廊下をテクテクと歩いていたをめざとく見つけ、しばしの間立ち話。
 ほんのわずかな時間ではあるが、呂布奉先・人生最高の喜びに満ちたひとときである。
 会話の内容はどうってことのない天気の話やら、昨日逃げ出した赤兎の話やら。

 そんな感じで今日の鍛錬はどうでしたか、などとさっきまで笑いかけてくれていたが急に表情を曇らせ、うつむいた。
 何か気に障ることでも言ってしまったかと、呂布は柄にもなく大慌て。

 「どどどどうした??」

 すると、彼女は首を押さえて恨めしそうに呂布を睨んだ。

 「呂布様、大きくて…首、痛いです…」

 そう抗議を受けた呂布の身長は208センチ。
 アジアの常識を軽く破っている。
 反則的にデカい。
 平均的な日本女子のと並んでみると、まるで大人と子供である。
 自分よりはるかに高い位置にある彼の顔を、いっぱいいっぱい見上げていたのだから首も痛くなるわけだ。
 弱ったように考えた後、呂布は彼女の前にかがみこんだ。
 立っていては会話することもままならない。
 目線の先で、ちょっとすねたような様子のが首をさすっている。
 その仕草が何だかとっても可愛らしくて、呂布は1人でほのぼのしていた。(他人をムチウチにしておいて)
 しばらく首の後ろをなでていたが、はフト思い出したようにうつむきがちだった視線をあげる。

 「呂布様は何でそんなに大きいんですか?」

 おばあちゃんのお口はどうしてそんなに大きいの?(あかずきんちゃん)みたいな質問である。
 しかし彼は「それはお前を食べるためさー!」などと、冗談でも言えるキャラではない。
 何か違う意味で響きそうだし。あながち嘘でもないし。
 とりあえず呂布は首を振り、わからん、と呟く。

 「生まれた時からずっとこうだからな…」
 
 馬鹿も休み休み言え。
 そんなNBAクラスの乳児がいてたまるか。
 かなりの勢いで突っ込みたい発言だが、彼は大真面目に答えているのでそうもいかない。
    
 「…何食べたらそんなに育つんでしょうね。偏食とかしないでしょう?」
 「食えないものは特に無いな」

 やっぱり、とは妙に納得したように頷いた。

 「好き嫌いせずに何でも食べないと呂布様みたいに大きくなれないんですね」

 ふぅと息を吐くに対し、呂布はやや困惑したような表情を浮かべる。  

 「大きくなる気なのか?」
 「もうちょっと…身長伸ばしたいんです。それで背の高い呂布様を参考にしようと思って」
  
 あまり参考になるとは思えないサンプルだが、の顔は真剣そのものである。
  
 「えっと、呂布様の好きなものって何ですか?」
 「…ぐ」

 の何の含みもない質問に、何故か呂布は一瞬詰まった。
 『好きなのはお前だ』
 彼の中でそんな想いがよぎったからである。
 好きな食べ物だという意味は分かっているのに、秘めやかな恋心は過剰に反応したらしい。
 勝手に想像して、勝手に赤くなってしまう29歳。
 返答に困りながら、呂布は大いに迷っている。
 このまま、思い切って告白してしまおうか、と。
 このシチュエーションならば、自然な流れで想いを告げられそうではないか。
 わざとらしくもなく、短いセリフだからうっかり噛むこともない。
 実にスマートな(そうか?)告白・初体験。
 チャンス到来だ!言え、言ってしまえ、呂布奉先!

 「僕は豆乳で背が伸びましたよ」
 「き、姜維様?」

 いつの間にやら呂布と同じようにかがみこんで、姜維が会話に混ざっていた。

 (…く…この若造)

 何も今まさに告白タイムに入ろうか、という状況で現れなくても。
 迷った末の一大決心がむなしくスルーしていく。
 呂布は内に眠っていた
殺戮暴れん坊将軍がチラリと顔を出すのを感じた。

 「背丈のことでお悩みですか?殿」
 「あっ…はい、悩んでるって程ではないですが…」(というか、豆乳ですか姜維様?牛乳じゃなくて?)

 何の前置きもなく輪に加わっている姜維に戸惑いつつも、は彼の問いに律儀に答える。

 「もう少し伸びたらなぁって、思ってまして」

 持っていきようがない憤りをかみしめている呂布を気にも留めず、姜維は何だかはしゃいだ様子で。
 
 「そんな殿の為に、僕いいもの持ってきたんですよ!」

 姜維はいつから話を聞いていたのだろうか。
 ついさっき目の前に現れたように見えるが、実はかなり前からこの2人の会話を耳に入れていたようである。
  
 「柱の影で立っていたら、呂布殿と殿の話が聞こえてきちゃいまして」

 やっぱり。
 聞くつもりはなかったけれども、というニュアンスを伝えようとしているが無理な話だ。
 柱の影に潜んでいるあたり、完全に確信犯である。
 盗み聞きしていたことをソフトに自ら暴露。

 「それで、これを持って来ました」

 そう言って取り出したのは、古ぼけた小瓶。
 今にも掻き消えそうなラベルがどうにか張り付いている。
 は目を凝らして、そのラベルに書かれている文字を読み取ろうとした。

 「…育?」
 「発育剤です!」

 姜維は笑顔で誇らしげにその発育剤と呼んだソレを高く掲げる。
 日差しを受けて瓶はキラリと光を反射した。

 「「発育剤??」」
 
 の声と、怒りを押さえ込むのに必死だった呂布の驚いたような声とが重なった。
 そうですそうです、と姜維はニコニコと頷き手にしていた小瓶をの方へと近付け、飲むように勧める。

 「さぁ、グイッといってください」

 笑顔で瓶を向けられて、は軽く嫌な汗をかいていた。
 何故ならば、グイッといくにはその発育剤があまりにも年代モノだったからだ。
 剥がれかかったラベルや日焼けした模様に、妙な歴史を感じる。
 「賞味期限」というものがあれば確実に年単位で過ぎている事は間違いないだろう。

 「あ…あの…」

 ”僕、貴方の役に立ちたいんです!”と言わんばかりに瓶をグイグイ勧めてくる麒麟児。
 はどうしていいものかと困惑しきっていた。
 この超・善意の行為を無下に断るのも良心が咎めるし、かといって素直に飲むのは危険な気がする。
 対応に困り姜維の前でオロオロする
 そんな彼女のいきなりのピンチに、専属ボディーガードの呂布が動かないわけはない。

 「待て。そんな怪しげな薬、に飲ませるわけにはいかん」

 小瓶をムリヤリ押し付ける姜維に黙っていられず、彼はを背に庇う。

 「失礼なこと言わないで下さい」

 心外だ、という表情で姜維は一度瓶を引っ込めた。

 「これはちゃんとした薬なんですから」

 反論する姜維に、呂布は眉をひそめて呟く。

 「ちゃんとした…ってどうせ、インチキくさい露店だの商人だのから買ったんだろうが」

 そんなんじゃありませんよ!と姜維は思わず声を荒げる。

 「じゃあどこで手に入れたんですか?」

 呂布の後ろからそっとは顔を出す。
 すると姜維は彼女の方へ向き直り、小瓶を軽く振りながらこう言った。

 「丞相の部屋にあったんですよ。怪しくなんかないでしょう?」

  
  
 
怪しい!!!



 100%、怪しい。
 誰がなんと言おうとその薬は怪しい。
 露店や商人からの買ったと言われたほうがまだ安心できる。
 諸葛亮の部屋----この国で最も信用できない出所だ。
  
 「ね?だから大丈夫ですよ?」

 姜維はそう言って微笑むが、全く「だから」の意味がわからない。
 この場合「だから危険ですよ」とか「だから命に関わります」だろう。
  
 しかし姜維伯約という青年は、諸葛亮を師と仰ぎ、ヤバさに気付こうとしない蜀唯一の人間である。
 要するに手下。
 彼は丞相のなさる事は全て正しい、と信者のごとく思い込んでいるある意味危険な男なのだ。
 そういうわけで、諸葛亮の薬という事を知って汗が倍増したをよそに、姜維は再び小瓶を彼女に差し出す。

 「ひっ…」
  
 殺される!と感じ、は大きく後ずさった。
 姜維はめげることなく、更にズイッと発育剤を勧める。
  
 「あ…(青ざめた顔で首を振る)」
 「殿、そう遠慮せず。一気に、さあ」
 「…い…いやぁー!!(半泣き)」
 「さあさあさあ!」
 
「やめんかぁぁぁぁ――――――!!」

 呂布はそう叫んでの前から小瓶を取り上げた。
 奪い取った勢いで小瓶の蓋がふっ飛んでいく。

 ピチャンッ

 蓋が外れた為中の液体がわずかに漏れ、呂布の頭部に数滴降り注いだ。
  
 「チッ」

 冷たさを不快に感じたのか、呂布は顔をしかめる。
 かかった薬をぬぐおうと、彼は大きな手を頭に置いた、が。
 何か手触りがおかしい。
 妙に、長い。
 髪が。

 「うっわ!呂布様のかみ、髪の毛!」

 はひっくり返った声を上げつつ、震える指をさした。
 その指が示す先には、ダラリと長く伸び続けている呂布の黒髪。
 しかも、伸びているのは液体がかかった一部分だけ。
 なにやら、もう一本触覚が生えてきたみたいである。

 「な、なんだこの薬は!!」

 動揺した呂布が小瓶を投げ出したが、姜維は慌ててそれをキャッチした。

 「だから、発育剤ですよ!」
 「発育しすぎだ!」

 そんな口論をしている間にも、呂布の髪はスルスルと(1束分だけ)伸びている。
 はその場からやや離れた場所に避難し、そこからその状況をただ呆然と見守っていた。
 だって、他にどうしようもない。

 「どうした?何の騒ぎだ?」

 出先から私室へと戻る途中に通りかかった関羽が、何やら3名が集まっているのを目撃して駆け寄ってきた。

 「…その薬が」
  
 何の騒ぎかと問われてもどう説明していいかわからないは、姜維が握っている薬の小瓶をただ指し示す。
 ん?とその方向へと視線を移した関羽は思わず声を洩らした。

 「むぅ、あれは!」
 「関羽様、知ってるんですか?!」

 目を開いたまま薬瓶を凝視している関羽を、驚いたようには見上げた。

 「十数年前に使用禁止になった薬だ。私も使用したことがある」
 「えええ!そうなんですか?だからそんなに関羽様もデカいんですかー!!?」

 そのの言葉に関羽は「?」という顔をした。
 
 「なんのことだ?私が使用したのはこの髭だが」

 そう言いながら関羽は、代名詞でもある自分の豊かな髭を見下ろした。
  
 「三顧の礼の際に、諸葛亮軍師から頂いたその薬を顎にふりかけたところ、たちまちこのように立派な髭が…」

 はるか昔を思い出しているのか、関羽は妙にいい顔で遠くを見つめている。
 関羽の髭が天然ではなかったこともかなりショッキングだが、薬が使用禁止になっていたというマイナス情報も忘れてはいけない。

 「わ、私それ飲まされそうになったんですけど…」

 それを聞いた関羽は凄い勢いでの肩をつかんだ。
 ひどく険しい表情である。

 「何?!あれを飲んだのか!!!??」
 「え!?いえ、けけけ結局飲んでないですぅ!」

 怯えたがブンブン首を振りながらそう答えると、関羽は心底ホッとしたように溜息をついた。
  
 「そうか良かった…危なかったな。飲んでたら最後であったぞ」
 「死ぬ…んですか?」

 あまりに深刻そうな関羽の様子に、はおそるおそる尋ねてみる。
 何せ先程、イッキまでされられそうになった薬だ。
 気になって当たり前だろう。  
  
 「いや、命に別状はないが…」

 関羽は軽く頭を横にふり、ゆっくりと口を開いた。


 
「恐ろしく毛深くなる」
 「うっ」


 
嫌だ。
 
たまらなく嫌だ。
 いっそ命に別状があった方がマシな気もする。
 というか髪だの髭だの毛深くなるだの、何故にその発育剤、すべて毛関係なのか?

 「あの発育剤…何なんですか?!」

 たまらず詰め寄ったに、関羽は発育剤ではない、と言い放った。

 「あれは育毛剤だ。あまりに威力が凄まじく、発売後すぐ発禁になり今では殆ど流通していない」

 まだあんなものがあったとは…と関羽は感慨深げに懐かしの育毛剤を眺めている。
 の方は、そんなのんきな事では済まされない。
 それほど危険なものとは知らずに、危うく口にするところだったのだ。

 「姜維様!!それ、発育剤じゃない!!」

 育毛剤らしいですーーーーー!!!
 まだ危険物とは気付かず「まだ伸びてますね…呪われた日本人形みたいです」などと呂布に対してほざいている姜維へは大声で警告した。
 (呂布はその時、呪われてるのはお前の性根だと思った)

 「え?」

 口論で疲労していたのか、汗を軽く拭いながら姜維は振り向いた。

 「きっ姜維様!!…ていうか姜維様ですよね?
 「ど、どうかしましたか?」

 の不審そうな表情に、姜維は何があったのかとちょっと不安になる。
 困惑気味な彼女の代わりに関羽がその問いに答えた。  

 「姜維お主…左眉だけ異常に太いぞ」

 汗を拭いたときに薬が眉に付いてしまったのか、姜維の眉毛が怖いくらい濃い。
 しかも片方だけ。

 「え?えー!!?」
 「うわ、うわー!!また触っちゃだめーー!!」

 姜維は焦って、確かめる為その左眉に触れようとするが、は駆け寄って必死にそれを留めた。
 薬が付着した指で再び触れれば、更に事態が悪化することは明白だ。

 「うーむ、片側の顔だけ劇画タッチだな。半ゴルゴ13、いや姜維13か?」
 「関羽様!今そんな呼び名はどうでもいいんです!!」

 とにかく薬の作用を止めなければ、と彼女は焦り、水で湿らせたハンカチで2人の付着部分を拭い始めた。

 左にウネウネと伸び続けたウナギのような髪の呂布。
 右脇には左顔だけ画風の違う姜維。
 後ろには髭にドーピング使用が判明した偽・美髯公。

 周りを育毛剤の被害者(1人は積極的に使用したらしいが)に取り囲まれ、軽く眩暈を覚える。
 ゴシゴシと眉毛と頭髪を拭きながら、は心で涙した。
  
 「おうちに帰りたい」

 頑張り屋で弱音を滅多に吐かない彼女が、初めて無双世界に挫折しそうなった瞬間であった。

  
 後日入手したどうでもいい情報だが、呉の猛将・呂蒙はこの育毛剤を飲んだわけではないらしい。
 まぎれもない天然の毛深さであるとか。
 それはそれで凄いなぁ、と感心してしまうだった。  
   
  
  



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