鉄鋼評論 (目次に戻る)
9.アルセロール・ミッタル価格カルテルで2億7650万ユーロの罰金(2010−7−8)
8.中国の2010年の鉄鋼需要は5%減る?(09年10月13日)
7.アルセロール・ミッタル09年2Qは赤字転落(09年7月29日)
6アルセロール・ミッタル本社を労働者が襲撃(09年5月13日)
5.アルセロール・ミッタル赤字転落で30億ドルの増資(09年4月30日)
4.NHK, BSスペシャル、「鉄鋼王 ミッタル」を見て(07年7月1日)
3 NHKスペシャル、「敵対的合併を防げ、新日鉄トップの決断」(07年5月10日)
2 ミタル(Mittal Steel) とアルセロール(Arcelor)との合併について(06年6月30日)
1. 「鋼材不足で日産の工場停止」の記事に思う(04年11月25日)
04年11月25日付けの日本経済新聞の1面に「日産、3工場で操業停止」という記事が出ていた。私はついにくるべきものが来たという「感慨」をもってこの記事を読んだ。
こうなることは、いわば「ゴーン旋風」の当然の帰結である。
ゴーンは「日産再建」のためにやってきて、歴史に残る大成功をおさめ、「名経営者の誉れ」が高い人物である。彼は思い切った合理化を次々おこない、われわれ気の弱い日本人を驚かせた。
その彼の手法の一つが「資材の調達先を絞り込んで、価格を下げさせる」ことにあった。部品メーカーはゴーンのおかげで、長年の取引先の日産から追放の憂き目にあったところが少なくなかった。
ゴーンのやり口は金儲けの3原則の「3カク」戦法であった。すなわち、義理を欠く、人情を欠く、恥をかくであった。このうち「恥をかく」はなかったが、前の2つはいかんなく実行された。
結果を見ると、ゴーンの大勝利であった。世間はゴーンを誉めそやし、数々の「経営者賞」を彼はもらい、新時代の寵児としてもてはやされた。
鉄鋼業界もゴーンにしてやられた。新日鉄は最大の納入シェアと引き換えに、ゴーンの大幅値引き要求を呑んだ。ついていけない鉄鋼メーカーは長年の納入実績を無視され、撤退のやむなきにいたった。
80年代のバブル崩壊後、過当競争の繰り返しで、世界一の設備と技術を誇る日本の高炉メーカーもリストラによる人員削減や企業収益の悪化で崩壊寸前にまで追い込まれた。
なぜ、過当競争が行われたかといえば、これは愚かしい経済学者の妄言に、それ以上愚かしい一部の経営者がだまされて、「競争こそ善なり」というあやしげな「哲学」を妄信したからである。
この日産への鉄鋼価格の引き下げは、たちどころに全産業に普及してしまった。
その結果どうなったかといえば、業績不振が長年続き、株価は額面を下回るところも出てきた。まさに自業自得である。鋼材価格の引き下げに成功したゴーンの目には、鉄鋼経営者が愚かに見えて仕方がなかったであろうが、同情はしなかった。
こういう状態に耐え切れなくなって、鉄鋼業界は集約合併に追い込まれた。NKKと川崎製鉄はJFEホールディングスに集約され、新日鉄の傘下に住友金属工業と神戸製鋼が入ってしまった。
こうなると、高炉メーカーは事実上2社体制に集約され、価格の交渉力が格段に強化された。こういう事態は日本の国民経済全体にとって好ましいものとは限らない。しかし、ゴーンが乱暴の行動にでた結果としてこうなることは事前に十分、予見できた。
私は高梨昌先生の主催する「現代経済研究会」の末席に参加させていただいた際にこの辺の問題点を報告した。その報告をエイデル研究所から刊行された「日本産業再構築の戦略」という書物の中の1篇に加えていただいた。
「第1章 21世紀に向けての日本鉄鋼業」という拙い論文である。書物が出版されたのは2003年10月であるが、原稿はその1年以上前に書き上げたものである。その一部を引用させてもらうと、以下の通りである。
『しかし、そこまで鉄鋼業界を追い込むだけのメリットは需要産業(特に自動車、電機)側には本来無いはずである。もし、需要業界が現状(注ー鉄鋼業界のコスト無視の過当競争体質)をよしとするならば鉄鋼業界の「返し技=ゴーンすかし(?)」を数年後には食らう可能性があるであろう。すなわち鉄鋼側の価格回復の要求を自動車メーカー側は呑まざるをえないであろう。2002年の6月から大手鉄鋼メーカーは重い腰を上げて、自動車向け鋼板の値上げ交渉にようやく踏み切ったが、自動車メーカーは逆にコスト引き下げ(さらなる値引き)を考えており、鉄鋼側が不退転の決意で望まない限り大きな前進は望めないであろう。』(P76〜77)
今回の鉄不足は中国経済の過熱現象からくる一時的なものであるという見方も可能であろう。しかし、そうは行かない。鉄鋼業界は自在に価格を操れる「武器」を手に入れてしまったのである。
日本の鉄鋼業界以外からいつでも自動車用の鋼板は手に入るなどというのは「俗論」である。韓国の自動車メーカーですら、膨大な冷延鋼板を日本から輸入しているのである。
ゴーン革命は当然といえば当然といえる結果を招いた。もし鉄鋼業界にゴーンがいたら、もっと激しい「ご恩返し」を行っていたに相違ない。まだ、日本人の経営者はマイルドである。
(04年11月28日追記)
日本経済新聞などを読むと、日産はかなりあわてふためいて、韓国のPOSCOに泣きついたり、ヨーロッパのアルセロールに急遽、供給を要請したりしているようである。
ひどい記事になると中国の宝山製鉄所からいずれ供給を受ける自動車会社もあるらしい。結論からいうと、ずべてだめである。POSCO が乗用車の外装材や造船の特殊加工用鋼板の供給が可能ならとっくの昔にやっている。
宝山云々にいたっては論外の沙汰である。アルセロールのほうがまだましだが、これとて日本の技術におんぶしてやっとこさつじつまを合わせているというのが現状である。 それにいうまでもなく欧州のミルは小型かつ老朽したものが多く、アメリカ同様原料立地であり、コストが高い。
その企業の生産トン数が何千万トンだから自動車用高級鋼板の供給が可能であるというような議論はお粗末極まりない俗論である。そういう記事でも日本の読者をダマシ続けられるからいいようなものだが、同時に記者の無知を告白しているようなものだ。
鉄鋼連盟の資料室(茅場町の鉄鋼会館も2階)にいけば私の愚著も含めておびただしい資料がある。
2 ミタル(Mittal Steel) とアルセロール(Arcelor)との合併について(06年6月30日)
06年のはじめから話題になっていた世界最大の粗鋼生産規模をもつミタル(Mittal)スチール社が世界第2位のアルセロール(Arcelor)への敵対的な買収について、ついにアルセロール側が折れ、ミタルの資本を受け入れることに合意した。
ただし、ミタルがもつアルセロールの株式は43.6%でその後の上限は45%とするようである。3年後にはミタルが経営のトップのポストを獲得する。
ミタルはオランダに本社を置くがインド人資本の会社であり、05年の傘下企業の粗鋼生産は約6,300万トンと新日鉄の3,200万トンの2倍の規模である。
アルセロールはルクセンブルグに本社を置くヨーロッパ企業であり、05年の粗鋼生産は4,700万トンであるから、この両社の「合併」によって1億1000万トンという世界の10億トンの粗鋼生産の1割を占める巨大鉄鋼会社が成立することになる。
誠にご同慶の至りである。この巨大鉄鋼会社の成立によって世界の鉄鋼業界あるいは日本の鉄鋼業界にどのような影響があるであろうか?日本の新聞の論調では世界の鉄鋼市場でかなりの「圧力」を受けることと、「次は日本の鉄鋼会社が狙われる(?)」などという議論が多いようである。
しかし、日本の鉄鋼会社にとっては願ってもない「シアワセ」な事態が起こりつつあるわけで、新日鉄やJFEといった大手鉄鋼会社の株価がこのところ上げ基調に転じている。
今回の合併劇に先立つミタルの急成長とアルセロールの成立についていえば、両方ともいわば「ダメ企業群」の一大トラスとであるという見方ができよう。トラストとは資本集約である。
採算の良くない企業が経営権を集約して、一大企業に編成をしなおし、市場競争に立ち向かうというものである。こういう言葉自体最近の日本の大学ではほとんど教えられていない。
最近、ある米国の一流経済紙の編集スタッフが「カルテル」という言葉を知らないのに驚かされた。こういう新聞記者が鉄鋼業の分析をきちんとして正しい記事を書くなどということはほとんど期待できないであろう。
つい最近まで、世界の粗鋼生産の規模は7〜8億トンでかなり長期的に安定(低迷)していた。その中で、世界一の生産規模を誇っていたのは、第2次大戦後では米国であり、ついでソ連であった。西ドイツや日本は戦後急成長を遂げ、世界のトップ・レベルの鉄鋼生産国にのし上がった。
その中でも、日本は臨海製鉄所の建設と最新技術(転炉、連続鋳造、大型ホット・ストリップ・ミル、連続焼鈍設備、電気亜鉛メッキ鋼板などの数え切れぬ技術革新の集積)の開発によって、世界鉄鋼業のリーダーの位置を1970年代から維持し続けている。
しかし、鉄鋼先進国である米国や欧州の鉄鋼業は一部の例外を除いて、これらの技術革新に乗り遅れ、衰退の一途をたどってきたのである。特に米国の大手製鉄会社はひどかった。
今回、改めてミタルが2005年4月に買収した米国のインターナショナル・グループ(ISG)の中身を見ると、かって世界一だなどといわれた(今でも米国ではそう信じている人が少なくない) 旧ベスレヘム・スチール社のスパローズ・ポイント製鉄所などが入っている。
また、同じくバーンズ・ハーバー製鉄所や、旧インランド・スチール社のインディアナ・ハーバー製鉄所など一昔前は「世界に冠たる一流製鉄所」が入っている。
(ISGの出発点はLTVスチールが2002年チャプター11入りしたのち、投資会社W.I.Ross社が3億3千万ドルで買収してできた、その後、2003年5月にベスレヘム・スチールを買収するなど、同種の高炉会社を次々買収して規模を拡大したが、おそらく投資としてはうまくいかなかったものと推測される)
これらの米国の元大製鉄所は現在では残念ながら、国際競争力を失ってしまった。おまけに、潜在的な年金負担の大きさを考えれば、将来的にも「企業」としては全く魅力のないものになってし合った。
しかし、ミタルはこのISGグループ企業を傘下におさめることによって、「念願」の薄板分野に本格的に進出することができた。もちろん、このグループは自動車用鋼板も生産してきたが、いまや、日本の高炉メーカーが製造するような高級自動車用鋼板の生産は技術的にも設備的にもできない。
ミタルはもともと1976年にインドネシアのスラバヤで鉄筋棒鋼の単圧メーカー(電炉などの上工程をもたない)として、イスパット・インド(Ispat Indo)なる会社としてスタートしたのである。そういっては語弊があるが「吹けば飛ぶような」小さな存在だったのである。
それが、わずか30年で世界一の生産規模を持つ大会社にまで成長したのである。ミタルの成長戦術は世界中で不況で苦しんでいるダメ企業を安い価格で次々買収しまくっていったのである。それも1995年以降に活発化したのであり、それまではほとんど 世間では知られいなかった。
工場所在地は東欧(ルーマニア、ポーランド、チェコ)から西欧、米国・カナダ、メキシコからカザフスタンにまで及んでいる。こういう広範囲に点在する企業をまとめて経営しているのだから、なかなかのものである。
しかし、その企業内容(設備など)は率直に言って、相当問題のある代物である。日本の高炉メーカーなどはとても食欲がわかない企業ばかりである。
それではなぜ、ミタルがここ数年で急成長を遂げたがといえば、それは世界の粗鋼規模(市場)が7〜8億トンから一挙に10億トンにまで拡大したためである。その原動力となったのは中国の急成長である。
中国での鉄鋼消費の拡大がきわめて大きなインパクトを与えた。それによって、安物の建材用鉄鋼製品(鉄筋棒鋼など)の市況が高水準で推移したのである。オンボロ会社はこういうときにはかえってえ巨額の利益が上げられる。
ミタルは鉄鋼業界においては思いがけず時代の寵児になった。 ミタルは日本の、あるいは世界の鉄鋼業界にとって「有難い存在」ナのである。それは世界の粗鋼生産の10%のシェアを有する大トラストとして「地球規模での市況対策」を行ってくれるからである。
ところが、ミタルの問題は薄板生産を得意とする米国の旧大手メーカーの集合体とも言うべきインターナショナル・スチール・グループ(ISG)の買収(2005年4月)によってミタルは薄板市場の世界に本格的に入ってしまった ことにある。
もともと国際競争力を失った米国の旧高炉大手には日本企業も80年代から巨額の資金をつぎ込み、何とか再生させようとしたが、ことごとく失敗し大やけどを負ったのである。
ISGは主に旧ベスレヘム・スチールとインランド・スチール社の主要工場で成り立っているが国際競争力のなさでは同じことである。
米国への投資で何とか格好を付けているのは,意外にも神戸製鋼が提携している旧USスチールのみといっても過言ではないであろう。これは神戸製鋼の先見の明というべきかもしれない。 新日鉄はインランド・スチールと比較的関係が深かった。
2005年に入ってからのミタルの課題は「薄板市場で勝負」しなければならなくなったことである。実際、中国でも最近の過大投資によって薄板が過剰生産になり、安値で米国や東南アジア市場に輸出をし始めた。その結果はミタル・グループの損益に直接影響した。
WSJは06年2月15日の記事でミタルの05年4Qの純利益は58%減少したと報じている。 また、WSJの06年5月13日の記事(インターネット版)にはミタルとアルセロールの利益が大幅に落ち込んでいるという記事が書かれている。
ミタルの06年1Qの利益は7億4300万ドルで前年同期の11億5千万ドルにくらべ、35%の減益になっているというのである。
ただし、売り上げは64億2千万ドルから84億3千万ドルに1年間で31%も増えている。これはISGグループの合併により売り上げ規模が拡大したものだが、同時期に中国からの薄板の安値輸出攻勢によって収益が悪化しているのである。
アルセロールも06年1Qは20%の減益となった(利益は9億4900万ユーロから7億6100万ユーロに減少)と報じられている。ただし、アルセロールは買収防御策として自社株買戻しを行い、そのために減益になった部分もあるといっている。
ミタルとしては薄板市場に参入したからには、高級自動車用鋼板の分野に食い込まなければならない。そこで注目したのはアルセロールである。しかし、アルセロールもフランス、スペイン、ベルギー、ドイツ(ブレーメン社)の「負け組み連合」という色彩はぬぐえない。
アルセロールは自動車用鋼板の世界シェアは15%あるという話である。しかし、自動車用鋼板といってもピンからキリまであるが最高級品は自力ではやれないのでもっぱら新日鉄に頼っているというのが現状である。
新日鉄は適当にお付き合いしているようだが、自動車用高級鋼板の中核技術がアルセロールに渡ってしまうと大変なことになることは十分認識していることであろう。
日産のゴーンはアルセロールに何とか新日鉄並みの自動車用高級鋼板を作らせたいと思っていることであろう(上の#23の記事参照)。
と言うのはゴーンが叩きのめしたはずの日本の高炉メーカーが新日鉄グループ(+住金+神戸製鋼)とJFEという事実上の2社体制になって、市場の支配権を奪還してしまい、逆に自動車メーカーに対して強い価格交渉権をもつにいたったからである。
アルセロールの株主にすればミタルが高い値段を付けてくれればこれほどありがたいことはない。アルセロールの株式をミタルがいくらで手に入れるのかは細部は必ずしも明らかではないが266億ユーロ(約3兆9000億円)と言われて 、当初のオファーよりも80%も高くなっている
アルセロールとしてはミタルが経営権を握るとナニをしでかすか分からないという不気味さを感じていることであろう。中核となっているフランス企業はまだしも、スペインやベルギーの工場は閉鎖されてしまう可能性もある。そうなると直ちに失業問題に直結する。
日本の高炉メーカーとしてはミタルが一大企業集団を形成したことによって棒鋼などの一般建材以外に薄板の市況y品(一般グレード)の市場価格の安定に貢献してくれることが何よりありがたい話しである。
ミタルが日本の高炉メーカーの買収に乗り出してくるのではないかという「オソレ」がないかということである。可能性は否定できないが、日本の企業の経営が難しいことはミタルの幹部もよく認識しているはずである。
もし、ミタルが日本の企業に狙いをつけるとすれば、国際的に見ても異常に低い評価を与えられてきた日本の鉄鋼株は高騰することは間違いない。アルセロールというボロ会社 集団(失礼?)にすら4兆円近い値段がついたのだから、日本の場合その数字は天文学的になるであろう。
それにしても、日本の高炉メーカーへの技術や設備やマンパワーに対する「市場の評価」とやらがこれまで低すぎた。それは、不勉強なマスメ・ディアにも責任があるかも知れないが、実は最大の責任者は鉄鋼企業の経営者自身であったということが言えよう。
また、ミタルはソモソモ巨額資金をどこから借り入れているのだろうかという疑問が当然沸いてくる。それは自社株の発行と言うホリエモン的錬金術もあるあろうが、シティ・バンクなどの巨大銀行とヘッジ・ファンドもかなり貸し込んでいることは間違いであろう。
日本の金融機関や投資家はこの手のやり口に案外引っかかりやすい、「ワキノアマサ」があるから要注意である。
3 NHKスペシャル、「敵対的合併を防げ、新日鉄トップの決断」(07年5月10日)
ここ数日、新日鉄の株価が上がっている。 業績が良いからかと思ったら何とミッタルの買収を意識して市場が動いているらしい。ミッタルの動きを日本中に宣伝してくれたのが5月7日のNHKスペシャル「敵対的合併を防げ、新日鉄トップの決断」であるという。
私は、最初の放送を見損なったので昨夜の再放送を見た。率直に言って良くもここまで大騒ぎをやれるもんだという感想である。
これだけ騒げば三村社長の求心力がいやでも高まるが、新日鉄の社員はまさに「フル・空回転」をやらされている。お気の毒というほかないが、結構それで社内の脚光を浴びている人間もいることだろう。
私は子供の頃、まだ日本は戦争をやっていて、大人達がB29の空襲が田舎町にもあるというので、消防訓練や住宅の強制撤去や防空壕作りなど大人たちが夢中になって朝から晩までやっていた光景を思い出してしまた。日本中が「フル・空回転」をやっていたのである。
ミタルのアルセロールの合併についてのコメントは昨年6月に書いておいた(下記参照)。ミタルの06年の業績はやけに良かったということだが、今後はその保証はない。というのは中国が有り余る過剰設備を背景に、世界市場に一般品(コマーシャル・グレード=低級品)の鋼材を大量供輸出しているからである。
ミタルは世界中のダメ企業を世界の鉄鋼不況時に買い集めて大きくなった典型的な「企業トラスト」である。ミタルが今のところうまくいっているのは目下のところ世界の鋼材価格が比較的安定していたからである。
これからは、その保証はない。そうなるとミタルの経営基盤は揺らぐことになる。ここ1〜2年のうちに形勢がハッキリすることであろう。要は中国の鉄鋼業界の動きである。
中国政府は国内企業が鉄鋼のダンピング輸出競争に走ることを極度に恐れている。そのワケは過剰投資と過剰設備に悩む国内の鉄鋼業が崩壊の危機に瀕するからである。それは中国経済全体を揺るがすことになる。
ミタルは買収したアルセロールをはじめ、米国の旧巨大ミルの経営で手一杯である。特に米国の製鉄会社は潜在的赤字の巨大な塊である。中国の輸出は米国市場への輸出を急増させている(後日数字的に説明します)。これはミタルにとっては最大の脅威である。
新日鉄がミタルの買収を防げなどといって社内の引き締めや「個人株主対策』などを一生懸命やっている様子が映し出されていた。ご苦労様である。「今日もミタル、明日もミタル」といったところであろう。
前にも述べたようにミタルが欲しいのは新日鉄の資産ではなくて自動車用鋼板など世界に冠たる「製鉄技術」である。新日鉄はそれをアルセロールに部分的に提供してきた。そのすばらしさにミタルは気がついて、(あるいは知っていて)その技術をくれと言い出したのである。
それを渡したら新日鉄やJFEはおしまいである。しかし、鉄鋼の技術というものはスーツ・ケースにいれて持ち運びが出来るものではない。その多くは「設備に体化」されているし、技術者と熟練工(両方とも日本型長期雇用によって支えられている)が身につけているものある。
スーツ・ケースに入るものを買ったところで私がパソコンの使い方をマニュアルを見て動かすようなもので、簡単には使いこなせるものではない。
シティ・バンクなどの巨大金融機関やヘッジ・ファンドがカネを出し合って、それにホリエモン流の錬金術で成り立っているミタルは今までの投資が期待された短期の収益を上げることを最大の使命とする会社である。
ミタルには新日鉄を買っているヒマなどあるはずがない。ミタルの希望は新日鉄がアルセロールに提供している自動車用鋼板技術を継続的に提供してくれということであろう。新日鉄はそれについては合意しているはずである。ただし、世界中に(特に米国に)技術を供給してくれという話しははっきりお断りしたという。
新日鉄の経営陣とすれば「総動員令」を発動して社内の引き締めを図るのは、それなりの経営戦術としてはゴモットモというほかない。
NHKのこの特集は力作ではあるが、経済的背景の分析が全くないから、表面的なミタルの規模の大きさを強調することによってミタル脅威論めいた論調になってしまっている。ミタルという会社の分析がもっとおこなわなければ本当に脅威かどうかはわからないではないか。ただ、世界一のすごい会社だということでおわってしまう。
4.NHK, BSスペシャル、「鉄鋼王 ミッタル」を見て(07年7月1日)
07年5月10日の続編をNHKがやるというので、もと鉄鋼会社に勤務していたものとしてつい見てしまった。内容的には前の番組から、新日鉄が大騒ぎをしている部分がカットされただけのものである。
ミッタルはアルセロールを買収して世界一の鉄鋼会社になったが、世界の粗鋼シェアの10%しかないので、20%くらいまで増やしたいという「大風呂敷」を広げていたのを紹介した内容であった。
言外に、日本の鉄鋼会社もターゲットになっているかのごとき印象を与えるものであった。しかし、それは新日鉄やJFEではありえない。韓国のPOSCOは危ないかもしれないが。
ミッタルの問題点は上の文章でも指摘したが、あえて繰り返すと最大の問題はアルセロールの買収に資金をいくら投じたかである。それまで1株22ユーロだった株を38.5ユーロで全株買取り、アルセロールのブラジルの子会社の株も全株買い取るなど膨大な資金を投入したはずである。
その資金は欧米の大銀行からの借り入れや、ヘッジファンドからの投資によるものと、ミッタルの自社株との交換などで調達したものであろう。
ネットの資金投入はいくらかは明らかにされていないが、その投下資本に対するリターンすなわち利益がどれくらいあるかが問題になる。
ミッタルはもともと潰れかかったオンボロ会社を買い叩いて、世界中に生産拠点を持つことが出来だが、生産品種は鉄筋棒鋼などのいわゆる「市況品種」であり、鋼材市況の上下によって収益が大きく変動する。
板の分野に出ようとしてアメリカのかつての巨大メーカーで倒産寸前の会社の連合体であるISGをロス氏から買ったという。(その経緯については上記の#2参照)
実際はISGから「借りている」か単に組んでいるだけかもしれない。現在のミッタッル・アルセロールにそのロス氏が陰気な面構えで「取締役」として残留している。もしかするとミッタル・アルセロールの本当のボスはロス氏かも知れないという印象を私は持った。
ミッタルとISGの連合では世界の鉄鋼市場において「屁のツッパリ」にもならないのでアルセロールを買収したということである。これで世界の「自動車鋼板市場」にも足場を築いたということになっている。
しかし、それは本当であろうか?実はアルセロールも「自動車用鋼板」の本当に大事な部分(高張力外装材など)では自力でやれないところが多く、新日鉄から技術援助を受けているのである。
もちろんミッタル・アルセロールがそのトップ・レベルの高級鋼板を自力で開発するような力はない。それをやったところで利益を出せるかどうかは不明である。
となるとミッタル・アルセロールは現在の「プロダクト・ミックス」すなわち一般鋼材分野で利益を上げていかなければならない。
その最大の障害になるのが中国の鉄鋼業である。中国の鉄鋼業は世界の2〜3流の技術レベルの投資でここ数年で2億トンほど(正確な計算ではない)生産規模を拡大した。これがナダレを打って世界市場に進出し始めた。(日本には今のところなぜか余りはいってきていないようである)
今のところは中国政府が「安売り」にブレーキをかけているのでさほど世界の鋼材市場は下がっていないが、問題は近いうちに顕在化する。そうなるとミッタル・アルセロールの利益は激減することは間違いない。ここ1〜2年のうちにそうなる可能性がある。
ミッタルが「次は日本の高炉ミルの買収」などに手を出せるような状態ではとてもないのだ。株価が比較的安く、アルセロールなどよりはよっぽどマシな鋼板・特殊鋼製造技術をもっている神戸製鋼すら(失礼)買えないであろう。
ミッタルはオンボロ企業をリストラによって「高収益企業」にしたなどといっているが、実はここ数年鋼材市場が上がったのでタマタマ儲かったというに過ぎない。
30億円でどこか東欧のミルに「高級鋼板」設備を作ったなどという話しが紹介されていたが、笑わせるなといいたくなる。30億円の設備がナニが作れるか番組製作者はまるで分かっていないのではないか。
結論いうと、鉄鋼業に限らず、資本主義社会の企業のキーワードは「企業規模」ではなくて「利潤率」である。NHKの特集はその問題には全く触れていなかった。
企業規模が大きく市場の支配力が強ければ「独占」や「寡占」によって大きな利益が得られるということである。ミッタルは多少「規模の利益」を享受しているかもしれないが、そのためにはミッタル・アセロールの現在の規模では「小さすぎて話しにならない」のである。
だからといって無制限にカネをつぎ込んで企業買収を強行したところで、それに見合う「利益」があげられる保証はない。いくら頑張っても中国の鉄鋼会社がむちゃくちゃをやったらひとたまりもないのだ。
ミッタルはいまや「石油産業」に着目し始めているようである。
5.アルセロール・ミッタル赤字転落で30億ドルの増資(09年4月30日)
アルセロール・ミッタル社は09年1Q1〜3月期)の業績が11億ドルの赤字となった。前年同期は23.7億ドルの純利益であった。
09年1Qの”Ebitda=Earnings before interest, taxes, depreciation and amortization"は8億8300万ドルと前年同期比50.4億ドルに比べ82.5%ものマイナスとなった。
同社は2QにはEbitdaは12〜15億ドルのまで回復すると見ている。それは価格が2、3Qにかけて回復する見通しだからという。その根拠としては自動車需要などが少し上向いてきたことを挙げている。
1Qは異常に厳しい結果となり、売り上げが151億ドルと前年同期の298.1億ドルに比べほぼ半減した。
同社は資金不足に備えるため近々30億ドルの資金調達をおこなうという。増資で25億ドル、転換社債で5億ドルという内訳である。ラクシュミ・ミッタル会長は増資の10%を引き受けるという。
同社の09年3月末の借入金は267億ドルであると公表している。
資金調達のために増資をおこなうということは同社がかなり資金的に苦しくなっていることを物語っている。企業にとっては赤字よりも怖いのが資金不足である。資金不足は倒産に直結する。
どこにどれだけ借金があるかは明らかではないが、同社はアルセロール買収のときにかかなり高い買い物をしており、容易ならざる事態に直面しつつあるように見える。
というのは鉄鋼需要の大半は建設向けであり、これは簡単には回復しない。同社は日本の高炉メーカーと異なり自動車向けのような「高級鋼材」はさほど得意ではない。あくまで、建材の市場で中国、ロシアなどとの価格競争をおこなうことになるからである。
いずれにせよ2009年は膨大な過剰設備を抱える中国の鉄鋼メーカーなどと死闘を繰り返すことになる。そのトバッチリは日本にも当然やってくる。要警戒である。
同社の従業員数は世界で30万人おり、近々大幅な首切りと工場閉鎖は不可避の状況である。特に、アルセロール系の工場閉鎖は大きな政治問題に直結する。
6ア.ルセロール・ミッタル本社を労働者が襲撃(09年5月13日)
5月13日付のWSJインターネット版によれば、5月12日(火)にアルセロール・ミッタル社の本社(ルクセンブルグ)で年次株主総会を開催しているところにフランスとベルギーから約1千人の同社の労働者が押しかけ、建物に投石をして窓ガラスを破損したり、発炎筒を投げ込むなどして、工場閉鎖などに抗議したという。
アルセロール・ミッタル社はいわば世界中のオンボロ工場を買い集め規模だけは年産1億トンを超える「世界一の鉄鋼会社」になったなどとわがNHKなどはむやみに喧伝していたが、ひとたび不況が訪れると大幅減産を強いられ、「競争力のない」工場は閉鎖を余儀なくされる。
ではどこの工場が競争力があるのかというと、それがなかなか見出せないのが同社の特徴である。
同社の問題はきわめて深刻であり、おそらくフランス政府なども旧アルセロールのユジノール工場などについては閉鎖を避けるべく動き出す可能性もある。日本のメディアの筆法を借りれば「予断を許さない」状態が今後も続くことは間違いない。
7.アルセロール・ミッタル09年2Qは赤字転落(09年7月29日)
世界一の巨(虚)大鉄鋼会社であるアルセロール・ミッタル社が09年2Q(4〜6月)の短期決算で7億9200万ドルの純損出を計上した。08年2Qは58億4000万ドルの純利益を上げていたことを考えればまさに雲泥の差でる。これは12億ドルの特別損失(税引き前)がったためというが詳細はは不明である。
09年2Qのエビタダ(Ebitda=ernings before interst,taxes, depreciation and amortization) は12億2000万ドルで前年同期の80億5000万ドルに比べマイナス85%であった。1Qはエビタダ(金利、税、償却前の粗利)はわずかに8億8300万ドルであったことから比べればこれでも38%改善されているという。
3Qはエビタダ・ベースで14〜18億ドルベースになるという。これは生産増加と原材料コストの低下が期待できるからである。
売上高は09年2Qは152億ドルと前年同期の378億ドルに比べ60%減であった。落ち込みの大きさは異常である。
アルセロール・ミッタルは毎回指摘するように一般鋼材が主体の会社であり、自動車ブームが起こってもそれには必ずしもついていけない。中国の鉄鋼業と国際市場で4つに組んで闘わなければならない。設備も全体的に旧式である。
一方、中国は内需刺激効果により生産は落ちていないどころか過去最高水準にあるという。
(WSJ,09年7月29日、電子版参照)
8.中国の2010年の鉄鋼需要は5%減る?(09年10月13日)
中国鉄鋼協会は2010年の国内需要は5%減少すると言う見通しを発表した。2009年は対前年比19%増加する。これは中国政府の内需刺激策と、自動車需要などが好調のためである。
ただし、2009年1〜8月の粗鋼生産は3億5,137万トンと前年同期比で+5.2%しか伸びていない。これは中国が輸出を減らしたためである。
しかし、インド(+1.5%)を除く主要国の鉄鋼生産は軒並み大幅減となっている。米国は-48.4%の大幅減となった。ドイツが-39.5%、日本が-36.0%である。
下の表に見るとおり、中国の生産量が、世界合計の半分近い48.7%に達している。2008年1〜8月のシェアは37.9%であった。また、インドが世界第3位の鉄鋼生産国になっていることとが注目される。
中国が鉄鋼産業への投資を急拡大させたことが、今日の「繁栄」のモトであるが、再三指摘しているように世界の2〜3流の技術で数億トンに上る設備投資をおこなってしまったことと、製鉄所のほとんど全てが内陸に立地しており、国際競争力という面では圧倒的に不利な状況にある。
中国の国内需要が減れば、安値で輸出せざるをえなくなり、それは多くの製鉄所を赤字経営にしてしまい、中国の経済危機につながりかねない。中国政府は企業の集約化による余剰設備の削減と、経営基盤の強化を行い、鉄鋼産業の崩壊を何とか食い止めようとしている。
中国の膨大な鉄鋼投資は大部分が銀行借入でおこなわれており、ひとたび倒産の連鎖が起これば、金融危機に直結することになりかねない。
なお、従来国際鉄鋼協会(IISI)が存在したが、昨年から世界鉄鋼協会(World Steel Association)と名前を変え、参加国を増やし、事務局を北京においている。現在、北京で世界鉄鋼協会の年次総会が開かれている。
主要国粗鋼生産(100万トン、%)
| 08/1-8 | 09/1-8 | 前年比 | シェアー | |
| 中国 | 351,367 | 369,651 | 5.2 | 48.7 |
| 日本 | 82,257 | 52,661 | -36.0 | 6.9 |
| インド | 36,478 | 37,015 | 1.5 | 4.9 |
| ロシア | 50,857 | 36,821 | -27.6 | 4.8 |
| 米国 | 68,133 | 34,508 | -49.4 | 4.5 |
| 韓国 | 36,743 | 31,189 | -15.1 | 4.1 |
| ドイツ | 32,183 | 19,476 | -39.5 | 2.6 |
| ウクライナ | 29,137 | 18,937 | -35.0 | 2.5 |
| 世界合計 | 927,777 | 759,497 | -18.1 | 100 |
9.アルセロール・ミッタル価格カルテルで2億7650万ユーロの罰金(2010−7−8)
アルセロール・ミッタルなど欧州の17社は1984年〜2002年にかけてプレストレス鋼線について価格カルテルを行っていたとして、5億1850万ユーロの制裁金がかけられた。そのうち、最大手のアルセロール・ミッタル社は2億7650万ユーロ(約300億円)の罰金を科せられる。
ヨーロッパ委員会の公正取引局はドイツのザールシュタール社(DWK/Saarstahl)の供述に基づき、プレストレス鋼線の価格協定が長年にわたって存在したことを知り、一斉家宅捜索を行い、証拠を確保し、上記の罰金を科すこととなった。
ザールシュタール社は「進んで罪状を告白した」ために罰金を免除されるという。
価格カルテルの会合は18年間で550回以上持たれ、各国持ち回りで開催された。
捜査に協力したアルセロール・ミッタル社は罰金の軽減措置を受けたという。また、ほかの3社は罰金をフルに科せられると倒産の恐れがあるため、20%、50%、75%の減免を受けたという。「花も実もあるおとりなし」である。
フィナンシャル・タイムズの2010年7月1日の記事には社別の罰金額が報じられている。
今回はプレストレス鋼線というどちらかというとマイナーな品種について、しかもかなり過去の事犯であるが、ほかの主力品種についてはどうなっているのであろうか?「たたけば埃がモウモウと出」そうな感じは否めない。日本の高炉メーカーも要注意である。