2004年の大統領選挙

65. インドネシア大統領選挙の動き(04年2月27日 より)

65-1 メガワティーアクバル・タンジュン連合構想浮上(04年2月27日)

ゴルカル党首アクバル・タンジュンノ無罪判決を受けて、メガワティ大統領とアクバル・タンジュンが大統領選挙で組むという話が急速に具体性を帯びてきた。(この話はメガワティの夫タウフィク・キエマスの発案といわれる。)

大統領選挙は7月5日であるが、4月5日に国会議員選挙が行われる。それにはメガワティ率いるPDI−P(闘争民主党)とゴルカルが1,2位を占めることは確実視されている。ただし、どちらが1位になるかはわからない。

仮に、ゴルカルが1位になったとしても、アクバル・タンジュンでは7月5日の大統領選挙(直接投票)には勝てる見込みは少ない。

とすれば、メガワティ大統領ーアクバル副大統領という線でたたかう、ということになる可能性が出てきた。 (結果はゴルカルが大統領候補者にウィラント元国防相を指名した)

もちろん、ゴルカルはこれから大会を開いて大統領候補者を決めるわけであるが、アクバル以外はウィラント元国軍司令官やプラボオ元特殊部隊司令官(スハルトの女婿)やアブリザル・バクリ(前インドネシア商工会議所会頭)などであり、国民的人気は高いとはいえない。

一方、PDI−Pの方は、メガワティの夫、タウフィク・キエマスが実権を握っており、相次ぐ有力党員の離脱もあり、かつての清潔さはだいぶ薄くなり、メガワティの国民的人気は相当低落している。

しかし、依然としてメガワティの現職の強味は生きており、ゴルカルの支持を得られれば、再選は十分に可能性がある。

また、インドネシア最大のイスラム教団体のNU(ナフダトゥール・ウラマ、会員4,000万人)の総裁であるハシム・ムザディ(Hasyim Muzadi)はゴルカルの副党首であり、アクバル派である。

NUはもともとアブドゥラマン・ワヒド(前大統領)が総裁をやっており、自らの政党PBK(国民覚醒党)をもっており、現在議会の第4党である。そのPBKは大統領候補者にワヒドを担ぐことは間違いない。

となると、ハシムがメガワティ支持(アクバル副大統領)に動けばメガワティの再選はいよいよ確かなものになる。ただし、NUは分裂状態になりかねない。その辺を見越してか、最近イスラム指導者は政治的中立をしきりにアピールしだした。

メガワティに取って代わる人物としてスシロ・バンバン・ユドヨノ(SBY)がいるが今のところ政党のバック・グラウンドが弱く、今年の選挙には間に合わないであろう。(http://www.thejakartapost.com/ 04年2月27日参照)

(ところが実際は間に合ってしまいSBYは大統領に当選した。国民のメガワティに対する失望感がいかに大きいかを物語る出来事である。 ハシムはメガワティの副大統領候補になったが敗れてしまった。組織よりも国民の個人の意識が政権を変えたといえよう。)

 

65-2 スシロ・バンバン・ユドヨノ閣僚辞任ー大統領選に出馬(04年3月12日)

SBY(Susilo Bambang Yudhoyono=52歳)政治・治安調整相は3月11日にメガワティ大統領宛に辞表を提出し、7月5日の大統領選挙に向けて の活動を開始することになる。

スシロが辞任するきっかけになったのはメガワティがスシロとの面談を拒否し、話し合いのチャンスを奪われたことが直接のきっかけであるが、先にタウフィク・キエマス(メガワティの夫)がスシロ批判を行ったことにある。

タウフィク・キエマスはスシロに対しメガワティの副大統領にならないかとの打診に対し、自ら大統領選に立候補の意向のあったスシロがそれを断ったのが今回の「事件」のきっかけであるらしい。

スシロに対する国民的人気は高く、メガワティの最大のライバルになる可能性が高い。スシロは既に民主党が同党の大統領候補に指名している。ただし、スシロは 民主党だけでは当選が困難であり、他にどこの党と組むかは未定である。

その日の午後、スシロは前大統領のグス・ドゥルとルフト・パンジャイタン退役中将、ゴルカルの前書記長ラーマット・ウィトゥラーとの4者で面談している。

⇒スシロは民主党から立候補(04年3月13日)

スシロは民主党から大統領選に立候補すると表明し、東ジャワから遊説を開始した。政治スローガンとしては貧困撲滅といった類のものしか伝わってこないが、かなりの同情票(タウフィクとメガワティにいじめられた)を集め、メガワティに迫る勢いという。

たしかに、タウフィクはジャワ人にとってはうってつけの悪役を演じてきた。タウフィクは集めた政治資金(?)をフルに使ってスシロ追い落としにかかるであろう。

問題はスシロがどの程度他政党の支持を得られるかである。民主党の勢力は目下ゼロといってよい。(しかし、国会議員選挙で民主党は7.5%以上の得票を得て第5位に躍進しSBYは俄然有力候補者になった)

 

65-3 大金が乱れ飛ぶ総選挙(04年3月18日)

4月5日の国会議員選挙を間近に控え、選挙戦がますます激しさを加えている。今回使われる選挙資金は10兆〜15兆ルピア(約1,300億円〜2,000億円)と見積もられている。

選挙集会には1人当たり40,000ルピア(約500円強)の日当とTシャツ、弁当が配られるというのが相場のようである。貧しいインドネシアにとっては結構良い稼ぎである。また、農村には化学肥料の袋が配られるという。

この日に備えて主力政党はさまざまな手段を通じて資金を蓄えてきた。資金量が豊かなのはメガワティ−タウフィクが率いる与党のPDI_Pとアクバル・タンジュンが率いるゴルカルであろう。

しかし、他のイスラム政党も結構大勢の支持者を動員して派手な選挙戦を繰り広げている。

選挙集会にはエンタテイナーを雇って舞台を盛り上げる。ゴルカルも50億ルピアを出して、尻振りダンサーのチームを雇ったという。インドネシア国民にとっては5年に1度の選挙祭りといったところである。

これれの資金の出所はというとはっきり言って庶民の浄財というよりは「黒い金」である。スハルト時代は選挙戦はあったがこれは「民主主義祭り」であり、華人財閥がその資金の多くを負担した。

スハルト一族は大金を溜め込んだが、身銭を切って何かやるというタイプではない。インドネシア人の政治官僚も同様である。

今回の選挙では華人資本家は昔ほどの力はもっていない。したがって各党は自力で資金集めを行ったに相違ない。その意味で最も有利な立場にいたのがPDI-Pである。

詐欺まがいの銀行融資不正事件のカネもかなり政党に流れた可能性が高い。

 

65-4 4月5日の国会銀選挙はゴルカルが第1党になる(04年3月31日)

民間の調査機関Indonesian Survey Institute(LSI)によると、最近の調査によれば4月5日に行われる国会議員選挙ではゴルカル(第2党)が30.3%の支持を集め第1党(99年選挙では23%)に躍進すると見られている。

一方、現在第1党であるPDI-P(闘争民主党)は前回の33.3%から大きく後退し19.2%の支持しか集められないという調査結果になった。

PDI-Pはメガワティの夫であるタウフィク・キエマスが権勢を誇り、かつ汚職疑惑もあり、国民に信望の厚かった有能な党員が2002年中ごろから次々脱党したことが響いている。

これに反し、最近ジャカルタの集会で多数の支持者を集めたイスラム政党のPKS(Prosperous Justice Party=繁栄公正党)の躍進が予想されている。

PKSは1999年にPK(公正党)として設立されたもので当時は1.7%の得票で7議席を獲得している。今回は5%程度獲得するという予想がなされている。

党首はヒダヤット・ヌル・ワヒドで青年・学生の支持者が多い。イラク戦争反対や汚職追放の街頭運動を繰り返してきた。イスラム法の施行には反対で、世俗政党指向の支持者をも集めている。

インドネシアの場合は青年層の支持を集めることが躍進の決め手となる。その意味でゴルカルやPDI-Pは最近やや力が落ちてきている。

7月5日の大統領選挙ではメガワティが依然として最有力候補である。それは有力な対抗馬が目下のところ見当たらないためである。4月の国会議員選挙でゴルカルが勝っても党首アクバル・タンジュンでは汚職事件が影響して勝てそうもない。

しかし、4月の国会議員選挙でPDI-Pが惨敗すればメガワティも最有力とはいえなくなる。

また、65-1で述べたメガワティ-アクバル連合構想はPDI-Pの内部の反発が強くて実現しそうもないということである。

 

65-5 ユドヨノ(SBY)が人気急上昇でメガワティを上回る(04年4月3日)

最近の世論調査を行ったLSI(Indonesian Survey Institute=日系)とIFES(International Federation for Election Systems=米系)の調査によれば4月5日の国会議員選挙では与党PDI_Pはゴルカルに遅れをとっている。

さらに、7月5日に予定されている大統領選挙ではスシロ・バンバン・ユドヨノ(SBY)がメガワティの人気を上回っていることが判明した。

LSIが4月2日に発表した調査結果によると、SBYの人気がこのところ急上昇し30.6%の支持を集めている。メガワティは第2位で20.6%、第3位は国民協議会議長 アーミン・ライスの14.9%、第4位はゴルカル党首アクバル・タンジュン10.9%となっている。

この調査は3月18〜24日の間に全国32州(アチェとパプアも含む)の2,760名を対象におこなわれたものである。

一方、IFESが3月におこなった調査では1位がSBYで18.4%、2位がメガワティで11.6%の支持率であった。

国会議員選挙ではLSI調査ではゴルカルが23.2%の支持率でトップ、ついでPDI-Pで17.5%であった。IFESの調査ではゴルカル支持が20%を上回り、PDI-Pが11.5%であった。

この2つの調査で全体を推し量ることは困難であるが、国民のなかでメガワティ政権に対する失望感が強く現れ、政権交代を望む傾向が強く出ている。

メガワティに変わる大統領としてはSBY前政治治安調整相が軍人出身ではあるが穏健で改革派職が強い点が国民の人気を集めていることが伺われる。

SBYの政治的組織としては民主党という弱い政治組織しかないが、彼の人気を中心にインドネシアの政局は大きく動こうとしている。

国会銀選挙ではゴルカルが第1党になりそうであるが元スハルト大統領のクローニー・グループは全く影が薄く、ゴルカル・プティ(白ゴルカル)と呼ばれるアクバル・タンジュン・グループ率いる「改革派」が中心勢力になっている。

 

65-6 開票速報ーゴルカルがトップに、PDI-P惨敗で2位、民主党、PKSの躍進目立つ(04年4月7日 〜)

      ⇒中央選管の最終結果、ゴルカル1位、2位PDI-P、議席ではPPPが3位に(04年5月5日)

議会選挙は4月5日午前7時に開始され午後1時に投票が締め切られたが、大きな混乱もなく終了し直ちに開票作業が開始された。最終結果が発表されたのは実に1ヵ月後の5月5日であった。

結果は下表に見るとおりである。得票数と議席数のシェアが一致していないのは、地方ごとに議席が決定されるためである。

得票数ではゴルカルが21.57%で首位である。ついで、 PDI-P(メガワティ率いる闘争民主党)が18.53%と前回の33.5%から大幅に後退し2位に転落した。

3位はPKB(国民覚醒党=アブドゥラマン・ワヒド前大統領支持)10.57% 、4位PPP(ハムザ・ハズ副大統領率いる開発統一党)、5位にはSBYの民主党、6位はPKS(イスラム改革派政党)、7位はPAN(国民信託党、アーミン・ライス 国民協議会議長が党首)。

獲得議席数では全体550議席中、第1党はゴルカル128議席、第2党はPDI-P109議席、第3党はPPP58議席、第4党は民主党57議席、第5党はPKBとPANで各52議席、第7党はPKS45議席であということになった。

得票では第3位のPKBが議席では第5位になってしまったのは同党が東ジャワを中心とする政党であり、他地域では余り票がとれな かったためである。全国的に得票の多かったゴルカルの議席シェアは23.27%と得票を上回る結果となった。

注目されたスハルトの長女トゥトゥット(Tutut)を担ぐPKPB(憂国勤労党ーハルトノ党首)は得票では11位(2.11%)、獲得議席は2議席にとどまっている。 さすがにスハルト時代は終わった感が強い。

投票者数は1億2445万であったが、5月5日現在の公表数値では1億1,349.9万票 になっている。その差1,096万票(8.8%)が無効票であったといわれる。

したがって、今後はゴルカルが第1党になり、与党PDI-Pの惨敗が決定的になったといえよう。これはメガワティに対する国民の失望の現れであり、夫タウフィク・キエマスの金権政治の敗北でもある。

しかし、ゴルカルの勝利というのは必ずしも正しくない。ゴルカルは99年選挙では22.5%の得票があり、今回も22.5%を約1%下回っている。何よりもメガワティ政権に対する批判が表面に出たということであろう。

この結果は次の7月5日に行われる大統領選挙にも当然響いてくる。メガワティの再選は極めて困難になったことは間違いない。

では誰が次に出てくるであろうか?これは国会議員の選挙とは別物には違いないが、目下のところは予想が困難である。イスラム教集団の大連合ができれば、それが最有力であろうが、スシロ・バンバン・ユドヨノ が確実に有力候補として浮上してきた。

表1.全国開票結果(6月18日中央選挙管理委員会発表)

                             (得票数) および  (獲得議席数)

1

Partai Golkar

24,480,757

21.57

128

23.27

2

PDI-P

21,026,629

18.53

109

19.82

3

PKB

11,989,564

10.57

52

9.45

4

PPP

9,248,764

8.15

58

10.55

5

Partai Demokrat

8,455,225

7.45

55

10.00

6

PKS

8,325,020

7.34

45

8.18

7

PAN

7,303,324

6.44

53

9.64

8

PBB

2,970,487

2.62

11

2.00

9

PBR

2,764,998

2.44

14

2.55

10

PDS

2,414,254

2.13

11

2.00

11

PKPB

2,399,290

2.11

2

0.36

12

PKP Indonesia

1,424,240

1.26

1

0.18

13

Partai PDK

1,313,654

1.16

4

0.73

14

PNBK

1,230,450

1.08

0

0.00

15

Partai PP

1,073,139

0.95

0

0.00

16

PNI Marhaenisme

923,159

0.81

1

0.18

17

PPNUI

895,610

0.79

2

0.36

18

Partai Pelopor

878,932

0.77

3

0.55

19

Partai PDI

855,881

0.75

   1

0.18

20

Partai Merdeka

842,541

0.74

0

0.00

21

PSI

679,296

0.60

0

0.00

22

Partai PIB

672,957

0.59

0

0.00

23

PPD

657,916

0.58

0

0.00

24

PBSD

636,397

0.56

0

0.00

Total

113,468,414

100.00

550

100.00

 

今回の特徴としてはジャカルタ市の選挙結果は全国の傾向と大いに異なる点が指摘される。下の表と上の表の余りの違いに一驚を喫する。ジャカルタではPDI-Pとゴルカルは大変不人気なのである。その代わりPKSと民主党が圧倒的な強 さを見せている。

政治意識の強いジャカルタ市民にとってはPDI-Pもゴルカルもごめんこうむりたいといったところであろう。1999年の選挙ではPDI-Pがジャカルタでは39%で断然トップだった。PKSはインテリ青年・学生イスラム教徒の人気を集めている。

特にPDI-Pはジャカルタでの大敗が全体に大きく響いている。かねて市民の間で評判の芳しくなかったスティヨソを知事に再任したことが直接の致命傷になった。もちろんそれ以外の失政が最大の原因ではあるが。

タウフィク・キエマスの政治に対する感覚が国民の要求から大幅にズレていたことによる大ミスである。メガワティも全くのところ大衆から遊離していた。

また、既成イスラム政党であるPPPとPANも得票率が大幅にダウンしていることが注目される。その分はイスラム政党の新興勢力とも言うべきPKSに流れていったと見ることもできよう。

ジャカルタ以外においても全般的にPDI-Pは惨敗しており、メガワティの地盤とも言うべきバリ島においてすら前回の79%⇒今回52.5%へと激減し、夫タウフィクの出身地の南スマトラでも39%⇒17.4%へと半減以下となっている。

国民がいかにPDI-Pに失望したかを如実に物語っている。

表2 ジャカルタ市開票速報                                            

政党

得票

得票率

前回%

1

PKS

1,057,246

22.32

4.93

2

Partai Demokrat

958,763

20.24

0

3

PDI-P

664,245

14.02

 39.36

4

Partai Golkar

433,966

9.16

10.31

5

PPP

386,614

8.16

17.16

6

PAN

333,116

7.03

16.81

7

PDS

253,206

5.35

 

8

PKB

164,249

3.47

3.47

9

PBR

137,678

2.91

 

10

PKPB

86,603

1.83

 

11

PBB

68,831

1.45

1.99

12

Partai PDK

29,621

0.63

 

13

Partai PP

25,557

0.54

 

14

PPNUI

23,212

0.49

 

15

PNBK

16,083

0.34

 

16

PKP Indonesia

17,702

0.37

 

17

Partai PDI

16,063

0.34

 

18

PBSD

11,845

0.25

 

19

Partai Pelopor

10,084

0.21

 

20

PSI

9,651

0.20

 

21

Partai PIB

9,783

0.21

 

22

PNI Marhaenisme

9,480

0.20

 

23

Partai Merdeka

7,417

0.16

 

24

PPD

5,637

0.12

 

Total

4,736,652

100.00

 

注)前回(1999年)得票率については加納啓良東京大学教授のホーム・ページ資料を参考にさせていただいております。

 

65−6 民主党とPKSの素顔(04年4月12日)

表1に見るように、スシロ・バンバン・ユドヨノを支持するための政党といっても過言ではない「民主党」(Partai Demokrasi=PD)は今回の国会議員選挙で5位に入ることは間違いない。

この政党はいわば、インテリ層の政党である。党首はインドネシア大学の人類学教授のSubur Budhisanthoso 博士である。インドネシアでは大学教授が現職のまま政党の幹部に案っているケースは結構多いが、党首というのは余り 聞いたことがない。

この民主党はジャカルタだけのインテリ政党かと思いきや、全国主要都市や省に支部を作りまくっていたというのだから驚かされる。それだけインドネシアの知識人たちがインドネシアの政治経済の状況を憂い、必死で活動していたと見ることができる。

民主党 は党是に掲げているには「パンチャシラ=建国5原則」と呼ばれるものであり、イスラム政党と違い、世俗政党であり、その意味ではPDI-Pやゴルカルト同じ「多元政党」である。

政治綱領としては、PDI-Pとさほど大きな差はないが、軍の「専門化(政治に関与しない文民統制下の中立的職業集団)」と汚職の撲滅である。この2つはメガワティ政権が実質的にやれなかったことである。

メガワティは軍部に引きずられてアチェ戦争を強行してしまったし、汚職問題について言えば、夫キエマスの暴走を止められず、全国的に汚職の拡散現象が起こってしまった。

民主党はプリ・ブミ(インドネシア種族)知識層だけでなく、華人中産階級の強い支持を得ているという。その意味ではかつてPDI-Pを支持していた中間層の票を奪い取ったと見ることができる。

第6位の地位を確実にしたPKSは1999年には公正党(Partai Keadilan)として選挙を行ったが得票率は1.74%であり、今回の選挙に出場資格(2%以上)がなく、やむなくPartai Keadilan Sejahtera( 繁栄公正党)と看板を書き換え選挙戦に挑んだ。

PKSはイスラム政党である。党是にもイスラム教の普及を謳っている。しかし、パンチャシラに基礎を置く、統一国家インドネシアを標榜している。 PK時代ほど「原理主義的」スローガンはなくなり、いわば穏健なイスラム政党化した感がある。

彼らの組織対象は貧民階級に置かれている。 その辺の組織活動に手抜かりのあった従来型のイスラム政党であるPPP(統一開発党)、PKB(国民覚醒党=ワヒド支持)、PAN(国民信託党=アーミン・ライス党首)がいずれも伸び悩むか後退した。

選挙運動資金も乏しく、戸別訪問やチャリティ活動や祈祷集会という地道な方式で選挙戦を戦ったという。

党首はヒダヤット(Hidayat Nur Wahid)博士で、サウディ・アラビアに留学しインドネシアの大学でイスラム教の講義をしていた。支持者は門下生のイスラム教徒だけでなく、幅広いイスラム知識階級・学生(中間階層)であるといわれている。

ヒダヤット党首は政治的野心は少ないといわれ、党の支持する大統領候補は現在のところいない模様である。

社会正義(貧困と汚職撲滅)をアピールしていることに民主党との共通点が見られる。

この2つの新興勢力がPDI-Pを前回支持した層の票を奪い取ったと見ることができよう。

なお、PKSのヒダヤット党首はバリ島爆破事件の黒幕・容疑者として裁判にかけられることになったイスラム伝道師アブ・バカール・バアシールをサポートすると表明している(04年4月18日)。

 

65-7. 政局の焦点は7月5日に向けての大統領選挙に(04年4月15日)

国会議員選挙は与党のPDI-P(闘争民主党)が民主主義のために闘争しなかったがために大敗北を喫し第2党に後退した。しかし、ゴルカルも第1党となったとはいえ前回投票率をさほど超えることなく、決定的勝利とまではいえない状態である。

ゴルカルは選挙前は30%の得票を目標にしていたが22%前後に終わりそうである。既存のイスラム政党はほとんどが伸び悩むか後退するなかで民主党(世俗政党)とPKS(イスラム政党)が大きく躍進したことは上に見たとおりである。

いずれにせよ、決定的な勝利を得た政党はどこもなく、いわば1955年の総選挙のときと全く同じような状況を呈している。これはインドネシアの政治風土の特徴ということもできようが、インドネシア社会の未成熟状態の反映でもある。

次の7月5日に大統領の直接選挙が初めて行われるが、現職のメガワティ大統領が単独では再選される見込みはまずなくなったと見てよい。これは彼女の夫タウフィク・キエマスの大誤算であったが 、彼には新しい時代に対する認識が欠如していた。

選挙ではカネがかかるから、金集めに熱中してきたがインドネシア国民からはそっぽをむかれた。他の既成政党も大同小異である。共通して言えることは一般大衆(オラン・クチル=小さい人々)のことは眼中になかったのである。

ところが、民主主義社会ではオラン・クチルの1票もオラン・ブサール(金持ち・支配階級)の1票も同じ価値を持つことになっている。闘争民主党の立党の精神はオラン・クチルへの配慮のはずだったが、それをメガワティ夫婦は完全に忘れてしまったかにみえる。

今後の新しい動きであるが、各党とも水面下の動きが活発化してきている。それは当然で与党にならなければ利権にありつけないからである。

まずアーミン・ライスが新興勢力のPKSのヒダヤート・ヌルワヒドと組んで「国民救済同盟=National Salvation Alliance」なるものを結成した。両党ともイスラム知識人の政党であるから話は比較的早い。しかし、6位と7位の連合では合計しても13.6%にしかならない。

しかもライスは自分が大統領にならなければ承知できない(それなりの実力は備えているように見えるが)から、他の党がどこまでついてくるかが問題である。

この国民救済同盟の呼びかけにはPKBのほかPartai Pelopor(先覚者党、2002年にスカルノの3女ラフマワティを党首に結成、現在の得票率0.71%で16位)、PPDK(民族民主統一党、元地方自治担当相リヤス・ラシッドが2002年結成、得票率0.30%で22位)、PNBK(独立バンテン党、エロス・ジャロット党首元PDI-P幹部でスカルノのマルハエン(大衆)主義を党是とする知識人政党、得票率0.97%で12位)らの党首が参加した。また統一開発党(得票率9.06%、4位)は国会議員候補者が出席した。

この国民救済同盟が最終的にどの程度求心力を保つかは定かでない。PKB(第3党)は多分独自の動きをするはずだし、PBB(月星党=マヘンドラ党首=イスラム教)は最初から会合にも参加していない。

1999年はこれにPKBのアブドゥラマン・ワヒドを加えて、ポロス・テンガ(中央枢軸)なるイスラム政党連合を組織してワヒドを大統領に担ぎ上げたが、ワヒドの党PKB幹部が利権アサリを始めたため、すぐに喧嘩別れになってしまった。

ゴルカルはアクバル・タンジュンを候補に押し立てるかも知れない。他に有力なタマがいないからこれも勝てそうもない。PDI-Pはメガワティしかいないが、まず勝てる見込みはない。

そうなるとスシロ・バンバン・ユドヨノが国民的人気上昇中であり、彼を中心に合従連衡が行われていきそうな雰囲気に現在のところなっている。

⇒SBYは副大統領候補にゴルカルのユスフ・カラを選ぶ(04年4月17日)

ジャカルタ・ポスト(4月17日、インターネット版)の伝えるところによると、大統領候補として最近最有力視されているSBY(スシロ・バンバン・ユドヨノ)が副大統領候補者としてゴルカルの幹部であるユスフ・カラとペアを組んで選挙戦に挑むと言明した。

ユスフ・カラはスラウェシ出身(ブギス族)で、今回の選挙でもスエラウェシのゴルカルを圧勝に導いた人物であり、地元での評判は高い。ユスフ・カラはメガワティ政権下で福祉担当調整相としてSBYの治安・政治調整相といわば同僚の間柄であった。

SBYに言わせるとユスフ・カラとは普段から政策面での意見が良く合っていたからパートナーに選んだということである。SBYが実際にそう思うならそれは結構なことである。

しかし、そのニュースを聞いてしめたと思っているのはおそらくアクバル・タンジュンやメガワティ陣営であろう。なぜなら、ユスフ・カラは金銭問題でかねてのうわさのある人物で、必ずしもクリーンなイメージをもたれていないからである。

それと、ユスフ・カラはスラウェシでの評価は高いかもしれないが、ゴルカルが勝ったとはいえ、その地域の人口は少なく、現在までのところゴルカルが得た得票はスラウェシ全島で220万票にすぎない。

もちろんこれからどうなるか判らないが、ユスフ・カラはメガワティ政権下で何もしない閣僚としても評判が悪く、下手をするとSBYにとってユスフ・カラはマイナス・ファクターになる可能性がある。

ゴルカルの大統領候補の一人であるウイラント元国防相はユスフからSBYと組んだからといってゴルカルの票を持っていかれることはないと強気の発言をしている。

確かに、ゴルカルはスハルト時代から村落レベルまで組織化されていた政党であり、ここまで落ち込むと(最盛期は70%以上の得票があった)、これ以上はなかなか減らないかもしれない。

スハルト時代はゴルカル以外の政党は村落レベルまで入っていくことは禁止されていた。

⇒メガワティは大統領選挙に意欲満々だがPDI-P内で不協和音(04年4月19日)

メガワティはPDI-Pの不評とは無関係に本人の個人的人気は依然高いとして、メガワティ・センターなるものを設立して大統領選挙戦に臨む構えであるが、同党等の最高幹部の一人であるクイック・キアン・ギーはそのセンターには加わらないと表明した。

KKGの言い分は、なぜ国会議員選挙で大敗北を喫したかの分析と反省が先だろうということであろう。

メガワティの再選を多くの国民が支持しないことはもはや明らかであるが、ここで止めるわけにもいかないというのがメガワティの気持ちではなかろうか。夫キエマス・タウフィクにしてもさんざ金を溜め込んできたのにここで引いては元も子もないといったところであろう。

もっとも、副大統領のハムザ・ハズ(PPP=開発統一党、イスラム政党、第4位)はメガワティ支持を表明している。

⇒ウィラントがゴルカルの大統領候補に(04年4月28日)

4月20日に行われたゴルカルの党大会で ゴルカル党首アクバル・タンジュンが決選投票でウィラントに破れ大統領候補者になれないという、一大異変が生じた。

第1回投票ではアクバルがトップになったものの、過半数を制することができず、決選投票でウィラントが逆転勝利を収めた。

第1回の投票結果は下表の通りである。

アクバル・T ウィラント バクリー スリヤ・パロ プラボオ 総投票数
147 137 118 77 39 547

続いて行われた決選投票ではウィラントが315票、アクバル・タンジュンは227票にとどまった。

第1回の票が決選投票でどう流れたかは明らかではないが、ゴルカル・プティ(白ゴルカル)と呼ばれる、ゴルカル改革派が実は少数派であったことが明らかになった。

アクバル・タンジュンはゴルカルの「スハルト体制からの脱皮」を掲げ、執行部内では多数派はを占め、多くの州の支部長クラスを自派で固めたが全国レベルの代議員大会では多数は取れなかった。

また、ビジネス・マンの代表であったアブリザル・バクリー(前商工会議所会頭)の票と、プラボオ(スハルトの女婿で元特殊部隊司令官)の票がウィラントに行ったことは想像がつく。

アブリザル・バクリーの周辺の人物はスハルト時代にさまざまな特典を与えられて財を成した人々が多く、アクバルたちの改革派とは色彩の違う人々が多いものと見られる。

スリヤ・バロはテレビ・メディア系の人々の支持者を集め、彼らの多くはアクバル支持に回ったと私は推測するが、本場のインドネシアの人々の分析を待ちたい。

ウィラントがゴルカル代表候補になったからといって、国民的人気はスシロ・バンバン・ユドヨノに遠く及ばず大統領に当選することはまず考えられないが、ゴルカル内部で大きな亀裂が生じかねない事態に発展した。

ゴルカル・プティが選挙戦で国際的に東チモールの虐殺の責任者と名指しされている人物をまともに大統領候補者として支援していくとは考えにくい。

ウィラントの副大統領候補になろうという人物はなかなかいないように思われる。ゴルカル内部から出てくるであろうが、つらい役回りである。どちらにしても、この大統領選挙を機会にゴルカルの運命はさらに斜陽に向かうであろう。

ウィラントとSBYの2人の元軍人が出てきたことによって、軍関係者の票が2分され、劣勢を伝えられる現職のメガワティにも望みが出てきたと見る向きもある。情勢は混沌としてきていることだけは確かである。

⇒メガワティの副大統領候補はハシム・ムザディNU総裁に変更か?(04年5月3日)

メガワティの副大統領候補は統一開発党(PPP)党首で現職の副大統領ハムザ・ハズが立候補するべく話が進んでいたが、この組み合わせでは勝てないという判断からか、4,000万人のメンバーを擁するナフダトゥール・ウラマの 総裁 ハシム・ムザディ(Hasyim Muzadi)が候補者として浮上してきた。

ハシムは公式には立候補宣言はしていないが、NUの盟主であるアブドゥラマン・ワヒド前大統領が健康上の理由から立候補が困難になってきたことから、現実性が出てきたともいえよう。

ハシムはゴルカルの副党首であるが、アクバル派であり、ウィラントと組む気はない。組んでも勝ち目はない。しかも彼はNUの総裁としてはイスラム教徒の信望は厚い。

そうなると、メガワティはPPPとPKB(ワヒドの政党)の支持を受けられることになり、かなり劣勢をもりかえすこともありうる。

一方、最有力候補と目されているSBYについては中傷が出回りはじめ、悪徳ビジネスマンとして隠れもなきトミー・ウィタナが資金提供者であるという噂が出てきた。

トミー・ウィタナはテンポ社襲撃事件その他でジャカルタでは知らないものはいない。ただし、日本の「インドネシア通」の中には彼は「有能な若手ビジネス・マン」であるなどと紹介する向きもあるから不思議である。

また、SBYは米国の中央情報局(CIA)から5,000万ドルの資金援助を受けているという噂が出ているという(いずれも5月3日付けストレート・タイムズ記事参照)。

また、SBYの民主党はキリスト教徒(華人が多い)の支持を受けているということと、SBY夫人はイスラム教からキリスト教に改宗した点も指摘されている。

⇒大統領ー副大統領候補者の組み合わせ出揃う(04年5月10日)

@メガワティーハシム・ムザディ;現職の大統領と最大のイスラム団体NU(ナフダトゥール・ウラマ)の 総裁の組み合わせである。ハシム・ムザディはもともとアクバル・タンジュン(ゴルカル党首)と親しい人物であったが、アクバルが大統領戦に出られなくなったため、メガワティと組むことになったものと思われる。温厚な人柄でNUでの信望は厚い。

この組み合わせにはキリスト教徒・華人党員の多いPDS(Partai Damai Sejahetra=平和繁栄党-2.14%で10位、党首Ruyandi Mustika Hutasoit)が支持を表明している。

Aスシロ・バンバン・ユドヨノ−ユスフ・カラ;この組み合わせは最も早く決まった。しかし、ユスフ・カラの集票力はさほど高くない。SBY人気がいつまで続くかが問題であるが、7月5日の投票では目下の情勢では第1位になる可能性が高い。

月星党=PBB(イズラ・マヘンドラ司法相が党首、得票率2.62%で8位、11議席)とインドネシア公正統一党=PKPI(エディ・スジャラート党首、元軍人,得票率1.25%、12位、1議席)がSBYへの支持を表明している。

Bウィラント−ソラフディン・ワヒド;ウィラントのパートナーがなかなか決まらなかった。ソラフディンはアブドゥラマン・ワヒド(グス・ドゥル)前大統領の実弟であり、NUの副 総裁、インドネシア人権委員会副委員長で もある。

兄のグス・ドゥルも弟の副大統領立候補を了承したと伝えられている。しかし、肝心のウィラントは東チモール虐殺事件の責任者として国連裁判所から逮捕状が出ている(5月10日付けジャカルタ・ポスト)身である。それがなくとも国民的人気は高くない。

Cアーミン・ライス−シスオノ;アーミン・ライスは国民協議会議長でありPAN(イスラム政党である国民信託党党首)である。今回の国会議員選挙では6.3%しか取れなかったが議席は34から52議席に急増した。

ライスは公称3,000万人のメンバーを擁するムハメディアのリーダーでありながら、PANが730万票しか取れなかったのは意外である。

しかし、ムハメディアのメンバーにいわせるとPANは「一般政党」を建前としており、キリスト教徒や一般知識人も入っていて、ムハメディアの政党であるという認識が必ずしも強くないというのである。

したがって、ライスが大統領選に出馬すれば、ムハメディアの票はもっと集まるという。そうなると、6.3%というPANの得票はもっと上積みされる可能性がある。

シスオノ(Siswono Yudo Husodo)はインドネシア同盟党(PSI)の実質的な党首であり、スハルト時代の移住共同組合相であり、農民層の支持者が多いといわれる。 農民組合HKTI(Indonesian Farmers Brotherhood Union)のリーダーである。

PSIの得票率は0.6%(議席ゼロ)であるが、彼の個人的な信望はかなりなものがあるといわれている。

これに、新興勢力のPKSのヒダヤート・ヌルワヒドと組んで「国民救済同盟=National Salvation Alliance」なるものを結成したことにより、選挙運動の足腰が強化され、「台風の目」となる可能性はある。

アミン・ライス組みを支持する政党としてはPAN(6.43%),PKS(7.34%),PSI(0.6%),PBR(2.44%),PNBK(1.08%),PNI Marhaenisme(0.81%), PM(Freedom Party=0.74%)である。合計すると19.44%となってかなりの勢力である。

アーミン・ライスはシカゴ大学で学位をとった大秀才であり、頭の切れは抜群だし、 知識人の多いイスラム教団体ムハメディヤ(会員数3,000万人といわれる)を勢力下に入れており、汚職の噂などは聞こえてこないがいまいち国民的人気に欠けるところがある。

ライスはハビビ系の組織、ICMI(インドネシア・イスラム知識人協会)から出てきた人物であり、ハビビ系人脈であ ると見られていることがマイナスになっているのかもしれない。ハビビ系人脈であるということは裏でスハルト一家とつながりがあると見る向きもある。

また、前回1999年にイスラム教政党グループの大連合ボロス・テンガ(中央枢軸)を組織し、グス・ドゥルを大統領に担ぎ上げたまでは良かったが、すぐさま喧嘩別れとなってしまい、グス・ドゥルとは以後犬猿の仲である。

多分、彼はインドネシア大統領としては現在最も能力を発揮できる人材の一人であることは間違いないが、普通の頭の程度の人間をまとめていくだけの人間的な魅力に欠けるのかも知らない。しかし、今回は飛躍のチャンスであることは間違いない。

Dアブドゥラマン・ワヒドーマルワ・ダビド・イブラヒム;グス・ドゥルはPKBの候補者として大統領選に出馬する意向であることが報道されている。彼は大統領候補者の資格審査で健康上の理由(脳梗塞で2回倒れ、目がほとんど見えないといわれている)で資格なしという決定を受けている。

しかし、グス・ドゥルはそんな決定はそもそも憲法違反であるとし、土壇場まで立候補するといって頑張っているという。もし彼が立候補すればNUの票の過半数はグス・ドゥルに流れ、メガワティとウィラントは打撃を受けることは間違いない。

副大統領候補のマルワ(Marwah Daud Ibrahim)はゴルカルの幹部(副委員長)でもある。ゴルカルとPKBが相乗りで2通りの候補者を出すという奇妙な格好になった。 彼女はゴルカルの中では悪ではないし、政治的野心も少ない。なぜグス・ドゥルと組むことになったかは不明。

ところが、5月13日になってPKBの党首となっている前外相のアルウィ・シュワブがPKBとしてはソラフィデン・ワヒド(ウィラントの副大統領候補者でありグス・ドゥルの弟)を出しているのでゴルカルを支持すると表明した。

梯子をはずされた形となったグス・ドゥルは大いに怒り、「もしPKBがアルウィにしたがってゴルカルを支持するというならば私は新党=新民主党を結成する」といきまいている。

そうなれば、グス・ドゥルは大統領選挙に出られない可能性が大である。いずれにせよNUは分裂状態で選挙戦を闘うことになる。

Eツツットーザイヌディン;スハルトの長女Siti Hardiyanti Rukmana(通称ツツットー=Tutut)はPKPB (憂国勤労党ーハルトノ元参謀長が党首)から大統領戦に立候補する。PKPBは露骨な旧スハルト路線支持政党であるが得票率は2.11%で11位に終わった。

しかし、これで懲りるようなツツットではなく、あくまでメガワティを蹴落とす構えで、あえて出馬に踏み切った。副大統領候補者にはPBR(The Star Reform Party=改革の星党、イスラム教)の党首KH Zainuddinを担ぎ出して組むことにした。 

ザイヌディンはテレビでおなじみの人気イスラム導師であり、政治的野心が強くスハルトにとりいっていた。スハルト失脚後PPPに鞍替えし、さらにハムザ・ハズとも分かれ2002年、独立の政党を作った。ラスカル・ジハドのジャファー・ウマル・タヒブを獄中に見舞っている。

しかし、PRBは得票率2.44%(議席13で2.36%)で両党を足しても得票率4.55%(議席率2.72%)で得票率5%以上もしくは議席獲得率3%以上でないと大統領候補を出せないという選挙法の規定により、どこかもう1党参加させなければならない。いずれにせよ勝ち目はない。

その後、PBRはアーミン・ライス組み支持に回ることになり、ツツットの大統領出馬はなくなった。

Fハムザ・ハズ−アグム・グメラール;現職の副大統領で開発統一党(PPP、得票率8.15%で4位、議席獲得数58=10.15%)のとうしゅである。もともとメガワティと組んで副大統領候補になる予定であったがメガワティはハシム・ムザディと組んだため去就が注目されていた。

副大統領候補には退役軍人で運輸・通信相のアグム・グメラール(Agum Gumelar)を選んだ。アグムは軍人の中では改革派であった。

⇒グス・ドゥルは健康問題で大統領選出場資格なし(04年5月23日)

中央選挙管理委員会はグス・ドゥル(アブドゥラマン・ワヒド)前大統領は健康上の適格審査を通らなかったため、大統領選挙への立候補資格なしという最終判断を下した。

現在グス・ドゥルは視力はほとんど失っているものの、日常元気で政治活動を行っており、選管の決定を大いに不服として、訴訟に持ち込むと同時に、選管に対し1兆ルピア(約125億円)の損害賠償を請求した。

選管の決定はPKBの党員やグス・ドゥルの支持者をかなり怒らせ、しばらくは荒れる選挙戦になりそうである。しかし、現実主義者が多いインドネシアではPKBの党員や支持者は他党候補の応援に向かうことになろう。

行く先はメガワティ陣営かウィラント陣営が多いことは間違いない。イスラム教色の強いアーミン・ライスはPKBの支持基盤であるNUとは対抗意識の強いムハメディヤ(イスラム知識人が多い)に属するため、PKBの支持は期待できない。

もう一人のイスラム候補のハムザ・ハム(開発統一党)は自身がNUのメンバーであるが、最初からほとんど勝ち目がないと見られている。

彼は公式に3人の夫人と16名の子供を持っており、イスラム社会では4人まで夫人を持てるとはいえ、余り一般国民の好意はえられそうもない。政治的な方針もあいまいである。

スハルト元大統領の長女のEツツットーザイヌディン組みは5%以上の連合が組めず、立候補を取りやめ、ウィラント候補応援に回るものと見られている。ウィラント派の幹部はツツットのところに早速挨拶に行っている。

今の情勢では本命はAスシロ・バンバン・ユドヨノ−ユスフ・カラ組、対抗@メガワティーハシム・ムザディ組、ダーク・ホースはCアーミン・ライス−シスオノ組ということになり、Bウィラント−ソラフディン・ワヒド組はゴルカル支持票をまとめきれず苦戦である。

メガワティの夫タウフィクは糖尿病でオーストラリアの病院に入院中であり、彼が選挙運動に介入してこなければメガワティ人気は多少回復する可能性はある。 ハシム・ムザディは人望があり、メガワティにとっては有利な材料である。

スシロ・バンバン・ユドヨノ支持の熱気も最近やや冷めつつあり、もともと彼の政党支持基盤は弱いので、予断を許さない激戦が予想される。 最近、ウィラントが出てきたことによって、反軍部(人)ムードが出てきており、SBY にとってはマイナスである。

いずれにせよ第1回の選挙(7月5日)で過半数を取れる候補はいないので9月20日の決選投票まで選挙戦は続く。

 

65−8. 正副大統領候補の資産公開、最大の資産家はユスフ・カラの約14億円(04年6月3日)

インドネシアの汚職監視委員会は5組の正副大統領候補の資産(届出ベース)を公開した。それによるとかねて噂のあったユスフ・カラ(SBYの副大統領候補)が1226.5億ルピア(1ドル=9,500ルピアで換算すると1,290万ドル=14億2千万円)であった。

ユスフ・カラは公務員共済基金から不正融資を受けるなど、身辺に悪臭が漂っている人物として評判は決して芳しいものではない。

2位は意外にも清廉潔白な人物として評判の高かったシスオノ・ユドフスド(アーミン・ライスの副大統領候補)の747.7億ルピア(8億66百万円 、外貨は除外、以下同じ)であった。

メガワティは3位で598.1億ルピア(6億93百万円)、ウィラントは4位で462.2億ルピア(5億35百万円)であった。

インドネシアでは将軍というのはやはり金になるものらしい。しかし、SBYは同じ将軍でも要領が悪かったのか46.5億ルピア(54百万円)しか(?)持っていない。 これはSBYが清潔な人物としての評判を高めることは間違いがない。

最も、マルビ候補の筆頭ははアーミン・ライスで8.7億ルピア(10百万円)である。まじめそうな人柄だから、確かにカネには縁が薄いかもしれない。この数字が本当だとすると貧しい一般庶民(オラン・クチル)の票 が集まる可能性もある。

候補者がどの程度正直に資産内容を公開したかは明らかではないが、インドネシア人の金持ちはケタ外れに大金を持っているという話だから、上の方は到底こんな額ではないかも知れない。

  百万ルピア 円換算(百万円) 職業
1.ゴルカル;正ウィラント 46.215 535 元軍人・国軍司令官
      副ソラフディン・ワヒド 2,701 31 PKB副党首・宗教家
2.PDI-P;正*メガワティ 59,809 693 大統領
      副ハシム・ムザディ 7,234 84 NU総裁・宗教家
3.PAN; 正*アーミン・ライス 868+13.7千$ 10 国民協議会議長
      副*シスオノ 74,767+81.7千$ 866 政治家・農民組合長
4.民主党;正スシロ・B・ユドヨノ 4,652 54 元軍人・前政治治安調整相
      副ユスフ・カラー 122,654+15千$ 1,420 実業家.・前福祉調整相・ゴルカル
5.PPP:正*ハムザ・ハズ 17,337+199千$ 201 政治家・副大統領・宗教家
      副*アグム・グメラール 8,854+367千$ 103 元軍人・閣僚

注)*印は2001年の調査の数字であり、他は2004年の数字

出所)http://www.gatra.com/ 6月15日付け

⇒汚職追放委員会の調査ではシスオノが最大の金持ち(04年7月3日)

上の表とは別に、KPK(汚職追放委員会)が独自に調査した大統領・副大統領候補者の資産保有状況ではアーミン・ライスのパートナーであるシスオノが3,200億ルピア(約38.4億円)でトップで、最も少ないのがアーミン・ライスの18億ルピア+14,000ドル(約2,300万円)であった。

なぜ、農民組合長という肩書きのシスオノがトップであるかといえば、スハルト政権末期に権勢を振るった民族派政治官僚のギナンジャールと並び称される大物だったからである。彼のところにも自然にカネが流れ込む仕組みに当時はなっていたものと思われる。

  百万ルピア 円換算(百万円)
1.ゴルカル;正ウィラント 39,351+44千ドル 475
      副ソラフディン・ワヒド 2,701 31
2.PDI-P;正*メガワティ 59,809 693
      副*ハシム・ムザディ 7,234 84
3.PAN; 正アーミン・ライス 1,897+48.7千$ 28
      副シスオノ 320,367 3,844
4.民主党;正スシロ・B・ユドヨノ 4,542 54
      副*ユスフ・カラー 122,654+15千$ 1,420
5.PPP:正ハムザ・ハズ 19,196+199千$ 252
      副*アグム・グメラール 8,854+367千$ 103

*印は今回調査できなかった分。

また、ICW(インドネシア腐敗監視団)とTII(国際インドネシア透明性委員会)が共同で総選挙監視委員会(Panwaslu)に6月18日に提出した報告によると、SBYのパートナーであるユスフ・カラは選挙民に対して寄付行為(買収)を行ったとしている。(7月3日Bisnis Indonesia)

 

65-9 グス・ドゥル曰く、「インドネシア人はウィラントを大統領にするほどもはや無知ではない」(04年6月3日)

グス・ドゥルは健康上不適格とされ自分では大統領選挙に出られなくなった。グス・ドゥルの政党PKB(国民覚醒党)は副党首でグス・ドゥルの弟のソラフディン・ワヒドがウィラントとペアを組んで副大統領候補に出ている手前、ウィラント支持を打ち出している。

しかし、肝心の大親分のグス・ドゥルは一向に乗り気ではなく、どの候補も支持しないと表明している。本来、大統領選挙そのものをボイコットしたいぐらいの気持ちでいるらしい。

日本のメディアの大部分がSBY、メガワティ、ウィラントの3人が三つ巴の選挙戦を繰り広げるなどと判で押したように書いていて、内心ウィラントの勝利に望みをかけている雰囲気さえほの見える。

スハルト体制へのノスタルジャがある日本人がいまだ少なくないのであろうか?実際のところシンガポールなどにはスハルトびいきのビジネスマンやジャーナリストは存在するといわれている。確かにスハルト時代はシンガポールにとって良かったかもしれない。

ところがグス・ドゥルはウィラントなどは最初から「圏外」と見ているようである。

ウィラントが有力だと考えるのはゴルカルが第1党になったこととPKBが応援に駆けつけたことが根拠になっているようだが、PKBの実体はNU(ナフダトゥール・ウラマ)の宗教指導者と青年部である。 彼らは基本的に反ゴルカルである。

NUの親分のハシム・ムザディは既にメガワティと組んでいる。PKBの得票がそのままウィラントに行くはずがない。また、ユスフ・カラーはSBYと組んでいる。ユスフ・カラーの地盤であるスラウェシ地区のゴルカル票は相当部分がSBYに行ってしまう。

また、ゴルカル内のアクバル・タンジュンはウィラントが大統領になれば自らの政治生命は終わりになることはわかっている。どこまでウィラントのために本気で働くか判ったものではない。

それと、肝心の選挙民はグス・ドゥルが喝破したとおり、もはや政治的に無知ではない。これが日本の選挙民と違うところである。 (訂正:7月11日の参議院選挙では日本国民はいつまでも小泉−竹中流のハッタリに騙されていないことを立証した。)

時間が経つにつれてアーミン・ライス(今後は週刊誌テンポのこの読み方に倣うことにします)がかなりの追い上げを見せてくるであろう。

メガワティは夫タウフィク・キエマスが糖尿病で入院していることもあってか(表に出てきたらメガワティの敗北は必至)、PDI-Pの若手ナンバー・ワンのラクサマナ・スカルディ(現国営企業担当相)を選挙参謀長にすえて巻き返しを図っている。

ラクサマナは現在のインドネシア政界ではぴか一の逸材である。バンドン工科大学を卒業後、シティ・バンクに入り副社長にまで昇進し、後に若くしてリッポ銀行の頭取に就任している。父親は戦後初期に活躍したジャーナリストであり、スカルノと親交があった。

副大統領候補のハシム・ムザディはNUでの人望もあり、一時期よりも人気は回復傾向にあるようだ。

いずれにせよインドネシアの民主主義は今回の選挙でさらに一歩前進するであろうことは疑いの余地はない。

 

65-10. 大統領選挙開票速報ーSBYまずリード、メガワティが2位(04年7月5日)

7月5日に大統領選挙が行われ、早くも即日開票が始まった。 7月26日午後5時に正式結果が発表された。

有権者数1億48百万人といわれているが、実際に投票した人数は下表に見るとおり121.3百万票であった。そのうち有効投票は118.7百万票 であり、無効票が263.6万票あった。

第1位は予想にたがわずSBY(スシロ・バンバン・ユドヨノ)が33.57%の得票でトップであり、第2位はメガワティが26.60%であった。

ウィラントが3位 で22.2%、4位がアーミン・ライスで14.7%で、ハムザ・ハズは3.0%に終わった。SBYも意外に伸びず時間がたつにつれて得票率は落ちてきて 、むしろ前評判の良くなかったメガワティの健闘が目立った。

50%以上の得票を得る候補者がいないので、9月20日に決選投票がトップの2名によって行われる。すなわち、SBYとメガワティの決戦投票となる。

ウィラント はゴルカルの票田である西ジャワでSBYに負けており、しかもメガワティに決定的な大差を付けられなかったことから、徐々に得票率を下げてい った。軍を動員しての選挙活動も不発に終わった。

SBYとメガワティとの得票の差は827万票で7.0%であるが、決選投票ではSBYが絶対的に優勢であるとは言い切れない。

アーミン・ライスは都市部の知識層には圧倒的な人気だが、3位のウィラントとの差は7.5%もついてしまった。資金力に大きな差があったこと以外に、彼のイスラム色が強すぎたことが大衆の支持を得られなかった原因かもしれない。ハムザ・ハズも最下位は確定しており、イスラム教色の強い2人が下位となった。

インドネシアではsecular(世俗的)という言葉は表向き大変嫌われるが、実際には一般国民は「世俗政党政治家」をリーダーに選んだことになる。

 

大統領選挙投票結果(7月5日実施、26日公表)

順位

得票数

同%

1

Susil Bambang Yudhoyono-Jusuf Kalla

39,838,184

33.57

2

Megawati-Hasym Muzadi

31,569,104

26.61

3

Wiranto-Solahuddin Wahid

26,286,788

22.15

4

Amien Rais-Siswono Yudhohusodo

17,392,931

14.66

5

Hamzah Haz-Agum Gumelar

3,569,861

3.01

有効票数合計

118,656,868

100

投票総数

121,292,844

有効投票率(%)

97.83

 

65-11. SBYとメガワティで9月20日の決選投票へ(04年7月9日)

開票の3分の2が終わった段階でゴルカルのウィラントが2位のメガワティを逆転する可能性はほぼ消滅した。4月の国会議員選挙でゴルカルに投じられた地方の票はSBYに食われてしまったからウィラントが今後大きく票を伸ばすことはマズありえない。

僅かに得票率ではウィラントがメガワティとの差を詰めてはいるが絶対数で300万票以上の差はどうにも埋まらないであろう。米国のニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルもメガワティの決選投票進出をほぼ確実なものとして伝えている。

最終結果は7月26日に中央選挙管理委員会から発表されるが、早くも9月20日の決選投票の準備にSBY、メガワティ両陣営とも入っている。

常識的には第1次選挙で1位になったSBYがメガワティに8%程度の差をつけてるので絶対的に有利であると見ることができよう。しかし、SBY 人気にはかげりが出てきており、決選投票ではこれ以上票を伸ばすことは難しいと見ることもできる。

今回のメガワティの善戦の背景には、悪評高い夫キエマス・タウフィクが糖尿病を理由にどこかに消えてしまい、若手の有力者ラクサマナ・スカルディが選挙参謀長となり選挙運動を指揮した点が上げられる。

キエマスが再び出てくれば、メガワティは消えてしまう。それほどキエマスの評判はよくない。メガワティの在任中の不適切な人事やPDI-Pの汚職などは全て夫キエマスのミス・ジャッジから出てきていると世間では見ている。

それはさておき、ウィラントの敗北はゴルカルにおいては党首アクバル・タンジュンにとっての勝利である。問題はゴルカルが決選投票でどちらを支持するかということである。

既に、SBY陣営は閣僚の地位を餌にゴルカルにアプローチを開始しているといわれている。策士ユスフ・カラなら当然やりそうなことである。

しかし、アクバル・タンジュンにしてみればSBYが大統領になれば彼自身が大統領になる目は永久に消えてしまうことになりかねない。おそらくアクバル・タンジュンはメガワティに肩入れすることになるであろう。

そうなると、このページのトップに話が戻って、PDI-Pとゴルカル連合の復活である。

メガワティにしてもそれ以外にSBYに勝つ方法はないであろう。また、その連合の可能性は十分にある。しばしばインドネシアの政治を動かしてきた学生層は軍人に対する反発が非常に強い。

SBYはブッシュ政権の支持を得いているという噂もイスラム教徒の多いインドネシアではかなり致命的である。この段階でメガワティはむしろ有利に立ったとすらいえる。

問題は夫キエマスが政治の舞台から消えることが肝心である。彼の姿が再び大衆の目に触れたとたんにメガワティから勝利の女神は立ち去るであろう。

ところが、早くもアクバルタンジュンとキエマスは会談を行っていることが新聞にすっぱ抜かれた。これによってメガワティはどれくらいダメージを受けるかキエマスにはまるでわかっていないようである。(7月11日追記)。

その後、タウフィクはメディアに接触することをPDI-Pから厳禁されていることが判明した。これは当然である。タウフィクは国民から汚職・腐敗、不適切人事の張本人とみなされている。(7月15日追記)

また、今回の選挙の立会いに、米国の元大統領カーター氏がインドネシアに来ている。彼のコメントは実際の選挙では若干の不手際はあったものの極めて平和裏に行われ、「イスラム教徒は民主主義に向いていないなどという俗説を完全に吹き飛ばした」というものである。誠にむべなるかなである。

⇒スシロ・バンバン・ユドヨノに付きまとう黒い影(04年7月15日)

SBYは軍人出身ではありながら、民主主義改革に理解を示し、実行力のある政治家として国民からは大いに期待され、7月5日の第1回大統領選挙直前の世論調査では45%前後の得票をえるという予想が圧倒的であった。

しかし、いざ蓋を開けてみると、トップではあるが得票率は33.6%にとどまっている。その間、国民のSBYフィーバーはかなり沈静化したと見ることもできる。ただし、最もSBY有利説を強調したのは米国の調査機関であった。

一方、メガワティは実行力のないダラシない大統領であり、4月の国会議員選挙のPDI-Pの得票率18.5%の維持すら難しいという観測が流されていた。ウィラントのほうが上位に来るという予想をしていた向きも少なくなかったはずである。

しかし、結果はグス・ドゥルの予言通り、ウィラントははじめから「圏外」だったのである。筆者も同じ予測をした。メガワティはPDI-Pの得票率をかなり上回る26%台の得票をえた。

SBYとの差は依然として7〜8%あるが、決定的な差ではない。メガワティの選挙参謀長には智謀の士ラクサマナ・スカルディが就任し、選挙戦を取り仕切ったが、彼の作戦の重要な柱はメガワティのイメージ回復にあった。

そのためには悪評フンプンたる夫のタウフィク・キエマスを選挙戦の表舞台から隠したのである。タウフィクは「メガワティのあとにはオレが大統領になる」くらいの野心家でもあるが、残念ながら到底そのタマではない。

ゴルカルのアクバル・タンジュンの方が政治家としてはあらゆる点において格が上である。インドネシアでは大統領は2期しかやれないので、次の大統領選挙にはアクバル・タンジュンにもチャンスが回ってくる。

SBYが大統領になれば、彼は当然2期目も狙うであろうから、アクバル・タンジュンにはチャンスがなくなる。従って、アクバルの率いるゴルカルは今回メガワティ支持に踏み切るであろう。議会の第1党と第2党が組めば政治は安定する。

ハムザ・ハズの率いるPPP(統一開発党=イスラム政党)もメガワティにつく公算が大きいので、今の段階で既にメガワティはかなり有利な位置にいるという見方ができよう。

しかし、最近の選挙で明らかになった点は選挙民は「政党にとらわれない」投票行動をとる傾向が強まり、政党がいくら合従連衡を行ったところで、それは決定的な要因ではないという見方が出てきている。

SBYは もともとウィラントの小判鮫的存在であり、ウィラントに引き上げられてきた。彼をグス・ドゥル前大統領に売り込んだのもウィラントであった。SBYは国軍改革を表に出し、米国流シビリアン・コントロールを標榜し、グス・ドゥルの信任をえた。

今回の大統領選挙の決選投票ではSBYは軍人出身であるということがメリットでもあるしデメリットでもある。国軍の票はかなり集められるが、政党組織の応援が 民主党とユスリルの月星党以外は余り今のところない。

国民特に青年層の反軍感情も無視できない。強いリーダーへの期待を持つ国民も少なくないが、軍部が政治のリーダーシップを握ることへの国民の反発は根強いものがある。その警戒感が7月選挙の最後の段階で出てきた。

メガワティ時代にインドネシアの治安は悪かったというが、治安調整相を勤めていたのは誰あろうSBY本人である。SBYについては米国のCIAが背中に張り付いているという噂も流布されている。

シンガポールのビジネス・タイムズなどを読んでいると、国際金融機関(主に米国)にはSBY待望論が非常に強いことが伺われる。SBYならインドネシアの経済成長は7〜10%、メガワティなら5.5%だなどといっている。

SBYの対米傾斜は、例えばバリ事件への彼の対応の変化にも現れている。

SBY当初はジェマー・イスラミアなどインドネシアには実在しない(今でもかなりのインドネシアはそう考えている)と主張していたが、時間がたつにつれて、アルカイダの手先のジェマー・イスラミアという米国政府の作ったシナリオに完全に乗ってしまった。

首謀者ハンバリも米国に拘束されたまま、インドネシアの官憲はインドネシア国籍のハンバリとの面談はいまだに実現していない。また、国軍の中でイスラム過激派(ラスカル・ジハドなど)のバックになっているといわれる怪しいメンバーの追放も行っていない。

そもそもやる気がなかったのか、実行力がなかったのか不明であるが、彼には国軍改革などをやるガッツに欠けている。

また、彼の選挙資金の提供者の中にはテンポ社襲撃事件などで悪名をはせているトミー・ウィナタ(華人)がいるといわれている。トミー・ウィナタはアルタ・グラファという新興財閥(銀行も所有)の総帥である。

アルタ・グラファは実はスハルト時代の国軍の一部の悪徳将軍達が作ったビジネス機関であり、彼らが実質的に支配している。トミーは彼らのいわば番頭であるともいえる。彼らがSBYのバックについていることはほぼ間違いない。

その元将軍の最高実力者がTBシララヒ(Silalahi)退役少将であり,SBYの ゴルフの師匠であり、右腕といわれている人物である。巷に流布しているSBYの「影の内閣では」シララヒが国家官房長官に擬せられているという。

⇒ゴルカルはメガワティ中心の政治連合を積極的に売り出す(04年7月22日)

ゴルカルは大統領選挙の決選投票を控え、各主要政党に「永続的政権連合」構想を提案している。発案者はアクバル・タンジュン党首である。

今回、メガワティの再選を実現して、議会で多数を占めるゴルカル、PDI-PのほかにPKBなどで安定政権を作ろうというものである。

ハムザ・ハズのPPPは元からメガワティ政権への参加を表明しているし、アーミン・ライスの副大統領候補のシスオノ(Siswono Yudo Husodo=インドネシア同盟党(PSI)の実質的な党首)もメガワティ支持を明言している。

この連合構想が実現すればメガワティ陣営はかなり有利に選挙戦を闘うことが可能になる。

また、議会でも安定多数が実現し、政治運営もスムーズに行く可能性がある。この場合主導権を握るのはアクバル・タンジュン率いるゴルカル党であり、PDI-Pは「従の立場」になるのは避けられない。

(8月9日追加)もともとゴルカルの幹部の1人でもあるユスフ・カラはゴルカルに食い込みをはかり、国民協議会のゴルカル幹部に積極的アプローチをかけている。

中でもファハミ・イドリス(Fahmi Idris=元労働相、ハビビ派)やマルヅキ・ダルスマン(Marzuki Darusman=グス・ドゥル政権時代の元検事総長)派かなりSBY支持に傾いているといわれている。しかし、彼らにはゴルカル全体を動かす力はない。

ただし、当然のことながらゴルカルが一枚岩の政党ではないので、SBY支持者もかなり出てくる可能性がある。

PDI-Pにおいてはタウフィク・キエマスが、いわば「禁治産者」の地位に追い込まれており、メガワティ再選のためにはゴルカルの支援は不可欠であり、この構想は実現の可能性が高い。

ただし、実際の選挙では国民の投票行動が「政党離れ」の傾向を示しており(ただし、完全に離れたわけではない)、実際はどうなるかはわからない面があるが、「SBY人気」なるものにカゲリが出てきたことはたしかであり、メガワティ有利の線が見えてきた。

しかし、タウフィクがしゃしゃり出てくると全てはご破算である。国民の怒りは汚職の元凶視されているタウフィクに向けられている。

 

65-12.選挙管理委員会事務所で爆弾事件(04年7月26日)

ジャカルタのインドネシア中央選挙管理委員会事務所で7月26日午後1時ごろ、女性用トイレに仕掛けられた小型の爆弾が破裂するという事件が起こった。ドアと窓ガラスが吹き飛んだが、けが人はいないと発表されている。

爆発物は事前30分前に予告電話があり、発見された。全員が事務所から難し、警察の爆発物処理班が到着する前に爆発してしまったという。爆発物にはKPU幹部(投票結果認定の責任者)のスベキ(Valina Songka Subeki)女史への脅迫文が付けられていたとのことである。

この爆発事件によって本日(7月26日)発表される予定であった、7月5日の第1次大統領選挙結果の公表が一時延期さた。ただし、結果は1位SBY,2位メガワティということは変わりない(上欄の集計票参照)。

爆発の当時、イスラム政党PKSのメンバーが1,000名ほど事務所の外で8州の投票所で不正があり、選挙は無効だとするデモを行っていた。彼らが具体的に誰の支持者なのか明らかではない。

PKS はアーミン・ライスを支持するグループとゴルカル(ウィラント候補)を支持するグループに2津に分裂し、アーミン候補もウィラント候補も選挙結果に不満を表明し、再調査を要求している。

PKSがこの爆弾事件と関係があるか否かは不明である。

警察は2名の容疑者を中部ジャワのソロで逮捕したと発表し、その後8名を取り調べているとしている。ソロはアーミン・ライスの本拠地でもあり、イスラム過激派の多い地域でもある。ただし、アーミン・ライスがこんな馬鹿げた事件をしでかすはずはない。

なお、爆発物は本格的な火薬(TNT)は使用されておらず、比較的爆発力の弱い小型のものであったという。

 

65-13. 9月20日決選投票に向けての合従連衡工作(04年7月31日)

SBYが第1次選挙で33.6%で2位のメガワティの26.6%に大きな差をつけていることは既に見た通りである。

メガワティ陣営は上に述べたようにゴルカルを主要パートナーとし、これにPPP(開発統一党)が加わることはほぼ確実である。

グス・ドゥルのPBKはナフダトゥール・ウラマ(NU)を母体とする政党だけに、NUの代表者ハシム・ムザディを副大統領候補に擁するメガワティの味方をせざるをえない。

グス・ドゥル個人としてはSBYとは比較的仲が良いので応援は約束する可能性はあるが、党員はあまりついてこない。NUのメンバーとしてはムザディに好意を持っている人間が多いという。

アーミン・ライスは15%の得票を得たこと自体それなりの実力者であることを示した。そこでSBYはアーミン・ライスにまず提携を持ちかけた。

ライスは言を左右にしてSBYに余り色よい返事をしなかったようである。彼はどちらが大統領になたところでたいした変わりはないと明言している。

しかし、ライスはイスラム原理主義色の強いムハメディアの大ボスであり、PANの党首でもある。ライスが一番問題にしているのはSBYと米国との結びつきである。

イラク戦争を引き起こした米国には絶対に同調できないというのがライスの立場である。ところがSBYにとって非常にまずいことが最近起こってしまった。

それは米国のパウエル国務長官が7月始めにASEANの安全保障会議に出席した際に、何とメガワティには会わずに、SBYとのみ会っていたのである。その話は公になっていないが、アーミン・ライスは知っており、非常に問題視している。

この話が選挙戦に利用されると、個人的人気に頼っているSBYにとっては大きなマイナスとなる。

イスラム原理主義色が強く、SBYの民主党(7.55%得票で第5位)とともに躍進したPKS(7.34%得票で第6位)は第1回大統領選挙ではアーミン・ライスを支持したと思われるが、反SBY(メガワティ支持には回らないまでも)運動をやりかねない。

ということになると、SBYは民主党 とおそらく月星党(現司法相のユスリル・イフザ・マヘンドラが党首)を除いては他政党の応援はほとんど期待できず、彼の「個人的人気」に頼らざるを得ないことになる。

ただし、SBYの支持者にはオルバ保守派(スハルトに近い人脈)がついている。またゴルカル右派(ウィラント支持派)もSBYを支持することはほぼ間違いない。しかし、それは組織としての動きではない。ということになると、SBYは相当な苦戦を強いられるであろう。

しかし、メガワティにも弱点はある。それは彼女の夫タウフィク・キエマスである。メガワティの人気回復に気をよくしたタウフィクはゴルカルとの提携交渉に最近になてノコノコ顔を出しているのである。 しかし、持病の心臓の調子が悪く余り目立った動きはしていない。

メガワティが国民から嫌われているのは汚職撲滅どころか、「汚職を蔓延させた」点にある。また、明らかに汚点のある人物を起用したことである(ジャカルタ知事スティヨソや検事総長ラフマンンなど)。

キエマスは 自分が、いかにメガワティにとってマイナス材料なのか相変わらず判っていない。メガワティもキエマスに「消えていろ」とはいえないのかもしれない。どちらにせよ混戦模様である。

 

65-14. 米国はインドネシアの大統領選挙に干渉している(04年8月6日)

8月6日のジャカルタ・ポスト(インターネット版)によると、元情報部(Bakin)高官であるローレンス・マヌラン氏は「米国はインドネシアの次期大統領には軍関係者が選出されるよう工作している。それは軍関係者のみがテロリストと対決できるからである」と述べている。

同氏はさらに、SBYとウィラントではSBYの方が望ましい。というのはウィラントは軍人ではあるがイスラム強硬派とのつながりが強いからだという。なるほどそういわれてみれば、イスラム原理主義的政党PKSはアーミン・ライスとウィラントを支持するといっていた。

アーミン・ライスはイスラム近代主義者(原理主義的)であり、イスラム過激派を支持していた。ウィラントもイスラム過激派グループの支持者であり、暴力集団の黒幕でもあった。

もともとバアシールを支持するPKSとしてはこの両者を支持したのは当然のことであった。

9月20日の選挙ではPKSは棄権するとみられている(自らそういう発言をしている)が、SBYが「米国の手先」というレッテルを張られてしまうと、急遽メガワティ支持を打ち出す可能性もある。この辺の動きが結果を左右することになりそうだ。

ただし、メガワティのほうも着実に「失点」を重ねている。最近はタウフィク・キエマスがしきりにシャシャリ出てきて、露骨な「裏工作」を始めた。最近ではスハルトの女婿で特殊部隊の司令官であったプラボオ元中将と会っている。

こんな人物と会ってもメガワティには何のメリットもなく、スハルト一族にゴマをすったとしか世間には受け止められない。浅知恵キエマスの策謀としか思えない。

メガワティはなぜプラボオと会ったかという記者の質問に「ビジネスの話」であるという苦しい説明をしている。一方、同日アーミン・ライスとも面談しているが、アーミンとの面談はリラックスしたものであったと述べている。

ちなみに、米国の東南アジア戦略は米軍がこの地域での軍事的優位を維持し続けることにある。そのためには、アル・カイダの下部組織とも言うべきテロリスト集団「ジェマー・イスラミア」の存在が欠かせない。

「ジェマー・イスラミア」は米国にとってはなくてはならないテロリスト集団なのである。これをシンガポールと合作で強引に作り上げたという見方ができる。

テロリストだか爆弾屋だか知らないが、物騒な集団は確かに存在する。しかし、彼らが「汎イスラム国家・連邦」を目指すような宗教的・政治的集団であるとは到底思えない。

もし、彼らが汎イスラム主義集団であれば、いきなり爆弾をあちらこちらで爆発させルというのは理屈に合わない。爆弾を爆発させるとインドネシア人の支持をえられるというのあろうか?まず、言論による宣伝活動を優先させるというのが普通のやり方であろう。

米国というより、今のネオ・コン(ウルトラ保守主義)のブッシュ政権としては米軍が東南アジアに幅広く展開するためには「テロ対策」として各国の軍隊との「共同作戦」ができる体制を構築したいのである。

なぜ米国がそこまでやるのかと言えば、それは彼らの「覇権主義」のためであろう。これを新しい「帝国主義」と呼ぶことも可能である。そうしないと資本主義国アメリカの利益が守れないという理屈が私には理解できない。

東南アジアやアジアに平和体制が築かれれば、そのなかでビジネスを平和にやることができ、余計なコスト(軍事支出)をかけなくてすむではないか?ビジネスは暴力による「奪い合い」の世界ではないはずである。

米国が恐れるのは中国の影であろうか?確かに華人・華僑の存在をベースに中国は東南アジアに影響力を広げうる。しかし、中国が東南アジアにいくら影響力を広げたところで、その先どうするのであろうか?

軍事的に占領して東南アジアを囲い込むとでも言うのであろうか?そういう帝国主義的幻想の持ち主が華人・中国人にいないとも限らないが、そんなことは「見果てぬ夢」にしか過ぎない。

米国も「経済力の劣化を軍事力でカバー」しようなどという非合理的な戦略を持つべきではない。それは限りなく人類を不幸にするだけである。

 

65−15. メガワティ支持の4党合意とゴルカルの内部分裂(04年9月1日)

メガワティを支持する政治連合が8月の半ばに結成された。PDI−P(109議席)、ゴルカル(128議席)、PPP(開発統一党=ハムザ・ハズの率いるイスラム政党58議席)、PDS(Prosperous Peace Party=繁栄平和党=キリスト教徒の政党で華人が多い11議席)の4党である。

彼らはNationhood Coalition(国民連合)と称しており、永続的な組織(選挙後も協力する)であると言っている。

これに後に、PBR(Reform Star Party=改革の星党=イスラム政党14議席)とPNI Marhaenisme(Marhaenisme Indonesian National Party=マルハエン主義国民党=スクマワティ・スカルノプトリ=メガワティの妹の党1議席)が加わり6党連合体制ができた。

この6党をあわせると、国会議員550名のうち320名を超える大勢力となり、事実上国会は彼らが支配できる。

これに対してスシロ・バンバン・ユドヨノ(SBY)陣営は民主党(55議席)とPKS(Prosperous Justice Party=繁栄正義党=イスラム原理主義に近い政党45議席)と司法相ユスリル・イフザ・マヘンドラの率いる月星党(イスラム政党11議席)の3等連合であり、議席は111にしか過ぎない。

グス・ドゥル率いるPKB(民族覚醒党52議席)とアーミン・ライスの率いるPAN(国民信託党53議席)は表向きには中立を表明している。

PKBはナフダトゥール・ウラマ(公称4,000万人)が支持母体であり、ハシム・ムザディがメガワティの副大統領候補になっているのでメガワティの方に比較的多くの票が流れるであろう。

PANの支持母体はムハメディヤ(公称3,000万人)といわれるイスラム改革派(インテリ層、熱心なイスラム教徒が多い)主体の政党であるが、SBY支持者が多いといわれている。ところがアーミン・ライスは中立をかたくなに主張している理由は上に見たとおりである。

ところが、アクバル・タンジュン率いるゴルカルのなかから公然とSBY支持を表明するグループが現れた。それは既に上で述べたメンバーであり、Fahmi Idris, Marzuki Darusman, Burhanudin Napitupulu, Yorris Raweyaiらである。

彼らはなぜSBYを支持するかは個別に事情があるが、SBYの副大統領候補であるユスフ・カラの人脈である場合と、もう1つはアクバル・タンジュンへの個人的反発もしくは対抗意識であろう。

こもまま6党連合が勝利すると、インドネシアの政治はアクバル・タンジュンが主導権を握ることは間違いない。そうすると自分の出る幕がなくなると考えているのが、例えばマルズキ・ドゥルスマンであろう。

彼らはOpen Forum for Renewal(革新のための開かれたフォーラム)と称し、ゴルカル党員150名で旗揚げした。また、PDI-Pのなかからも反メガワティ派国会議員が数名彼らと行動を共にするといわれている。

しかし、マルズキもアクバル・タンジュンからゴルカルを出て行けと一喝されるや、ゴルカル党を分裂させるつもりはないなどとと恭順の意を表している。意外に意気地のない男である。

また、ゴルカルの中の保守派(ウィラントを支持したグループ)は多くがSBY支持に回るであろう。従って、ゴルカルの支持があるといっても、かなり目減りすることは間違いない。

一方PKSの中にもSBY支持に反発する勢力が少なくなく、PKS本部に数百人が押しかけSBY支持を撤回するように要求した。PKSの中のウィラント支持者(イスラム過激派=武力闘争支持派)はSBY支持に回っていると思われる。

ウィラント自身は中立を表明しているが、内心は元の部下SBYを支持しているであろうことは容易に想像できる。メガワティ体制下ではウィラントの活躍の余地は閉ざされる。

このところSBYの性格がかなりはっきり見えてきた。彼は間違いなく「改革派」ではない。親米路線であり、かつ旧オルバ(スハルト政権の生き残り)と手を組むであろう。

また、軍の復権にも相当力を入れるであろうことも確かである。SBYは軍事予算の増額を公約に掲げている。

SBYの支持者として名前が挙がっているのは典型的なオルバ(オルデ・バル=新時代=スハルト体制)政治官僚で巨富を手に入れたといわれるギナンジャール・カルタサスミタである。

SBYが大統領になると、かなり胡散臭い人物跋扈することは容易に想像できる。トミー・ウィナタなどもその1人であろう。軍の政治への干渉もいっそう強くなる。 また、SBYも国会での勢力が弱いため軍に頼らざるを得ない。

メガワティの方がそういう意味でははるかに「民主的」な政権を作るであろう。彼女に政治的能力が余りないことがかえってプラスに作用する可能性がある。

ワシントン・ベースの予想屋は1,200人くらいのインタビューをおこなってSBY断然有利説を流しているが、正念場はこれからの20日間である。

⇒ゴルカルの11支部長がSBY支持を宣言(04年9月4日)

ゴルカルの全国31支部の内の11支部が本部のメガワティ候補支持の決定に反してSBY支持を表明した。これらの支部はもともとユスフ・カラの地盤であったものや、旧オルバ(スハルト体制=ハビビ派も含む)派が勢力を抑えていた地域である。

アクバル・タンジュンはゴルカルの党首ではあるが、ゴルカルを100%掌握していたわけではないことは、ゴルカルの大統領候補選出で彼自身がオルバ派のウィラントに敗れたことでも明らかである。

従って、今回の9月20日の決選投票でもゴルカルが1枚岩でメガワティを支持するなどということは当然ありえない。

最後は国民が個人的にどちらに投票するかの問題である。SBYがウィラントの票をそっくり獲得するわけではないことはいうまでもない。しかし、最近になってSBYへの人気も落ち気味であるとも伝えられる。

ジョクジャカルタではガジャマダ大学でSBYがスハルトと軍服姿(現役時代)で写した写真のコピーが配られるなど、軍人出身のSBYへの警戒感が徐々に出てきている。

このゴルカルの「分裂」から汲み取れることは、今回の選挙はオルバ派(SBY支持)とか改革派(メガワティ派)との対決という図式が次第に見えてきたことである。大体において名だたる「ワル」がSBYの陣営に走ってしまった。

問題はメガワティ大統領がオルバ派と妥協しながら政権運営をしてきたことである。その背後には夫タウフィク・キエマスの存在が無視できない。彼が勢力を握っていたことによって汚職人脈がメガワティ政権に取り付き良識派の一部が排除された。

今回はタウフィク・キエマスが健康上の理由もあって表面から消えたことにより、すっきりとした4党合意体制ができた。もちろん、ゴルカル内のオルバ派は叛旗を翻すがゴルカル主流の「良識派(アクバル・タンジュン派)」の党内指導力はかえって強化されることになった。

メガワティ自身には「脂ぎった政権欲」などもともとないので、4党合意体制(国民連合)の旗の下に結束して選挙運動を進めていけば、メガワティの「逆転勝利」は十分可能であろう。ムシャワラ(話し合い)政権の誕生もありうる。

65-16.オーストラリア大使館爆破事件でSBY有利に?(04年9月11日)

9月9日午前10時半ごろ起こったジャカルタのオーストラリア大使館前の爆発事件によって9名の死者(7名は氏名が確認されているが残り2名は不明である=自爆テロ犯ではないかといわれている)、負傷者は180名を越える大惨事になった。

早速、犯人はジェマー・イスラミア・グループで首謀者は逃亡中のアザハリ博士(マレーシア国籍)であろうと取りざたされている。バリ事件以降大量の逮捕者をだしながら、インドネシアに潜伏中とみられるアザハリとその仲間のトップが捕まらないのは謎である。

今回の事件は9月20日の大統領選挙の11日前に起こった事件であることから、政治的事件であるという解釈も可能である。ただし、前回の4月の国会議員選挙と第1回大統領選挙中は何事も起こらなかった。

今回、9月20日の選挙は軍人出身であるSBYと文民政治家のメガワティとの決選投票である。SBYは政党の支持基盤としては民主党とPKSおよび月星党などの中小政党にしか過ぎず、もっぱらSBYの個人的人気に頼る選挙である。

これにゴルカル党の旧スハルト人脈やハビビ派がアクバル・タンジュン率いる党執行部に叛旗を翻してSBY陣営に加わったことは上にみたとおりである。

しかし、最近SBYの政治的背景や素性が次第に国民の間に知れ渡るにつれて、次第に彼の「国民的人気」にカゲリが出てきたことは間違いない。

米国の世論調査会社の調査ではSBY有利という情報がながされているが、メガワティの勢いも上昇しつつある。その中で、起こった今回の爆弾事件である。

私はバリ事件のかなり前から起こっている爆弾事件やバリ事件やマリオット事件も含め、アルカイダの影響下にあるジェマー・イシラミアなるイスラム過激派団体の存在に疑念を抱いている。

「爆弾屋集団」は存在するが、それが汎イスラム国家の建設を目指すというイスラム教徒の団体と定義付けられる「ジェマー・イスラミア(イスラム共同体という意味)」とは本質的に異なる存在であると考えている。

この私の見方は多くのインドネシアのイスラム指導者と共通するものである。米国、オーストラリア、シンガポールの政府関係者やジャーナリストはアルカイダージェマー・イスラミア=テロリスト集団として最初からその存在を主張している。

それはさておき、今回の爆発事件で誰が最もメリットを受けたかというと、まず第1にオーストラリアのタカ派首相でブッシュ大統領ののイラク侵攻政策を強く支持しているホワード首相である。

オーストラリアは1ヵ月後の10月10日に国会議員選挙を控えている。ホワードのタカ派路線は最近はオーストラリアでも不人気で、選挙で負ける可能性もあった。しかし、今回の爆破事件でホワードの勝利が有力になったとされている。

第2にインドネシアの大統領候補SBYである。この事件によってインドネシアでは強い指導者=軍人出身の大統領が必要だという国民的なムードが助長されるというのである。

そこで、SBYがここにきて断然優位にたったという見方がされつつある。その1つの根拠にジャカルタの株式市場が9月9日に一時的に下がったが、翌日の10日には上昇しているのである。

SBYが大統領になれば、スハルト時代のようにオルバ派経済人や華僑資本家が暗躍できるチャンスが広がるという見方で株式市場が動いているのであろうか?

   9月7日  9月8日  9月9日  9月10日
株式市場 786.69 789.14 782.65 797.78
ルピア/米ドル 9275 9305 9292 9277.5

しかし、大統領選挙の結果は蓋を開けてみないと判らない。なぜなら、インドネシアの国民の間には「爆弾屋」グループの背後には有力な軍関係者がいて、彼らを操作しているという見方も意外に広がっているからである。

 

65−17.SBY当選確実ーメガワティ逆転ならず(04年9月20日)

本日(20日)行われた大統領選挙は即日開票が行われ、現地時間21日午前6時45分(日本時間8時45分)現在で約50%の開票が行われているがSBYは60%強、メガワティは40%弱となっており、SBYの当選は確実となった。

下の表は現地時間9月25日午前11時47分現在の数字である。総投票数1億25百万票といわれており、約90%弱の結果であり、SBYが61%、メガワティ39%という結果である。

メガワティの敗因については筆者が本ホーム・ページで縷々述べてきたとおり、在任期間中国民の期待を裏切る政治が行われたためである。 これはメガワティの夫タウフィク・キエマスに過半の責任がある。

メガワティは危惧されたように第2のブット(パキスタン)になってしまった。

SBYがメガワティより良い実績を残せるかはこれまた大いに疑問である。旧スハルト政権(オルバ)時代にインドネシアを食い物にしたきた華人資本家や軍人やスハルト一族や政治官僚などがこのときとばかりカムバックしてくることは目に見えている。

ただし、議会ではゴルカル(党首アクバル・タンジュン)を中心とするPDIーPやPPPなどの国民連合が多数を占めており、SBYの行動はかなり厳しくチェックされるであろう。

しかし、大統領としてのSBYがフィリピンのラモス下大統領のような手腕を発揮しない限り(その可能性は低い)、インドネシアは苦難の道を歩み続けることになろう。

おそらく「イスラム過激派のテロ」なるものは事実上影を潜めるであろう。なぜならインドネシアにおいてその必要性がなくなるからである。

Tempoの開票速報

pdate : Sabtu, 25 September 2004 | 11:47 WIB
No Pasangan Suara  
1 Susilo B.Y. - Kalla 66,542,046 [60.9%]
2 Megawati - Hasyim M. 42,652,725 [39.1%]
  Total Suara 109,194,771  

Laporan Selengkapnya

 

65-18、新オルバ政権の誕生(04年9月25日)

上記のようにSBYが圧勝して10月20日から新大統領の5年の任期がスタートする。SBY政権がいかなる性格になるかについてはもちろん推測の域を出ないが、多分上に述べたとおりのことになろう。

SBYは公約で汚職の追放と経済成長を謳ってきた。民主化の推進などは彼の主要なテーマではない。軍はシビリアン・コントロール下に置くなどといっているが、彼自身 は軍人出身であり、インドネシア国軍と価値観を共有した人物である。

SBYの選挙対策本部には何と15名の元将軍が居たといわれている。ある意味では軍事政権の復活に近い。

彼の閣僚として候補者の名前があがっているがいずれもスハルト政権時代に出ていた名前である。彼らが「昔の名前で」再登場してくることになる。

もちろん時局便乗者も出てくるが、それとてスハルト時代から知られた名前である。実際誰が閣僚になるかは10月5日まで待たなければならないが、名前を見てインドネシアの国民は少なからず失望するであろうことは想像に難くない。

SBYはインドネシアの民主的改革などはやる気がなさそうである。経済改革は投資環境の整備が基本にならなければならなうが、シンガポールあたりに一時的に資産を逃避させている華人資本が大手を振ってカムバックすることは間違いない。

その先導役はソフヤン・ワナンディである。彼自身スハルト時代に財を成した華人資本家でありCSIS(インドネシア国際戦略研究所)理事長のユスフ・ワナンディの弟である。

スハルト政権崩壊後、国家資金の融資について一時期刑事被告人になりかけたがうまく難を逃れ、その後はメガワティ政権の批判者としてことあるごとに華人資本家復権をアピールしてきた。彼が入閣しSBYの経済ブレーンとなることは確実視されている。

SBYの最大公約の「汚職追放」などはおよそ実現性がない。公務員給与を現在の3-4倍にしなければ彼らは生活していけない。というのは現在の公務員給与は民間の4分の1ていどであり、常に給与以外の収入に依存して生活しているといわれている。

インドネシアの財政はとても公務員給与を大幅に改善する余地はない。インドネシアの将軍は贅沢な生活に慣れきっているものが大部分であると言われている。

彼らが担ぎ上げた大統領は「今までのお前たちの贅沢な生活を切り詰めろ」などといえるのであろうか?百鬼夜行のビュッフェの世界が待ち受けていることは間違いない。腐敗・汚職はかえってはびこる可能性すら否定できない。

その間、空腹を耐え忍び続けるのはSBYに投票したオラン・クチル(小さい人=貧しい一般庶民)である。彼らは期待したメガワティが何もしてくれなかったのだから、今回はSBYに投票してみただけである。

彼らの期待が裏切られないことを切に祈る。

また、SBYは早くも強権政治家としての馬脚を現している。それはラクサマナ国務相(国営企業担当)に対して、」国外に雲隠れするなよ」と後日の逮捕を示唆する発言を行っているからである(detik 9月25日付)。

大統領就任前から、既に報復(ラクサマナは第1次大統領選挙ではメガワティの事実上の選対本部長であったといわれている)を示唆するというのはSBYがスハルト時代の軍人であった特質を物語っている。

国務相としてのラクサマナは国営企業の売却で辣腕を振るったことで知られている。その間にスキャンダルの噂もたびたび聞かれたことは本ホーム・ページでも指摘したとおりである(例Indosat売却事件)。あるいは疑惑の一部は本当であったかもしれない。

しかし、大統領に正式に就任する前から名指しで容疑を述べ立てるというのは普通ではない。SBYが大統領に就任した後は何をしでかすかわからない。軍や警察を完全に掌握した大統領の出現になるからである。

爆弾テロの代わりに政敵の逮捕・抹殺という、かってマルコスやスハルトがやったのと同じことを「知らん顔して」やってのけることすら可能である。NPO・NGOの民主派諸君も心してかかる必要があるかもしれない。

インドネシアには軍・警察関係の殺し屋がいくらでも居る。白昼公然とテンポ社(雑誌社)に暴徒が押しかけ乱暴狼藉するのを警察は見てみぬフリをしていたような国である。

裁判所は人権を守ってくれるようなヤワな存在ではない。カネさえ出せばいくらでも不当判決が出てくる。SBY政権がどう出るかは今のところ推測の域を出ないが、どうもキナ臭い。