季節の変わり目だからなのかどうかはわからないが、春のある日、各武将の戦闘服が突然リニューアルされていた。
 魏軍のモデルチェンジはいつも突然行われるらしく、朝起きると枕元に新しい衣装が置かれているのだそうだ。
 返品もクレームも一切お断り。本人の意思に反してようがどんなに気に食わなかろうが、覆せない決定事項なのである。 
 それゆえ武将たちはみんな毎シーズンやってくるこの衣替えの時期を楽しみに思うというより、恐れる気持ちのほうが強い。
 夏侯惇や典韋や許チョのように、さほど大きな変化のないお召し物の場合も勿論あるが、どうしてこんなことに?というような革命的リニューアルも少なからず存在するわけで。
 なんだか派手な上に不機嫌そうな文官の人だなあ、とぼんやり見ていたら、実はそれが衣替えした司馬懿だったりして「人の頭ばかり見るな!」とは早速叱られてしまった。

 そのほか甄姫がくびれた腰を露出したり徐晃が引き締まった二の腕を出したりと、本人達も多少困惑しているようなハジけたものも確かにあったが、それでもやはり新しい衣装は新鮮らしく文句を言いながらもそれなりに嬉しそうである。
 特に張コウなど、無言で空から降ってきてそのままピョコピョコ飛び回り、が衣装についてコメントするまでその猛烈アピールをやめようとしない。褒めようにも、そうあまり早く動かれては見えるもんも見えやしないのだが。

 「張コウ様…えーと……素敵なお召し物ですね」(具体的なコメントは避けてみる)
 「あなたならばそう言ってくれると信じてました!美しさのおすそ分けです!さぁ!」

 さぁ!って言われてもなぁ

 「もそのお召し物、大変お似合いですよ!可憐です!天使のようです!さすが私と同じ美★戦士の仲間!」
 「ありがとうございます…あの、美★戦士とやらに入った覚えありませんけど」

 は武将という立場とは異なるので彼らと共に衣替えする必要も特に無いのだが、そこは君主である曹操が気を回し、いつも同じ時期に戦場用のモデルをあつらえてくれている。
 ちなみに甄姫のようにスリットやへそ出しなど、妙な挑発的衣装だった場合は蜀か呉に降ります、と前もってクギをさしてあるので、露出が激しいことはない。なので今回もには、丁寧に衣を重ねた上質かつ可愛らしい衣装が曹操の手から贈られた(曹操から直接貰うのはだけ)(たぶん贔屓)
 散々ニュー衣装の見所やらこだわりやらを一から十まで張コウに説明され、立っている足が悲鳴を上げ出した頃、廊下の向こうから人のいい声がした。

 「おい、何やってんだよっ!殿待ってるぞ!」
 「あ、夏候淵様……え?殿?」
 「ホラ、行くぞ」

 夏候淵はと張コウの手を掴み、グイグイと引きずるようにして歩き出した。

 「殿って、私なんか呼び出しくらってましたっけ?」
 「なんだよー忘れちまってるのか?」
 「す、すいません」  
 「しゃあねーなあは。いくら待っても来やしねぇんだもんよ。さっき張コウに呼びに行かせたってたのに」
 「え!そんなの聞いてな…!!」
 「あっそういえばその用事で出向いたんでしたね!ついついニューモデルの話を…
 「張コウ様!」
 「美しさは罪!」
 「人の話聞いてください」

 ズルズルと引きずられたまま連れて行かれた先は、使者の謁見などに使用される広間の扉の前だった。
 遅くなりましたぁ、とかなんとか言いつつ無遠慮に扉を開いた夏候淵は、を押し込むように先に入室させた。

 「殿、用事ってなん」
 「!」
 「ギャア!」

 足を踏み入れた途端、王様椅子(曹操がそう呼んでいる)に腰掛けていた曹操に飛びつくように抱きつかれ、色気のカケラも無い悲鳴を上げただったが 
 
 「この刃の切れ味、貴様で試すかァァ!!(ドゴスッ)」

 夏侯惇の全力の突っ込みによって、どうにか逃れることが出来た。

 「夏侯惇様、いま本気で殿の後頭部を」
 「いや、小突く程度だ」
 「ドゴスッて音してましたけど」
 「気のせいだ」

 見上げると目の前の曹操の体力ゲージは見るに耐えないほど激減していた。これも気のせいならいいのだが。
 
 「ほう、こちらが朱雀様でいらっしゃるのか」

 そのとき突然、ズシンと重い聞きなれぬ声が響いた。
 が驚いて振り向くと広間のど真ん中に、金持ちの家の玄関に飾られているような類の西洋騎士の甲冑がひとつ置かれていた。
 ものすごい違和感である。 
 この人(曹操)は一体また何を買っちゃったんだろう、とその甲冑をジロジロ見ていると、再びあの重低音が響き出した。

 「驚いた。ずいぶんとお若いご婦人だな」

 
甲冑が喋った!

 がヒイッと叫びながら2、3歩ほど後ずさったのを目にした夏侯惇が「あ、それはな、」と焦ったように口を開きかけたが、と同じように驚いた張コウの「呪いの甲冑です!!」という悲鳴でまんまとかき消されてしまった。
 
 「、近寄ってはいけません!呪われますよ!」
 「ええっ」
 「感じます…その鎧にはきっと非業の死を遂げた中世貴族の怨念が…!」
 「中世貴族!?」
 「心から愛し合いながらも想いを伝えることが出来ず、やがて2人はフランス革命という時代の荒波に引き裂かれやがて死に別れてしまったのです…!嗚呼何と悲しい愛の物語…!」
 「こ、この鎧にはそんな過去が…?」
 「そして一人取り残された彼女の前に現れた、かつての恋人と生き写しの、」
 「これ以上話をややこしくするな!」

 夏侯惇はすっかり酔っている張コウの後頭部を殴った後、「お前も簡単に信じるんじゃない」と半分誘い込まれていたも軽く叱っておいた。
 
 「ったく…こいつはな、この前の西涼の戦で孟徳が連れて来た将だ」
 「それがしはホウ徳。字は令明と申す」

 カシャン

 ホウ徳と名乗ったその甲冑の男は、に向き直り兜の目隠しを押し上げた。

 「はっ…あっ、わっわたしと申します。です。新しい武将の方とは知らず、しっ失礼しました」
 「いや、それがしの方こそ驚かせてしまって申し訳ない」

 カシャン

 「あ、いえ、そんなっとんでもない」
 「噂はかねがね耳にしておる。なんでも自在に風を操るのだとか」
  
 カシャン
  
 「……ええはい、まあ一応…」
 「その未知なる力、一度拝見してみたいものだ」
 
 カシャン


 

 
いちいち喋るたび目隠しを上げないで欲しい




 出来れば一通り会話が終了するまでずっと押さえてていただきたいものと思うのだがどうだろうか。上げたり下げたりが気になって挨拶どころではない。
 多分その場にいた全員がそう感じていたのだろう、誰ともなしに「あのさ、頭のやつ外したら」「その、顔もわからんし」と遠まわしに促し、ホウ徳も「これは失礼」などと言いながらアッサリ兜を脱いだ。
 
 大変濃い顔立ちである。
 顔のつくりも濃いのだが髭も濃かった。
 全身からくまなく「漢」というパワーがみなぎっており、おっさん大国である魏にはうってつけの逸材である。
 もともと三国中で群を抜いて高かった髭率が、彼の登場によって更なる飛躍。二位以下をぶっちぎる勢いだ。完全にダメ押しだ。

 「またムサいのが増えた…ハゲが1人髭が2人髭が3人髭が4人…」

 部屋の隅では極端に暗い表情と低いテンションの曹操がボソボソと呟いていた。
  
 「さっきまでこの部屋に髭とオヤジしかおらんくて、いい加減辛くて」

 それで、わざわざを呼んだという訳である。

 「こんなモサモサしたやつじゃなくてもっと華やかなのが欲しかったのに…」
 「ちょ、ちょっと殿っ!そんなこと言ったら失礼じゃないですか」
 
 曹操の気持ちもわからんでもないが、自分で連れて来といてその言い草はないだろう。
 が、しっ!と怒ると曹操は一瞬ひるんだが、すぐに口を尖らせた。
 
 「別にそんな気もともとなかったんだ…欲しくて連れきたわけでもないのに……なんか知らんけど急にそういうイベントが始まっちゃって」
 「イベント?!」
 「気付いたら仲間に…」
 「気付いたら?!」

 重ね重ね失礼である。例え成り行きでそうなったとしても、本人を目の前にして言わなくたって良さそうなものだ。
 何よりこの場に居合わせた人間が気まずい思いをするではないか。

 「いや、なんか、すいません…!ウチの殿が無礼なことばっか言って、もうホントすいません!わ、悪い人じゃないんですよ、ええ、ハイ、ちょっと正直なだけで…あ、いや、そういう意味じゃなくてア、ハハハ…ハ」

 君主の聞き捨てならない台詞連発に焦ったは、取り繕うような(しかし決して取り繕えていない)台詞を必死で吐きながら、補導された子供を引き取りに来た親のようにペコペコと頭を何度も下げた。困惑した笑顔の上を、滝の如き汗が流れてゆく。
  
 「いや気にせずとも良い。このホウ令明そのような曹操殿の懐の深さに心服し、魏軍に降ると決意致したのだ」

 失礼オンパレードであるこの君主の振る舞いをそう解釈するとは、ずいぶんと素敵な誤解であるが、本人がそう思っているのだからまあ良いだろう。
 これからこの魏軍の武将となる男である。それなりの能天気さは必要かもしれない。

 「しかし朱雀とはいえ、屈強な魏の軍にこのような可憐な娘さんがいるとはなんとも不思議であるな」
 「あっいやいやっ可憐なんてとんでもない…!」
 
 社交辞令と理解してはいるもののストレートな言葉に慣れていないはつい焦ってしまい、

 「こ、この国にはその、もっとびっくりするくらい綺麗な甄姫様って方がいらっしゃるんですよっ」

 風が起こりそうなほどに両手をブンブン振ってそう言うと、ホウ徳は「ああ…」と何かを思い出すように深く頷いた。

 「あの骨の髄までえぐり込むような蹴り技のご婦人か」
 
「もう蹴られたんですか?」

 本日ここへやって来たばかりだというのに、すでに女王キックの洗礼を受けているとはどんな展開があったのやら。 
 このホウ徳という男、何をしたのか。
 というか、新入り武将にのっけから甄姫は一体何をしてくれてるのか。
 
 「甄の蹴りは骨をも砕く…」

 いきなりの独り言のような呟きに驚いて振り向くと、部屋の角に曹丕が立っていた。


 えっ曹丕様、居たの?

 
 申し訳ないが、今の今まで気付かなかった。 
 そのひっそりとした佇まいはまるで観葉植物のごとき、である。
 
 「今日、甄はムシャクシャしていていたようでな…お前と同じように甲冑の置物だと思って蹴り飛ばしたらしい」 
 「そんな恐ろしい愚痴をこぼしていたんですか」

 曹丕はいやと首を振り、

 「私がこの目で一部始終を見た」
 「その場で止めてくださいよ」
 「怖くて…」
 「しっかり!」

 親が親なら息子も息子である。
 次世代を担う未来の魏王には不安を隠せない。
 
 「いやはや…阿修羅と呼ぶにふさわしい蹴りであった。それがし、肋骨を3本持っていかれた
 「すいませっ・…!降ってきた早々に負傷させてすいません!!!こんな軍でホントすいません…!!」 
  
 再びは必死に頭を下げた。さっきからホウ徳に「すいません」しか言ってない気がする。
 この中で一番の若輩者だというのに、なぜこうも気を遣ってフォロー役に回らねばならないのだろう。
 肩書きは朱雀でも、役割は完全に中間管理職方面である。 
 
 「よし!とりあえず堅苦しい挨拶はこれで終わらして、歓迎会やろうぜ歓迎会!」

 (堅苦しさがどのへんに存在していたかは定かではないが)そう言って、ペコペコし続けるの肩を夏候淵がバッシバッシと叩いた。この泣きたいような状況に終止符を打ってくれたことに対しては深く感謝の念を抱いたものの、酒を飲むにはまだ日は高い。
 がそう告げると、夏候淵はそーか?と首を傾げ、

 「んーじゃあ、天気もいいし、外でドッジボールでもやろうぜ!」
 「ドッ、ドッジボール!」
 「では、私は美しいステップでメンバーを集めてまいります!」
 「えっ…・ほんとにやるんですか?!」
 「じゃあ夏侯惇はチーム分け。曹丕は庭にコート線引く係」
 「(曹丕様かわいそう!)
 「あれだぞ、手加減なしの本気ドッジボールだからな」
 「ちょっ……肋骨折れてる人いるんですけど?!」
 「大丈夫だって、肋骨の1本やそこらくらい」
 「1本どころじゃないですよ、3本ですよ3本!」
 「いや、それがしも武将のはしくれ。勝負には全力で挑ませて頂く」
 「こんなこと頑張らなくていいから!」


 
 結局、この突発的なホウ徳歓迎ドッジボール大会は魏軍の猛将総出で行われ、予想以上に荒れた試合展開となった。
 やっぱりというか、それみたことかというか、試合終了後ホウ徳の折れた肋骨は5本に増えていた。
 あと、何故か曹丕の肋骨も2本折れていた。
 
 血が点々とこびりついたボールを眺めながら、この魏という国の行く末を案じずにはいられないである。
 





 ホウ徳モデル3・4を想像して読んで頂ければ。