね、ご先祖様も大喜びだよね?」と言いながら肘で隣をガンガン突っつくと、日吉は仕方なさそうに頷いた。

 「そうです、お盆セットです」
 「もうすぐ紅葉も色づくっていうこの時期にか」

 王様のこめかみの浮き始めた青筋…どうか……目の錯覚でありますように。

 が神に祈らずにおれないような空気の澱み。
 それを肌で感じ取った長太郎は、取り繕うように口を挟んだ。

 「そっそうだ、誕生日お祝いってことで俺、歌でも…!」

 (((お前のプレゼントは歌オンリーかよ!))) 
 
 今度は彼以外の3名が凍りつく番である。
 ドン引きの聴衆を置いてけぼりにして、長太郎はとっとと歌い始めてしまった。
 

 ♪ハピバ〜スデ〜トゥ〜ユ〜 ハピバ〜スデ〜トゥ〜ユ〜

 ♪ハピバ〜スデ〜ディィア部長〜



 
語呂が悪い



 こういうものの語呂の悪さは聞いてる側の人間を気持ちをむずがゆくするものだ。 
 案の定、跡部の機嫌はますます下り坂になってゆく。
 やることなすこと全て裏目と出るこの事態を重く見たは、慌てて両手でTの文字を作り長太郎を呼び戻した。
 
 「タ、タイム!一旦集合!!」

 2年生トリオは小さく円陣を組み、その場にしゃがみこんだ。
 とりあえず作戦の立て直しである。 

 「鳳君、ぶちょう〜♪は、ない」
 「すさまじくリズム悪いんだよ、お前」
 「え〜……そうかなぁ」
 「ちょっ、跡部先輩めちゃめちゃ怒ってるって!」
 「うわホントだ、ヤバイね」 
 「別に怒らせたままでも構わないけどな、俺は」
 「日吉ぃ……もっと協調性持とうよ…協力していこうよ」 
 「そうだよ日吉、誕生日なんだからさ」
 「そーそーもっと祝ってあげる姿勢を見せないと
 「じゃ、もう一回さ…」  
 「え、みんなで…」
 「…、」
 「…」
 「…」

 なにやら小声でコソコソ打ち合わせを済ませた3人はおもむろに立ち上がり、跡部の方へ向き並んだ。

 「…せーのっ」 

 ♪ハピバ〜スデ〜ディィア
跡部〜
 
 
 「いいからてめぇらもう帰れ!!」

 

 跡部景吾、記念すべき15才の苦々しい幕開け。







 お誕生日おめでとう跡部さん。