| 8ページに渡る貴重なストーリーボードの翻訳は前章で終わりましたので、ここからは再度、スチールや未使用シーンなどから色々と推測を行い、「功夫」を別の角度から楽しみたいと思います。 |
バイクで「大脱走」する阿星
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スチールでのみで残る阿星がバイクに飛び乗り、走り出すシーン。これらは元々、蛇に唇を咬まれた阿星が阿骨と分かれた後、包租婆から逃げるシーンとして実際に撮影されたのですが、周星馳がアニメ「ルーニー・テューンズ」(香港題:樂一通)に登場するロードランナー(香港名:嗶嗶鳥)のように「足が渦巻き状態になって走るチェイス」を思いついたため、未採用となりました。
なお、削除されたシーンは映画と同じ1940年代が舞台で、スティーブ・マックイーン(史提夫・麥昆)が主演の「大脱走」(香港題:龍虎榜)のバイクのシーンを意識した物だったとも言われています。 |
突然、馬鹿笑いする阿星
| こちらはNGシーンからです。街中を歩く「古琴音波功」の使い手・天殘(賈康熙)と地殘(馮克安)を見ている阿星と阿骨の台詞が本編と違い、時間を置いてから阿星が馬鹿笑いする流れになっています。不採用になったのは周星馳のアドリブで林子聰が途中で演技をやめてしまったからですが、こちらの台詞には以前の四眼仔(馮勉恆)への怒りも残っています。以下に台詞を翻訳しました。 |
阿 星:眼鏡野郎は、どいつもこんな感じだ。
まだ、清明節が来ていないのに棺桶の蓋を持って、歩いているぞ。
(「清明節」は日本の「お彼岸」に当たる故人を偲ぶ行事。)
阿 骨:そうだね。本当に間抜けだ。
阿 星:はははははっ!
(阿星が上を向き、大声で笑い出す。)
死ぬのは咕喱強だけだった?
| こちらは未使用シーンからです。本編で天殘地殘が勝哥(趙志凌)、阿鬼(董志華)と戦った後、包租婆と包租公が天殘地殘を追い払うも勝哥は先に絶命、瀕死だった阿鬼も最後の言葉を残して逝く流れと異なり、勝哥と阿鬼は負傷するも生き残っているのです。以下に台詞を翻訳しました。 |
(公民館に集まった住民たち。中央の机を包租婆、包租公、勝哥、阿鬼が囲んでいる。)
(注目する住民たち。後ろから身を乗り出した男性が、陳凱師が演じる齙牙珍の体にぶつかり、
(齙牙珍は鬱陶しそうな顔をしながら、男性を押し戻す。そんな中、中央の勝哥が話を始める。)
勝 哥:私は本当に予測できなかった。お二人こそが、まさに伝説の「絶世の達人」だったとは。
(ここでの勝哥は話し方も含め、ナヨナヨしていない。実は今までのすべての言動は、
(自分の腕前を隠すための巧妙な演技だったのかもしれないと言う見方もできる。)
包租公:誰もが、このように言っている。「平凡こそが幸せだ」と。
「絶世の達人」などと言う呼び名は実に背負いたくない物だ。
阿 鬼:しかし、阿強は、こんなにも惨い殺され方をした。
(行宇が演じる咕喱強の死体を見た阿鬼は國語で彼の死を嘆く。)
阿 鬼:まさに哀れだ。
(咕喱強に命を救ってもらった姉弟の母親が泣き、隣にいた齙牙珍が彼女を慰める。)
阿 鬼:先ほど、あなたたちは、どうして奴らを殺さなかったです?
(阿鬼は國語で包租婆たちが天殘地殘を逃がした事を問い詰める。)
包租婆:まさに、あんたの言う通りだね。…どの家にも苦しみはある。
当時、武術の試合で自分の息子が仇によって殺されるのを目の当たりにした。
恨みを持つ者同士が互いに恨みを晴らし終えるのは、いつなのだろうか?
2人には、わかって欲しい。
(過去を思い出し、涙ぐむ包租婆。)
包租公:この場所には長居するべきではない。
(話を聞いていた歯科医・許文が立ち上がる。)
許 文:お二人は離れるのですか?今の情勢は火の勢いでは…。
包租公:言わんでくれ。江湖は険悪な状況だ。
たとえ君たちが出て行かなくても、私たちは出て行く。
阿 鬼:お二人が行動をしない以上、どうです?
あなたたちの武術の技を私に教えてくれませんか?
(阿鬼は國語で包租婆たちに聞く。)
包租公:君たちも達人と言える。しかし、もしも、私たちの境地に辿り着けるとしたら、
それは生まれながらに持っている物がないと。
(真剣に話を聞く2人。)
包租婆:いわゆる「絶世の達人」とは、
必ずや生まれながらにして骨格が細かな所まで整っていて、
経脈は栄えて行く状態にあり、百の毒も侵入しない者だ。
しかし、見た目だけでは、そう簡単に見つけられない。
(ふと4人が目線を入り口の方へやると…。)
(4人の注目を集めた理髪師が突然、滅茶苦茶な武術の套路を行う。)
理髪師:思うに、あなた方が今、探している人物、…それは僕だ!
(立ち上がった勝哥が左手で理髪師の顔を殴り、理髪師は倒れる。)
勝 哥:見た所、こいつは違う。
包租婆:「絶世の達人」は万人の中に一人いるかだ。
そう簡単に見つかるって話が、どこにあるって言うのさ?
| この後は本編と同じく、俯瞰の路面電車のシーンに繋がるのでしょう。なお、このシーンは天殘地殘との戦いを撮る前に色々な理由で先に撮るも、生存者やケガの状況などが、はっきり決まっていなかったため、後から繋げると辻褄が合わない事に気付いたため、再度、撮影したそうです。 |
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