訓練を終えて部屋へ戻る途中に、中庭で座り込んでいるの姿を見つけた。
 膝を抱えた体育座りの姿勢で空を見上げている。
 思いがけない場所で会えた幸運に感謝しつつ、馬超は彼女に近付いた。

 「どうした?このような場所で」

 首だけで振り向いたは、馬超様、と呟いた。
 ずいぶんと疲れきった顔だ。
 すでに魂が抜けかけている!

 「な、何かあったのか…?」
 「…さっきまで、諸葛亮様の手伝いをしてたんですよ」

 ため息を吐きながら話し始めたの隣に、馬超は腰を下ろす。

 「木牛とか連弩とか、発明品の話がきっかけで奥様、月英様の話になったんですけど…」

  


 姜維が外出中なので、代わりにが大量の書類整理を手伝っていた。

 「諸葛亮様、こういうのって1人で考え付くものなんですか?」

 壁に貼り付けられている設計図を眺めて、は思わず尋ねる。

 「いいえ、これらはほとんど月英の発案で」
 「月英様が!」

 諸葛亮の奥方は、あの巨大な戈を軽々とブン投げたりして戦場でもかなり大暴れする有能な武将だ。
 知略にも長けているとは聞いていたが、発明品まで手がけるとは思ってなかった。
 まさに文武両道とはこのことだなぁ、とは感心した。

 「月英は昔から暇さえあれば、こういうものばかり作っているような人でしてね」
 「昔から…どんな女の子だったんですか?」

 これがいけなかった。
 ついつい好奇心から出た質問だったが、はこの後、なんということを聞いたのだろうと後悔することになる。

 「昔、ですか…」

 フフフ、と諸葛亮は見たこともないような(気色の悪い)微笑を浮かべ、どこか遠くを眺めながら思い出話を始めた。

  
 あれは忘れもしません、私達が初めて出会った春の穏やかな日…
 当時すでに天才と呼び声の高かった私は(自分で言うか)、かの地に大変聡明な月英という女性がいると聞き、早速会いに行きました。
 醜女などと噂されていましたが、顔のつくりの事など私にとってはなんの興味もないことです。
 美人は三日で飽きると言うでしょう?
 その程度ですよ、容姿なんてものは。
  
 そんなことで訪ねたわけですが、家の前で呼びかけても誰も出てこないんです。
 留守だろうかと思いつつも、手ぶらで帰るのも何ですので、矢文でもぶち込んでやろうと裏へ回りました。
 すると、なにやら大きな装置らしきものと必死に格闘している人影が。
 声もかけずにしばらくその人物の後姿を黙って見ていたのですが、いきなり矢が5本、私めがけて飛んできました。
 その装置、連弩の試作品だったんです。
 当然、ビームで打ち落としましたが(当時すでにビーム会得)、その音で存在を気付かれてしまいまして、人影が私を振り返りました。
 顔中、油や埃まみれの女の子。
   
 それが月英だったのです。
  
 醜いと噂されていた理由がわかりました。
 きっと毎日のように、発明品の製作や改良でこんな風に汚れていたんでしょう。
 確かに綺麗に着飾ってはいませんが、、醜女などと呼ばれる容姿なんかではありません。それどころか、よく見るとなかなか可愛らしい顔立ちをしていました。
  
 手違いで私に矢を(5本も)射ってきた月英は、申し訳ないと何度も頭を下げました。
 無論、私は構わないと笑って許しましたよ。寛大ですからね。
 私の命を狙いやがった連弩ですが(許してねぇ)、その性能には正直驚かされました。
 素晴らしい兵器ですね、と私が言うと月英は本当に嬉しそうに笑いました。
 他にも色々あるんです、と目を輝かせて様々な発明品を私に見せてくれたんです。
 ええ、もう、その姿の愛らしさは口では説明できません。
 農機具や武器、そのジャンルは幅広く彼女の才能の豊かさを知るには充分でした。
 中に拷問器具まで混じっていていたのが少々気になりましたが。
  
 すっかり月英を気に入ってしまった私は、何度も何度も彼女の元に通いました。
 それで分かったことがひとつ。
 どうやら初めての日の連弩作動は事故ではなく故意だった、ということです。

 何故ならば私が行く度、様々な兵器が必ず飛んでくるんです。
 さすがに投石車で岩石が落ちてきた時は死を覚悟したものです。フフ。
 新作が出来上がると、どうも私で試しているようなんですよ。
 
 「殺傷能力レベルが知りたいんですから、避けてはダメですよ〜」
 
 と花のような笑顔を向けられると、次回こそ受け止めねばと決意するのですが、人というものは本能的に危険を避けてしまうものですね。
 しかしそれでもめげずに、繰り返し命を狙ってくる月英の姿に私は目を細めてしまいます。
  
 なんて、賢く、ひたむきで、
腹黒いのだろう…と。

 私は初めて恋、というものを知りました。
 こんな理想通り、いやそれ以上の女性に会うことはないだろうと感じ、私は月英にプロポーズしたのです。
 彼女は頬を染め、
の吹き矢を吹きながら求婚に応えてくれました。
 私は「一生幸せにします」と吹き矢を避けながら、彼女の手をとりました。

 新婚生活も、それはそれはハチミツのような甘さとルシアンルーレットのようなスリルに溢れた日々でした。
 油断したら、死にますからね。
 彼女の手料理を食べながら毒消しを飲んだりと、夢のような毎日を送っていました。
 そうそう、寝顔なんかも可愛いのですよ・・・。
 時々気を許すと丸太に変わっていたりしますが。
 
 クスクスクス。←思い出し笑い
 新婚旅行の話はしたでしょうか?(間髪入れず)してませんよね?
 あの時もですね…





 「…これが延々3時間40分続いたんです」
  
 疲労で弱りきっているは、隣の馬超をすがるように見つめた。

 「そ、それは…また…大変だったな…」

 現実から意識を飛ばしてしまったような諸葛亮の心の旅は、が何度声をかけてもまったく途切れることはなかった。
 壊れたファービーのようにベラベラと喋り続ける軍師を放置して部屋を出るわけにもいかず、いつか電池が切れるのを信じてじっと耐えていた。
 できれば知らずにいたかった「月英黒説」まで詳しく聞かされて、心身ともにボロボロである。
  
 「月英殿が…」
 「はい…まさか月英様が…」

 いつでも優しく穏やかなあの月英が、夫を標的に色々悪企みをしているとは。
 なんというか、あなたの知らない世界。
 まさか紅一点の
が実はだったなんて、蜀軍も複雑な気持ちである。

 「このことは、2人の秘密ですよ」

 なるべく広めたくない話だ。
 聞かなかったことにしておきたいくらいである。
 ゆびきりげんまん、とは馬超に小指を示した。

 「ん?ああ」

 彼女の小さな小指に、自分のゴツゴツした指をからめる。
 非常に照れくさいが、それ以上にの手に触れている感触が嬉しい。
 2人だけの秘密を持つのも、なんだか特別に思えて馬超はドキドキした。
 その秘密の内容にも、ある意味ドキドキするが。

 ゆびきりげんまん 嘘ついたら 針せんぼん のます ゆびきった

 「針千本?痛そうな拷問ですね」
 「げげ月英殿!」

 笑顔の月英が、2人の背後に立っている。
 馬超は、とっさにを庇うように背に隠した。
 彼の背中で、は硬直している。

 「孔明様を見ませんでした?次の戦で使う兵器の試作品が出来たので…」
 「しょっ、諸葛亮殿ならば、私室で書類整理をなさっているようだが!」

 幸い、ゆびきりげんまん以前の話は聞かれていなかったようだ。
 月英はそうですかと微笑み、ウキウキした様子で諸葛亮の部屋へと駆け出した。
 小さくなっていく月英の後姿を見守った後、2人は彼女の言葉を思い返していた。
 
 「まだ、試作品…諸葛亮様で試してるんですね…」
 「…今回も避けられればいいがな…」

 日も暮れて、空は夕焼けに染まっていく。
 夕焼け色は
血の色だろうか。

 「あの、馬超様、さっき庇ってくれてありがとうございます」
 「あ、いや…殿を守る役目は、誰にも譲れんからな」
 「…え」
  
 一体何をキッカケに親密になっているんだ。
 月英、その気もないのに恋のキューピット。
 彼女の裏の顔のおかげで、一組のカップル誕生である。
 何が福と転じるかわからないものだ。   

 ちなみにその後の戦場で、元気に火を噴いてグルグル回転する虎戦車が新兵器として登場した。
 包帯だらけで本陣に控えている孔明を見て、目頭が熱くなる思いのと馬超であった。