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既に一冊広げているにも関わらず、ラックに並ぶ雑誌の表紙をぼんやりと目で追う。いろいろと興味を惹かれるが、さすがに後半は手を出しにくい。
諦めて手の中に視線を落とし、パラパラと適当にめくった。一日200円節約メニュー。普段料理をしないので、200円が経済的なのかどうか分からない。豆腐ハンバーグはなかなかおいしそうだったが、面倒そうな豆腐の水切りに早くも挫折して次のページに手をかけた。

「150円になります」

やる気のない店員の声がクーラーの風と共に背中へと流れてくる。と同時に、小銭が重なり合う音がした。
特に気に留めることもなく、そのまま雑誌に目を落としていたが、いつまでたってもその音が止まない。
一体どれだけ細かく払おうとしているのか、えんえんチャリチャリチャリとレジの方から聞こえてくる。客もまばらな狭いコンビニ内に響き渡る有線の夏ソングと小銭の音。
他人事ながらも緊張感を揺さぶられる状況である。
ハラハラしつつ聞き耳を立てていると、それまで鳴り響いていた小銭の音がピタリと止んだ。

「いかがいたしましたかお客さま」

苛立っているのだろうか、店員の声が刺々しい。
ちょうどそのとき計られたようなタイミングで有線から流れる音楽が途切れ、一瞬本物の沈黙が店内を包んだ。


「…やべえ、足りねぇ…」


静寂を破った声に思わず顔を上げると、クラスメイトがレジの前で絶望していた。


















封をあける前から柔らかくなっていたアイスクリームは、この熱気に負け、予想以上の速さで溶け出していた。
甘いバニラが雨のようにボタボタと滴り落ち、棒を持つ指先に絡みつく。
本当は逆さに持ちたいくらいなのだが、ひっくり返した途端地面に落下しそうな気がして踏み切れない。
ジャングルジムの前を腕まくりのサラリーマンが額に汗しながら早足で通り過ぎていった。横断歩道の白線の上では陽炎がゆらいでいる。今日の最高気温は、38度。


「宍戸…私と目が合った時、助けに来てくれた王子様を見るお姫様みたいな顔してたね」
「うるせぇなちくしょう…ほんと心から助かったと思ったんだよ」

宍戸は舌打ちしながらアイスを左手に持ち替えた。
あの後、偶然居合わせた知り合いの存在に宍戸がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、その頼みの財布を持っていなかった。
ただならぬプレッシャーの中、お互いデニムやジャージのポケットを散々探って小銭をかき集めたものの、2人合わせた合計金額は135円。
結構な時間カウンターを独占したおかげで、店員はおろか店内の客数人からも刺さるような視線を浴び、いっそレジの前から消えてしまいたい心境の宍戸とだったが、ここまでかき回しておいて何も買わないわけにもいかない。
目にも留まらぬ速さで、当初買う予定だったスポーツドリンクの代りにホームランバー2本(ギリギリ予算内)をレジに突き出し、それこそ逃げるように2人は店を後にした。

「しっかしお前、よく手ぶらでコンビニに来れたな」
「私は買い物じゃなく涼みに行ってたんだって。自分の財布の中身すら把握してない宍戸に言われたかない」
「確か俺の記憶では500円玉が1枚入ってたはずなんだけどよー…おっかしいな、どこに行ったんだろうな」
「知らんよ」

熱中症を恐れてか、夏休みの真っ最中だというのに公園には遊ぶ子供の姿はない。確かに今の時間帯は一日で最も気温が高くなる。わざわざ一番暑い時に外に出ることもないだろう。
半分液体と成り果てているアイスクリームの塊を、すべり落とすように口の中に放り込む。ほのかに残る甘さを名残惜しむようにそのまましばらくくわえていたが、棒の感触に違和感を感じ、口からゆっくりと抜き出した。

「ん?…あ…た…り………?!」

薄っぺらい木の表面にけずられた丸文字が浮き上がっている。

「宍戸あたりッ!あたり出た!」

は喜びに任せ、宍戸のシャツの袖口を千切れんばかりに引っ張った。

「あ?マジで!?」

目の前に突き出された「あたり」文字に煽られる様に、宍戸も溶けかかったアイスにかぶりついた。

「…うおっ!…俺もじゃね!?ほら、これ当たりだよな?」
「ほんとだ!ちょ…すごくない?フツーそんな出ないよ」
「うわ俺、当たり出たの初めてかも」
「うっそ、やったじゃん、おめでとう初あたり!このラッキーさん!ラッキー宍戸!」
「なんだよそのパクリっぽいあだ名!ぎゃはははは!」←すごい浮かれてる

一瞬暑さも忘れ、それぞれあたり棒を手に2人は互いの幸運を褒め称えた。
たかが安っぽいアイスの当たりハズレでこうまで盛り上がるのもいかがなものかと思うが、どんなものでも当たるというのはやはりありがたい。

「で、この当たりってどうすんだっけ」
「そりゃお前、あたりが出たらもう一本だろ。当たりの棒持って買った店行けば…」


買  っ  た  店 

 
さきほどの興奮はどこへやら、2人は揃って沈黙した。
当たった事実が嬉しくて半分忘れていたが、これは結構度胸が必要なのではないか。
くじ付き関係の菓子は数あれど、実際当たりを取り替えてもらっている人の姿はあまり見かけない。
小学生くらいならばいざ知らず、それなりに成長した大人にいたっては皆無である。2人は大人と呼べる年齢ではないが、無邪気にアイスの棒を差し出せるほど子供でもない。しかもその店がさっき思い切り恥をかいてきたコンビニならば尚更だ。
一体どの面下げて当たったからアイスくれと言えるだろう。

「……、俺の当たり棒やろうか」
「エッ…いいよ、いらないよッ」
「気にすんなってもらっとけって」
「いやいや、こういうのは食べ盛り育ち盛りの宍戸さんにこそ…」
「おい、なに押し付けようとしてんだ」
「いいからいいから、黙ってとっときなさいよ」
「小遣いくれる親戚のおばさんみてぇな言い方すんな」

再度コンビニに突撃する勇気が湧かず、相手にその役割を振ろうと2人とも必死になった。ベタついたアイスのあたり棒が互いの手の中を行ったりきたり。
ババ抜きのジョーカー並みに押し付けあうくらいならば公園のくずかごに捨ててしまえばいいのだが、せっかく手に入れた幸運を自らの手で捨て去るのは忍びない。幸せの神様にそっぽをむかれるかも知れない、と普段ツイてないだけについ本気で考えてしまう。

「…ほんとどうしよっか、これ」

手の平全体に広がるべとつきにいい加減耐えられなくなった宍戸とは、一旦押し付け合いを中断し水飲み場で手を洗った。
蛇口から吹き出る水はぬるま湯のようだったが、それでも照りつける日差しの下、指先を流れてゆく水の感触は心地よかった。
そしてその時、2人はせっかくだからとついつい一緒に例の当たり棒まで洗ってしまった。綺麗に磨かれた「あたり」の文字がやけに眩しい。いよいよ、捨てられなくなった。

「……あ!違うコンビニで取り替えてもらうってのはどうよ!ホラ、バス停の近くのローソンとか」
「お!それいいんじゃね?!」

苦しい状況の中で生まれた新たな可能性に2人は笑顔と元気を取り戻した。
宍戸はベンチ横に立てかけておいた自転車を素早く起こし、ひらりと跨った。も急かされるようにその後ろへと飛び乗る。競争だ!と言っていきなり走り出す小学生のごとき勢いで公園を飛び出した2人は、無駄に高いテンションを引っさげて意気揚々と目的地へ向かった。




「いやあ参ったね……」
「ああ……まさかホームランバーを置いてないコンビニがあるとは…

――― 数十分後、再び公園のベンチには項垂れる2人の姿があった。

「あの店員キョトンとしてたな」
「そのあと『申し訳ありません、当店ではお取扱いしておりません…アハッ』だもんね。アハッて。こらえろよ、笑いたくてもそこは頑張れよ…!客のハートは粉々だよ…!」

耳をつんざくような蝉の鳴き声が、今はどこか遠くに聞こえる。
下手にテンションを上げていただけに、ダメージはより一層大きい。ああ、人生ベストテンに食い込むような恥をかいてしまった。しかも一日に二度も。
嘆き悲しむの隣で、宍戸はホームランバーのないコンビニなどコンビニとは認めねぇなどとどうでもいい愚痴を吐きながら、あたり棒を強く握り締めていた。この期に及んでも棒は捨てられないらしい。

勝ち負けでいえば今日は完全に負けだ、見事なまでに負け戦だ、とはベンチの背もたれに思い切り体を預けた。似たようなことを思っていたのだろうか、渋い顔をした宍戸も同じく後ろへ倒れこむように大きく伸びをした。
暑い。
それはそうだ、雲一つない真夏の空の下、日陰もない場所で干物のように佇んでいるのだ(しかもアイスの棒を手に)暑くないわけがない。

「…そういや、部活午前中で終わり?それともこれから?」
「いや、今日部活ねーし」
「じゃあなんでジャージ着てんの、この暑いさなかに」
「今朝、自主練してきたんだよ。コートの鍵は常に開いてっから」
「へー休日だってのに苦労さんだねぇ…」

名門であることと練習が過酷なことで名高いあのテニス部にとっては、数少ない貴重な休みだろうに。アイスの当たりごときにこうまで振り回されるとは、もはや当たって良かったのか外れた方が平和だったのかよくわからない。初めて当たりが出たというのも、よくよく考えれば結構幸の薄い話である。
宍戸よ、本当に不憫な奴……と、トラブルに巻き込まれたのはその不憫な奴のおかげだという事実も忘れ、は心から同情した。
どこからどう見てもスポーツマンだと語る健康的な日焼けが、今日は妙に悲しくみえる。
さほど色白とも思えない自分と比べても、まるで別物のような黒い腕。毎日どれだけ空の下でラケットを振っていればこうなるのだろう。何故、努力=幸せ指数に結びつかないのか、世の中不思議で仕方がない。

「…宍戸、やっぱりこの当たり棒あげるよ」
「な、なんだよ、お前また……」

再度押し付け合いが始まるのかと宍戸は思い切り警戒したが、は「違うって」と首を振った。

「そういうんじゃなくてさ。どうも宍戸って、こう……えーと、まあ、具体的な説明は避けるけど」
「なんで避けんだよ」

聞こえない振りをして、サンダルの踵で地面をグリグリ削りながら勝手に喋り続ける。

「いやーどうしてか、幸せを祈らずにいられないんだよね妙に、うん」

深く考えずに思ったことをそのまま口に出してみたが、同情なのか愛情なのか線引きが非常に曖昧な台詞となった。
すぐにフォローを入れなければ、妙な誤解を招くかも知れない。しかし、自分でもどういうつもりで口に出したのか分かっていないので、付け加える言葉が見当たらない。太陽の熱が脳にまで突き刺さっているのだと思った。

「だからゲンかつぎってことで、この私の分の当たりもあげるよ、うん、幸せあげるよ。宍戸の運は人並み以下だから2人分くらいの幸運でちょうどいいんじゃないかな…ああ、ほら、お守りにしたらいいじゃん、テニスの試合前に怪我したりしませんようにとかさ」

口を挟む余地を与えぬ勢いで一気にまくしたてたは、呆気にとられている宍戸のジャージのポケットに棒をねじこんだ。
ズボンのポケットから、チラチラ見え隠れする「あたり」の文字。彼に言わせれば激ダサかも知れないが、はとても満足だった(勝手に)
宍戸はしばらくポカンと口を半開きにしたまま、無理矢理押し込まれた当たりの棒を眺めていたが、やがて頭をガリガリとかきながらあさっての方向へと目線を逃がした。
それから、「もらっといてやるよ」と小さく呟いた。

しばしの間のぼせるような暑さを肌で感じながら、お互い目を合わせることなく黙って座っていた。気が付けば真上にあった太陽が、少し傾いた位置から2人をギラギラと照らし続けている。
夕方から特別授業があったことを思い出し、時計を見ると開始の時刻が迫っていた。さすがに塾にまで手ぶらで向かうわけには行かないので、家に戻ろうとはベンチから腰を上げた。

「…じゃ、そろそろ帰るわ」

ベンチに座る宍戸に手を振って、そのまま立ち去ろうと歩き出したが、

「おい」

呼び止める声に、足を止めて振り向いた。

、暇だったら明日練習来いよ」

相変わらず目を合わせようとしないものの、その声はやけにはっきりと響いた。

「帰りに、学校の裏のコンビニでホームランバー奢ってやる」

ポケットの当たり棒を指差し、コレの礼代わりだと宍戸は言った。
口では「またホームランバーかい!」と突っ込んでおいたが、顔の筋肉が笑顔へと崩れてゆくのを止められなかった。
幸運をもらったのはもしかして自分の方かもしれないと、は夏の日差しに少しばかり感謝した。





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宍戸さんにわずかばかりの幸福を…!