| 本編 |
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| 映画の老非はタイヤのパンクで困っている妊婦を見かけても先を急ぎますが、小説ではタイヤの交換を手伝い、妊婦に夫婦と間違われた老非と小倩が顔を赤くする描写があります。…さらに、この時点で老恭は囃し立てる形ではある物の、すでに2人の仲を応援している事がわかるのでした。 映画では話の流れとして単に老非の車をパンクさせれば良いため、妊婦を登場させる必要性がないのですが、彼女が本編に映っているという事は交換シーンも実は撮っていた可能性が大です。
映画の金慕玲は老非から車のタイヤがパンクした事を電話で聞かされても「お大事に!」と言って別の男と立ち去るのみでしたが、小説では理不尽に老非を罵ります。ですが、そんな老非を小倩が温かい目で見守り、それを見ていた老恭が彼女の心を尊い物だと表現する描写があります。
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| 本編 |
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羅浩楷と羅冠蘭が演じた丁九と丁太太は映画よりも小説での罵りが直接的でした。しかし、老恭が飛び道具で報復してくれます。また、丁九が外を見て「外国の月も中国と比べて丸いぞ!」と言ったり、丁九の妻が「外国人はオナラも良い香りよ!」と言ったりする描写もあります。オナラの話は映画では老非が代わりに言っていました。そして、イギリスを崇拝する夫妻に父親と小倩が怒り、懲らしめる描写は「香港と中国が共同で西洋を排除する姿」を表現しています。…露骨ですね。
また、小説ではイギリス国籍の話をした後、丁九は「わざわざ、俺は英語名を碌卓に変えたんだ」と言いますが、「碌卓」(luk1 cheuk3)も映画と同じく、彼の英語名「Richard」を訛って言っています。あえて、それを意識して日本語で表記すれば、「ルォッチャーッド」みたいな感じになるでしょうか? 粵語で「男性器の俗称」を意味する「碌七」(luk1 chat1)も「Richard」と発音が似ているため、「食神」ではRichard(鄭文輝)に史提芬周(周星馳)が「良いRichardだな!」とからかうシーンがありました。映画で丁九が英語名を思い出せず、「Ric…Chard」と繰り返して言うのも「碌七」を暗示していると同時に英語の近似音から「Lick Chat」(男性器を舐める)を思い浮かばせようとしているのでしょう。 小説では続けて、丁九の妻も得意気に「私もLIN大に改名した」と言いますが、これも「Linda」を訛って言っています。あえて日本語で表記すれば、「リンドゥア」みたいな感じになるかもしれません。 …下品な話題が続きましたが、小説では丁九夫妻に老恭が蹴りを入れる前にある「阿恭も腹を立て、急に叫んだ。『皆、すまない!』と言い終えると李小龍に変わった。一挙手一投足。上手く真似た」の描写が好きです。なお、映画で老恭が牛を連れる理由は1997年が丑年だからなのでした。 |
| 本編 | 挿絵⑦(173ページ) |
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映画で2人は海が近いおしゃれなオープンテラスで会っていましたが、小説では父親が小萱の母親に電話をして、「圓夢大酒樓」(「夢が叶うレストラン」の意味)の貴賓室で会う約束を取り付けます。 この「父親と昔の恋人の再会」はテーマ的には「香港と中国の再会」を表現しています。映画で2人が「私もアレ…をしたかったです」「次世代ならアレ…できるかも」と意味深に言うのは表面上は「あなたとの再婚は無理だったため、子供の世代で結婚させ、親戚になろう」の意味でしょうが、これも「香港と中国の和合」を表しています。ぎくしゃく感は租借で99年も離れていた事の表現でしょう。 …そして、小萱の母親は映画で粵語を話しますが、「2人は本当にお似合いね」と言う時に聞こえる「天生一對」の「生」の発音が國語の「sheng1」に聞こえます。この訛りも中国さを感じさせますね。 國語と言えば、小萱の母親は「相思河畔」を歌いながら登場します。以下に歌詞を翻訳しました。
小説では老恭の容姿が悪く言われた際に周星馳の名前が登場しています。そして、この後は老恭が小萱と拳を交えながらも互いを理解するなど展開が映画と大きく異なっている所が特徴です。
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| 本編 |
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小説では花を植える小倩に話しかけた老恭が「二哥が好きなの?」と聞いた後、「ごめん。すごく直接的に聞いちゃった」と謝り、自分の率直さを申し訳ないと反省します。「気にしないで!」と寛容に笑う小倩でしたが、老恭は「じゃあ、答えは?」と追い討ちをかけていました。そして、小倩が「これは二哥が私を好きかどうかにかかっていると思うの」という答えを出すまでに次のような約1ページに渡る心理描写があるせいか、小説を読んだ後では映画の会話のテンポが異常に早く感じます。
また、小説では回答が出た後、老恭が小倩にお金を渡す際も「金の出所」という秘密を話します。
…ちなみに映画では、おしゃれな服を着た小倩に気付いた老非が数秒の沈黙の後、彼女に「どうしたの?」と聞きますが、小説では賢淑に言われてから気付くため、鈍感さが増しているようです。
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| 本編 |
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小倩が老家を去る時、電話が鳴ります。映画では電話に出た老恭が甘慕玲に「まだ死んでいなかったの?」と無慈悲な事を言いますが、小説では「あんた死んだら?」と直接的でした。…すでに気に入った感情はないようです。さらに小説の老非も映画のようにアラビア語は使いませんが、家族を悪く言われたため、甘慕玲に怒りをぶつけます。そして、小倩を追いかけるように言うのは映画では父親でしたが、小説では老恭でした。普段から仲が良いためか兄を「阿非」と呼んでいます。
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