ラッキー・ファミリー 小説版 ~第三章~
ドライブ中に妊婦を助ける

本編

映画の老非はタイヤのパンクで困っている妊婦を見かけても先を急ぎますが、小説ではタイヤの交換を手伝い、妊婦に夫婦と間違われた老非と小倩が顔を赤くする描写があります。…さらに、この時点で老恭は囃し立てる形ではある物の、すでに2人の仲を応援している事がわかるのでした。

映画では話の流れとして単に老非の車をパンクさせれば良いため、妊婦を登場させる必要性がないのですが、彼女が本編に映っているという事は交換シーンも実は撮っていた可能性が大です。

小説
(困っている妊婦を発見した小倩が阿非に停車するように言う。しかし、阿非は停車しない。
(小倩は阿非の後頭部を叩いた。阿非は妊婦の傍に車を止め、小倩が妊婦に状況を聞く。)

孕婦:前と後ろのタイヤがパンクしたんです。予備は1つしか持っていないんですよ。

阿恭:僕たちにはあるよ!

(それを聞いた阿恭が予備タイヤを取り出し、妊婦にあげる準備をする。)

阿非:阿恭、お前は本当にバカだ!

阿恭:僕はバカさ!

(阿恭がバカな顔をする。小倩は阿非にニッコリと笑い、次のように言った。)

小倩:あなたは一日一善したじゃないですか!
    人の一難を助ける事は相当にあなたの功徳が高いという事ですよ!

(この話を聞いた妊婦は合掌し、言葉を述べた。)

孕婦:阿弥陀仏。良い人にお会いできました!

小倩:タイヤ交換を手伝うのよ!

(小倩に引っ張られ、阿非は仕方ないと頭を横に振り、前に進み出て手伝った。車は直った。)

孕婦:あなたたち若い夫婦は本当に良い人ですね。良い心には良い報いがあります。
    早いうちに子宝に恵まれるよう祈っていますよ!

(しきりに妊婦は感謝して言った。阿非と小倩の2人は耳まで真っ赤になった。)

阿恭:いいぞ!いいぞ!

(逆に阿恭は喜び、何度も拍手した。阿非は阿恭を叩いて言う。)

阿非:車に乗れよ!

(動き出した後、今度は阿非の車がパンクしてしまうが、予備のタイヤはない。
(手を挙げて、助けの車を止めようとしたが、どの車も止まらないのであった。)

阿非:香港人は本当に同情心がない。

小倩:まさに自分に言っているの?

(小倩は平静のまま、笑って言う。)

阿恭:そんなので、どうして車が止まるのさ?僕の技を見ろ!

映画の金慕玲は老非から車のタイヤがパンクした事を電話で聞かされても「お大事に!」と言って別の男と立ち去るのみでしたが、小説では理不尽に老非を罵ります。ですが、そんな老非を小倩が温かい目で見守り、それを見ていた老恭が彼女の心を尊い物だと表現する描写があります。

小説
甘慕玲:4つともパンクしたの?

阿  非:パンクは1つさ!

甘慕玲:じゃあ、予備のタイヤを使えば?

阿  非:1つ、妊婦にあげたんだ!

(ありのままに阿非は報告した。)

甘慕玲:あなたとその人と何の関係があるの?あなたって本当にバカね!
     あなたはその人のお腹の中の赤ん坊に責任でもあるんじゃないの!?

(甘慕玲はすごく乱暴で理不尽に罵った。阿非は不快な感覚に襲われたが、次のように言う。)

阿  非:もう少し待ってて。出来るだけ早く行くから!

阿  恭:その必要はないよ。車が来た!

(阿恭が前の車を指差す。甘慕玲は男が運転する車の助手席にいた。阿非は電話で言う。)

阿  非:阿玲、僕と食事するって言わなかった?

甘慕玲:一人で食べたら!

(阿非は苦しそうに小倩を眺めた。小倩は理解した眼差しの深い情で阿非を見守る。)

阿  恭:お姉さんは本当に良い心を持っている。良い心には良い報いがある!

丁九夫妻に攻撃する老恭

本編

羅浩楷と羅冠蘭が演じた丁九と丁太太は映画よりも小説での罵りが直接的でした。しかし、老恭が飛び道具で報復してくれます。また、丁九が外を見て「外国の月も中国と比べて丸いぞ!」と言ったり、丁九の妻が「外国人はオナラも良い香りよ!」と言ったりする描写もあります。オナラの話は映画では老非が代わりに言っていました。そして、イギリスを崇拝する夫妻に父親と小倩が怒り、懲らしめる描写は「香港と中国が共同で西洋を排除する姿」を表現しています。…露骨ですね。

小説
阿非と阿恭は部屋に戻って、きちんとした格好に着替えた。それを見た賢淑と小倩は笑いを堪えきれないでいる。喬老伯は納得し、しきりに頷いていた。時計が8時ちょうどを指す。

玄関のベルが「ジリリン―」と響いた。喬老伯が急いでドアを開けると皆は思わず驚いて色を失った。入って来た2人は侏儒のようなチビだったのである。夫は肌が干からび、色黒で痩せていた。表情は凶悪だと呟いている。眼光からは、いかにも邪気が立ち上がっているように見えるのだ。妻は、もっとおかしい。チビでデブ。体中の脂肪がたるみ、肥えた顔の唇は赤色に、眉墨は緑色に描いていた。口中の金歯が黄金色に輝いており、何とも下品で鼻持ちならないと感じさせる。

どうこう言っても喬老伯は友情を重んじる。決して、丁九夫妻の容貌を気にしないのだ。喬老伯は熱心さが明らかに見て取れるように言った。「九哥、羣嫂、ご無沙汰しておりました!」「そうだな。お前、まだ死んでいなかったのか?」丁九が口を開くと喬老伯は驚愕した。

「これはイギリスの特産品よ。あなたみたいなコレステロールが高い人が食べるのに最適なの。食べて、すぐに死んでも無念はないわ。」丁九の妻が嫌味を言いながら喬老伯に土産のソーセージを渡す。聞いていた賢淑が眉をひそめ、「本当に口が臭い(言葉が汚い)!」と小声で言った。

阿恭は兄嫁が言うのを聞くと、急いで手で鼻を遮り、大声で「臭い!糞を超えるほど臭いぞ!」と叫んだ。それを聞いた丁九は阿恭を指差して「こいつは誰だ?」と言う。喬老伯はあわてて、「私の末っ子です。最近、体が悪いのですよ。頭が少し…。」と答えた。

丁九の妻は太ももを叩き、「やっぱり、バカなのね!」と言った。丁九は、わざと大げさな事を阿恭に言う。「気違い野郎は社会に危害を加えるんだぞ!」阿恭は前からこの2人の老夫妻が耐えられなかった。2人は見れば、このように自分を誹謗するのだ。これが我慢できるなら、どれが我慢できないだろうか!阿恭は「パチンコ」(スリングショット)を取り出し、報復の機会を伺っていた。丁九の妻は阿恭を見て、丁九に目くばせをした。「この種のバカ野郎は殺処分すべきよ!」

丁九の妻は突然、尻が痛み始めた。「アイヤー!」と声が上がった。丁九が急いで前に進み、妻を助け起こす。突然、下半身に弾が当たった。丁九は思わず覆って「ああっ!助けて!」と叫ぶ。

喬老伯は、これを阿恭のイタズラだとわかっていた。急いで丁九夫妻を客間に案内し、歩きながら謝った。「申し訳ありません。彼は物事をわかっていないのです。こちらで、まずはお酒を一杯、飲みましょう。まもなく食事もございます!」

また、小説ではイギリス国籍の話をした後、丁九は「わざわざ、俺は英語名を碌卓に変えたんだ」と言いますが、「碌卓」(luk1 cheuk3)も映画と同じく、彼の英語名「Richard」を訛って言っています。あえて、それを意識して日本語で表記すれば、「ルォッチャーッド」みたいな感じになるでしょうか?

粵語で「男性器の俗称」を意味する「碌七」(luk1 chat1)も「Richard」と発音が似ているため、「食神」ではRichard(鄭文輝)に史提芬周(周星馳)が「良いRichardだな!」とからかうシーンがありました。映画で丁九が英語名を思い出せず、「Ric…Chard」と繰り返して言うのも「碌七」を暗示していると同時に英語の近似音から「Lick Chat」(男性器を舐める)を思い浮かばせようとしているのでしょう。

小説では続けて、丁九の妻も得意気に「私もLIN大に改名した」と言いますが、これも「Linda」を訛って言っています。あえて日本語で表記すれば、「リンドゥア」みたいな感じになるかもしれません。

…下品な話題が続きましたが、小説では丁九夫妻に老恭が蹴りを入れる前にある「阿恭も腹を立て、急に叫んだ。『皆、すまない!』と言い終えると李小龍に変わった。一挙手一投足。上手く真似た」の描写が好きです。なお、映画で老恭が牛を連れる理由は1997年が丑年だからなのでした。

父親が小萱の母親と再会

本編 挿絵⑦(173ページ)

挿絵の説明:小萱と阿恭は似合いの「バカ」だ。

映画で2人は海が近いおしゃれなオープンテラスで会っていましたが、小説では父親が小萱の母親に電話をして、「圓夢大酒樓」(「夢が叶うレストラン」の意味)の貴賓室で会う約束を取り付けます。

この「父親と昔の恋人の再会」はテーマ的には「香港と中国の再会」を表現しています。映画で2人が「私もアレ…をしたかったです」「次世代ならアレ…できるかも」と意味深に言うのは表面上は「あなたとの再婚は無理だったため、子供の世代で結婚させ、親戚になろう」の意味でしょうが、これも「香港と中国の和合」を表しています。ぎくしゃく感は租借で99年も離れていた事の表現でしょう。

…そして、小萱の母親は映画で粵語を話しますが、「2人は本当にお似合いね」と言う時に聞こえる「天生一對」の「生」の発音が國語の「sheng1」に聞こえます。この訛りも中国さを感じさせますね。

國語と言えば、小萱の母親は「相思河畔」を歌いながら登場します。以下に歌詞を翻訳しました。

「相思河畔」
(慕い合う河畔)

歌:崔萍/作詞:紀雲程/作曲:暹羅民謠




*
自從相思河畔見了你 就像那春風吹進心窩裡
我要輕輕的告訴你 不要把我忘記

自從相思河畔別了你 無限的痛苦埋在心窩裡
我要輕輕的告訴你 不要把我忘記

秋風無情 為什麼吹落了丹楓
青春尚在 為什麼毁褪了殘紅 啊 人生本是夢*

* ~ * 繰り返し

自從相思河畔別了你 無限的痛苦埋在心窩裡
我要輕輕的告訴你 不要把我忘記




*
「相思河畔」であなたに会ってから、まるで春風が心の中に吹き込んで来たみたい。
私はそっとあなたに伝える。私の事を忘れないで。

「相思河畔」であなたと別れてから、限りない苦痛が心の中を埋め尽くしている。
私はそっとあなたに伝える。私の事を忘れないで。

秋風は無情ね。どうして、紅葉したカエデを吹き落とすの?まだ、青春はあるのに、
どうして、壊して花を散らすの?ああ、人生とは元々、夢なのね。

* ~ * 繰り返し

「相思河畔」であなたと別れてから、限りない苦痛が心の中を埋め尽くしている。
私はそっとあなたに伝える。私の事を忘れないで。


小説
「圓夢大酒樓」の華麗な貴賓室。スーツと革靴できめた喬老伯は若く、爽やかさが目立っている。阿恭はきちんとした制服を着ていると、すごく利口な中学生だ

喬老伯が「阿恭、お前が丁九夫妻をやっつけ、本当に溜飲が下がった。今日、父さんは褒美にお前にきれいな女の子を紹介するぞ。」と言うと、阿恭は「うん!」と答えた。阿恭はおやつを食べながら、よだれを垂らしていた。父さんがどういうつもりなのか、わからないため、まずはバカなふりをしておこう。ドドドッという革靴の音がして扉が開き、阿萱親娘が部屋に入って来た。

小萱は鼻をつまみ、喬老伯に「叔父さん臭い。すごく嫌な匂い」、さらに阿恭を指差して「とてもブサイク!」と言った。阿恭は「このアマは本物のバカだ。僕はハンサムだぞ。誰が僕を男前だと褒めないっていうんだ?スターの周星馳の容貌もこんな風だとは限らないだろう!」と心で思った。

小説では老恭の容姿が悪く言われた際に周星馳の名前が登場しています。そして、この後は老恭が小萱と拳を交えながらも互いを理解するなど展開が映画と大きく異なっている所が特徴です。

小説
ウェイターが料理を運び始めた。喬老伯の学生時代の記憶によると阿萱は油っこい物を好んでいなかったため、注文したのはあっさりした、きれいな味のメニューだ。4人は座って食べ始める。

見ると阿恭と小萱が同時に「粉蒸夾糕」(米粉の蒸しパン)を箸で挟んでいた。2人は互いに譲らない。しばらくの間、睨み合っていた。「阿恭、譲りなさい!」喬老伯は阿恭を大声で叱った。逆に阿恭は箸を捨て、手を使って夾糕を奪った。得意気に笑っている。「マナーがなっていないぞ。箸を使うべきだろう。」喬老伯は阿恭のこのような無礼を見過ごせない。阿恭は夾糕を食べながら笑っている。小萱が恥も気にせず、一皿を差し押さえても構わないのだ。

阿恭は突然、顔中が雪のように白い「芙蓉蛋」(中華風オムレツ)になった。まるでサンタクロースのようだ。小萱は空の皿を持ちながら、楽しそうに笑い始めた。阿恭も負けず嫌いである。「ようし!僕をもてあそぶ度胸があるとはな!」そう言うと無造作に茶碗を持ち上げ、叩いた。小萱が両手と口で茶碗を受け止められるとは誰が知っていただろうか?優れた雑技役者のようだった。

阿萱は喬老伯に「2人はお似合いね」と言った。それを聞いた阿恭は心の中で驚いた。「こんなバカ女を嫁にもらうなど本当にデタラメだ!」と思い、「ダメ。ダメ。僕はバカだ!」と言う。阿恭は彼女よりもバカなふりをしなくてはならないと思い、箸を手に取ると鼻の穴に詰め込み始めた。

阿恭の醜い真似を自分よりも優れていると思った小萱は突然、飛び上がって地面に着地すると開脚した。喬老伯は彼女の功夫を褒める。 阿恭は「ほら、僕もできる!」と飛び上がって開脚しようとするが、「ビリッ」という音と共にズボンの継ぎ目が裂けた。小萱は宙返りで座席へと戻る。

「バカになったから、こうなったんじゃないの?」と阿恭が言うと、阿萱は「阿恭、あなたの番よ!」と言った。阿恭はズボンの事を思い出した。危険を冒してまで良い所を見せる勇気などはなかった。嘘を言う他なかったのだ。「僕はこんなにバカじゃない!」だが、小萱の母は阿恭を問い詰める。「じゃあ、彼女はあなたよりもバカだって言うの?」「そうとは限らない。」阿恭の口は堅い。

「『そうとは限らない』なんて言わないで。彼女をご覧なさい!」と阿萱が言う。見ると小萱が熟練した北派少林拳をやっているのが見え、さらに、たびたび、宙返りをしていた。拳術は滑らかで雅やかで巧みだ。阿恭は長い時間、それを見ていた。

突然、レストランにムエタイの曲が流れ始めると、阿恭は「見てろ!」と大きく叫んだ。阿恭は音楽に合わせてムエタイのウォーミングアップの踊りをした。やればやるほど上手く、やればやるほどテクニックがある。阿恭は心で思った。「本当の功夫を出さなければ、多分、この親娘を驚かせられないだろう。すまない、僕は一度だけやるぞ!」ここまで考え、阿恭は小萱に突進した。

阿恭の足払いが来ると小萱は跳ねて、それを避けた。2人は手を交える。一人は北派少林拳を使い、一人はムエタイを使う。しきりに行き来する。互いに譲らない。数十回、手合わせをする。腕前は甲乙つけがたい。勝負は、はっきりとしない。2人の闘志は今なお、十分に高まっている。

急に2人の足が踏みつけられたのが目に入る。「メキッ」という骨にひびが入った音がした。2人とも口の中で「痛い」と叫ぶ。それぞれ、体を回転させてカウンターの下まで落ち、同時に「なかなかやるじゃない!この足がこんなにも堅いとは!」と叫んだ。2人は声を聞き、相手を見た。一緒にカウンターの中央まで這い上がると互いを凝視した。小萱は「あんた…」と言いかけると、阿恭は心の中で理解したのだが、うっかりと口に出してしまった。「君もバカなふりをしているの?」

「そうよ!私の母さんは一日中、ある男が自分を好きになったと思っているの。実際、その人たちは、どいつもこいつも母さんのお金を見ているのよ。私がバカなふりをして驚かせ、その悪い奴らを追い返しているんだから!それじゃあ、あんたは?」

阿恭は急に小萱の行為の動機が自分よりも崇高だと感じた。敬服以外をせずにいられなくなり、自分の行為を軽蔑した。自分がバカなふりをしているのは何のためだと言える?災難を引き起こした責任からの逃避じゃないか?卑怯だ!恥ずべきだ!だが、逆に口はこう言ったのだ。

「おおっ――君と同じような物だよ!」小萱は思いがけず、ここで理解者に会えるとは考えてもいなかった。2人は身内を助けるためにバカなふりをして、頭の悪さをひけらかしていたのだ。世間には理解されない。今日は崇高な目標のため、ここまで一緒に来たのだ。気が付くと心の中で喜んでいた。相手もとても格好良いハンサムな男の子だ。そして、屈託なく右手を差し伸ばし、「まだ何とか皆にはバレていないわ!」と言った。阿恭は小萱が手を差し伸ばしているのを見て、慌てて手を差し伸ばした。2人の手は固く握られたのだった。

喬老伯と小萱の母は息子と娘がカウンターで落下し、長い間、物音がしなかったのを見て、カウンターの下まで首を伸ばしてのぞいた。阿恭と小萱は父母が目に入り、やはり演技を続けようと思った。そして、心と心で分かり合うも互いに口には出さず、同時に「こうすれば、少しは思い切り遊べる!」と言った。そう言うと、2人はカウンターを反転させた。そして、互いに食べ物を投げて遊び、同時にハハッと大笑いした。

ウェイターたちは他人の不幸を見て喜んでいた。拍手喝采、大笑いをしていた時、急に2人のターゲットが移ったのが見えた。食べ物を彼らに向かって投げたのだ。突然、ウェイターたちの顔は、ありったけのバタージャムが塗りつけられた。これで、ようやくバカの酷さを理解したのだ。鶏が飛び、犬が走るように驚き、逃走するように去った。阿恭は小萱と笑い、2人は穏やかに椅子を探して座り、話をした。喬老伯は心の中でほっとしていた。この2人のおバカちゃんたちは分をわきまえたバカと言える。バカで可愛い!

小倩に「正常」という秘密を話す阿恭

本編

小説では花を植える小倩に話しかけた老恭が「二哥が好きなの?」と聞いた後、「ごめん。すごく直接的に聞いちゃった」と謝り、自分の率直さを申し訳ないと反省します。「気にしないで!」と寛容に笑う小倩でしたが、老恭は「じゃあ、答えは?」と追い討ちをかけていました。そして、小倩が「これは二哥が私を好きかどうかにかかっていると思うの」という答えを出すまでに次のような約1ページに渡る心理描写があるせいか、小説を読んだ後では映画の会話のテンポが異常に早く感じます。

小説
小倩は気が付くと顔が赤くなっていた。心の中で思う。自分の心の事をこの阿恭さえも見抜いた。胸に手を当てて考える。自分は阿非を愛しているのだろうか?実際、小倩は気持ちの面ですごく慎重な人だった。これまで他の人の勝手で軽薄な感情は受け入れなかったのだ。人木石(ひとぼくせき)にあらず。感情のない者などいるだろうか?ただ、この感情は実に重いのだ。

ある言葉が人の心を揺さぶり、動かす。「世に問う。愛情とは何なのか?それは人に生も死も捧げるという事だ!」生も死も捧げる以上、どうして軽々しく愛情を語る事ができるのであろうか?そのため、小倩は香港に来て数年になるが、恋愛方面では、やはり見渡す限りの空白がある。

ただ、阿非と出会った後から小倩の心は揺り動き始めた。阿非の立ち居振る舞いや話し振り、時代遅れの中に多くある本当の純粋さと素直さ、阿非の体格と顔立ち、誠実さの中に彼が持つ優れた風采、阿非の品行と性格、真面目さの中に多くある活発さとユーモア。さらに阿非の家族も尊敬できて愛せる、付き合いやすい人たちである。これらはすべて小倩が生きる中で出会った理想の中の白馬の王子だと感じさせる物だ。青春時代の恋の目覚めとは知らないうちに始まる。

しかし、これらすべてを小倩はどうやって、この子供の阿恭に話せば良いのだろう?それに阿非の心の中に先に入り込んだ第一とする金毛玲がいるのなら、なおさらの事だ。しばらくの間、あれこれと考えた。阿恭を見ると「答えるまで、あきらめない」という表情だ。答えざるを得ない。

また、小説では回答が出た後、老恭が小倩にお金を渡す際も「金の出所」という秘密を話します。

小説
小倩:これは、あなたの二哥が私を好きかどうかにかかっていると思うの。
    私は彼の心の中には、あの金毛玲だけがいると思っているわ!

阿恭:そんな道理ってないよ。あんたは実際、金毛玲よりも一万倍も強い!あっ!そうだ!
    その格好は男の子みたいだよ。もしかしたら、二哥はあんたを男として扱っているのかも!

(阿恭は阿良の財布から数枚の1000香港ドル紙幣=約1万5000円を取り出し、小倩に渡した。)

阿恭:どうせ、あの晩に僕が仮病でバカなふりをして手に入れた大哥の数千元だ。
    まずはきれいな服を買いに行って、女の子の格好をしなよ!

小倩:そんなの悪くて、できないわ?

阿恭:良いんだ!お願いだよ。僕の二哥・阿非の幸せのため、喬家の安泰のためなんだ。
    お金はあんたが借りた事にするから、将来、大哥に返してよ。ようし、行くんだ!

…ちなみに映画では、おしゃれな服を着た小倩に気付いた老非が数秒の沈黙の後、彼女に「どうしたの?」と聞きますが、小説では賢淑に言われてから気付くため、鈍感さが増しているようです。

小説
阿非:大嫂、こちらはどなた?

賢淑:あなたの彼女の小倩よ。どうして、わからないの?

阿非:あっ!小倩、君か!どうして、こんなにきれいになったの?

小倩を追うように言うのは老恭

本編

小倩が老家を去る時、電話が鳴ります。映画では電話に出た老恭が甘慕玲に「まだ死んでいなかったの?」と無慈悲な事を言いますが、小説では「あんた死んだら?」と直接的でした。…すでに気に入った感情はないようです。さらに小説の老非も映画のようにアラビア語は使いませんが、家族を悪く言われたため、甘慕玲に怒りをぶつけます。そして、小倩を追いかけるように言うのは映画では父親でしたが、小説では老恭でした。普段から仲が良いためか兄を「阿非」と呼んでいます。

小説
阿恭:もしもし。阿非じゃないよ。どちらさん?おおっ。あんたは金毛玲か。あんた死んだら?

(阿非は阿恭から電話を奪って話す。)

阿非:ごめんよ。僕の弟が知能障害だって事、君も知っているだろう!
    弟に代わって謝るよ…。阿玲、落ち着いて。まずは冷たい水でも飲みなよ…。
    もしもし!僕は君の事をけなしているんじゃないよ。僕は君が騒ぎ始めたら、
    喉が渇く事を心配して…もしもし!もしもし!僕に不平を言うのは良いよ。
    僕の家族に不平を言うのはやめてくれ!…クソババア!僕も悪口を言えるんだぞ!
    …何の話だ?僕を殺す?ようし!すごく怖いよ!君なんか死ねば良いんだ!

(阿恭は阿非がポカンと座っているのを見て、慌てて前に出て言った。)

阿恭:阿非、小倩お姉さんが行ったよ!追わないの!?

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