| 本編 |
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| 小説では病院で目が覚めた老恭にGigiが「大丈夫よ。明日にでもゴルフに行けるわ!」と声をかけていました。実は看護師だったAda=可可姐がバーで侮辱された恨みを晴らすため、アルコールを注射する際、老恭は「阿弥陀仏!神様、お守りください!」と念仏を唱え、注射の後に吐きます。 映画で張堅庭が演じた精神分裂者は、小説では「医者のふりをした間抜け」と呼ばれており、彼に疑問を持った老恭は「あんた医者?」と声をかけます。彼に老年性痴呆を疑われた老恭が「若い僕が何でなる?」と聞いても「急いで豚の内臓を煮込んで飲めば良くなる!」と言われていました。 |
| 本編 |
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小説では病院までやって来た瀟灑が家族を脅し、金を取り立てる際に老恭が16歳未満だと判明します。…衝撃的です。おそらく彼は冒頭で14歳なのですが、すぐ誕生日を迎えるため、15歳という事になります。そして、舞台は老非の「今年は香港返還式典がある」の言葉から、すでに1997年に入っている事がわかるため、1997-15=1982年生まれという事になります。ふと思ったのですが、そうすると六合彩の番号を選ぶ際に言われる「実は四男」のデタラメも、26歳の老非と11歳の開きがある事になるため、もしかすると本当の三男の夭折も悲しい現実だった可能性が考えられます。
映画では老恭が裸の写真を撮られた事で恐喝されますが、小説では賭博機の前で写真を撮られた事で恐喝されます。賭博機は日本でいうパチンコ的な賭博に関わるゲーム機の事ですが、小説で触れられたように香港では16歳未満が賭博機で遊ぶのは法律違反なのでした。映画の老恭は26歳以下とは言え、16歳未満ではないため、法律の設定が使えず、裸の写真になっています…。(なお、瀟灑が言う「蘋果日報」は香港の大衆紙、「龍虎豹」は香港で有名な成人雑誌の事です。) |
| 本編 | 挿絵④(107ページ) |
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小説では狂ったふりを始めた老恭がベッドの下にある尿瓶を急須の代わりにして啜り、「うまい!」と叫びます。そう言えば、前作「家有囍事」でも周星馳による尿瓶でのうがいシーンがありました。 Adaが注射を打つ前は老非に尿瓶を銃のように突き付け、「近寄るな!でなければ人質を殺す」と言っていますが、映画では病室で皆が大騒ぎする中、これに似たような台詞が聞こえて来ます。 …ちなみに小説を読んだ後では映画で老恭が言う「CIDだ!今、すべての16歳未満で学生服を着て、ゲームセンターに入った者たちに伝える!」は何となく中学生設定の名残に見えてきます。 |
| 本編 |
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小説では家族と弁護士が自分の基金設立に関する話をしているのを聞く際、老恭の運動神経に関する描写があります。実際、彼の運動神経は相当に良く、この後はアクション描写も多いです。
…なお、ロビーカードや写真集「97家有囍事 電影珍藏影画集(二)」を見ると、この後にある老恭が注射から逃げるシーンの写真が多いため、もう少し見せ場を撮っていた可能性が考えられます。 |
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| 本編 | ロビーカード |
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| 老恭:まだ寝ていなかったの?阿Bが妊娠した事は知っている? 阿Bの奥さんが彼に子供を堕ろすように言ったんだ。ある人はその子供は、 新馬仔のだと言うけど、病院で子供は董建華のだと証明されているんだ。 映画では家族が部屋に入って来た時、目覚まし時計を眼鏡にした老恭が上のような意味不明な事を言います。話に登場する阿Bは鍾鎮濤、新馬仔は新馬師曾のあだ名ですが、董建華は撮影時の1996年12月に香港の初代行政長官に選出され、1997年7月1日に香港特別行政区の発足と共に就任した上海出身の人物です。…ところが、小説では老恭が別の自由な行動をしていました。
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| 本編 |
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小説では老良が老非に長洲に店を開く時はスターを呼びたいと語る描写がありました。残念ながら林子祥、蕭芳芳、馮寶寶は映画への出演がありませんでしたが、当初は参加を予定していた可能性が考えられます。実際、林子祥は元々「家有囍事」の三兄弟役の一人に予定されていましたし、「大富之家」に出演した馮寶寶と共に東方電影との契約が関係していた線があるかもしれません。蕭芳芳は喬宏、羅家英と共に「女人、四十」のメンバー再集結に期待があったのでしょうか?
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| 本編 |
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小説では老非と金慕玲が山東燒鷄店に行く前に老良の店を修理する職員から外国の投資で開店したフライドチキンの店がある事を知る描写があります。老非の「中国人は~」も本作のテーマに合わせた言葉ですが、すでにここから彼は西洋化から離れようとしているように見えなくもありません。映画は展開の早さから、本当は小説の台詞を含むシーンを撮るも削除されたように感じます。
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| 本編 |
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| 金慕玲とは対照的に小倩は中国を表しています。映画では性格が合わないのに初恋の相手というだけで金慕玲への感情を大事にする老非が、小倩に「もし他の人が現れたら、どうするの?」と聞かれ、「そんな複雑な事、僕には処理できない」と答えるシーンも香港返還に戸惑う気持ちが感じ取れます。表面上、小倩の質問は「私は恋愛対象として、どうです?」の意味なのですが、映画のテーマ的には「香港返還の時期が来たら、どうするの?」に置き換える事ができると思うのです。 小説で小倩は北京の大学生で、彼女の父親は香港に住んでいたという描写があります。映画では父親の事を聞かれた瞬間、包青天が憑依した演技をするため、父親に関係する情報は不明でしたが、小説では父親はカナダのトロントで商売をし、移民してビジネス展開をしようとしています。 この他、小説では小倩が取り立て屋(收租佬)に武術を見せたり、それを学んだ経緯に関する描写がありました。ちなみに映画では取り立て屋を香港の作家・李純恩が演じ、國語も話しています。
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| 本編 |
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小説では賢淑がカメラを買いに行った後、郎夢が表紙の雑誌を購入し、自宅に着く前に近くのレストランに入って読みます。彼女が憧れの郎夢に偶然、出会った際に「ファン(Fan屎)です」を緊張で「『大便』(屎)です」と言ってしまうギャグは映画と同じくありましたが、同音の「史」と表記された事から直接的にならないように下品な単語を避けた可能性が考えられます。…ちなみに映画で賢淑がスタンドで雑誌を買うシーンはゲリラ撮影のせいで大勢が伍詠薇の演技を珍しそうに見ています。
登場する「マディソン郡の橋」は小説では「麥迪遜之橋」、映画では「廊橋遺夢」の題です。「郎夢」の名前は同音の略称「廊夢」から来ていたようですね。「マディソン郡の橋」の原題は小説、映画ともに「The Bridges of Madison County」ですが、映画の英語字幕では「Blue Story on Blue Bridge」でした。「Blue」を「青」以外の意味で考えると「ポルノ橋のポルノ物語」の意味になるでしょうか? 日本語字幕では最初、英語字幕を参考にした「ブルーブリッジ・ドリーム」と訳されていた事から、名称が使えないのだと思っていましたが、後半に縦字幕で「マディソン郡の橋」と表示されました。小説では老恭が賢淑から「マディソン郡の橋」の内容を聞いた後の描写が映画と少し異なります。 なお、「大嫂」は「兄嫁」、「小叔」は「夫の弟」の意味です。日本語字幕の「義姉(ねえ)さん」は良いのですが、「小叔」は「コンちゃん」だったため、最初は「恭仔」の忠実な翻訳かと勘違いしました。
…賢淑が郎夢と「マディソン郡の橋」に憧れるのは香港人が西洋に憧れる姿の表現でしょう。そうすると逆に老良は郎夢を嫌う事から彼は中国を表現していると考えられるのではないでしょうか? |
| 本編 | 挿絵⑤(141ページ) |
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映画では老恭が父親とビリヤードをするシーンがありますが、小説ではビー玉で遊び、幼児のふりで小倩に抱き着こうとする描写があります。なお、小説の名残ではありませんが、映画では老恭の部屋にマイケル・ジョーダンの写真がありました。その隣は李小龍です。この他、部屋を観察すると老恭と老非はアニメ「SLAM DUNK」の寝具を使っていました。…さらに老非はサンリオの「おさるのもんきち」「バッドばつ丸」、濟公が化けた「オバケのQ太郎」など可愛らしい物を使用しています。
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| 挿絵⑥(145ページ) | ロビーカード |
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小説では小倩に包公(包青天)が憑依した後、老恭が李小龍の真似をする描写が映画と異なっています。「三本足」とは李小龍の素早い足技「李三腳」を意識した言葉なのでしょう。「10億の冥銭を燃やす」は故人が死後の世界でお金に困らないように紙幣を模した供物を送る道教の儀式から来ています。そして、「霊童」(靈童)とは「チベット仏教の活仏の生まれ変わりの子」を意味します。
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| 本編 |
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小説では知能障害になった老恭の将来を心配した父親が彼と同じ状態にある小萱とその母親・阿萱を思い出す描写があります。同時に父親の過去も描写されており、ここからは現在、マイケル・ジョーダンの試合をテレビで楽しむのも若い頃に励んだスポーツの影響だった事がわかります。
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