リッポ銀行

24. リッポ銀行

24-1.リッポ銀行を巡る疑惑(03年2月26日)

リッポ銀行(Lippo Bank)は経理報告のずさんさからはじまって、株価の不当操作により極端に株価を下げ、前のオーナーのリヤディ(Riadi)が格安で所有権を取り戻すことができる環境が整った。

経済危機のさなかにリッポ銀行は99年に7.2兆ルピア(8.09億ドル)の資本注入を受け、リヤディはインドネシア銀行へリッポ銀行の株式の59.25%をに差し出し、IBRA(インドネシア銀行再建庁)の管理下に入った。株式の簿価は当時1株あたり260ルピアであった。

リヤディの持ち株は8.1%にまで下がり、残りは一般株主が所有する形となった。その結果リッポ銀行は国有銀行となり、IBRAからは監査役としてエコノミストとして有名なアンギット・アビマニュ(Anggito Abimanyu)が派遣されていた。

リッポ銀行はその後比較的順調な経営をおこなってきたかにみえた。しかし、最近になって思いがけない事件を経営陣が起こした。

それは2002年11月末の業績報告(02年3Q)で当初、総資産24兆ルピア、純利益990億ルピアと発表した。しかし、その後ジャカルタ証券取引所への報告では総資産が22.8兆ルピアに減り、期間損益は1.3兆ルピアの赤字となったと報告した。

リッポ銀行の説明ではその差は資産売却による損失(評価損)を計上したためであるという。すなわち簿価2.4兆ルピアの土地・建物を売ったら1兆ルピアでしか売れず、1.4兆ルピアの帳簿上の損失が出るというのである(売却はまだ実行されていない)。

リッポは2002年末に小さな新聞広告を出し、資産売却の入札を「公募」した。しかしながら予告期間が短く、巨額の入札保証金を積むことなどが決められており、かつ売却資産の内容が不明瞭であったため一般からの入札はなかった。

これはリッポの経営陣がリヤディ・グループに安く落札させようという意図があるのではないかという疑惑が持ち上がり、IBRAの監査委員会は入札を差し止めた。

次に、リッポの経営陣が打った手は「株価引き下げ」対策である。2002年11月4日から03年1月10日まで40日連続でリッポ株は下げ続けた。その結果1株450ルピアだったものが210ルピアにまで下がった。(2月16日現在は235ルピア、テンポの記事には30ルピアと書かれているが多分間違いであろう。)

一般的にインドネシアの銀行株は上昇に転じており、リッポ株のみが下がり続けるという異常な事態になった。

リッポは資産ロスを補いCAR(適正自己資本比率)を維持するには「失われた」1.4兆ルピアの穴埋めが必要であり、政府も8,400億ルピアを出資する必要がある。政府としては逆に国家財政資金を得るために政府の持ち株を売却している時期である。

政府が出資しなければリヤディが出資する取り決めになっており、比較的少ない金額でリヤディはリッポ銀行の所有権と経営権を獲得できることになる。

このような筋書きがほぼ順調に推移しつつあるが、証券アナリストのリム・チェ・ウェイ(Lim Che Wee)が実態を調査し、公表したことにより、リッポ銀行の経営陣の陰謀が暴かれた。

リッポ銀行はリムを名誉毀損罪で警察に告発したが、リム側には改革派エコノミストなどの応援団がつきリッポは逆に苦しい立場に追い込まれた。

もしこのままリッポ銀行の所有権がリヤディに戻ったら、インドネシア国民の猛反発が予想されメガワティはいっそう苦しい立場に追い込まれるであろう。

国有化されたリッポ銀行には経営の実権を握るコミサリス(監査役)委員会には8名中4名のコミサリスをIBRAから派遣していた。これとは別に日常業務を執行する取締役会があるがインドネシアではオランダの植民地時代からの伝統でコミサリスが経営の実権を握っている。

そのコミサリス委員会会長はなんとモフタール・リアディ(Mochtar Riady)なのである。株式の60%をIBRAが握りながら会社経営を元のオーナーに任せておくというようなでたらめぶりである。

IBRA派遣のコミサリスのエコノミストのアンギットは財務相の補佐官もやっており超多忙な人物である。彼はいわば給与補填の一環としてリッポに席を置いていた。 とはいえ一連の経緯は承知しており彼に責任の一端はある。

他のIBRA派遣のコミサリスは女性官僚がお飾り的にいるほか派遣されて日が浅く経営実態を把握していたとは思えない。

このようなリッポが監査役の承認をえたとして損益がまるで逆な2重の内容の業績報告を出したが、承認を与えたIBRA系コミサリスは当然批判の矢面に立たされる。その代表格が不幸にもアンギット先生ということになった。

証券取引監査委員会も存在しながら事態がここまで進むということ自体がインドネシアの抱える問題の深刻さをあらわしている。

おそらくリヤディが中心になりIBRAもインドネシア銀行も含めいろいろな機関の人々がグルになって不正がおこなわれようとしてい たとみるべきであろう。検察庁も調査チームを発足させた。これは意外に大きな事件発展する可能性もある。

ちなみにラクサマナ国営企業担当国務相はかってリッポ銀行の頭取をしていた経験があり、Bapepam(証券取引監査委員会)委員長のヘルウィダヤトモ(Herwidayatomo)もリッポ銀行に9年間も勤め経営陣に属していた。彼らが本件について無知であったとは考えられない。

このように旧財閥のオーナー(華人資本家)は政府に差し押さえられた、かつての自分の資産を破格の安値で買い戻そうとあの手この手を使い躍起になっている。サリム・グループなどは既に一部成功している。

24-2.軽い処分を検討(03年3月13日)

Bapepamの委員長ヘルウィダヤトモは今回の事件は国家に実害がおよばなかったので軽い行政処分で済ませたいという趣旨の発言をおこない、世論の反発を買っている。

実害が及ばなかったのはリム・チェ・ウイなどの周辺の人々の尽力があったためであり、未遂とはいえ国家財産を掠め取る大きな陰謀が最終段階に近いところまで進められていたことであり、Bapepamはそれを「黙認していた」ことはアンギットの証言からも明らかである。

当然、ヘルウィダヤトモ委員長の責任は厳しく追及されろべきであろう。

ラクサマナ国有企業担当相は経営陣の交代をおこなうと宣言しているが、実際どこまでやるのか結果をみたい。二人ともモクタール・リヤディの雇い人であったこともあり、共犯の疑いさえもささやかれているのである。ラクサマナもここが正念場である。

(03年3月20日)

案の定ラクサマナはリッポ銀行の経営陣を変えることはやむをえないとしながらも、モフタール・リヤディを無罪放免とする方針を打ち出した。この件の処理はラクサマナの政治生命にかかわりかねない。

(03年4月6日)

そもそもリヤディがこのような株価引き下げ陰謀をたくらんだ原因はどこにあうかといえば、1999年に6兆ルピアの資本投入を政府がおこなったあと、IBRAとリヤディが2000年5月に株式買戻し契約を取り交わしたことにある。

それによると、4年以内にリヤディはIBRAから要請があれば政府保有株59%を買い戻す義務があることになっている。そうなるとリヤディにしては自社株が安ければ安いほど好都合なわけで、当然今回のような事件がおこる可能性があった。

この取り決め自体、インドネシア的な猿芝居であり、一見公平風だが、はじめからリヤディに有利な取り決めになっている。そのとき何らかの金が流れたという推測がなされても当然である。

(03年4月16日) 事実上モフタール・リヤディは無罪

4月15日の臨時株主総会で、経営陣の交代が決められた。社長にはジョセフ・ルフカイ(Joseph Luhukai、コーポレート・ガバナンス改善委員)、監査委員会副会長にはイ・ニョマン・チャゲール(I Nyoman Tjager=国営企業担当相補佐官、IBRA副委員長)、監査役会委員にはジス万・シマンジュンタク(エコノミスト)らが任命された。

インドネシアではオランダ植民地時代の影響で、会社内では日常の経営をおこなうグループと株主を代表する「コミサリス」と呼ばれる監査役グループとに2文されている。

日本と違いインドネシアでは「監査役委員会」のほうが権限が強い。今回のサギ未遂事件の張本人と目されるモフタール・リヤディは監査委員会委員長に再任された。これは当初から予想されたことではあるがラクサマナ国営企業担当相の意向が働いたものと考えられている。

リッポの監査役委員会は9名の監査役からなり、そのうち5名はIBRA出身者で占められ、リヤディ派は少数派になったが「悪知恵の塊」といわれる彼らがこのまま引き下がるはずはない。リッポを正常化するチャンスを政府は自ら捨ててしまった。

こういうことでは何時までたってもインドネシア経済界の正常化はなされない。同時にラクサマナのような有能な経済政治家が失脚する可能性も出てきた。 そのような事態が起これば、インドネシアにとって大きな損失である。

 

24-3.リッポ銀行の有力買収コンソーシアムの資本金はただの400ドル(04年2月16日)

紆余曲折を経てリッポの「有力買収」企業が決まったとの報道がなされていた。その名はスイスエイシア・グローバル・コンソーシアム(Swissasia Global Consortium)とうもっともらしい名前の企業グループである。

IBRAはそこに 所有する株式52.05%を1株591.5ルピアで売却することに話が内定していた。総額で1億4200万ドルである。

そのコンソーシアムは次の2つの銀行と3つのファンド・マネージャーからなっている。Swissfirst Bank AG, Chaffron Ltd.(Raiffeisen Zentralbank Osterreich AG の100%子会社)、Matrix Asia Holdings Limited.,ASM Investment Ltd. Ferrel Opportunity Capital Ltd.

RZBはオーストリアに本社を置く金融グループで460億ユーロの資産を持っているといわれているが、インドネシアの経済紙BISNIS者が調べたところそれ以上の情報は不明であるという。

Swissfirst Bank はSwissfirst グループの子会社でチューリッヒに本社があり、420億ルピアの資金運用をしているという。Matrix Holdingというのはバーミューダに登記されている実態不明の会社である。

驚くべきことにこのSwissasia Global は資本金をたったの400ドルしか持っていないというのである。はっきり言って相当胡散臭いグループである。スイスという清潔なイメージの名前にだまされたのであろうか?いやそんなはずはあるまい。

IBRAはこのグループ詳細の財務内容などを大至急報告させ、資格審査を行うとしているが、背後関係がまともでないことは一見して明らかである。

背後に元オーナーのリヤディ一家がいる可能性も濃厚である。リヤディは買い戻しの権利を持っているが、以前に安値でオファーしIBRAに拒絶された経緯がある。

この取引をIBRA は何とか2月19日にまとめたいとしている。ちなみにIBRAは2月27日に解散させられることになっている。

まさに、インドネシアは百鬼夜行の世界である。デタラメもいいとこである。極東の某経済大国のデタラメさに比べれば規模ははるかに小さいがインドネシア国民にとっては重大な問題である。

(http://www..bisnis.com/ 04年2月16日号記事参照)

 

24-4.マレーシアのKazanahが52.05%を取得(05年7月18日)

マレーシアの政府系持ち株会社カザナ(Kazanah Nasional Bhd.)がインドネシア銀行の承認を得て、リッポ銀行の株式の52.04%を最終的にSAG(Swissasia Global)社から買い取ることに決定した。

買収価格は3.18兆ルピア〜3.30兆ルピア(約378億円)といわれリッポ銀行の簿価の2.5〜2.6倍になるとされているが、リッポ銀行の資産を最終的にチェックした上で決定されるという。

リッポ銀行はインドネシアにおける9番目の規模の銀行であり、全国に395の支店と691のATMを設置している。

カザナはインドネシアにおいてバンク・ニアガ(Bank Niaga)の株式の62%を保有する投資会社 Commerce Asset-Holding Bhd.の株式の22%を所有するという形で既にインドネシアに進出している。

これで、もめにもめた「リッポ事件」も1件落着になるのだろうか? もともとのオーナーであるモフタール・リヤディがこのまま黙って引き下がるとは到底思えない。