久遠の絆 再臨詔(PS2版) 感想

 

輪廻転生をテーマにしたADV『久遠の絆 再臨詔』(PS2版)を栞EDでクリアしました。
PS版のレビューで目にした「面白かったけどもう一周プレイする気になれない」感想が印象強く残っていたこと
さらに壮大な物語イメージから30時間は超える長編ADVだとばかり思い込んでいたのですが
実際には予想の三分の一にも満たない9時間台でクリアしてしまい、ちょっと拍子抜けしました。

EDも、エピローグどころかその後の二人を窺わせるような一枚絵すら表示されないまま
スタッフロール終了→タイトル画面に戻る味気なさでしたし
クリア後の余韻に浸れるような部分はどこにもなく…。

単に好感度不足でエピローグが出現しなかっただけなのか
メインヒロインの万葉以外はメインでないということで、意図的にあっさりした終わり方にしているのか…
そのあたりはもう一度プレイしてみないことには分かりませんけど
現段階では予想していた壮大さも重厚さも味わうことができず、素直に面白かったとは言えない気分を味わいました。

共通ルートである平安編から二章の元禄編冒頭までは寝る間を惜しむほど続きが気になってプレイしていたんですけど
シナリオが栞ルートに固定されてからは共通ルートほど話に入り込めず、栞EDを迎えても何の感慨も沸いてこなかった。

輪廻転生がテーマである今作のシナリオにどっぷり浸かるためには
はじまりとなる「平安編」にきちんと感情移入できたかどうかが重要なのに
栞、そして栞ルートに大きく関わる悠利の前世に関しては、千年に渡る愛憎劇に巻き込まれるだけの説得力が薄い。

私は男向け女向け問わず、最初から主人公に好意を抱いているキャラには関心が沸きませんし
特に妹や幼なじみキャラは「便利な属性」という、萌えとは反対の冷めた認識しか持っていないので
三つの時代すべて幼なじみ系キャラだった栞については、好みから外れていたと割り切るしかありませんけど
悠利(光栄)の方はそういうわけにもいきませんでした。
彼が語る動機と平安時代の実情が噛み合っていないから
悠利が栞(桐子)への執着を見せれば見せるほど、納得がいかないものを覚える。

唯一の心の支えだった妹・桐子を主人公が奪った、だから主人公が憎いというのが光栄の言い分なのに
妹の転生に拘り続けるほどの入れ込み描写なんて平安編では見当たらない。

光栄を乱心させるに至った決定的な出来事は、鷹久(主人公の前世)と桐子の縁組の話だけど
これも、妹が他の男のものになることに堪えられなかったとかではなくて
見下していた男が父から妹の婿として認めたられたことがショックだったからにしか思えない。

鷹久と光栄の立場が逆だったなら、桐子への執着心もすんなり納得がいくんですけどね。
現に鷹久は、周囲から邪険に扱われる日々の中、幼い頃と変わらずに慕ってくれる桐子の存在に救いを感じていますし…。
でも実際は特別な関係でもなかった光栄が桐子に並々ならぬ執着を見せるから違和感がある。

そのせいで、妹を心の拠り所にしている兄も、遊び人ながらも特定の女性に対する想いは一途な男も
天真爛漫で無邪気なクラスメイトに惹かれる不良も、それから強面なルックスも
どれを取っても私好みなのに、まるで悠利に萌えられなかった。
最初のひとつがきちんと成立していれば、そのあとの二つは転生ものですし、脳内で補う自信があります。
しかし、その基盤となる最初の関係図がまったく成り立っていないんじゃどうにもならない。

女性向けゲームでもお目にかかれない、好み設定のオンパレードだったのに…
悠利が「栞」と呼び捨てにしたのを目にしたときは、これはひょっとすると、そういうこと?
と久々に萌え方面での期待が持てたし、その期待通りの関係図だったから、こうも空振りで終わったことは残念。

行き着いた感想が「ヒロインとサブキャラのカップリングが好みだったのに萌えられなかった、無念」
という、ギャルゲーにあるまじき(?)ものになっちゃいましたが、栞ルートで言いたいことは、それぐらいしかありません。
肝心のヒロイン栞個人については、すべての時代で幼なじみキャラな時点で思い入れを覚えようがないしね。

2010年10月31日


2周目は沙夜EDでクリアしました。プレイ時間はちょうど5時間。
沙夜狙いということで現代編ではもちろん、平安編でも彼女の前世・泰子寄りの選択を選び続けましたが
現代編と平安編でそれぞれひとつずつ前回未見のイベントが発生しただけで
一章と二章は既読メッセージスキップが発動しつづける変化のなさでした。
(ちなみに沙夜の前世は平安と幕末にしか登場しないため、沙夜一筋に徹していると「元禄編」に入らないまま三章に突入します)

三章を迎えると、栞を一途に狙っているときは出現しなかった「幕末編」がはじまり
そこから栞ルートとは異なる最終決戦への流れにはなったものの、ED自体は相変わらずのあっさりさ。
さらに沙夜ルートでは
悠利は救われず、万葉も行方不明、そして太祖は本当に消滅したのか疑問が残る終わり方をします。
最終プレイの相手役には向いていませんね。
世界設定の説明は栞ルートより分かりやすかったことを併せてみると、初回プレイのED相手に適してると言えそう。

ここからはネタバレに触れています。

沙夜ルートは“どの時代に転生しても人の血を欲してしまう”
この設定の勝利と言える内容でした。

新たな生を受けても人の血を欲する宿命から逃れられない女と
前世の記憶から、自覚を持たないまま彼女に自らの血を与える男。
沙夜(泰子)にとって呪わしい血の宿命こそが、武(鷹久)をこれほど想わせ、二人を結び付ける絆となった。
そして時代が変わっても再び同じ行為が繰り返される…それがそのまま輪廻転生を表している。

幕末編では前世についてはほとんど言及されませんが
その分、信吾(武の前世)が観樹(沙夜の前世)に血を与えるシーンは、どんなやり取り・台詞よりも雄弁に二人の結びつきを語っているし
鷹久に対する想いの根底「血を与えられたこと」が、前世に限った話ではなく、今現在も行われたからこそ
泰子の想いが現代に生きる沙夜に続いていることに無理がない。

栞ルートに足りなかったのは、そのような確かな設定でした。
各時代で完結している(前世との繋がりが感じにくい)ヒロインの栞と違って
悠利は前世の因縁ありきのキャラなんだから、沙夜のように動機に説得力が必要だった。
幕末編での悠利(切人)も桐子を輪廻から解放することを目的としていたけど
ここまで桐子第一なのに、どうして平安編ではあのような描き方をしたんでしょうか…
元禄編でそのあたりを補っていたかといえば、そんなことはなかったし。

これは栞と沙夜、どちらのルートにも言えることですが
悠利といい、道綱の生まれ変わりの幹久といい、敵キャラに魅力が感じられない。
特に道綱当人には親玉としての貫禄があっただけに、小物臭が抜けきれない現世の姿にはがっかりさせられました。
意外性を狙ったようでもないし、なぜあんな霊感被れのエセフェミニストのような、しょぼい設定にしたんでしょうかね。

絵里や沖田など、敵に利用されたキャラには肩入れしてしまう内容になっているけれど
だからといって、敵を憎々しく思うかどうかは別です。

EDを迎えても感慨が沸かないのは、敵キャラの立て方に失敗し、最終決戦がいまいち盛り上がらないせいでもあるはず。

2010年11月03日


万葉EDと真EDを確認しました。
EDに最も近いデータを上書きしてしまったので、正確なプレイ時間は不明ですが、おそらく5時間半ではないかと思います。

万葉EDより先に真EDを迎えることになったのですが、この順番は失敗でした。
名称こそ万葉ED、真EDとなっているものの、実際は万葉ED=万葉バッドED、真ED=万葉グッドED(バッドEDの続きが見られる)で
真EDにはない万葉ED独自の要素といえば、栞の新たな一面が見られるというぐらい。
私はこれで栞に対する株が少し上がりましたが、だからといって見逃したら損というようなものじゃないですし
先に真EDを迎えた場合、わざわざ万葉EDを見るための再プレイをする必要はないですね。

順番が失敗といえば、そもそもヒロインの攻略順番そのものが誤りでした。
今作はヒロイン毎の差異がほとんどなく、大部分のテキストが共通しているから
どうしても二周目、三周目となるに従って、物語への没入度が薄まっていきます。

物語の基盤となる「平安編」は、ヒロインが蛍で固定ゆえ、主役二人の恋愛描写も後世よりもちゃんとしたものになっていますが
どのヒロイン寄りのプレイをしても内容に変化が起きないため、複数回プレイすればするほど、平安編への思い入れは消えていく。

万葉の生まれ変わりは、核となる蛍が別格なだけで、後世の綾(元禄)と澪(幕末)の扱いはそれほどよいものじゃありません。
むしろ、メインヒロインではない方(菊乃、観樹)を選んだときの方が話の流れとしては自然なように感じましたし
幕末に至っては、作った側がメインに位置づけているのは澪ではなく観樹に映りました。
綾も澪も「平安編(蛍)ありきのキャラ」を超えておらず、その時代単品だと情が沸きようがない。

別にそれが悪いと言うつもりはないのです。
平安編の余韻を引きずったまま、元禄と幕末の時代に入れればそれでいいわけです。
しかし私の場合、肝心の万葉狙いのときには、すっかり平安編への思い入れは消散し
その上、独自のシナリオが展開すると思っていた決戦前の修学旅行も
栞ルートと共通している部分が大半、しかもテキストはまったく同じものを使用しているのに
ほんのちょっと違う部分があるというだけで既読スキップが全然使えないから、プレイすることが苦痛ですらあった。

さすがに決戦間近の段階に入ると、汰一、栞、沙夜と、重要キャラがすべて登場する独自の展開になり
ラストを飾るに相応しい盛り上がりを見せてくれましたが…
それでも、初回プレイでこの展開を迎えていたなら、興奮度や感動度は比べ物にならなかったと思うと
最後を万葉で締めてよかったなんて風には受け取れません。

イメージしていたものと違っていたこともあって
初回プレイからシナリオに対しては、世間一般ほど高い評価を下す気にはなれなかったんですが
もしも初回プレイのヒロインを万葉にし、そしてそこでプレイを終えていたら、今よりずっと印象は良かったはずです。
特定のヒロインじゃないと分からない事実も特にないし、本当にメインヒロインの万葉だけクリアすれば十分な作り。
ヒロインを攻略すればするだけ重複の占める割合が高いと気づかされるだけですしね。

幕末の信吾と観樹に一番心打たれた私としては、沙夜ルートをおすすめしたいところなんですが
前回書いたように、EDが尻切れとんぼなところがありますからね…
(それに真EDを見ないとBGM鑑賞モードも開きませんし)

どのヒロインでも話が変わらない恋愛ADVは久々なので忘れていましたが
メインを最後に取っておいた方がいいとされるのは、シナリオがダブっていないからこそ言えることですね。
今作のような作りで上記のプレイ方法を取ると
最後らへんには飽きが先にきて、楽しみに取っておいたヒロインの攻略が一番退屈な結果になってしまう。

2010年11月08日


おまけシナリオ2つと追加シナリオの再臨詔をクリア、それに加えて
これまでの三周プレイでは見逃していた平安編のもうひとつのルートを確認しました。
トータルのプレイ時間は、最後の万葉をクリアするまでがざっと20時間。
本編以外のシナリオと未見分岐を確認するために5時間ほど費やしたので、合わせて25時間前後でした。

グラフィック鑑賞モードで現代5のページに空欄がひとつあるため、おまけモードのコンプリート達成はできませんでしたが
空欄部分は位置的に背景のようで重要なイベントを見逃しているとは思えないし
初回プレイから気になっていた「特定ヒロイン一筋じゃないプレイをしたらどうなるのか」の疑問も途中データから解消したため
(ちなみに二章まで栞狙い、三章で幕末編に入る選択をすると、幕末編の後半が出現しないまま万葉EDで終わりました)
これにて『久遠の絆』プレイは終了です。

ヒロイン三人をクリアした直後は「プレイの仕方に失敗した」と思うあまり、すっきりしない気分を引きずっていたけれど
再臨詔シナリオと平安編の未見分岐を確認したあとでは
今作を100点評価で表したとき、70点から85点に上昇するぐらいに好転しました。

特に再臨詔は、既存の素材だけを流用し追加の名目を与えただけの間に合わせ内容だったり
本編で築き上げた世界観をぶち壊すような蛇足的なものが多い「追加シナリオ」に対する印象を覆してくれる質の高さでした。

その内容は、トゥルーEDを迎えた主人公が、記憶と能力を引き継いだ状態のまま物語冒頭にタイムトリップし
先に起こる出来事を知っていること、そして強大な力を手にしている強みで、待ち受ける悲劇を回避する…
一種の「リプレイもの」とも「メタ的」とも呼べるストーリーが展開していきます。
そして再臨詔シナリオのもうひとつの特徴は、ヒロインとして大きくスポットが当てられているのが
万葉ルート終盤でプレイヤーをあっと言わせた、あの“天野先輩”だということです。

オリジナル作のPS版のレビューで多く見られたのは、サブキャラに対する救済、そして天野先輩にEDが欲しかった意見なので
そのPS版二大要望に応えたのがこの再臨詔になるんでしょうね。
つまり、狙いと目的が非常に分かりやすいということで、ユーザーに対する迎合的な面が強い。
その一方で、ラストは投げっぱなしと捉えられても仕方ないような形で終わったりするんですが
私としては、あの流れ、そして輪廻の原因(主人公によって始まったということ)を思えば
あのような締め方になるのも止むを得ないだろうと思いましたし、不満や消化不良などは特に覚えなかったです。

当初は「こんなところで終わるんだ…」と若干驚かされはしたけれど、希望が持てる描写が最後にありますし、それで十分かなと。
ただでさえ、それまで1時間以上に渡って描かれた太祖との戦いに辟易しているのに
あそこで更に戦闘シーンが続いたら、途中までの好印象なんで掻き消えていたでしょう。

そもそもいくら強敵でありラスボスといっても、ひとつの敵との戦いにああも長々と割く必要があるのか?
汰一に重点を置きすぎたせいか、あれだけ思わせぶりな描写がされた天野先輩とのシーンが簡素なものになったとか
そのあたりの不満はありましたけどね。総じて言えば、満足しています。

ボリュームとしても十分(3時間10分でクリア)な上、40枚を超える描き下ろしイベント絵に
ほぼ全キャラに追加された再臨詔限定の新規立ち絵など、グラフィック面での力の入れようはかなりのものです。

ヒロインの中で一番好きな沙夜には新規立ち絵がなかったこと
万葉だけは、すぐに追加の立ち絵だと分かってしまう(オリジナル立ち絵との差異が大きかった)ことはちょっぴり残念でしたけど
新規絵の出来がまずいってわけじゃありませんから、質自体は本編同様に高いです。

男女両方(ここ重要)の水着姿を押さえているサービスはもちろん
たったひとつの会話のために、栞が悠利の表情(三白眼)を真似る立ち絵まで用意する遊び心も嬉しかったですね。
そのちょっとした遊び心ひとつだけでも、心理的に余裕のなかった本編ではできなかったことですから。

天野先輩については、特にEDが欲しかったとかスポットを当てて欲しかったとは思わなかった
むしろ、ミステリアスな彼女に惹かれていたので、そのミステリアスさが崩壊する終盤展開には面食らっていました。
だからこの再臨詔をプレイするまでには彼女にはそれほどいい印象がなかったんですよね…。
(そもそも
甘ったるく「パパァ」と呼ぶキャラ自体がどうにも受け付けない)

だけど、本編では不鮮明さが強かった神剣についての説明がなされていたり
唐突すぎて私を面食らわせた天野先輩のキャラ変化についても自然に受け入れられるようになったので
(終盤でいきなりキャラが変貌したのではなく、元々の性質は再臨詔で見せてくれるものだと分かった)
これだけでも再臨詔をプレイした意味はありました。

サブキャラの救済に関しては…これは複雑なところです。
プレイ中は絵里と響子に対してよかったねを連呼するぐらい満足していたのだけど
クリア後は主役たち以上に強烈な印象を受けた絵里というキャラが急激に薄まってしまった。

この再臨詔を蛇足だとは思っていないし、絵里への救済が与えられたことは嬉しかった。
しかし、主人公たちの強い運命に巻き込まれてしまった哀れな薄幸の少女…それこそが彼女の最大の存在理由であり
輪廻転生がテーマの今作において、彼女こそが最も「来世で幸せになって欲しい」と思わせられるキャラだっただけに
現世で汰一と結ばれる可能性が大いに高そうな展開を見せられてしまうと
途端に彼女の存在が希薄なものになってくる。

私は『人魚姫』や『泣いた赤鬼』のような
大団円とは到底言えない、どこかやりきれなさが残る童話の方が成人した今でも強く心に残っているんですが
それと同じことが絵里にも起きてしまったんです。

彼女が救われて欲しかったと思ったし
再臨詔での絵里と汰一の描かれ方も自然なもので違和感などは覚えなかったから、クリア直後は満足していた。
でも時間を置いたら、“キャラ”としてはどちらがよかったんだろうかと…そういう風に疑問が沸いてきてしまった。

悠利と響子については、こちらは何の曇りもなく、よかったと言えるんですけどね。
特に悠利は、栞ルートはまだしも、再臨詔プレイ前に通過した万葉ルートの扱いはかなり酷いものでしたから…。

おまけシナリオ二つは本編の素材を使った、公式によるショートパロディでした。
新たな選択肢が出現し、それを選ぶことによって外伝シナリオに入る作り自体は好きですけど、肝心の質が取るに足らない類のもの。
公式自らパロディに手を出すなら、現代編の立ち絵のまま前世の格好をさせるぐらいはしてもらいたい。
前世の立ち絵を表示したまま、これは万葉(栞、沙夜)のコスプレだとか言われてもねぇ…
今作には音声もないから、声優の演技によって違いを見せるとかもできないわけだし。

ただ、再臨詔がなかったPS版において
天野先輩が美味しいところを持っていくテーマパーク編は天野先輩好きには貴重なイベントですね。
というか、このテーマパーク編のオチ、そしてお宝争奪編のはじけぶりによって、天野先輩の人気が決定的になったのでは?

お宝争奪編の方は、沙夜好きとしては、ぬか喜びさせられて恨めしいのが第一の感想。
始まったばかりの頃はてっきり沙夜メインの話かと期待しちゃったじゃないか…。
あと、最後は栞との定番幼なじみエピソードで終結するものだから
こういうのはおまけシナリオで使用せず、本編に組み込むべきじゃないかと思いました。

平安編の未見部分については、ひとつのイベントを発生させなかった程度にしか考えていなかったのですが
実際には、かなり大きな分岐を見逃していました。
ヒロインの攻略順やED順番と同じく、これについても見るタイミングを間違えました。

蛍と鷹久が初めて式に襲われたとき、鷹久が命をかけて蛍を守り
そのことによって、蛍は自身が机上の空論ばかりを振りかざす世間知らずだったと気づく…というのが正史なんですけど
鷹久が蛍を守りきれず、清明の登場で二人の命が救われる展開も用意されています。

これまでの三周で見逃していた(気づかなかった)のはこのイベントなのですが
この展開を見ると、蛍との逢瀬場所に桐子を連れて行って二人を対面させられることが可能になり、蛍と契るシーンも発生しなくなります。
そして私にとって一番大きかったのは、一連の流れで進んでいれば、蛍と言い合うシーンでいきなり桐子が登場し
光栄が桐子を可愛がっていること、桐子が光栄を拒絶し光栄がショックを受ける描写が見られること。
私が1回目の感想から批判していた、光栄乱心のきっかけとなる出来事が、このルートでは一応描かれているじゃないですか。
なぜ桐子狙いの初回プレイでこのルートを通れなかったんでしょうか…。

反対に、万葉狙いのときにこのルートで進んでいると
万葉が鷹久を好きになった動機が弱くなるから(あの流れでは、颯爽と登場した清明の方を好きになる方が自然)
鷹久と体の関係を持ったとき、蛍が軽い女に見えてしまったりもする。

平安編はほぼ完全に固定で分岐なしという思い込みが崩れたことはよかったのですが
重要かつ貴重な分岐要素なのですから、その分岐ポイントはもっと分かりやすいものにすべきだったのでは?
正史である万葉ルートと、桐子も絡むルート。
その分岐点を、式に襲われたときのほとんど違いが感じられない選択肢に任せたのは納得がいかない。

2010年11月19日


純粋なシナリオそのものより、プレイの仕方を誤ったことに気をとられてしまった感のあるタイトルでしたけど
全体像を振り返ってみてどうだったかといえば、「グラフィックの素晴らしいライトノベル」に落ち着きました。

今作の何が優れているかといえば、個人的にはコンシューマの恋愛ADVでは最高峰だとすら思った質の高いグラフィックです。
女の子さえ可愛く描けてさえいればいいとされがちなギャルゲーで
老若男女はもちろん、獣や妖怪といった人間以外の存在まで描けており
また、同年齢の女キャラにしても、誰もが見惚れる整った容姿の万葉と
どこにでもいそうな顔立ちでいながら、独自の愛らしさを持つ栞という風に、ひとりひとりの違いがきちんと描き分けられている。

蛍と万葉、彼女たちがいかに美しいかの描写は数多くされていますけど、それらに辟易することなく素直に受け止められるのは
彼女たちが美貌であると視覚で納得することができたからです。
これが他ヒロインと同じ顔に描かれでもしたなら、テキストで蛍が類いまれな容姿と強調されるたびに白けるだけでしたよ。

恋愛ゲームで数多といる美形キャラですけど、蛍・万葉ほど、美しいことに意味を持つキャラはいないのではないかと思います。
別に彼女たちの内面がどうのというわけではなくて
これだけ綺麗なら、もうそれだけで価値がありキャラとして成り立っていると、受け入れざるを得なくなる。
往年の映画では、理屈ぬきに美しさに魅せられてしまう女優がいるけれど、それに通じるものがあった。

そしてメインヒロイン以外のキャラクターも実に生き生きと描かれています。
表情豊かな栞はそれだけでも彼女の天真爛漫さが伝わったし
顔立ちは多少変わっても、いつの時代も嘲り顔が同じ悠利など、前世の繋がりを感じさせる点も心憎い。
中でも飛びぬけて素晴らしかったのが、嫉妬心から絵里が闇に堕ちる瞬間を表したイベント絵。
ボロボロの制服姿に憎みと哀感(初見は憎しみしか感じさせないが、よくよく見ると哀しげにも見えるのが秀逸)に満ちた目。
このコントラストに加えて顔にかかった影と、一分の隙もない完璧な一枚絵となっています。
大半のユーザーが、最も印象に残ったグラフィックとしてこれを挙げるのも当然の出来栄え。
このイベント絵を見られただけでも久遠をプレイした価値があると言っても過言じゃない。
(あとネタバレになりますが
万葉トゥルーED直前の腐りかけた姿のおぞましさも見事)

それ以外にも立ち絵のパターン数の多さ、イベント絵にアニメ効果を入れた点など
演出は近年のゲームに劣らないどころか、むしろ並のADVより格段に力を入れてある。
風鈴のシーン、ただちょっと動いただけなのに…あそこまで「魅せられる」とは思いませんでした。

また、最近では目にしなくなった「背景の人物絵」も好印象。
これは久遠の発売年が1998年だからこそ味わえた良さと言えます。
今ではすっかり「背景に人を描き込まなくて良い」とされているため、殺風景な景観が普通の背景になっていますが
90年代の頃は、学校の教室はもちろん、屋外でも人物が描かれた構図の方が多かったんですよね。

人物が描かれなくなってからの背景は、キャラの現在いる場所、時間や天気を表す効果しか与えていませんでしたけど
この久遠では、背景にその他大勢の人が登場することで、その場の空気感までも表現しています。
“誰もいない教室の寂しさ”は、普段の教室が生徒で賑わっているからこそ、実感として沸くものなんだなぁ…と
そんな当たり前のことを、久遠によって思い出しました。

去年、あるレビューサイトで背景の変化に対する不満を目にするまで、背景の人物絵について注意を向けなかった私が
最近のゲーム背景は…なんていう文句を言う資格はないのですが
ただ無難に建物が綺麗に描かれただけの背景と、久遠のように人物込みで描かれているもの。
どちらがグラフィック面での演出により貢献しているかといえば、断然後者と言わざるを得ないです。

そんなわけで、画力、演出、グラフィック枚数…どれを取っても文句のつけようがない念入りようでした。

…だからこそ、平安編のモブキャラの立ち絵を幕末編でも使用したこと
沙夜ルートの夏祭りで社に閉じ込められた際、万葉のように専用立ち絵も用意せずに暗転で済ませたことは
グラフィックに力を入れている今作では意外にすら感じてしまう手抜きで、通常以上にがっかりさせられました。
でも、この二点以外の不満は一切ありません。
絵柄の好みを抜きにして、質そのものにこれほど高い満足度を覚えたギャルゲーは初めてだし、これで最後になると思います。


次に、今作を端的にあらわす表現として“ライトノベル”を使用した理由は
ラノベなどのティーン向け小説で見られる「重い設定に反して、受ける印象は軽い」と同質のものを感じたからです。

ライトノベルの大多数はファンタジー要素が含まれていることもあり
血なまぐさい状況や悲惨な過去を持つキャラも結構な確率で登場するんですけど、やはりそこは中高生向け。
大人が読むには現実感が伴っておらず、過酷な設定から受ける印象ほど息苦しさは覚えません。
そして、この『久遠の絆』についても同じことが言えるんですよ。

どの時代でも人はあっけなく、次々に命を落としますし
ヒロインたちの抱える事情も、影で虐待を受ける、一家が皆殺しにあった上に自身は遊郭に売られるなど重い。
しかし、その設定から受ける印象ほどに悲愴さが出ていない。

主人公が重傷を負わされたあとも執拗に暴行を受け続ける過酷なシーンにしても
“闇の皇子”として目覚めたことで形勢逆転、それまでのダメージはどこへやら、敵を嬉しそうになぶり殺す姿にしても
普通なら抱くであろう「むごい」「恐ろしい」…そういった感情が沸き起こってこない。
グロ・残酷さを強調したグラフィックスが用意されていないため、視覚的にショックを受けることがほとんどない
それもかなり影響していますが、まずテキスト面において、真に迫るものに欠けている。

ライトノベルと同質だからといって、別にそれが欠点に当たると批判するつもりはありません。
一般小説にはない持ち味目当てに大人になってからもラノベを愛読する人はいますし
ライトノベルにはライトノベルの良さがあり、重厚なら良しってものでもない。

けれど、「千年に渡る愛憎劇…親友だった二人が前世の業により敵対関係になる悲劇」
伝え聞いた大筋と一般ジャンルに近い絵柄から、重厚で硬派なストーリーをイメージしていた私からすると、蓋を開けばラノベテイスト…
そのギャップをあっさりと受け入れる気にはなれなかったし
何よりも、ある時期からラノベが苦手になった身としては、素直にそのテイストを楽しむことができなかった。

そのあたりの不満を別の要素で解消してくれたらよかったんですけど
メインの万葉と武の輪廻転生描写は“一目見たときから魂が求め合う”で、いまひとつ合わず
完成度の高さから客観的におすすめできても、主観的には満足できる内容にはなっていなかった。

個人的には、“惹かれた人が前世でも強い結びつきだった”沙夜が一番好みでした。
もっとも、沙夜は沙夜で、消化不良の起きるラストに不満を覚えましたが。

そんなわけで、予想プレイ時間の長さと重厚なイメージ、そしてプレイする時期の遅さによって
続編や評判が良いものに対して起こりがちな「思っていたよりも…」に陥ってしまいましたが
PS時代の傑作ADV扱いを受けるだけのことはあり、シナリオの牽引力はなかなかのものでした。
終盤の修学旅行編ではだれてしまったものの、平安編から元禄編に突入するまでは、止め時を失うほど物語にどっぷり漬かっていました。

テキストは、よく言われる雰囲気ぶち壊しなハートマークを筆頭に
時代にそぐわない言葉遣い(いくらなんでも平安時代に“ぎゃふん”は…)
また、20代後半のキャラと10代後半のキャラ両方に自分とそう変わらない年と表現する矛盾や
遭遇三度目の敵に対して初対面用のテキストを使う、Aルート通過が前提のシーンをBルートでも使用する矛盾など
リメイクの移植とは思えないようなミスも少なくありません。
だから文章に関する粗は結構あって、決して完成度が高いとか洗練されているとは言えない。
なのにそれらが不思議とさほどネックになっておらず(ハートマークに関してはない方がよかったですけどね…)
プレイヤーを物語の世界に引きずり込む「力強さ」、それが確かにあった。

つまりそれだけ素地が魅力的だったわけであり、プレイする時期が遅くなってしまったことを悔やみました。
「店頭で見かけるのはPS版ばかり…気にはなるけど、どうせやるならPS2版をした方がいいし…」
そうこうするうちに6年が経過し、購入してからも2年近く積みっぱなしだった今作。
いつまでも迷っていないで、さっさとPS版を今より若いときにプレイしておけば、もっと素直に感動できたのになぁ…。

大人になってから良さが分かるものがあるように、10代の頃にやっておいた方がいいこともある。
この『久遠の絆』もそのひとつだったように思います。

2010年11月28日


戻る  総合トップへ