時事評論

2015-10-9 インドネシア;バンドン―ジャカルタ高速鉄道
私は2002年に『東南アジアの経済と歴史』という本を日本経済評論社から出した。アジア経済学者の多くはこれに反発したという。なぜなら当時日本で主流であった(今でも)「開発独裁」を批判したからである。これは日本人のアジア認識を間違わせる大きな原因である。開発独裁を容認することは日本人のアジア理解をゆがめてきた。

フィリピンやインドネシアがなぜ現在立ち遅れた状態にあるかといえば政治指導者が「国民の利益」を口にしながらも実施は「個人の利益」を優先してきたことの結果である。そのために汚職が下々まで蔓延して「汚職はインドネシアの文化」であるなどとインドネシア人自身が言い出す始末である。「汚職慣行」は植民地時代の「オランダ人」から引き継いだものであるという。それならば独立して66年もたった現在までなぜ汚職が克服できなかったのか。

スカルノ大統領の娘のメガワティ女史が「闘争民主党」などという大げさな名前の政党を率いて大統領になったとこは大いに期待したが、全くの期待外れに終わった。ジョコウィ(Jokowi)政権は汚職退治を公約の第1に掲げて政権に就いたが、今回の「ジャカルタ―バンドン高速鉄道プロジェクト」でさっそく馬脚を現してしまった。日本がFS段階から協力していたが、あとから中国がが乗り込んできて、「高い金額」でオファーしてきた。日本の価格よりも13兆ルピアも高い価格(報道によると53億ドル対55億ドルでその差は2億ドル約240億円)だったという。これは関係者で「山分けする」汚職の原資になる。インドネシア政府部内でもモメたらしいが、Jokowiとしては一旦「高速鉄道」を止めにして在来線の高速化で対応しようとし、「白紙撤回」を正式に宣言した。

一方で「汚職退治」をやりながら、別なところで自分たちの「汚職のネタ」を確保していると疑われても仕方がないであろう。

ところが、その舌の根も乾かぬうちに、実は中国と裏で「話が出来上がっていた」のである。中国案を一方的に採用した。中国案はインドネシア政府の国家予算は使わず、借入の政府保証を求めないというものであった。それも2018年には完成させるという。しかもあきれたことに工事費は日本案よりも1100億円も高いのである。この金額の差はただ事ではない。関係者の間で分配されることは間違いない。これでは今までの政権と何ら変わるところはない。

インドネシア政府の言い分は「中国案」は国家予算を使わない「B-B(ビジネス同士)」の取引だという。インドネシアの補償を求める日本案に対して有利なのだという。しかし、これは詭弁である。インドネシアの国営企業が出資するのである。万一の場合は国営企業が赤字を補てんする。これはインドネシアの政府保証と同じである。

政府高官がこんなことをやっていたのではインドネシアの国民経済は前に進みようがない。

最近マレーシアでもおかしなことが起こっている。ナジブ首相の肝いりで作られた政府金融機関が大穴を開けたという。しかも大金がナジブ首相の懐に流れたのではないかと取りざたされている。それを批判した政治家や弁護士がブタ箱に入れられている。(続く)