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南タイー中間貿易ルートへの旅(07年7月8日〜11日)

「室利仏逝」論でマレー半島横断ルートの第1ルート(タクアパからバンドン湾)と第2ルート(ケダからソンクラ・パタニ・ケランタン)について既に論じたが、その中間地帯のルートも存在する。

ただし、そのルートは漢籍にはあまり現れないが、隋の赤土国(私はこれは第2ルートだと考える)以前から存在したルートがある。

それは婆達などという国名で現れる。婆達とはパタニ(Patani)パッタルン(Phattalung)の可能性がある。頭に闍婆がついていても関係ない。闍婆とはマレー半島以南を指す言葉であった(法顕の耶馬提は明らかにマレー半島).

狼牙須(ランカスカ)はパタニであるという説が諸蕃志(1225年)以降でているが、『隋書』で常駿が見た「高い山」はパタニには存在しない。むしろナコン・シ・タマラートの背後にあるルアン山(1825m)のことであろう。タイ人はほぼ100%がランカスカ=パタニ説である。

パッタルンはマレー半島東岸に位置し、ソンクラ湖を渡るとシャム湾に出られる。西岸にはクラビ(Krabi)、トラン(Trang)、クロン・トム(Khlong Tom)といった古い港町がある。クラビ市には2004年末の大津波で有名になったピピ島行きの船着場がある。ただし、パッタルンが繁栄したのは三仏斉時代(960年〜1178年)に入ってサティン・プラ(Sathing Phra)が対中国向けの港としてクローズ・アップされて以降のことかもしれない。

それを考えると、より古くからある港湾都市のパタニが婆達であった可能性が大きい。

また、クロン・トムはワット・クロン・トムという大きな寺があり、そこは古代のビーズ玉のコレクションで有名な博物館があることで知られた街である。町そのものはかなり小さい。

私は今回7月7日(土)に成田を発って台北経由、バンコクにいった。中華航空は途中台北に立ち寄ってくれるので途中で休憩(1時間強)できるので助かる。

バンコクはかの有名な新国際空港スバンナプーム空港に午後4時(成田発9時30分)に到着する。前のドン・ムアン空港より多少バンコク市内との距離が離れているがたいした差はない。

パブリック・タクシーなる表示のあるところに行き、行き先を告げるとカードに料金を記入してくれる。シーロム通りまで450B(バーツ≒1,800円)であった。ここ1年で1バーツが3円から4円に値上がりしている。ちなみに私が駐在していた1990年頃は1バーツが約5円であった。

ハイウエイの料金60バーツを別にとられた。

バンコク市内に入る頃、猛然と雨が降ってきた。今は雨季の真っ盛りなのである。この雨には今回しばしばたたられた。

バンコクのホテルは最近旅行客が増えてもいないのにやけに値上がりしているらしい。タイ駐在の知人に最初の日のホテルの予約を頼んでおいたが、私の懐具合を察してか、シーロム通りの近くのxxゲスト・ハウスというのを1,100バーツで予約してくれていた。

大体、ゲスト・ハウスとかロッジなどと名前が付いているところはあまり高級感はないとは知っていたが、部屋には冷蔵庫もなく、シャワーは付いているがバス・タブなどはなく、蚊が1匹私を待ち構えていた。冷たい水が飲みたかったので、近くのコンビにまでいって買ってきた。

最初にこういうところに泊るとかなり気分が滅入るものである。ともかく、早々に失礼して翌朝は国内線のある懐かしのドン・ムアン空港に向かいスラタニ行きの切符を買う(タイ国際航空便で1,870B)。9時半発の国内便に2時間以上も前に空港に駆けつける。しかし、それは正解であった。なんとスラタニ行きは満席だったのである。

1時間ほどでスラタニに到着し、バスでチャイヤに行こうとしたらバスはスラタニ市内行きしかなく、やむを得ずタクシーに乗る。チャイヤーまで30Km強だが500B払えという。大体1Km=10B見当だからやや吹っかけられた感じであった。結局400Bに負けさせてタクシーでチャイヤに向かった。

ところが、途中から雨が降り出し。タクシーに乗ったのは正解であった。チャイヤーでは前回見られなかったワット・ケオなど古い寺院を見て回れたのもタクシーのおかげであった。


上の写真はワット・ケオのものです。この寺院の基壇のしたにはさらに古い寺院の基壇があるということです。
下の写真左がミニ・バス停前の果物売りの店、右がチャイヤの町並みです。かなりうらぶれた感じですが結構活気もあります。



7月8日はスラタニのワン・タイ・ホテルに泊る。このホテルには前回(05年)にも泊ったが、きわめて感じの良いホテルでバス・タブもついていて朝食つきで790バーツであった。

7月9日(月)はハジャイ行きのミニ・バスでパッタルンまで行く(250B)。9時少し前に出発し、パッタルンまで3時間かかった。途中の国道41号線はよく整備されていた。

例によって、モーター・サイ(2輪タクシー)で国道からパッタルン市内中心部に行き、町を見物してから、トラン行きのエアコン・バスに乗る。

モター・サイでは右手に小形トランク(キャスター付き重量14Kg)をぶら下げ、左手で座席のヘリをつかみ運転手にパイ・チャーチャー・ノーイ(少しゆっくり行ってくれ)などと話しかけながら乗る。体力と腕力が要る仕事である。4輪タクシーなどどこにもないから仕方がない。

パッタルンにも有名な古寺(Wat Wan)があるがそこは見ずじまいであった。バンコクの国立博物館に航空写真が展示されている。ともかく古い町並みで、しかも整然としている。南はハジャイ、西はトラン、北はスラタニ、ナコン・シ・タマラートとつながる交通の要衝であるが、この周辺の経済活動自体がゴム林やパーム椰子の農園に囲まれた農村地帯なのでいまいち活気がない感じがした。

パッタルンからトランはエアコン・バスが通っている。料金は50B以下である(正確には覚えていない)。距離も57Km程度であり1時間ほどで着いてしまった。途中緩やかな勾配の峠があるが右手は断崖、左手は谷であり、自然保護区に指定されている。

この街道が古代の通商路に選ばれたのは、ちょうど山と山の間の低い谷間だったからに相違ない。ただし、タクアパースラタニ間よりもよほど緩やかな峠で、森もさほど深くない。もしかすると油送管くらいは通せるかもしれない。トランからタクアパ経由、シャム湾まで100Kmそこそこである。

トランの町に入ると町の真ん中で下ろされた。たまたま覚えていたホテルの名前がトラン・プラザ・ホテルという名前だったので、小形トラックの乗り合いタクシーで連れて行ってもらう。料金は30Bであった。

町の商店街から1Kmほどのところにある堂々たる構えのホテルであるが、やけに人影がまばらである、1泊いくらかと利いたら、なんと朝飯つきで600B(2,400円)だという。部屋は10階の広々とした明るい部屋でバス・タブこそなかったが冷房、冷蔵庫、テレビ付きの明るい感じの良いホテルであった。受付の中年の女性も英語が達者で親切に何でも教えてくれた。ただし、レストランは薄暗い感じだったので食事は外に出かけて済ませた。街角のレストラン(屋台風)ならカオ・パット・クン(エビチャーハン)が25〜30Bである。しかも味はどこで食べても当たり外れはない。

このホテルにはTOT(タイ電話公社)の緑と黄色に塗り分けた公衆電話がロビーの片隅に備え付けられており、ためしに10Bコインを入れ東京に電話して見ると「007-81-3-xxxx-xxxx」で見事に女房の寝ぼけ声が聞こえてきた。1分間9B(≒36円)であった。国際電話はカード式のものもあるが最低300Bのカードを買い、しかもそれ専用の電話機を見つけなければならない。もちろん緊急のときはホテルのオペレーター経由でかけられるがあっというもに1000円以上取られることは珍しくない。ちなみに、バンコクでも緑と黄色の公衆電話で東京にかけてみたら3台に1台くらいはかけられた。故障がやたらに多いのである。

トランの町そのものはさほど大きくないが古い商業都市の雰囲気は残されている。ワット・タンティヤーピロムという古い寺が有名である。そこに行くといったらホテルのボーイが時間があるからといって行きだけオートバイでタダで連れて行ってくれた(もちろん多少のチップは差し上げたが)。ボリカン・ディー(サービスが良い)である。


7月10日(火)トランからエアコン・バスでクラビに行く。途中内陸の都市(Huai Yot)を経由し、クロン・トム(Khlong Thom)を通り、クラビ市まで130Kmほどである。途中停まるので2時間半以上かかった。バス料金は113Bであった。

クラビはバンコクから飛行機が毎日数便出ているので便利である。トランやスラタニだと午前と午後1便くらいしかない。
クラビのバス停は町(シティといえば通じる)まで5Kmも離れているが、トラック型の乗り合いバスでシティまで40Bである。そこから、目的のホテルまで行く。

私はクラビははじめてなので、つい「XX歩き方」が勧めている「XXロッジ」に行ってしまった。これはとんでもない失敗であった。大体町のモーター・サイの運転手が場所を知らない。ようやく、ベテランの運転手が場所を知っているというので、例によって右手に14Kgの荷物をぶら下げて連れて行ってもらう。着いたところはなんと街中の大通りに面した「中国式旅籠(東南アジアにどこでもある)」であった。

案内書には良いことが並べてあるので、とりあえずここに泊ってみようと。受付の女主人に聞いたら流暢な英語で800Bで朝飯なしだという。やけに高いなと思ったがが、バス・タブもあるし、静かな部屋だからという口車に乗せられて前金1,600B(2泊分)払ってしまった。

部屋は一応きれいでエアコン・冷蔵庫はあったが、肝心のバス・タブはない。カーテンを開けたら路地裏の汚い光景が目の前に現れる。静かどころか近くに朝市があり、2時頃からトラックの出入りでうるさい。余りに話しが違うので、翌朝1泊だけで他を探すことにした。1泊だけでチェックアウトするといったら女主人は逆上して、800Bは本来返せないなどと言い出した。勝手にしろと思って800Bはあきらめて出て行こうとしたら確かにバス・タブはなかったなどといってしぶしぶ800B返してくれた。とんでもない宿であった。

ここでまたモーターサイの運転手に「大きなホテル」はどこかないかと聞いたら、近くにブーン・サイアム(Boon Siam)ホテルがあるというので、そこに連れて行ってもらう。古いが立派なホテルで1泊朝飯付き700Bだという。今度は念のため部屋を見せてもらってから決めた。バス・タブはなかったが、部屋は広く、清潔で感じで、窓からの景色で街も見渡せまずまずであった。「XX歩き方」もこちらのほうがお勧めだということを知らなかったのだろうか?およそ「ホテルとしての格が違う」のだ。ただし、街中(シティ)までは徒歩で5分ほどかかった。

このホテルに変わってから落ち着いてクラビの町を散歩してみると、きわめて整然とした良い町であることが分かる。スラタニのようなゴチャゴチャした場所はほとんどない。店も概してキレイである(タイ語のキレイは汚いという意味だから要注意)。インターネット・カフェも数軒あり、値段もまあまあである(30分で25〜40B)。近くの床屋が暇そうにしていたので入ってみた。70Bでキレイに散髪してくれた。

思い立ってクロン・トムの博物館に行って見ようと、モーターサイの運転手に5Kmはなれたバス停まで連れて行ってくれといったら、シティの真ん中にあるミニ・バスの停留所で下ろされてしまった。切符売り場があってクロン・トムに行きたいといったら、「あちらのバスだ」といって指差す。行って見たら私以外乗客はいない。クロン・トムまで行くかといったら「出発まで30分待て」という。料金はなんと40Bであった。距離は30Km強ある。

いざ出発してみると途中で中年の女性が一人乗りこんできただけで、クロン・トムの近くまで2人しか乗客はいなかった。これではガソリン代も出ないだろうと、とこちらも気が気でない。ようやく、クロン・トムの町の近くで4〜5人乗客があった。

目指すはワット(寺)・クロン・トムでありその寺は町外れ500メートルほどの国道4号線の左側(クラビからトランに向かって)ところにあり、そこまでバスは連れて行ってくれた。このミニ・バスはトラン行きのようであった。

ところが、クロン・トム寺にはいって愕然としたのは長さ30メートルほどの薄汚い倉庫みたいなものが「博物館」なのであった。もっと参ったのはその博物館が「水曜日」が休館なのである。タイでは国立博物館は休みは「月曜日」と相場が決まっているものだとばかり思っていた。その博物館はビーズのネックレスのほかにガラスやメノウを切削した半製品があることで有名であり、古代インド人が原石をインドから持ち込み、この地の「安い人件費」を使って完成品に仕上げ、各地に販売していた証拠が残されているのである。2000年近く前からインド人はこの地を「製品の加工基地」として利用していたのだ。


結果的にはまさに骨折り損のくたびれもうけに終わってしまった。しかし、この「博物館」が水曜日が休館などというのは誰に分かるであろうか?例のXXロッジの女主人は1,200バーツかけてタクシーで往復して見に行けなどといっていた。とんでもないマダムである。

帰りは、クロン・トムの町まで歩いて、そこのバス停でバスを捕まえてクラビに帰ろうと思って100mほど歩いていると、後ろでクラクションの音がする。振り帰るとと乗り合いトラック・バスである。相乗りの客が5人ほどいて、クラビに帰りたいといったら、このバスはクラビ行きだという。

小一時間ほどバスに揺られてクラビのシティに帰り、運転手に100B差し出したら、なんと65Bもおつりをくれた。往復75B(300円)の結構なドライブであったが、これは仏様がもう一度クロン・トムに来なさいというお指図を下さったと思って、あきらめて豚のごとく熟睡することにした。ブーン・サイアム・ホテルは1階のレストランが夜は「夜総会(ナイト・クラブ)」か「カラオケ」に変身するらしく夜中過ぎまで音楽と歌声が聞こえたが、少しも気にならず熟睡してしまった。




7月12日の午前のフライトでバンコクに帰る。料金は1,840Bであった(タイ国際航空)。空港までのタクシー料金(ホテルで予約)は350Bであった。ところがこの飛行機はスバンナプーム国際空港行きであった。今度はバスでバンコク市内にいてみようと思いバス・ターミナルに行くと行き先が10箇所近く書いてあり、ミニ・バスで運行している。これが問題で、市内の適当なところで降ろしてもらえると思っていたら、バンコク市内の数箇所のバス・ターミナル行きなのである。そこから改めてタクシーに乗って最終目的地まで行かなければならない。ミニ・バスの料金は50Bだが、またタkシーを拾ったりする手間を考えれば、初めての人はPublic Taxiを最初から使ったほう無難である。バンコク市内を走っている高架鉄道が国際空港に乗り入れるのには後2年はかかるといわれている。

12日から16日までバンコクのホテルに4泊したが、これはネーションやバンコク・ポストの広告から適当に選んで契約して、日本からバウチャーのコピーを持っていった。1泊2,500バーツほどのホテルであったが、全く申し分なかった。普通の社会人は2,000B前後から上のホテルを予約していったほうが無難である。高架鉄道と地下鉄の路線図を参照し、そこの駅から近いところに泊ったほうが、後が楽である。バンコク市内の交通渋滞は相変わらずヒドイのでタクシーの利用は考え物である。

バンコクの政治情勢はタクシン派の動きが活発だなどと一部の新聞に書かれているが、そんな雰囲気はミジンも感じられなかった。タクシンのことなど皆さん忘れてしまったかの如しであり、友人のタイ人も以前はタクシン批判をしていたが、憲法改正後の選挙のほうに関心が行ってしまっているようであった。経済に対する先行きの悲観論も余り聞かれなかった。もともとタイ人は楽観的な人が多いのだが。