ラッキー・ファミリー 小説版 ~第二章~

事故の後に病院で目が覚める

本編

小説では病院で目が覚めた老恭にGigiが「大丈夫よ。明日にでもゴルフに行けるわ!」と声をかけていました。実は看護師だったAda=可可姐がバーで侮辱された恨みを晴らすため、アルコールを注射する際、老恭は「阿弥陀仏!神様、お守りください!」と念仏を唱え、注射の後に吐きます。

映画で張堅庭が演じた精神分裂者は、小説では「医者のふりをした間抜け」と呼ばれており、彼に疑問を持った老恭は「あんた医者?」と声をかけます。彼に老年性痴呆を疑われた老恭が「若い僕が何でなる?」と聞いても「急いで豚の内臓を煮込んで飲めば良くなる!」と言われていました。

老恭は実は中学生だった!!

本編

小説では病院までやって来た瀟灑が家族を脅し、金を取り立てる際に老恭が16歳未満だと判明します。…衝撃的です。おそらく彼は冒頭で14歳なのですが、すぐ誕生日を迎えるため、15歳という事になります。そして、舞台は老非の「今年は香港返還式典がある」の言葉から、すでに1997年に入っている事がわかるため、1997-15=1982年生まれという事になります。ふと思ったのですが、そうすると六合彩の番号を選ぶ際に言われる「実は四男」のデタラメも、26歳の老非と11歳の開きがある事になるため、もしかすると本当の三男の夭折も悲しい現実だった可能性が考えられます。

小説
「いくらですか?」と阿良は金を取り出して聞いた。「5000元(約7万5000円)です。利息は私も要りませんから、皆さんはできるだけ早く人を雇って阿恭のお世話をしてください!」とGi Giが答える。阿良が金を渡すとGi Giは受け取って出て行った。阿恭はこの時、とっくに目を覚ましていたのだ。目は少しまどろみながらも隙間からGi Giの態度を見て、心の中では怒りの炎が燃えていた。

「この義理も人情もないアマめ。お前があいつとの賭けを仕向けたんじゃなければ、なんで僕が瀟灑と『ブラフ』(大話骰)をするっていうんだ!お前が僕に『多い方にして』と言って僕を炊き付けて煽った。僕を瀟灑の口車に乗せられるようにしたんだ。負けた金は問題じゃない。瀟灑に賭博機の前で写真を撮らせた事が問題なんだ。うっ!うっ!僕はまだ16歳にもなっていないんだぞ。学校の制服も着ているんだ。警察が知ったら大変だ。瀟灑、お前も残忍な奴だよ!」

阿恭が瀟灑の事を思い出すと、瀟灑の声が聞こえて来た。「俺の金は?」阿恭はまた盗み見た。大変だ!瀟灑、チンピラ、手下たちグループがやって来たのだ。(中略)

瀟灑は良いとも悪いとも答えなかった。また、一枚の写真を取り出し、渡しに来た。「よし。もし俺が持っているこの写真を『蘋果日報』とか『龍虎豹』とかに送ったら、本当に掲載されちまうな!」

喬老伯はそれを見ると驚いて顔が真っ青になった。阿恭は16歳未満なのだ。賭博機で遊ぶのは香港の法律に違反している。これが証拠として警察の手に渡ったら、どうするべきだろう?

映画では老恭が裸の写真を撮られた事で恐喝されますが、小説では賭博機の前で写真を撮られた事で恐喝されます。賭博機は日本でいうパチンコ的な賭博に関わるゲーム機の事ですが、小説で触れられたように香港では16歳未満が賭博機で遊ぶのは法律違反なのでした。映画の老恭は26歳以下とは言え、16歳未満ではないため、法律の設定が使えず、裸の写真になっています…。(なお、瀟灑が言う「蘋果日報」は香港の大衆紙、「龍虎豹」は香港で有名な成人雑誌の事です。)

尿瓶は前作のサービス?

本編 挿絵④(107ページ)

挿絵の説明:阿恭はAdaが注射をしに来たのを見ると「助けて!」と叫んだ。

小説では狂ったふりを始めた老恭がベッドの下にある尿瓶を急須の代わりにして啜り、「うまい!」と叫びます。そう言えば、前作「家有囍事」でも周星馳による尿瓶でのうがいシーンがありました。

Adaが注射を打つ前は老非に尿瓶を銃のように突き付け、「近寄るな!でなければ人質を殺す」と言っていますが、映画では病室で皆が大騒ぎする中、これに似たような台詞が聞こえて来ます。

…ちなみに小説を読んだ後では映画で老恭が言う「CIDだ!今、すべての16歳未満で学生服を着て、ゲームセンターに入った者たちに伝える!」は何となく中学生設定の名残に見えてきます。

弁護士の話を盗み聞き

本編

小説では家族と弁護士が自分の基金設立に関する話をしているのを聞く際、老恭の運動神経に関する描写があります。実際、彼の運動神経は相当に良く、この後はアクション描写も多いです。

小説
阿恭は小さい頃から体育は二の句が継げぬほどだった。「輕功」(体を軽くする技)は特にできた。容易い物だった。猿が木に登るように阿恭は居間の窓によじ登った。

ロビーカード

…なお、ロビーカードや写真集「97家有囍事 電影珍藏影画集(二)」を見ると、この後にある老恭が注射から逃げるシーンの写真が多いため、もう少し見せ場を撮っていた可能性が考えられます。

痰壺を頭に乗せて自由な行動

本編 ロビーカード

老恭:まだ寝ていなかったの?阿Bが妊娠した事は知っている?
    阿Bの奥さんが彼に子供を堕ろすように言ったんだ。ある人はその子供は、
    新馬仔のだと言うけど、病院で子供は董建華のだと証明されているんだ。

映画では家族が部屋に入って来た時、目覚まし時計を眼鏡にした老恭が上のような意味不明な事を言います。話に登場する阿Bは鍾鎮濤、新馬仔は新馬師曾のあだ名ですが、董建華は撮影時の1996年12月に香港の初代行政長官に選出され、1997年7月1日に香港特別行政区の発足と共に就任した上海出身の人物です。…ところが、小説では老恭が別の自由な行動をしていました。

小説
痰壺を頭に乗せた。もちろん、阿恭は衛生を重要視しているため、とうの昔にこの痰壺は洗いに洗った。お湯で何度もだ。消毒されたと見なしていた。この時、痰壺を頭に乗せたのも自由さからだ。また、足の指で筆を挟み、壁に心の向くままに絵を描いた。

店を開いたら「周星馳」たちを呼ぶ

本編

小説では老良が老非に長洲に店を開く時はスターを呼びたいと語る描写がありました。残念ながら林子祥、蕭芳芳、馮寶寶は映画への出演がありませんでしたが、当初は参加を予定していた可能性が考えられます。実際、林子祥は元々「家有囍事」の三兄弟役の一人に予定されていましたし、「大富之家」に出演した馮寶寶と共に東方電影との契約が関係していた線があるかもしれません。蕭芳芳は喬宏、羅家英と共に「女人、四十」のメンバー再集結に期待があったのでしょうか?

小説
阿良:ようし!その時が来たら、香港で今、人気のスターを呼び、
    開業式典に参加してもらうぞ。名高い大スターにテープカットをさせるんだ!

阿非:大哥ってば!そんな、すごい大口を叩いて!この小さい店を開業して、
    そんな大スターを呼べるの?人を笑わせないでくれよ!誰を呼べるって言うのさ?

(阿非は兄が大口を叩くのを軽蔑した。)

阿良:兄さんを軽く見ているな?その時が来たら、周星馳、黃百鳴、吳倩蓮、伍詠薇、吳鎮宇、
    張堅庭、黎姿、喬宏、李惠敏、鍾麗緹、それに林子祥、羅家英、蕭芳芳、馮寶寶を…。

ライバル店の存在を知る

本編

小説では老非と金慕玲が山東燒鷄店に行く前に老良の店を修理する職員から外国の投資で開店したフライドチキンの店がある事を知る描写があります。老非の「中国人は~」も本作のテーマに合わせた言葉ですが、すでにここから彼は西洋化から離れようとしているように見えなくもありません。映画は展開の早さから、本当は小説の台詞を含むシーンを撮るも削除されたように感じます。

小説
うるさい音楽が聞こえて来た。向かいに外国の投資で開店したフライドチキンの店があるのだ。毎日、音楽を流し、着ぐるみの鶏が来て宣伝する。売れていて、毎日、長い行列ができていた。

阿良の店を修理中の職員は「行くな!行くな!ちっともおいしくない。鶏はチベット雪鶏を使っているし、揚げた肉は古い。隣の正統派の老舗・山東燒鷄店も商売が続けられないんだ」と言う。

「じゃあ、僕たちは隣の店に行こう。中国人は中国人を助けないとね」と阿非は甘慕玲に言った。

小倩は中国を象徴

本編

金慕玲とは対照的に小倩は中国を表しています。映画では性格が合わないのに初恋の相手というだけで金慕玲への感情を大事にする老非が、小倩に「もし他の人が現れたら、どうするの?」と聞かれ、「そんな複雑な事、僕には処理できない」と答えるシーンも香港返還に戸惑う気持ちが感じ取れます。表面上、小倩の質問は「私は恋愛対象として、どうです?」の意味なのですが、映画のテーマ的には「香港返還の時期が来たら、どうするの?」に置き換える事ができると思うのです。

小説で小倩は北京の大学生で、彼女の父親は香港に住んでいたという描写があります。映画では父親の事を聞かれた瞬間、包青天が憑依した演技をするため、父親に関係する情報は不明でしたが、小説では父親はカナダのトロントで商売をし、移民してビジネス展開をしようとしています。

この他、小説では小倩が取り立て屋(收租佬)に武術を見せたり、それを学んだ経緯に関する描写がありました。ちなみに映画では取り立て屋を香港の作家・李純恩が演じ、國語も話しています。

小説
小倩は母方の祖父から小さい頃から、数手の拳術を学んでいた。取り立て屋が賃貸料の前納を言って来たので、思わず技を見せたのだ。

賢淑が郎夢が表紙の雑誌を購入

本編

小説では賢淑がカメラを買いに行った後、郎夢が表紙の雑誌を購入し、自宅に着く前に近くのレストランに入って読みます。彼女が憧れの郎夢に偶然、出会った際に「ファン(Fan屎)です」を緊張で「『大便』()です」と言ってしまうギャグは映画と同じくありましたが、同音の「史」と表記された事から直接的にならないように下品な単語を避けた可能性が考えられます。…ちなみに映画で賢淑がスタンドで雑誌を買うシーンはゲリラ撮影のせいで大勢が伍詠薇の演技を珍しそうに見ています。

小説 麥迪遜之橋
中文字幕 廊橋遺夢
英語字幕 Blue Story on Blue Bridge
日本語字幕 ブルーブリッジ・ドリーム、マディソン郡の橋

登場する「マディソン郡の橋」は小説では「麥迪遜之橋」、映画では「廊橋遺夢」の題です。「郎夢」の名前は同音の略称「廊夢」から来ていたようですね。「マディソン郡の橋」の原題は小説、映画ともに「The Bridges of Madison County」ですが、映画の英語字幕では「Blue Story on Blue Bridge」でした。「Blue」を「青」以外の意味で考えると「ポルノ橋のポルノ物語」の意味になるでしょうか?

日本語字幕では最初、英語字幕を参考にした「ブルーブリッジ・ドリーム」と訳されていた事から、名称が使えないのだと思っていましたが、後半に縦字幕で「マディソン郡の橋」と表示されました。小説では老恭が賢淑から「マディソン郡の橋」の内容を聞いた後の描写が映画と少し異なります。

なお、「大嫂」は「兄嫁」、「小叔」は「夫の弟」の意味です。日本語字幕の「義姉(ねえ)さん」は良いのですが、「小叔」は「コンちゃん」だったため、最初は「恭仔」の忠実な翻訳かと勘違いしました。

小説
老恭:大嫂、僕はこの本は良くないと思う。

賢淑:どう良くないの?

老恭:この本は悪い人になる事を教えている。まったく中身がない。表面上は愛情物語だ。
    だけど、実際は人に家での密会を教えている。まったくもって下品だ。

賢淑:あなたみたいな子供に何がわかるのよ?家庭の主婦をやっていると本当に退屈なの。
    感情の上で波乱が起きる事も正常な事なのよ!

老恭:大嫂、僕はあなたの事を言っているんじゃない。自分自身を見てみなよ。
    頭のてっぺんからつま先まで、少しのセクシーさもない。歯も欠けて揃っていないし、
    おしゃれもしない。完全にファッションに気を遣わなくなったオバさんじゃないか。
    遅かれ早かれ、僕の大哥が外に愛人を作りたがるよ!

賢淑:小叔、あなたは知能障害じゃなかったの?どうして、今の話はすごく正常なの?

(老恭は知能障害を装っているのが大嫂にバレるとまずいため、急いでおどけた顔をする。)

老恭:おおっ!つまり、バカだからこそ、いくつか正常な話ができるんだ。普通、正常な人は、
    少しもバカな話をしない。僕は絶対にバカだ。頭がバカで血管も止まっているし、
    脚の筋肉のバカも頭を悩ますんだ!いや!それに加えて、おもらしをしちゃった!

…賢淑が郎夢と「マディソン郡の橋」に憧れるのは香港人が西洋に憧れる姿の表現でしょう。そうすると逆に老良は郎夢を嫌う事から彼は中国を表現していると考えられるのではないでしょうか?

老非が小倩が家族に紹介

本編 挿絵⑤(141ページ)

挿絵の説明:小倩の包公が憑依したふりに、喬老伯は驚いて目を丸くした。

映画では老恭が父親とビリヤードをするシーンがありますが、小説ではビー玉で遊び、幼児のふりで小倩に抱き着こうとする描写があります。なお、小説の名残ではありませんが、映画では老恭の部屋にマイケル・ジョーダンの写真がありました。その隣は李小龍です。この他、部屋を観察すると老恭と老非はアニメ「SLAM DUNK」の寝具を使っていました。…さらに老非はサンリオの「おさるのもんきち」「バッドばつ丸」、濟公が化けた「オバケのQ太郎」など可愛らしい物を使用しています。

小説
小倩が自宅に来た時、阿良と父親はテレビでマイケル・ジョーダンがシュートする所を見ていた。阿恭はしゃがんで床でビー玉を打っており、和気あいあいとした様子だった。阿非が小倩を家族に紹介すると、阿恭が「お姉さん、だっこ!」と言う。阿良は阿恭をどかし、「阿恭、バカな事はやめるんだ!」と言った。また、阿良は小倩に対して申し訳なさそうに笑い、「すみません。私の弟は精神に少しアレがありまして…。」と言うと、小倩は「気にしないでください。」と言うのだった。

李小龍の真似をする老恭

挿絵⑥(145ページ) ロビーカード

挿絵の説明:阿恭が足を飛ぶように動かし、長男・阿良の前にちらつかせる。

小説では小倩に包公(包青天)が憑依した後、老恭が李小龍の真似をする描写が映画と異なっています。「三本足」とは李小龍の素早い足技「李三腳」を意識した言葉なのでしょう。「10億の冥銭を燃やす」は故人が死後の世界でお金に困らないように紙幣を模した供物を送る道教の儀式から来ています。そして、「霊童」(靈童)とは「チベット仏教の活仏の生まれ変わりの子」を意味します。

小説
阿良:何がしたいんだ?

阿恭:次は演技をしないぞ。僕は金がない。だから、わざわざ、金を貰いに来た!

阿良:明日、10億の冥銭を燃やすから、そのうちの8億をお前にやるよ!

阿恭:ダメだ。急いでいる。早く財布を出せ!

(また、阿恭は李小龍の感じを出している。阿良はすごく躊躇った。なぜ阿恭がこうなったのか、
(わからないからだ。阿恭は足を素早く動かし、阿良の前でちらつかせた。さらに叫んで言う。)

阿恭:まだ出さないのか?僕の三本足で蹴り殺す。僕と共にあの世に落ちるのを待っているぞ。

(阿恭は財布に触れて金を取ると、また叫んで言った。)

阿恭:時計も外せ!

(阿恭は阿良から金と腕時計を取った後、あくびをすると、
(あたかも目覚めたようになり、手を離しながら部屋に戻った。)

阿良:阿恭、俺の金は…?

阿恭:何をする!金を巻き上げようってのか?警察を呼んで逮捕してもらうぞ!

父親:小倩さん、阿恭は…。

小倩:おめでとうございます。多分、私の霊気が彼に伝わったのでしょう。
    見た所、私たちが数日ほど一緒にいれば、彼は霊童になれるでしょう。

父親は阿萱を思い出す

本編

小説では知能障害になった老恭の将来を心配した父親が彼と同じ状態にある小萱とその母親・阿萱を思い出す描写があります。同時に父親の過去も描写されており、ここからは現在、マイケル・ジョーダンの試合をテレビで楽しむのも若い頃に励んだスポーツの影響だった事がわかります。

小説
長男、次男の心配はないが、喬老伯が最も好きなのは阿恭だった。喬老伯は阿恭の知能障害で小萱の事を思い出した。父親は若い頃、男前であか抜けていた。高校のバスケットボールチームのセンターフォワードで女の子の人気の的だった。しかし、それらには見向きもしなかったのである。唯一、クラスのおとなしくて上品な阿萱が好きだったのだ。数年、片思いで告白する勇気はなかった。阿恭は知能障害になったから、正常な人とは合わない。喬老伯は阿萱の知能障害の娘と合わせようと思っていた。この機会に父母の命令で嫁いだ阿萱に会いたかったのである。

戻る