朝も早くから、城の屋上でブンブン素振りをする少女がひとり。
魏の勝利の女神・朱雀の様である。

振っているのは当然、彼女の相棒、朱雀の小太刀である。
以前、は建築物と一緒に曹操ごと吹っ飛ばしたことがある。
もちろん悪気などなく、殿を助けるためにやむなく選んだ手段だったが、かなりこっぴどくお叱りを受けた。
  
『朱雀なら、風くらい制御出来るようにならんか!バカめが!』

それ以来、彼女は毎朝の「風力操作トレーニング」を義務づけられてしまった。
「奇跡の人」とか呼ばれながらも、やってることはけっこう地味である。
  
「ごせいが出ますな」

98回目の素振り(というか風起こし)をしていたの背後に、いつの間にか張遼が佇んでいた。
  
「おはようございます、張遼様」

いい汗かきながら爽やかにが挨拶をすると、張遼も笑顔で応えた。

殿のおかげで今日も風車がよく回りますな」

「…ハハ」

が風を送っているのは、農村が連なる地域の方向である。
彼女がやってきてから、平均的に風が吹くため風車を使った農作業がさかんになった。
おかげで、戦が専門分野だというのに、は農民達にやけに崇め奉られている。
  
「農作物がよくとれるだぁ」

様、ほんにありがたやありがたや」

「さすが朱雀様は豊穣の神さまだぁ」←間違ってる

もはや何の為にこの世界に呼ばれたのか、自分でもわからないだった。

  


「痛っ…」

しばらく張遼と笑顔で世間話などを続けていただったが、突然鋭い痛みに見舞われ、思わず顔をしかめた。

「どうなされた?」

「…ちょっと頭痛が…風邪かな?」

最近寝不足の日が続いている。
ここのところ、何夜にもわたり軍議が開かれているのだ。
策など出せるわけもないのに、何となく朱雀が席にいるとハクがつくという、しょうもない理由だけでは出席させられていた。
しかも早朝素振り100回という運動部のようなハードなメニュー。
その無理がたたったのかもしれない

「…たまには休まれれば宜しいのに」

「でも、日課ですから」

苦笑いしながら、は最後のひと振りをした。
そういうところも可愛らしいと張遼は思うが、やはり心配でならない。

止まぬ痛みに溜息を吐いたはこめかみを押さえながら独り言のように呟いた。

「…ネギ効くのかな…」

「ネギ?」

脈絡もなく登場したネギに張遼は首をかしげる。
  
「あ、ネギはですね…風邪の民間療法で」

「民間療法」

オウムのようにの言葉を繰り返す彼は、なんだか可愛い。
 
「どんな民間療法ですか?」

「…う」

は口ごもった。
  
  
…言えない。


「尻にネギを突っ込むと熱が下がるらしいですよ」


なんて言えない!
  
花も恥らううら若き乙女だというのに。
品性を疑われるだけならともかく(ともかくじゃないだろ)風邪の時、それを実践していると思われたら!!
  
とてもじゃないが、二度と張遼と顔を合わせられない。
いや、合わせたくない。
つうか死にたい。
  
「た、大したものじゃないですから」

頼むからこれ以上聞かないでくれ、という意思を込めに込めては張遼に笑いかけたが、

「しかし、殿の病が治るならば」  
 
ずいぶんと食い下がるな張遼!
風邪が治る以前に、朱雀様
恥ずかしさで死ぬぞ!
  
彼なりにの体調を気遣ってのことなのだろうが、それが彼女を窮地に追い込んでいることは知る由もない。

「……うぅ」

乙女の口からは無理です、張遼様。
 

どうやってこの危機を切り抜けようか考えを巡らせているうちに、重みを増すようにズキズキと段々痛みが激しくなってきた。
これはそろそろ耐えられないかもしれない。 

殿、とりあえず典医に診ていただきましょう」

顔色が悪くなってゆくに、さすがに張遼はネギの事にこだわっている場合ではないと思った。

「そんな、」

大丈夫ですよ、と笑おうとしたが頭痛が酷くて無理だった。
こめかみを貫くように痛みが走る。
立っているのも辛くなりが思わず目を閉じた瞬間、体がフッと軽くなった。

「?!ちょちょちょちょ張遼さま!??」

目を開ければ、すぐそばに張遼の顔があり。
は彼に抱き上げられていた。

「典医を呼んで、ここまで来るのを待ってたら遅くなりますから」

「いや、その、ま、待てます!」

こんな風にお姫様のように扱われたのは、生まれて初めてである。
照れくさいやら、申し訳ないやらで、さっきの素振りで流したのとは違う種類の汗をかいた。
 
抱えられながらアワアワしているを、張遼は真摯な瞳でじっと見つめていたが、言い聞かせるように一言呟いた。

「…私が、耐えられないもので」

その声を熱く感じたのは、風邪のせいではないだろう。  
  
「後でネギをお見舞いに運ばせます。殿が早くよくなるよう」

そう言って、張遼はサッサと歩き出してしまった。
  
もうネギの件はいいって!と思いながらも、張遼が自分を大事に思ってくれているのが伝わってきては恥ずかしさと嬉しさで顔を赤く染めた。
 


ちなみにこの後

「朱雀の病はネギで治る」

というまことしやかな噂が流れ、各方面からネギを大量に贈られたあげくに「ネギをどう使うんだ?」としつこく何度も聞かれるという(特に司馬懿)気の休まらない日々がしばらく続くのであった。