たとえ君が、





ひぐひぐと鼻をすする音に嗚咽が混じる。とうに意思の力は及ばないだろうに、自らが生む水音を押し殺そうと息を強引に飲んで、余計に不協和音を招いた。かろうじての呼吸がいくつもの荒い咳にとって変わる。
「ほら無理にこらえないで」
掠れた咳を繰り返す背を、滝の手が控え目に叩いた。
「水飲む?」
声を捻り出せるはずもなくまともな返事は期待できそうにない。それでも膝にうずめられた顔が、いらないと言うようにほんの少し身じろぎした。小さくなった体育座りの中で咳こむ音が弱々しく消えていく。固く冷えたコンクリートの階段に、涙の屑がこぼれたように丸まったティッシュが散らばっていた。
膝を抱えて縮こまる肩が、しゃっくりに震えながら息を吐く。
「かみが、ながい、」
水没したようなびしゃびしゃな声に合わせて、滝は「うん」と背中を叩く。
「色の白い、子と、手をつな、いで」
そこでいっそう声は水浸しになり、語尾はほとんど聞き取れなかった。彼女の嗚咽の全てを受け止めているスカートは、もうプリーツを失って使い物にならないだろう。
ずっと前から、一年の時からずっと、とくぐもった涙声が訴える。
好きだったのに。
うえ、うえ、と押しあがる液体を留めるのに失敗して、また喉に空気が絡む音がした。
「かのじょ、いたなんて、しらなかった」
規則的に背を叩いていた滝の手がわずか遅れた。
機微を感じ取る余裕などない癖に、そのささいな違和感は心に触れたのか、初めて彼女の顔がスカートから離れた。涙と鼻水でかき混ぜた、ひどい泣き顔が滝を見上げる。
「滝、しってたの?」
滝は何枚目かわからないポケットティッシュを取り出して、親が子供にするようにして鼻をかませた。その間も答えを待ち続ける赤い目は、滝をみつめたまま離さない。
失態を取り繕うように彼女の背を更に丁寧に撫でた。
「確証はなかったけどね」
ひゅっと喉が乱暴に息を吸い込む気配。
「なんで、なんで、教えてくれなかったの」
スポンジを絞るように瞼から涙が溢れだした。ビー玉みたいにふくらんだ雫が一気に滑り落ちる。後悔と失望の粒がいくつもいつくも。
「し、知ってたら、わたし」
「好きにならなかった?」
泣き声が一瞬にして切り落とされた。滴る睫毛が扇状に開いて、滝に向って濡れた瞳を大きく晒している。握りつぶされる途中で放置されていたティッシュが、膝からころりと落ちて足元の残骸に身を隠す。
「俺は好きになるよ。何度でも」
滝は寂しそうに微笑んで、涙で張り付いた髪を頬からはがした。








でも君は何度も好きにならないで