タクシンの言論弾圧 (目次に戻る)
4.ファー・イースタン・エコノミック・レヴュー(FEER)事件(タイ)(02年3月5日掲載、3月7日追加)
タイではFEER(Far Eastern Economic Review)という香港ベース(ダウ・ジョンウズ所有)の有名なアジア専門の週刊誌の1月10日号を発売禁止にすると同時に、駐在の記者2名(Rodney Tasker イギリス人とShawn Crispin アメリカ人)を国外追放処分にし、香港の二人の論説記者もブラック・リストにのせる(入国禁止)と発表して、国際的な大問題にまで発展した。
記事の内容は日本の新聞(2月26日号の日経や毎日など)にも報じられていたのでご存知の方も多いと思うが、昨年末プミポン国王が誕生日のスピーチの中で「タイが最近おかしくなっている」とか「傲慢さ、無原則、エゴイズム」という表現で暗にタクシン批判をおこなったのである。これはまったく前例がないといってよいくらいの異例のことである。
このことをFEERは短い論説で紹介したまではよかっただが、タクシンが国王一家の内部問題にまで干渉した疑いがあるということに国王が苛立ちを示したということを書いてしまった。また、皇太子の関与しているビジネスにタクシンは関係しているということも付け加えた。
タクシンは日ごろ24時間体制でテレビ、ラジオはもちろんのこと新聞雑誌を監視するといういかにも警察官僚出身らしい体制をとっており、3月2日号のイギリスの経済雑誌「エコノミスト」も発売11時間後につかまってタイ国内で発売禁止処分を受けている。
タイ政府の言い分(警察)としては「ナショナル・セキュリティーにかかわる記事」を書いたとしてFEERの記者は追及されたのである。
もともとタイは王室にかかわることを記事にするのは法律の規制もあって、書くのが難しいところであるが、皇太子の名前まで出てきたので国王も怒ったというのが、タイの軍・警察筋の言い分のようである。
保守派の政治家や学者の一部にもFEER記者追放やむなしという意見もあったようだが、タイの新聞(ネーションとバンコク・ポストしか私は読んでいないが)はFEER記者追放はタイの言論の自由に対する弾圧であるとして激しく反発した。
アメリカのニュー・ヨーク・タイムズやワシントン・ポストでもこの事件は報じられ、米国国務省も追放を批判した。これに対しタクシンはこれは「国家主権にかかわる問題であり、外国の干渉は受け付けない」と激しい調子で反発した。
記事の内容を見る限りは「国家の安全を脅かす」ものとは到底考えられず、タイの何人かの上院議員も国王を批判したものではないとし、ジェルムサク上院議員は「この記事はタクシンを直接批判したものであって、国王批判ではない」と述べている。(3月1日AP電、シンガポールのストレート・タイムズ)
これは大筋としてはタクシンの言論弾圧の一環と考えられるが、FEERは皇太子のビジネスの話までしたのは少しまずかったという感じはする。というのはプミポン国王の後継者はワチラロンコン皇太子ということになっているが余り国民に評判が良くないという説がある(これはタイ国内では書けないが)。
そのためシリントン王女が独身のままでいるというのである(タイでは王女は結婚すると王位継承権がなくなる)。実態はうかがい知れないがこういう風評を誰よりも気にしているのは国王ご夫妻であろう。
したがって、あまり皇太子のビジネスのことなどは書かれたくないということかもしれない。
タクシンは国王が最近病気で入院したに対し、一般国民と同じ医療カード(保険証的なもの)を渡し、国民の反発をかっている。タクシン自身の支持率も低下傾向にあり、世論調査をやっている大学の機関に最近警察が「ご機嫌伺いに」行ったということで物議をかもしている。タイも急におかしくなってきたものである。
タクシンは今回の記事を最大限に利用しようとたことは間違いなく、「国の安全(National Security)に反するというより、タクシン自身の安全」に反したということだろうと現地の新聞は皮肉っている。
3月3日に補欠選挙がおこなわれたが、タクシンの率いるタイ愛国党は14人の候補を立てたが4人しか当選しなかったという選挙速報が出ている。もしそうだとすればタイの国民自身が今回の事件に判定をくだしたことになるであろう。
FEERはタイの国会議長あてに、詫び状を3月4日に送って、事態の収拾を図ろうとしている。タイ人の一般的常識では「この辺で・・・」ということになるが、タクシンの性格からいって、まだひともめするかも知れない。
追放取り消し決定;3月7日付けのニュー・ヨーク・タイムズによればタイ政府はFEERの二人のビザ取り消し処分を撤回した。当然のことながら喜ばしいことである。
ところが話はそれに終わらずタクシンはメディアに対するいやがらせの手を緩めず、今度はマネー・ロンダリング「不正資金の洗浄」という容疑を勝手につけ、目をつけているジャーナリストたちの預金口座を調査したりし始めたとのこと。
また、軍(チャワリット副首相の影響下にある)が電波の配給権を持っていることから、ネーション紙グループの放送部門に圧力をかけ「タクシンに批判的な政治評論家とのインタビュー」番組を放送をさせないようにしたとのこと。タクシンの独裁政治家としての本領が徐々に発揮されてきたようだ。
現地駐在の日本人も要警戒である。(3月7日追加)