ビリリ


 豪快に、破れた。
 糸が引き切れ、片袖部分が完全に取れてしまった。  
 どうもクギか何かに引っ掛けてしまったらしい。

 肩から右腕が露出して、スースーする。

 廊下の真ん中では破れた袖をまじまじと眺め、どうしたものかと考える。
 縫い付ければまだまだ着られそうだ。
 女官にでも頼もうかと思ったがあいにく見当たらなかった為、はすぐ近くの尚香の部屋へと向かった。

  
 「・・・・!!どうしたのそれ!!」

 扉を開けた尚香は、破れた衣服を見て目を剥いた。
 事情を話そうと、は口を開くが。

 
「誰に襲われたのーー?!!!」

 まあ、待て。  
 話を聞いてやれ。

 「っっお前か!!恥を知れ!!!」
 
 「え、何の、」

 尚香はたまたま近くを歩いていた太史慈(ただの通りすがり)を発見し、龍虎乾坤圏を手に飛び掛った。

 「この犯罪者が、変態が!モビルスーツが!!!」

 さすがは最新のレベル11武器。
 重量感たっぷりな太史慈の鎧をもザックザックと切り裂いてゆく。
  
 「に襲い掛かるなんて死んで詫び・・・・え?」

 容赦なく圏を振り回す尚香の腰へが必死に首を振りながらしがみつくと、ようやく攻撃の手が止まった。  
  
 「・・・違うの?」

 伺うように問いかける尚香に、はコクコクと頷いてみせる。

 あちゃーなどと言いながら、尚香は変わり果てた太史慈へ視線を向けた。
 すでに
虫の息である。
 討ち取られる寸前だ。
 もはや元の鎧の色がそうなのか、血で赤く染まったのか判別がつかない。

 「・・・いい?これは手合わせよ?手合わせだったのよ」
 
 声のトーンを落とし、尚香はに言い聞かせる。
 手合わせにしては、ずいぶん一方的でしたが。
 
 「ささ、そんなことよりその格好を何とかしましょ」

 部屋の前を血で汚しておいて、何事も無かったようにを自分の部屋へ入るよう促す。
 変わり果てた太史慈を放置したまま、尚香は部屋の扉を閉めた。



 「あ!!!」

 「あら、様もいらっしゃったんですね」

 尚香の部屋には先客が居た。
  
 いつもようにに抱きつこうと小喬が走り寄ってきたが、すんでの所で尚香にムンズと襟首を掴まれる。

 「アンタ針持ってんでしょ!刺さったらどうすんの」

 ブランと猫のように首根っこを掴まれたまま、小喬は「そうだったエヘヘ」と無邪気に笑った。
 尚香の後ろに立つが白い右腕をさらけ出しているのを見て、大喬は目を丸くする。

 「まぁどうしたんですか、その袖」

 「なんかに引っ掛けて破いちゃったんだって」
  
 あえて太史慈の件には全く触れない尚香。

 「でも、ナイスタイミングね。今ちょうど針仕事してたから」 

 大喬の前の卓の上には、色とりどりの鮮やかな刺繍が施された布が広がっている。
  
 「大喬、すっごく刺繍が上手いのよ。それで教えてもらってたところなの」
 
 小喬も布を抱えて、ぎこちない手つきで針を通していた。
  
 「でも、全然出来なくてさー」

 アハハと尚香が笑いながら、製作途中の布を見せた。
 ぶっとい糸が縦横無尽に張り巡らされ、一体何の柄なのか見当がつかない。
 刺繍というか、抽象画のようだ。 
  
 「尚香様、それ刺繍針じゃなくて布団針ですよ!」

 「マジで?あ、ほんとだ」

 指導する大喬も一苦労である。

 「・・・お借りします」

 はそのへんの針と糸を適当に拾って、脱いだ上着の袖を縫い始めた。

 「えっ?!出来るの?」

 慣れた手つきで針を進めていくを前に、尚香らは驚きを隠せない。
 長剣を振るい、少年のような姿をしている彼女は当然こういった事が苦手だと勝手に思い込んでいた。
  
 しかしこの呉へ仕える前までは、は長いこと1人で過ごしてきたのだ。
 身の回りのことはすべて一通り出来る。  
 野盗などの敵と戦闘が日常茶飯事だった一人旅では、衣服の繕いはどうしても必要な作業である。

 綺麗に揃った縫い目を眺めながら、フゥーンと感心したように尚香は息を洩らした。

 「・・・ね、も刺繍教えてもらう?」

 「・・刺繍ですか?」

 ようやく服としての形を取り戻した上着を羽織って、は尚香を見上げる。

 「これだけ出来るんだから、刺繍の腕も上達が早いと思うんだけど」

 大喬も「そうですね」と頷いた。

 「練習すれば、こういうのも出来るようになるかもよ?」
  
 そういう尚香が指差すのは、彼女の身を包んでいる着物に施された見事な大輪。
 綺麗だな、とは素直に思った。
  
 がコックリと頷くと、妙にウキウキとした様子で尚香が針やら糸やらを準備し始める。

 「いきなり鳳凰とか華の柄は難しいから、簡単なものからね!」

 大喬や尚香やらの言われるまま、はチクリチクリと一生懸命に針を布に突き立てた。

  
    
  
 ---翌日。


 「姫さん!どういうことなんスかコレは!!」 

 尚香の部屋の前で乱暴に声を荒げるのは、甘寧。

 「うるさいわねー。朝から何なのよ」 

 「何なのって・・・これッスよコレ!」

 振り向いた彼の装束(チャンチャンコ?)の背中には、大きく

 夜露死苦

 と、文字がご丁寧に縫いこまれていた。

 「昨日まではこんなの入ってなかったってぇのに!」

 パラリラパラリラ。
 そんな効果音が聞こえてきそうだ。 
 特攻精神溢れる彼にはよく似合っている。
 つうか、わざわざ着てこなくてもいいような気がするんだが。  
  
 「知らないって〜そんなの」

 「トボけても無駄っすよ!部隊の連中が、俺の部屋から布抱えて出て行く姫さん見てるんですから!」
  
 チィッ。
 余計なことチクりやがって。

 尚香は姫様とも思えぬような形相で、舌打ちをかました。

 「尚香様!」
 「姫様!」
 「尚香ーー!!」

 甘寧が尚香に詰め寄ろうと口を開こうとした瞬間、廊下の向こうから、何者かが数名雄たけびを上げつつこちらに向かってくる。
    
 「なんなんですかこの文字は!!」
 「いつの間にこんなことを!?」
 「どういうつもりだ!」

 口々にそう抗議の声を上げ、陸遜と呂蒙は同時に手にしていた布を尚香の前に広げた。

 不審火

 毛玉
  
 甘寧と同様に、くっきりはっきり衣装の背中に見事な文字刺繍。

 「いいじゃないのよ、それぞれキャッチコピーってことでさ」
  
 やれやれというように、全く悪びれた様子もなく尚香はあっさりと認めた。
  
 「毛玉って・・毛玉って・・それはないでしょう」
  
 よよよ、と泣きそうな呂蒙に対して尚香は実に不服そうに眉をひそめる。

 「何よ。男性ホルモンって書かないだけマシだと思ってよ」
  
 歯に衣着せぬ。
 「私も、すごくイメージが悪いです」と陸遜もクレームを申し立てたが、彼の場合は事実である。
 言い得て妙なので、誰も陸遜の肩を持つ気にはなれない。

 「そういえば、孫権様は何書かれたんですか?」
   
 さっきから孫権が両手で握り締めている布へ呂蒙は指差す。

 「・・・・」
  
 彼は返事をせずに、黙ってそっと抱えていた着物を広く。 
 背に書かれていたのは、ただポツリと。


 次男

  
 (せ、切ねぇーーーー!!!)

 他に書きようが無かったものか。
 個性もなにもあったもんじゃない。
 せめて裏声とでも入れてあげた方が良かっただろうに。

 「と、とにかく!何とかして下さいよ!」

 これ!と、甘寧は鈴をジャンジャラ鳴らしながら、羽織っている着物の襟を引っ張って見せた。

 「いいの?その刺繍取っちゃって」
  
 何言ってやがる当たり前だ、今すぐ取れと言わんばかりの4名を前に尚香は含み笑いを洩らす。  

 「その文字は私だけどさ・・・刺繍入れたのはよ」
  
 その台詞で、今にも噛み付きそうな勢いだった彼らの表情が固まった。 


 


 「意外とね、器用なのよあの子」   
     
 尚香は、孫権の着物の”次男”の部分を手でなぞった。

 「が・・・・」

 4名は各々の着物に視線を落とした。
 さっきまで腹立たしさ爆発だった刺繍の文字だが、あのが入れてくれたものと聞いた途端に愛しいような気がしてくる。
 尚香と同様に、彼らもそっと刺繍を指でなぞった。

 揃いも揃って、馬鹿である。

 「ひと針ひと針に、の想いがこもってるのよ。あんたたちが戦場で無事でありますようにって」

 一体いつそんな話になっていたのか。
 はただただ言われるまま、「捨てるだけのゴミ同然のモンだから」と尚香が、どこからか持ってきた布に練習として刺繍していただけである。
 申し訳ない話だが、その着物には何の想いも込められちゃいない。

 退屈を持て余していたの尚香姫の、只のいたずら。
 いや、いじめ。
 はたまた、いやがらせ。
 
 「刺繍は初めてなんだって。大喬に教えてもらって一生懸命やってたわよ・・・止めるのも聞かずに徹夜で・・(かなり捏造)」

 尚香、かなりいい話っぽくまとめているが、どうにも感動ポイントなど見当たらない。
 しかし節穴野郎どもには効果テキメン。
  
 くっ・・・!!

 やはりお約束通り、呂蒙は目に涙を溜めて手にした着物を握り締めた。

 「我々のために、指を包帯だらけにしてまで・・・!」←そんなこと言ってません。

 口をへの字に曲げ、江戸っ子のように甘寧も鼻をすすった。

 「チクショウ・・・泣けるぜ」

 「殿の”初めて”を頂けるなんて・・光栄です!」

 「誤解を招く言い方はやめろ、陸遜」

 尚香の口車にまんまと乗せられ、それぞれ勝手に妄想幻想を膨らませてゆく4名。
 瞳を潤ませながら、握りこぶしで熱く感動したりして。
 論旨がいつの間にかズレていることなどには気付きもしない。

 「戦に出る際にはこれを着よう」
 「お守りとして、一生大切に・・・」

 などと、わけのわからない事を口々に言い彼らは不名誉な刺繍の着物を羽織りながら満足そうに去って行く。
 アホは本当に扱いやすいわぁ、と尚香は4名の背中を笑顔で見送った。 
 




 「今度は、愛の言葉なんかだともっと嬉しいです」

 「・・・・?」

 後日、”放火魔”を自ら主張するような着物を背負った陸遜にそう微笑まれ、話が全くみえないであった。


 ※大喬の呉国・出来事メモ※
 行方不明になっていた太史慈殿が廊下の隅で発見され、ちょっとした話題になりました。
 顔には死相が浮かんでいたそうです。
 物騒な世の中ですね。
 あと、変な刺繍が流行っているみたいです。
 ・・・孫策様にも入れてあげた方がいいのでしょうか?
     
 

 ねこ同盟様からの60000キリリクでございました。