いつものように呂蒙が鍛錬をしていると、がしげしげと彼を見ている。

 「お?どうした

 呂蒙は手を止め、凝視し続ける彼女に近付いた。
 背の低いに合わせて、膝を曲げてかがみこむ。
  
 「・・・これ、何ですか?」

 は呂蒙の武器を指差し、首を傾げる。
 その指の先にあるのは、今呂蒙が装備中の烈玉だ。

 「・・・ん?これを知らんのか?」

 呂蒙はクリクリと玉を槍から外し、不思議そうにしているに渡してやった。

 「それは烈玉というやつだ。風の属性だな」

 「・・烈玉」

 大事そうに両手で受け取り、目をパチクリとしながら彼女はそれに見入っている。
 どうやら初めて目にするらしい。

 「・・そうか、はまだ玉を持ってないんだったな」
 
 呂蒙の言葉にはコクリと頷き、手にしていた玉を彼に返した。
 なんだか、名残惜しそうである。
  
 「欲しい、か?」

 「・・・・」

 は少し考えたような顔をした後、フルフルと首を振った。

 ほんのわずか(1ミリほど)寂しそうに表情が動いたような気がする。(呂蒙視点)
  
 「・・・・・・・・!!!」

 欲しいものは欲しいと言えばよいものを・・・遠慮などをして!
 ・・・いじらしい!

 と、呂蒙は感じ(ほぼ思い込みに近いが)、勝手に目を潤ませる。  
 あってもなくてもいいかな〜ぐらいにしか思ってない彼女の心とは、大きく食い違っているんですが。

 「よし!なんとかしてやるぞ!」
  
 別に頼んじゃいないのに、拳で自分の胸をドーンと叩いたりして、呂蒙やる気まんまん。
 なんにでも熱くなれるその性質は、もう、逆に羨ましいぐらいである。



 「・・・・というわけで、に玉をやってくれ」

 そんなしょうもない用件で召集されてしまう、呉武将たち。
 しかし即集まることが出来るのだから、相当ヒマな連中だと思われる。
 仕事とか、いいのか?
 だいたい重要な軍議でもないし、全員集まる必要は無い。
 が、『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』
 これが呉の会議室に掲げられているスローガンである。
 なにやら、道徳の授業をほうふつとさせる。呉は宮廷というより学校に近い。

 「うっかりしてました。まだ殿には配布されてなかったんですよね」

 陸遜はそう言って顎に手を当てる。

 「しかし・・・玉は貴重品だからな・・・」

 周瑜が帳簿をめくって、苦い顔を浮かべた。
 耳には
赤鉛筆
 彼には悪いが、家計簿を欠かさずつけているマメな主婦(今月は赤字風)にしか見えない。

 「すべて揃えるとなると・・かなり時間がかかる」

 確かに玉は希少な代物である。
 レベル4クラスなど、なかなか手に入らない。
 他の支給品のように、ホイホイと用意できるものではないのだ。
  
 「とりあえず1種類だけでもいいじゃねーか。装備させてやろうぜ」

 過保護なアニキその1・甘寧、例に漏れずには非常に甘い。
 財政関係を任せられている孫権もそうだな、と同意した為彼女に玉を与えることとなった。


 「・・・さて。どの属性にするかだな」

 ズラリと机の上に6種類の玉を並べ、武将たちは頭を突き合わせる。
  
 「・・・コレとコレは却下です」

 そう言って陸遜が候補から外したのは、「毒」と「斬」。

 「殿には持たせられません。邪悪すぎます」

 お前にはピッタリなんだがな、とその場にいた誰もが思ったが、もちろん口に出せるわけもなく。
  
 「確かにそうだな、そんな物騒な玉はいかん」
 
 孫権もその意見に賛同した。 
 武器なんだから、別にいいじゃないか。

 「そんじゃ・・・氷・烈あたりか?」

 コロコロと、甘寧は玉を指でつついた。
 氷は敵を凍結させることも出来るなどなかなか効果的だし、烈ならば素早いのイメージにハマる。

 ううむ、と一同考えている中、ひとり周泰が口を開く。


 「・・・”華”、がいい・・・」

  
 ・・・華?ねぇよそんな属性!
 何寝ぼけてんだ!
  
 というようなツッコミが光の速さで飛んでくると思いきや。


 「ああ・・いいですねぇ”華”・・・」
 「・・・いいなそれ・・・」
 
 なんか、頷いちゃった。
  
 「・・・きっと似合う・・・」

 似合うとか似合わないとかで装着するものではないのだが、すっかり妄想モードへ突入した武将どもには通じない。
 ドアホばっかりである。
 馬鹿の見本市。

 大体、「華」でどう敵に付加ダメージを与える気なのか。
 フローラルな香りが漂うだけで、逆に心地よさそうだ。
  
 「やっぱり女の子なんだしよ、そういう可愛らしいのがいいよなー」

 甘寧、もはや「自分の娘に着せる服を選んでいるオヤジ」のような台詞を吐く。
 玉選びですよ兄貴!

 「じゃあ”蝶”というのはいかがだろうか?」

 思いついたように太史慈が発言。

 「それは駄目です」

 即座に陸遜が却下した。
  
 「”蝶”だと・・・どこぞの、属性・美の半裸男を連想させるから禁止です」

 それはもしかして、魏の爪のお方ですか。

 「そうなるとやはり「華」・・あ、「星」とか「月」とか!」

 意外にロマンチックな言葉を連発する呂蒙が、ちょっと気持ち悪い。
 さすが真の泣き虫である。心は乙女。
 
 それにしても、「星・月・花」って。
 宝塚か。

 「盛り上がってるところ水を差すようだが、そんな玉有り得るのか?」

 幸いのチャームにかかっていない、所帯持ちの周瑜がようやく正しい疑問を投げかけた。
 ここまで彼らが暴走する前に、突っ込んで欲しかったものである。

 「きっとありますよ」

 「いや、陸遜お前、きっとあるって・・・・」

 何を根拠にそんな、と周瑜は顔をしかめる。

 「さっき来てたでしょう、装備品の行商人が。ガリガリッと軽く脅し入れてやれば、裏ルートあたりから持ってくるんじゃないですか?」

 ガリガリッて何の音だろう。

 疑問に思ったが、知るのも恐ろしい気がしてあえてその部分は聞き流す。

 「たかが武器やら鎧やらの行商人にはそんなものは無いと思うが・・・というかそれ以前に、馴染みの行商人に荒っぽい事はよしてくれ」

 城の内部を血で汚されては、後始末が大変である。
 それに、「あそこへ商売しに行くと、帰って来れない」などとおかしな噂を立てられてもたまらない。
 誰も寄り付かなくなるではないか。
 国の中枢機関だというのに。

 「とにかく夢見がちな議論はもうそのへんにして、今用意できるものの中から選んでくれ」
  
 「そーそーあんまり公瑾を困らすなよなー。また胃にどデカい穴開くぜ!」

 ギャハハと豪快に孫策は笑い飛ばすが、その胃痛の原因のひとつが自分であるということに気付かないのだろうか。
  
 「あ、”幻”というのは?」

 「もういい」(怒)

 まだあきらめきれていない太史慈の発言は周瑜の怒りのツッコミで一蹴された。

 各自それぞれ言いたいことを無責任に発言する呉の会議。
 このままではキリがない。
 お世辞にも知的とはいえない議論の結果、結局自身に玉を選ばせることにした。
 最初からそうすれば良かったのに、と周瑜は疲労を感じながら思う。

  

 突然呼び出され、戸惑いながらは会議室に姿を現した。
 こっちへ来い、と甘寧に手招きされて近付くと、卓の上には6つの玉が並んでいる。

 「??」

 よく状況がつかめないは、困ったように真正面に座る孫権の顔を見る。
 困惑気味のに笑みを洩らし、孫権は優しげに語りかけた。
    
 「さあ、お前が使いたい玉を選べ。どれでもいいぞ」
  
 孫権の言葉を受け、はキョロキョロとまわりの様子をうかがいつつ、6種の玉に視線を落とした。
 そろりそろり、玉に手を伸ばすとそれを静かに見守る呉武将達。
 まるで野生動物の餌付けである。

 しばらくは、転がしてみたり、持ち上げて陽に透かしてみたり、色々と全ての玉をいじくっていたが少し考えた後、ひとつの玉を握り締めた。

 「ん?それに決めたか?」

 彼女は孫権の前で握っていた手を開く。
 その手の平の上には、「炎玉」。

 「炎玉?なんでソレにしたんだ?」

 が意外な玉を選んだことに驚いた甘寧は、思わず身を乗り出して尋ねた。
 その問いに、はポツリと呟く。

 「・・・陸遜様もよく使っているようでしたので」

 炎といえば陸遜。
 どの玉もそれぞれ効果的で選ぶポイントに迷ったは、尊敬している陸遜と同じ玉に決めたのだ。
  

 
「・・・・っっ殿・・・!」


 の玉を選んだ理由に心を打たれ、陸遜は肩やら声やら色んなものを震わせて感動しきっている。
 彼の背景には花が咲き誇り、一昔前の少女漫画のようにメルヘンチック。
 結婚しましょう、今すぐに!などと口走ってしまいそうな勢いだ。
  
 幸福の渦の真っ只中にいる陸遜とは正反対に、彼以外の武将達は背筋が冷えていくのを感じた。

 陸遜の・・・ほ、放火魔の悪影響が・・・・・!!!

 素直で純粋なは、一番近しい者・陸遜を何の疑いもなく慕っている。
 彼女には見えていないのだ。
 軍師の背中で揺れる、悪魔の尻尾や黒い羽が。
 もちろん陸遜がそれらを巧妙に隠しているせいでもあるが、
 の瞳にかかっている「清く正しい陸遜様」フィルターも一役かっている。
  
 このまま放っておいては取り返しのつかないことに!

 どんな取り返しのつかない事態になるのか、想像するのも恐ろしい。

 嬉しそうに炎玉の装備の仕方を指導する陸遜と、コクリコクリと頷きながら真面目に教わる
 光景としては微笑ましいのだが、彼の内を知っている者から見れば心穏やかではいられない。
 「みんなで広げよう、放火の輪」
 などと、爽やかに非道なキャッチコピーが浮かんでしまう。
  
 いたいけな少女の未来を、黒い影と赤い炎で穢される前に守ってやらねば・・・。

 玉支給の会議の最終結論は、妙な着地点で終了した。


 しかし数日後。

   
 「無双ゲージが溜まっている時に、敵をチャージで斬りつけると面白いように燃えますから」

 「はい」

 「あ、向こうにいますね・・ちょうどいいサンドバックが。すいませ〜ん呂蒙殿〜!!」
    
 の未来を守る以前に、自分自身を守ることもままならない悲しい現実が彼らを待ち受けていた。

 本日も、呉国は燃えさかる。