「た、誕生日…だったんですか……」 「知らんかったんかい」 「そりゃ知りませんよ、これ知ってた?!」 青ざめてが振り向けば、1人は静かに頷きもう一方はやばいよ忘れてたと頭を抱えた。 10月4日、それは他でもない跡部様が生誕した日だった。 テニス部関係者としては、例え己の誕生日を忘れていたとしてもその日だけは記憶に刻みこんでおかねばならぬ秋季一番の重さをほこる記念日である。 それをうっかり忘れてしまった鳳長太郎とそもそも頭になかった、どちらの顔にも余裕はない。 知ってたなら教えろよ…… 恨みがましい視線が涼しい顔に向けて発射される。 双方から縋りつくような弱々しい糾弾を受け、「聞かなかっただろ」と日吉はしれっと答えた。 腹立ちまぎれに靴でも踏んでやろうとしたが、あっさりかわされの足はむなしく床を踏みつけた。 「なんて冷たい奴……日吉のひは非道のひ!」 「人でなしのひ!」 「ひき肉のひ!」 「うるさい」 当たり前だがプレゼントなど用意していない。今から買うにも金はない。 しかし手ぶらで出向いたもんなら、怒りを買うのは必至。かといって知らぬ振りを決め込めば、それはそれで恐ろしい災いを呼ぶこととなるであろう。 は数時間後の自分の身の上を思い、滝のような汗をかいた。 と、その時背後から軽く肩に手が乗った。 「別に物贈るだけがプレゼントやないぞ」 「忍足先輩」 「真心や」 忍足先輩が言うと限りなくうさん臭いですよね、と三人の心は一つになった。 後輩らの乾いた表情は忍足には届かず、囁くような低い声は続く。 、お前はな。 「チューでもしてやったらええねん」 「は」 「まあ口にとまで言わん、頬で充分やろ」 返事するのも忘れ、は忍足を見つめた。遮る丸眼鏡も溶かしきる勢いで見つめ続けた。 それでも彼の真意は読み取れなかった。 「いま、なんて」 「だからチューって」 「誰にですか」 「跡部に」 「誰がですか」 「が」 「それは一体誰が得するんですか」 「ええー…誰ってお前……思いがけない問いかけ来たわ」 天井を仰ぎ見た忍足は誰ぞを哀れむような目をしていた。 はそれを見ることもなく、目線を落として黙り込んだ。 心中での葛藤を表すような百面相が繰り広げられた後、再び忍足を見上げた。 「あの、それで誕生日は丸くおさまりますか」 「そらもう治まる治まる、もう治まるっていうか逆に何かがたぎって溢れて噴き出すかも知れんわ」 後半の発言の意味は図りかねたものの、治まると頷かれた以上、にはそれに縋るしかないように思えた。 既に時は放課後であり、タイムリミットはもう目前まで迫っている。 半ば諦め、じゃあ考えてみますと歯切れの悪い返事をすると、忍足は健闘を祈っとるわ、と愉快そうに笑って去っていった。 だが、傍らに立つ男の視線は氷のごとく冷たい。 「お前、まさかあの人の言ったこと鵜呑みにしてるんじゃないだろうな」 「え、鵜呑みっていうか…まずかった?」 日吉はいかにも呆れたという顔でを見下ろした。 「真心さえこもってれば……なんて白々しい台詞であの跡部さんが納得すると思うか?」 「う」 別に喜ぶと思うけどなあ、という長太郎の弁は日吉の手の平によってすぐさま遮断された。 「まあ、どやされるの覚悟の上だっていうなら別に止めないけどな」 好んで怒られにゆく馬鹿もいない。 の首はぶんぶんと左右に動いた。 日吉の手は未だ長太郎の口を押さえ込んだままである。 「下手な奇策に出るより、わかりやすく何か手渡した方がよほど無難なんじゃないのか」 「そ、そうか」 「そうだ」 「じゃあやっぱりやめた方が」 「賢明だな」 「もしや騙されるところだった?」 「ああ多分」 はおお危なかったと安堵の息を吐いた。 「よし、それじゃとりあえず購買行って来る!」 そう言うと、は身を翻して走り出した。ポケットの中の小銭をしっかりと握り締めて。 ようやく解放された口で大きく息を吸い込んだ長太郎は恨めしげに日吉を睨んだ。 「かわいそうだよ日吉、さん全然お金持ってないのに…」 「ふん」 長太郎に膝カックンを食らわせながら駆けてゆく後姿に日吉は薄く笑った。 水面下で阻止 |