山名利三郎さん
菴田さんを訪問したその足で、今度は我孫子に住んでおられた山名さんを尋ねました。
菴田さんはフレーム栽培から温室栽培に切り替えておられましたが、山名さんは社員住宅風のお宅のお庭に標準型のフレームを何本か並べて栽培しておられました。
もう夕方が近づいて、当時の加温設備のないフレームではそろそろ開けるのは控えるべき時間だったのですが、急に訪問した若造のためにわざわざ全てのフレームの蓋を開けて中のサボテンを見せて下さいました。
フレームの中は見事なほど、全部ギムノでした。
せっかく全ての写真撮影までさせて下さったのに、なんとカメラの焦点距離設定を間違えた仙太郎は全てピンぼけ写真を撮ってしまいました。
フレームの中はお宝で一杯でしたから、かえすがえすも残念でならず、いつかもう一度と思っていましたが、学校を卒業して就職で関東に移り住んだ仙太郎は、その後一度も山名さんを再訪することは叶いませんでした。
写真 1
見事なほどにギムノです。
手前は多花玉、天平丸、光琳玉などの強刺系のギムノ、奥に海王丸や天王丸、蛇竜丸などのツヤ肌系のギムノが並んでいます。
海王丸と天王丸は非常に良いタイプが揃っていました。
・・・と言ったって、ピンぼけじゃあ良くわかんないよねm(_
_;m)ごカンベンを
底が湿度のある土間になっているフレームだったせいか、どのギムノも肌が健康的で実に美しく育っていました。
写真2
強刺系ギムノのフレームです。
手前の大きい天平丸は今では最も貴重になってしまった輸入球のマジョール。
その左と、左中央あたりの肌が白黒写真では白っぽく、疣がやたらに飛び出しているサボテンが典型的な戦前タイプのいわゆる花が咲かない多花玉で、現在では殆ど見ることが出来なくなりました。
山名さんは特に多花玉系がお好きだったようで、色々なタイプの多花玉がフレームのあちこちに点在していました。
中央にある天平丸はどう見ても伊丹さんが栽培しておられたハーゲ商会輸入の天平丸のカキ仔と殆ど同じもので、もしかすると同じルートのものなのだろうかと思ったものです。
写真3
新天地は好きなんだけど、大きくなるのでフレーム栽培ではねえ・・・と、現在の仙太郎と同じ悩みを持っておられたようですが、それでも数本の新天地系のギムノが置かれていました。
少数精鋭ですからそこはもう、特にタイプが良いものだけが選ばれて置いてありました。
新天地の左上に当時も仙太郎の羨望の的、津田宗直氏の豪刺紅蛇丸の本物のカキ仔が鎮座していました。
当時もヨダレ垂らして見ていたものなんですなあf(^-^;)
写真4
津田宗直氏の豪刺紅蛇丸
仙太郎は過去に水巻さんと伊丹さんの元でこのカキ仔を見てきましたが、これがこれまで見て来た中では最も美しく育っている豪刺紅蛇丸でした。
とにかく大変興味を示している仙太郎の姿を見て、わざわざフレームから取り出して、フレームの蓋の上に載せて撮影させて下さいました。
なぜかこの写真だけピントが合っているのは今でも不思議な気がします。
その上、サボテン栽培名人でもない当時の若造仙太郎相手に、仔を吹いたらあげるねと言われて驚喜したものですが、まさか黄泉の国に旅立たれた後もその約束を守って下さるとは、その時は想像だにしませんでした。
(ホームページの表紙写真の下隅に載っているのが山名さんが黄泉の国からプレゼントして下さった豪刺紅蛇丸のカキ仔です)
山名さん、本当にありがとう。