平和な昼下がりをブチ破るかのように、城内に事件を知らせる声が響いた。 「大変です!!甘寧殿の私室が火事です!」 メラメラと焦がすように寝台の敷布を中心に火の手は広がりはじめている。 大慌てで城の者が集まり、一斉に消火活動が始まった。 「まだ部屋全体には回ってない!フォーメーションBだ!」 「了解!!」 見事なチームワークのフォーメーションB(バケツリレー)で、燃えさかる火は徐々に抑えられていく。 呉軍消防隊、実に動きがスムーズ。慣れているらしい。 そして無事に、甘寧部屋の火災は消し止められた。 室内には鼻をつくような焦げ臭さと、洪水後のような水浸しの惨状が広がっている。 「俺の部屋、今年に入って2度目だ…」 「この国多いですよね、火事」 入り口にもたれかかって、遠い目をしながら変わり果てた自室を眺める甘寧を、消防歴2年の兵卒が慰める。 まだまだ新入りに近い兵卒の彼だが、数々の功績を立てている為もうすぐ昇進するという噂だ。 その功績の内容が、戦においてではなく、火災処理であるというのはいかがなものか。 戦より、火事の方が多い国、呉。 「でも、いつも陸遜様が早めに知らせてくれるので大惨事にならなくて済んでます!」 「…お前、気付いてな…いや、何でもねぇ」 言いかけて、甘寧はすぐに首を振った。 知らない方が幸せってもんだ。 心優しき苦労人は、1人悲しく溜息をついた。 さて、いの一番に火災を知らせて未然に惨事を防いだ男・陸遜伯言は鼻歌を歌いながら廊下で軽いステップを踏んでいた。 どうやらゴキゲンのようである。 「やはり気分転換にはコレです」 すでにお気づきかも知れないが、甘寧の部屋に火を放ったのは他でもないこの小僧である。 自分で放火しておきながら、自ら火事だ火事だ!と騒いで発見させる。 一見何の意味も無さそうな行為であるが、彼にとって生活に欠かすことの出来ないちょっとした趣味。 「燃やしっ放し、てのも悪いですからね」 やり逃げは悪い、という自覚は微妙にあるらしいが、放火自体には特に罪の意識は無いらしい。 そして今後改める気も感じられない。 別に何もかも燃えてしまえ、という想いから火を放っているわけではなく、ただ焼ける様を少しの間眺めていたいだけなのである。 ※放火魔・陸遜の行動パターン(城内編)※ 誰かの部屋に着火 → ジワジワと燃え広がる(このへんが陸遜のお気に入りの時間) → 部屋の3/1が火の手に覆われる → さも今発見したかのように大騒ぎ → 大事に至る前に消火 → 気分ややスッキリ 要するに陸遜的「キャッチ・アンド・リリース」 ハタ迷惑な野郎である。 「次回はどなたの私室にしましょうか」 クスクス、と次なる犠牲者を気分次第で選ぶ陸遜。 しかも恐ろしいことに、全ての呉武将室、過去に放火済み。 一巡したのでとりあえずアイツでいいか、という感じでヤられちゃった甘寧なわけで。 殿である孫策の部屋まで、手をかけた彼に怖いものなどない。 そんなどこもかしこも焦げ臭い呉の城内部だが、唯一悪魔の害を受けていない部屋があった。 それは朱雀・が使っている私室である。 彼女の部屋(当然陸遜の部屋も)だけが一度も火の手どころかボヤ騒ぎもない。 いたって平和、である。 次々と起こる火災の裏側を知る由もない(気づけよ)呉の兵士達は、やはり朱雀様だ、風神様のご加護のおかげだ、と噂しを崇めるような眼差しで見つめていた。 真実は、が神々しいのではなく、陸遜が黒々しいだけなのだが。 まぁとにかくの私室は燃えたことがない。 自身、何故自分だけがそういう被害とは無縁なのか日々不思議に思っていた。 彼女も数々の火災事件が陸遜の仕業とは気付いていない者の一人である。 他の将たちはイヤというほど陸遜の腹黒さを思い知らされている為、にも注意を促したいところだがそんなことをしては奴に抹殺されかねない。 おかげでの陸遜への評価は「礼儀正しくて賢い素敵な軍師様!」とかなりの高得点を記録している。 そのへんが甘寧や呂蒙や太史慈にとって非常に口惜しい部分なのだ。 あれは悪魔なのに。 コンコン 扉が軽くノックされ、はひょいっと顔を出す。 「あ、陸遜様」 パパッと火事を済ませ、ニコニコと機嫌良さ気な陸遜は、まだ一度も手を染めていない彼女の部屋を訪ねていた。 「用事が終わって空き時間が出来たんで、殿のお顔など拝見しに参りました」 そう言って陸遜は右手で抱えた手土産の茶菓子を少し持ち上げる。 まさかその終わらせた用事が放火とは考えもしないは普段忙しい陸遜が遊びに来てくれた事を素直に喜んで彼を部屋に招き入れた。 「今さっきまた火事騒動があったみたいですよ」 椅子に腰掛け、陸遜は卓の上で持ってきた菓子を包みから取り出す。 あったみたい、などとあまり事件に詳しくなさそうな話し方をするあたり、図々しさ爆発。 ずいぶんと分厚いツラの皮だ。 「ええ?またですか?!」 来客をもてなす為にお茶の用意をしていたは驚いて、陸遜の方へと振り向いた。 「甘寧殿の私室でした。幸い大事には至りませんでしたが」 「そうですか…お気の毒ですね」 茶器を載せたお盆を抱えて陸遜の向かいに腰掛けたは、かわいそうな甘寧を思ってか憂い顔だ。 だけど怪我人が出なくて良かったですね、と少し笑って陸遜をお茶を勧める。 陸遜は、気持ちが表情としてすぐ表れる、そういうの素直なところが好きだった。 彼女は普段からニッコリしているが、その笑顔には何の裏もない。 いつもニコニコ裏ドロドロ、の自分とは違う。(自覚はあるらしい) アクが強くて個性が濃くて、胃もたれしそうなキャラの中で彼女は「朱雀」という身分を差し引くとあまりにも普通かも知れない。 が、それでもは陸遜の目を引く。 周りに振り回されながらも、駆け引きなしで一生懸命な彼女は、とても美しい。 誰の目から見て「普通」に映っても、陸遜の中では「特別」だ。 「どうしてこんな火事が多いんですかね?」 「うーん何故でしょうねぇ…呉は空気が乾燥してて、火が燃え広がりやすいのかも」 適当な返答にもほどがある。 国の気候のせいにしやがったよこの男。 「でも私の部屋は一度もそういうの無いんですよ、なんででしょうね。それともこれから…」 眉根をわずかによせて考えるに陸遜は自信たっぷりに答えた。 「殿の部屋は私がお守りしてますから。今後も絶対そんな事は起こりませんよ」 だから安心してください、ね?と言いながら目の前のに茶菓子を渡す。 「はい、陸遜様ありがとうございます」 陸遜のやや口説きが入った台詞に対して、ははにかんだような笑顔で礼を告げた。 陸遜様って本当に優しい人、と彼女の中で陸遜に対する信頼度は更に上昇をみせてゆく。 まさにウナギのぼり。天井知らずである。 その気持ちが「恋」に変わるのも時間の問題か? 「あっこれ、すごくおいしいです」 「それは良かった。ではまたご用意しますよ」 もぐもぐと、無邪気に菓子をほおばる彼女を見て、陸遜はこの上なく幸せそうに微笑んだ。 『…今日もまた、少し彼女に近づけましたね』 実は陸遜の「プチ放火」は、日々のウサ晴らしという意味ももちろんあるが の自分への好感度上げ、という非常に重要な要素も含まれていた。 以外の部屋に火をつけまくって、不安がっているところを、『あなたは私が守ります!』 今度は彼女のハートに火を付ける、と一粒で二度おいしい、一石二鳥の趣味である。 「明日も顔出しに来ます。きっとまた火事起きると思いますから…物騒ですよねぇ本当に」 唇の片端を上げ、ニヤリと軍師はわずかに笑う。 次は誰の私室に魔の手が伸びるのか? 彼の密かな(密かか?)恋が成就するまで、呉の消防隊はまだまだ大忙しである。 キリバン20000を踏んで下さった柚様に贈ります。
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