10月4日(月) クリティカル−シンキング
直訳すると「批判的思考」、もう少し詳しくすると 「なんでも素直に信じ込んでしまうのではなく、問題点を探し出し、批評し、判断すること」だそうだ。
どうも、ポジティブシンキングの次にきそうな、教育界及びスポーツ界「流行語」になりそうな雰囲気である。
「根性」スポーツの考え方が根強い日本のスポーツも変わりつつあるが、その中でも体質が「根性」主義からなかなか抜け出せない、ソフトテニスと、学校部活動では、もっとも「遠い」考え方なのかもしれない。
「三つ子の魂、百までも」というが、小さい頃培った意識というのは、どうも、なかなか変われないものだ。
ある時、コインが磁石になっていて、それをつける、クリップの部分に無意味にアメリカの国旗がついていて、それが、いやなので、買う前に、交換してくれないかと店の人に頼んだことがあった。アメリカ人でもない自分が、あまり好きでもない、アメリカの国旗を掲げていること自体が、自分にとっては不自然だが、どうも多くの人は、そんなことはあまり考えないで、無条件に受け入れて買っていくようであった。
店の人は、そのやりとりの中で、「わがままねぇ」と言った。まぁ、知っている間柄というのもあったのだろうと思うが、実はこういう場面は、よくあることである。
つまり、日本では、素直でないのは。わがままであり、みんなが、だいたい行っている行動は、善し悪しにかかわらず、それをしないのは「わがまま」なのである。だから、小さいときから、その「くせ」をつけさせられ、「わがまま」でみな片づけられてしまう場合が少なくない。日本人は批判的な見方をするというのに抵抗がある人が多い。
スマップの歌った「世界に一つだけの花」という歌がある。と言ってもたぶん知らない人がいないくらい、有名な歌になってしまった。ナンバー1じゃなくてオンリー1だよ。と要約するとこういう歌詞だが、これをクリティカルに見てみると、いろいろな見方ができる。
まず、この歌には裏があるのではないか。この歌は、文科省が推薦しそうな歌である。一人一人がそれぞれ一番を目指すのではなく、花のように、それぞれの個性でオンリー1なんだよと。ちょうど、学校で、相対評価から絶対評価に移行の時期と、この歌が重なって流行った。相対評価は、人の集団の中で、あなたは何番ですので、このくらいの成績(能力)ですと示すものだし、絶対評価は、あなたは、これくらい伸びたし、これくらい達成したので、過去のあなたに比べて、良くなったよというものである。
スマップと文科省が「けったく」などということはないと思うが、あまりに時期がタイムリーであった。
歌詞にクリティカルに「けち」をつけると。花屋の花はどれもきれいで、争うこともしなくて、しゃんと胸を張って、咲き誇っている。
この歌詞を聴いて、ほとんどの人は素直に「そうだ、人はなんで競争ばかりしているんだろう、花のように世界に一つだけの花になろうと・・・」考ええる。でもこれをクリティカルに考えると、花自体は、その一瞬でみればその通りだが、長い歴史でみれば、大変な生存競争の結果、美しい花を咲かせている。もっというならば、魅力的な花でなければ、虫にも、人間にも好かれず、絶滅してしまっている。さらに花屋に並んでいる花のほとんどは、人間が、品種改良したものがほとんどで、それは人間の開発競争にほかならない。つまり、花はある意味で考えれば、競争の象徴みたいなものである。
なんて書くと、「なんて皮肉れた」と思われそうだが、それがクリティカルとも言える。
さぁソフトテニスだが、実にクリティカルと正反対の感じのする世界でもある。どちらかというと「根性」である。「なせばなる、なさねばならぬ」である。最近こそ「メンタル」なんていうと一般的になってきたが、4〜5年前は、メンタルなんて言う言葉をつかうと、中学生に「メンタルトレーニングなんて必要ない」という感情的な反クリティカルな意見をいただいたものである。
ソフトテニス界で一番、クリティカルにソフトテニスを「ひもといて」いる人に、北海道の安藤先生がいる。ソフトテニスマガジンでも連載しているので、知っている人が多いと思うが、考え方がとってもクリティカルである。
「犯人さがし」というのをよくやるというのを過去聞いたことがある。ソフトテニスのプレーの失点で、だれがその原因になったのかを探るというのを練習中にやるというのである。
例えば、自分たちの前衛がクロス側からセカンドサーブをした、相手の後衛が、ストレートにかえして、それを自分たちの後衛が、回り込めずにバックで返球した。それを相手の前衛がセンター付近で待ちかまえていて、スマッシュをした。それを前につめていた自分たちの前衛がフォローできずに失点になった。という場面で、だれのどのプレーが失点につばがったかを考えるのである。
素直に考えると、スマッシュした前衛が良いポジションをとったおかげでスマッシュができ、ポイントなんだから
相手のファインプレーのように感じる場面である。よく、ベンチにいる監督なんかは、自分たちの後衛に、「なんで相手のいるところにあげてるんだ、ばかもーーーん」と怒鳴っているかもしれない。
実際プレーも見てないので、安藤先生はどういうかわからないが、犯人は、「最初のセカンドサーブ」である。セカンドサーブ自体も悪かったのかもしれないが、自分たちの前衛が、ファーストサーブを入れていれば、こういう場面にはならなかったと考ええるのである。
安藤先生は「違う」というかもしれない。
クリティカルという考え方の基本は、「結果は一つの原因からなっているのではない」ということを理解することが大切である。
ソフトテニスには限らず、スポーツには、このクリティカルな考え方は必要で不可欠な考え方だと思う。イチローが世界新記録の年間262安打を記録したが、彼のコメントはいつもクールだが、自分のことをまるで他人ごとのように語り、クリティカルな発言が多い。彼のような自分がプレーもし分析もできる人間はそうそういるものではないが、監督、コーチ、指導者と呼ばれる人は、クリティカルシンキングは必要不可欠である。
そうそうあなた、ベンチで、怒鳴っている場合ではないのです。
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