日差しが眠りを誘うように柔らかく注がれている。 その光を全身に浴びて見事に葉を茂らせた枝が、時折吹く風を感じて静かに揺らいでいた。 「いー天気だぁ・・・・」 は頬杖をつきながら、そんな牧歌的な情景を窓からボンヤリと眺めていた。 しばらくすれば、また戦の日々。 束の間の平和を、じっくりと噛みしめているわけである。 「様、お茶でもいかがですか?」 私室の扉をノックした後、ひとりの女の子が顔を出した。 抱えたお盆の上には鮮やかな模様の茶器が載せられている。 「ありがとう。春鈴も一緒に飲もうよ」 がそう言うと、そのつもりで器を二つ持ってきました、と彼女は嬉しそうに笑う。 この春鈴という娘は少し前にに就いた女官で、同年代ということもあり、気心のしれた友人のような存在だった。 「何か考え事でもしてらしたんですか?」 春鈴が慣れた手つきでお茶を注ぐと、花が咲いたかのような芳しい香りが部屋いっぱいに広がった。 「うーん・・。ここに来た時のことをちょっと・・・」 「あら!私その話聞いてみたいです!!」 歳相応の好奇心を持つ春鈴は、両手を合わせて目を輝かせる。 当時、別の仕事に回されていた春鈴は、がどういう経緯でここへやってきたのか詳しく聞いたことがなかった。 「えっと、そうだなぁ・・・」 まだ飲むには熱いお茶をフウフウ吹きながら、はその時のことを思い出す。 その夜はいつもどおり、自分の部屋のベッドで眠っていたはずだったのだが。 気が付いたら、燃えさかる森の中にいた。 深い闇の中、木々が焼ける炎がゆらゆらと揺れている。 なんだか煙たくて熱くて、咳き込みながらも呆然と座り込んでいた。 そうしていると、あちこちで男の野太い声が聞こえてきた。 「まだか!!まだ見つからねぇのか!!?」 「早くするのだ!!他の国の奴等が手に入れる前に!!」 どうやら、何かを探しているらしい。 ここはどこかと尋ねたいが、鬼気迫る声色になにやら恐ろしいものを感じて、どうしようか迷っていると。 「・・・・短剣だ!・・・黄金の短剣・・・・だ・・!!・を・・・・・!!!」 途切れ途切れではあるが短剣がどうのと言っているのが聞き取れた。 短剣。 どうもそれを必死に探しているらしい。 なんとはなしに、足元を見下ろしてみる。 ・・・・・・・・・・!!!! 座り込んだ膝の上に申し訳なさそうに置かれている、 綺麗な細工の金色の小太刀。 あるよ!!? ここに似たようなのがあるよ!!? ていうか、まさにコレですか?!! もうそれだけでもパニック寸前なのに、更に追い討ちをかけるような怒号が響く。 「黄金の短剣を持っている者だ!!なんとしても見つけ出せぇぇ!!(ちょっと声裏返り)」 探しているのはその剣だけではなく。 むしろ、持ってる私? 「すごい! ”闇に囚われるとき、北の夜空に朱雀の星現る。その朱雀、天下へと導く者なり。光の刃を携えて” という予言どおりだったんですね!!」 きゃあきゃあと春鈴はトキメキを隠せない様子だ。 そんないいモンじゃなかったけどね・・・とはため息をつく。 「その予言、すごく有名だったんだね。あとから聞いたけど、あの森には国という国の君主やら配下やらが予言を信じて朱雀を探しに来てたんだって」 なんで剣持ってんのなんで私探されてるのなんでここにいるのなんでなんでなんで ここにいる連中が、自分のことを探しているのは分かった。 分かったが、その他のことはさっぱり不明だ。 「草の根分けても探し出せ!!!」 まさにコレが血眼になって探す、というやつだろう。 草の根まで分けられちゃうぐらい探されたことなんて、生まれてこのかた初めてのことだ。 はっきりいって怖い。 探されているからといって、ハーイ私でーす、なんつって出て行けそうな雰囲気ではないし。 しかも、こんなとこに来る前はベッドで熟睡していたのでロクな格好していない。 寝苦しい夜だったので、下は短パン、上は親戚からのお土産Tシャツを着用。 胸にでっかく 「まぁ・・・夜着のままだったのですね。それは、恥ずかしいですわ・・・。わかります」 両手を赤くなった頬にあて、春鈴はに同情した。 彼女が思っているような、色っぽい恥じらいとは全く違うのだが、女としてかなり恥ずかしいことに変わりは無い。 前日着ていた、名前入り中学校指定Tシャツとどっちがマシだっただろうとは本気で考えてしまった。 見つかってしまうのが、恐ろしい上に恥ずかしい。 とにかくここから逃げようと思った。 状況を一気にややこしくしてくれた小太刀だが、このまま捨てていくのも危険な気がして、護身用として持っていくことにした。 膝の上の剣を掴み、火の手の上がっていない方へと駆け出した、が。 体が異常に軽い。 まわりの景色が驚くような速さで流れてゆく。 あまりの速さに、自分で制御できない。 斜面を一気に降りるときに足が追いつかないような、そんな感じだ。 うわうわうわうわうわわわわわーーーっ!! ひとり暴走列車状態で、アホみたいな悲鳴をあげながらも自分では停止不可能なまま、何かに突っ込んだ。 バキバキバキバキィ!!! やっと止まった・・・死ぬかと思った・・・・ 安堵して顔をあげたら、そこに何かがうずくまっている。 何かにぶつかったとは思ったが、よくよく見てみるとそれは人のようで。 「ゲェホッゲッ!ゲホッゲホッゲフゥ!!」 かなり、むせていた。 「それが、殿だったわけですね」 「うん。あの時、肋骨とか大丈夫だったのかな。かなりの衝撃だったんだけど・・・」 「そうですよね。猪に突撃されたようなものですものね」 「・・・・・・・・」 やさしげな口調でけっこう失礼なことを言う女官である。 「ま、まぁ、そんな流れでこの国にお世話になることに」 なったわけで、とはようやく飲める温度になったお茶に口をつけた。 予言の朱雀がこんな小娘で、みんなさぞかし驚いただろう。 あの時はまわりの反応がどうとかいうより、自分のことだけで精一杯だったけど。 そんなことを遠い目をしながら考えていると、春鈴はじっとを見て、ふふっと笑った。 「・・・・様が来てから、ここは前よりずっとよい国になりましたよ」 「ブッ。・・・ち、ちょっと春鈴、いきなり変なこと言わないでよぅ」 突然、照れくさいことを言われては飲んでいた茶をふいた。 慌てて口のまわりをぬぐう。 空になった茶碗に、再び茶を入れようとしたがサッと春鈴にポットを取り上げられた。 「だって本当のことですもの。この国の者はみんな、様がお好きです」 は黙って、注がれる茶を赤面しながらじっと見つめる。 「もちろん、私も様が好きですよ☆」 「も、もういいっつーの!!」 恥ずかしくて耐えられないは、淹れてもらったばかりの茶を一気に飲んで、熱ッ!とか騒いでいる。 その様子を実に楽しそうに眺める春鈴。 朱雀様の一日は、今日もこんな風に過ぎていくのである。
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