は最近、字の練習も兼ねてこちらの世界の文献などを読むように頑張っていた。 だが一応一通り目を通してみるものの、やはり難解である。 解読できそうな文字だけを拾い読んでみるが、何が書いてあるのか結局理解できず最後にはお付の女官・春鈴にゆっくりと読み聞かせてもらう毎日であった。 「ごめん、やっぱり分かんないや」 「いいんですよ。では、お読みしますね」 今日も書斎で、はいつものように書物を春鈴に読んでもらっている。 その書物は「呉武将列伝全集」。 猛将伝においての呉武将達の活躍は、やはりとしても気になるようだ。 最初に彼女が手にしたのは「陸遜伝」。 特に深い意味はない。 一番手近な場所にあったからである。 諸葛亮が仕掛けた、石兵八陣を突破する呉の若き天才。 軍師同士の智謀と智謀のぶつかり合い。 突然現れる伏兵にもひるまず、陸遜は巧妙な罠をその知略で切り抜ける・・・。 賢く、頼もしく、凛々しい。 非の打ちどころなど全くない、正に勇将。 そう、それが列伝モードというものである。 ちょうどそれを読了した時、当の本人、陸遜伯言が文献を抱えて姿を現した。 「おや、読書ですか殿」 ドサドサと書物やら書簡やらを卓に下ろしながら、陸遜は微笑む。 思いもよらずと会えた偶然が嬉しいのだ。 いつもそんな風に純粋なら、呉も平和なのに。 「列伝全集を読んでもらっていたんです」 ね、とは隣に座る春鈴へ首を傾げた。 それに応じ、春鈴は頷く。 「ええ、ちょうど今、陸遜様の列伝を読み終わったところです」 「そうなんですか!?・・・何だか恥ずかしいですね」 なんて言いつつ、喜びを隠せない陸遜。 列伝は皆それぞれが主役だ。 まぎれもなく、ヒーロー。 プラス要素しか描かれていないので、好感度を上げるには最高である。 「陸遜様、すごく格好良かったです!」 「いやぁ、そんな・・・」 陸遜は男として最高の賛辞をから受け、脳内ではもう火矢を放ったり、巨大なキャンプファイヤー爆発炎上だったりと大騒ぎである。 想像の中だけでだけならまだいいが、その放火祭りが実行に移されないことを祈るばかりだ。 まっすぐなの笑顔と言葉は、いつも陸遜の表情を緩ませてしまう。 が、同時に黒い心を目覚めさせる要因でもあった。 「他の方の列伝は・・もう読まれたんですか?」 は首を振る。 陸遜は「そうですか」と呟いて、チラリと春鈴に視線を投げた。 「確か今晩、要人を招いて宴があるとか・・・・その準備ってこれからですよね?」 なにやら危険を感じ取った春鈴は、すぐさま立ち上がった。 「え、ええ、そうでしたわ!女官の数が足りなくて人手不足なんですの!そろそろ行かなければ・・・」 そう言うや否や、そそくさと春鈴は書斎を後にした。 賢明な女官である。 逃げるように去っていった(事実逃げたのだが)春鈴に置いてきぼりを食らい、は呆然としながら独り言のように呟いた。 「まだ陸遜様の列伝しか読んでないのに・・・」 「では、私が読んで差し上げますよ」 空席となった彼女の隣に、さりげなく陸遜は腰掛ける。 疑うことなく、その申し出には素直に頷いた。 ”他の野郎のポイントアップなど、誰がさせますか” 彼の持ち前の黒さが発揮されるとも知らずに。 そばにあった「周泰伝」を手に取り、陸遜はあらすじを語りだす。 「兜のフサフサを守りぬけ!・・・です」 「は?」 いきなり予想範囲外の言葉に、は思わず聞き返した。 しかし陸遜は素の顔のまま、真面目に答える。 「アレを斬られたら敗走です」 フサフサを敵にとられたら、敗走って? 「・・えーと・・・騎馬戦?」 まぁ、そんなもんです、と陸遜は呟いた。 「彼の場合、あのフサフサが司令塔ですから」 あれは周泰のアンテナ代わりだったのだろうか。 「それは・・・知りませんでした(つーか知りたくなかった)」 軽くショックを受けているをよそに、「では、次」と陸遜は別の書物に手を伸ばす。 「夜の闇に紛れて、兵士をひき殺すのだ・・これは、甘寧伝ですね」 「ひ、ひき殺・・?」 それではただの犯罪者である。 「何人殺り、そして轢き逃げ犯はいかに逃走するか・・という鬼のような列伝です」 「残忍ですね・・・」 無双乱舞で轢き殺し、そしてまた無双乱舞で逃げてゆく甘寧の姿を思い描いてしまう。 「殿も、あの暴走族には気をつけるんですよ」 「は・・はい・・」 もう、頷くしか出来ない。 「では、そこの太史慈伝を・・・」 陸遜はパラリとめくりボソリと呟く。 「友達を集めよう」 「・・・・それ列伝ですか?」 「ええ、太史慈殿の列伝は友達作りです。何人友達になってくれるか、で評点が・・」 ものすごく可哀想な列伝である。 そんなものが後世に語られていいものか疑問だ。 「・・・太史慈様って・・・」 「よほど友人が少ないんですよ」 陸遜、バッサリと口にしにくいことを言い切る男。 こん棒を振り回し、友達になってくれる相手を探す太史慈の姿を想像すると、涙が出そうだ。 はゆるむ涙腺を抑えるのに必死であった。 それでも、列伝は続いてしまう。 「周瑜伝・・またの名を吐血伝」 「とっ吐血!?」 なんですか、そのサブタイトルは? 「周瑜伝の場合、あれは体力ゲージではなく血の残りゲージです」 「なぜ!!」 は思わず立ち上がってしまった。 「攻撃を受けるたび、血を吐きます」 「ひぃぃぃ」 吐きます、じゃないだろう。 そこまでして敵陣に突っ込まないで欲しいものだ。 「なので、敵を斬って返り血で輸血」 「・・・・」 そんな美周郎、見たくない。 「血が尽きると貧血・・・つまりゲームオーバーです」 「体が弱いとは聞いてましたが・・そこまでとは・・・」 彼の基本衣装が赤いのは吐血と返り血で染まっている為のなのか、と想像もしたくないのに考えてしまう。 はなんだか、気分が悪くなってきた。 スプラッタは苦手である。 「まだありますよ、読みますか?」 陸遜はそう勧めるが、はご辞退申し上げた。 「いえ、もう結構です・・・」 これ以上、みんなを違う目で見たくない。 苦笑いを浮かべながら、は陸遜に列伝の感想を述べた。 「なんか、陸遜様の列伝が一番勇ましい(マトモ)ですねぇ」 そりゃそうだろう。 そういう印象を抱くように、この悪魔が仕向けているのだから。 「そんなことないですよ」 思ってもいないことを口に出しつつ、とりあえず軍師は謙遜してみる。 「でも嬉しいですね、殿にそう言って頂けるなんて・・」 に笑いかけながら、陸遜は後ろ手で残りの列伝集をクズ箱にポイポイと放り投げてゆく。 証拠隠滅か。 目的の為なら手段を選ばないこの男、今日も元気にライバル削除である。 こうしての中で偽・列伝は植えつけられた。 「・・・っ太史慈様、大丈夫ですよ!私は味方ですからね!」 後日太史慈は、廊下で出会ったにいきなり熱のこもった励ましを受ける。 「え?・あ・・・・は、はい」 さっぱり訳が分からないものの、何故か潤んだ瞳のにドキドキしてしまう太史慈であった。 陸遜の「敵つぶし・偽列伝作戦」。 意外と太史慈にはラッキーな効果を生んでしまったかも知れない。 しかしその直後、太史慈の私室が不審火による火災に見舞われたことも・・・一応付け加えておく。 50000キリバンを踏んで頂いた、きょん様のリクエストでございました。 |