七夕の短冊に気持ちを込めれば、きっと願いは叶うでしょう。

 そんな少女雑誌の星占い並の乙女チックなジンクスを、蜀軍の皆様は心底信じちゃっている。
 娯楽も少ないこのご時世、夢でも見なきゃやってられないのだろう。
 この七夕時期。
 思い込めて短冊に願いを綴る、ゴツイ猛将たちの姿があちこちで見受けられる。
 非常にむさくるしい。
 しかも全員が全員超がつくほど真剣なので、その熱気たるや南蛮族も裸足で逃げ出す勢いだ。

 「・・・よし」

 馬超は笹の葉に短冊をくくりつける。
 飛ばされぬよう、しっかりと。

 「俺の願い事・・・頼んだぞ」

 彼も本気で七夕に賭けているらしい。
 こんなに思いつめられたら、さぞや織姫彦星もプレッシャーだろう。
 笹の前でパンパンと手を叩いて拝んでいた(何と勘違いしているのか)馬超は、刺さるような視線を感じ顔を上げる。

 「ちょ、趙雲…」

 笹の奥からこちらを見ている地縛霊、いや趙雲子龍と目が合った。
 ユラリと笹の葉から姿を現す。

 「何を願ったんです?馬超殿」  

 
怖。
 なぜ普通に登場しないんだ。

 「別に、なんだっていいだろう」
 
 妙な演出で現れた趙雲に一瞬ひるんだものの、馬超は彼の質問を軽くかわした。

 「まあ、大方予想はつきますけど」

 趙雲はそう言って、馬超がくくりつけた短冊をひょいっとめくる。

 『殿が嫁にきてくれますように 錦馬超』

 「…やはり…ずいぶんと図々しい願い事ですね。あと錦馬超って書いてるのもアホ丸出しです」
 「余計なお世話だ!お前こそ何を書いて…」

 馬超は趙雲が手にしている短冊を取り上げる。

 『殿を我が物に出来るのはいつのことでしょうか 趙雲子龍』

 「ななななな、なんと傲慢な!!しかもなんで質問形式なんだ!!」
  
 すでに願い事ですらない。
 掲示板かこれは。

 「願う、というのは現在可能ではないことを書くものでしょう?私の場合は確実ですから」
 「…その自信…腹立たしいを通り越して呪わしいな」

 フンフ〜ン♪
 そこへ何者かのノンキな鼻歌が聞こえてきた。
 見れば姜維が、今まさに短冊を吊るそうとしている。
 こうなるともう、誰が何を願ったか気になるわけで。

 「「姜維(殿)!何を書いた(のです)?!」」

 突然走り寄ってきて、縛り付けている短冊に手を伸そうとする2人組に姜維、ビックリ。

 「わわっ何ですかぁ?」  
 「いーから見せろ!」
 「見せなさい!!」

 ペラリ

 『殿を我が物に出来るのはいつのことでしょうか 姜維伯約』


 
「…なんで一語一句違わず同じ文なんだお前らーー!!!!」

 蜀軍きっての爽やかさんとお利口さん。
 真面目そうなヤツほど内ではとんでもない妄想を繰り広げているらしい。

 「ええっ!趙雲殿も同じ事書いたんですかー!!?なんて恥知らずな!!」
 「姜維殿こそその病んだ心、一度軍師殿の黒魔術で治して頂いた方がよろしいのでは?」

 馬超から見ればどっちもどっち。
 両者とも大変イッちゃってるようにしか思えないが、そんな思い込み野郎共が自分のライバルであり同僚なのだから恐ろしい話である。

 「おい。どっちが馬鹿でもいいから、とりあえずその短冊は吊るすなよ。笹が穢れる」

 そんな七夕を冒涜したような短冊2枚も吊るして、天から怒りを買うのは御免だ。
 下手したら天の川ごと蜀に落ちてきそうではないか。

 「穢れるとはなんですか!穢れるとは!!」
 「そうですよ馬超殿。大体願い事なんてものは元々エゴの塊のようなものではないですか」

 趙雲、身もフタもない言い様だが、一理ある。
  
 「御覧なさい。これだってきっと、出世したいだの、殿と付き合いたいだの、私欲にまみれた内容ですよ」
 
 趙雲は目の前にぶら下がっている短冊を手に取った。

  
 『イツマデモガ 笑顔デアルヨウ 望ム  魏延』

  
 「「「………」」」

 「嫁」やら「我が物」やら言ってるのに比べ、なんと純粋な願い事であろうか。
 「お母さんの病気がよくなりますように」レベルの清さ。
 なんか、自分達がものすごく汚れた大人になった気分にさせてくれる見事な一品だ。
 というか字書けるんだな、魏延。

 「ほら見ろ!!七夕の願掛けってのはこういうもんだ!」
 「馬超殿が言える台詞ですかそれは!」
 「そのとおりです!嫁に、などと書いていたくせに」
 「お前らの黒い脅迫文より100倍マシだろうが!」

 美しい星空も台無しの言い争いが続く中、渦中の朱雀・嬢が君主とともにやってきた。

 「…ではは動物占いではカモノハシか?」
 「カ、カモノ…?一体何の動物占いですか」

 つうか動物占いって今どき、という会話を交わしながら、2人は仲良く歩いてくる。
  
 「おお、お前達七夕準備、ご苦労だな!」

 家臣たちに気が付いた劉備は、にこやかに声をかける。
 慌てて3名は口論を一時中止して、姿勢を正した。

 「うわ。すっごい短冊の量ですねー」

 笹も折れよといわんばかりに、びっしりとぶら下がる短冊の数には驚きの声をあげた。
 その願い事のなかに、まさか自分に対する下心がまぎれているとは思いもしないだろう。

 「人の数だけ想いはある、ということだな」

 劉備、「徳」パワー全開の台詞&笑顔をに向けた。
 彼女は感心したようにコクコクと頷いた。
 目が、完全に尊敬しきっている。

 「そうだ、。先に行って待っててくれないか?私は少々用事を済ませてから行くから」
 「はい、劉備様」

 そう言ってはトコトコと馬小屋の方へ向かって去っていった。

 「さて、と…」

 彼女の姿が見えなくなったのを確認した後、劉備は3名にくるりと向き直った。
 目の前に下がっている馬超の短冊に気が付いて、パシッとつまむ。

 「フム、なるほど…やはりな」

 独り言をブツブツ呟いてる君主に、趙雲はたまらず声をかける。

 「と、殿…あの?」

 その呼びかけに劉備は顔を上げ、ボソリと口を開いた。

 「お前達も馬超と同じく、のことで願掛けか?」

 殿、お見通し。
 同じどころか、もっとタチ悪い内容ですけど。
 見透かされまくって動揺する若者たちを見て、劉備は不適に微笑んだ。

 「そうか、しかしそれは残念だな…いくら七夕でも叶わぬ願いもあるというわけか」

 笑顔が、怖い。
 劉備スマイル…ブラック?
  
 「そ、それは一体どういう…」

 いきなり出てきちゃった黒い方の殿にビビりながら、馬超は一応問いかける。
  
 「これから、デートする予定なんだ。と夜のドライブ(馬で)」
 
「「「はぁ?!デートぉ!!??」」」

 何を言い出すんだよこの人は、と3名は声がひっくり返った。
  
 「さっきに、蛍の名所があると言ったら是非見てみたい、とせがまれてな」
  
 降り注ぎそうな星空、夜独特の緊張感、美しい蛍、そして今日は七夕。
 こんな絶好のシチュエーションはないな、これでグッと2人の距離は近付くことだろう…
 などと、劉備はうっとり語る。

 「ず、ずるいですよ!殿ばっかり!!それでなくてもいつも一緒じゃないですか!」
 「お前達はいつも仕事してるからな〜。私ぐらいしか遊ぶ相手がいないんだろう」

 そう、彼女と殿は常に一緒に過ごしている。
 軍事訓練など地味な活動を続けている趙雲達に比べて、君主である劉備は空き時間だらけ。
 その為、とあやとりをしたり、暴れ馬でロデオを楽しんだり(けっこう豪快)と。
 仕事がない者同士、非常に仲が良いわけだ。
  
 「しかし殿!!我々も殿と交流するチャンスが欲しいんですから!」
 「そうだ!毎回毎回殿ばかりが……しかも、こんな七夕の夜まで独り占めというのは!?」
 「いくら殿でも、夜2人きりにさせるのはいくらなんでも我慢なりませんよ」

 納得のいかない槍トリオが文句を洩らす中、ひととおり彼らの言い分を聞いていた劉備が口を開く。
    
 
「いいじゃん、最初にを連れてきたのは俺なんだからよ」


 口調、軽っっ!!!

 ギャアギャア騒いでいた槍族、その言葉にピタリと動きを止められた。
 「いいじゃん」である。
 「俺」である。

 こうなっては非常にまずい。
 この殿様、普段は温厚な仁の人そのものだが、気が昂ぶるとおかしなスイッチが入る。
 皇帝の座に着く以前のチンピラむしろ売りだった頃の振る舞いに戻ってしまうのだ。
 白い劉備と黒の劉備。
 只今、黒優勢。

 「それでも文句あるんなら、義兄弟召還するぞコラ

 反則ギリギリな雷玉付きチャージ6を繰り出してくる(本来守られる立場であるべき)この君主だけでも厄介だというのに、その上兄者専門のサイボーグその1(属性・髭)その2(属性・筋肉)まで呼ばれてはたまらない。
 こんなとこで、生涯を終えたくない。
 しかも味方(つうか上司)の手にかかって。

 「「「ぐ……」」」

 腐っても君主、結局逆らえない3名である。
 武将といえど所詮はサラリーマン。
 唇を食いちぎりそうなほど噛みしめた槍ーズは、
血の涙を流しつつ白旗をあげた。

 「「「…どうぞ気を付けて…行ってらっしゃいませ」」」

 本心は「逝ってらっしゃい」なのだが。

 「おおそうだな、いつまでもを待たせておくわけにはいかん」

 瞬間的に「白」へと切り替わり、さっきまでのヤクザは夏が見せた幻だったのではないかと思えるような笑顔を浮かべる劉備。
 上機嫌で蛍見物へと出かけていってしまった。

 権力とか腕力とか、色んな意味で迫力負けしてしまったワカゾー軍団は悔しさを抑えきれず、絶叫。

 俺だって
 私だって
 僕だって

 
いつか皇帝までのぼりつめてやるーー!!!


 その後、新たに笹に吊るされた短冊には、墨字で力強く


 


  
 内乱の匂いプンプン。

 劉備率いる蜀、他のどの勢力よりもバイオレンスな国へと発展しそうな予感である。

 七夕の聖なる夜はこうして汚れていくのだ。

 
  



 キリバンを踏んでくださった神崎麗様へ捧げます。