星光伴我心

タイトル

原題: 星光伴我心
英語題: Star Orgasm
香港題: 星光伴我心
台湾題: 巨星專訪之心路歷程 星光伴我心
邦題: 日本未放送

作品データ

製作: 邵菲
製作会社: 國家電影局/北京電視台
大陸放送: 1997年5月開始
放送回数: 全20集
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出演者
周星馳(チャウ・シンチー)
蔡國慶(ツァイ・グォチン)

説明

本作は蔡國慶が香港に来て大型取材をしたインタビュー番組の一つです。周星馳が取材を受けた時期は1997年1月らしく、國語で意見を述べていましたが、この頃は広東語の訛りを強く感じます。なお、蔡國慶が取材した俳優や監督は合計で26人いたそうです。以下に内容を翻訳しました。
(「97家有囍事」の撮影風景が流れ、香港の街並みが映される中、次のナレーションが入る。)

旁白: 周星馳には振り返るに堪えない少年時代があります。彼のそんな悲惨な少年時代は荒廃した街に転がり込んで来てからです。彼は早くに生活の辛酸を舐め尽くしました。そして身寄りもなく、分派もなく、法も神も眼中にないため、無茶をしていた彼は、師匠につかずとも独学で「無厘頭」へと変わりました。香港映画界で独自の道を切り開き、彼に匹敵する事ができる人はいません。

(「鹿鼎記」「賭俠II之上海灘賭聖」「食神」のシーンが流れ、インタビューが始まる。)

蔡國慶: こんなにも多くの役柄を演じていますね。これらの肯定的な人物の「良い人のイメージ」は、あなた個人に対する性格や身を持するための原則ですが、あなたが思う影響は何かありますか?

周星馳: 今の映画はね、社会に対して、もしかすると、ちょっとした責任もあるのかもしれないと思う。これは最低限、誰もが映画でも悪い思想を皆に与えるべきではないと…私の言う意味がわかる?

蔡國慶: わかります、わかります。

周星馳: 少なくとも映画で、このテーマは良いんだよ。

蔡國慶: 「テーマは良い」ですか。

周星馳: 今、多くの若者が映画を見ているため、彼らは思わず映画の影響を受けてしまう。これは本当の事だ。私は自分の映画を永遠に良くしたいんだよ。いくつかの題材は良いね。多分、中には、いくつか比較的、人に「無厘頭」と呼ばれる物があるんだ。でも最終的に映画全体の大前提は、すべて良いと言う事だよ。

(「整蠱專家」のシーンが挿入され、周星馳に関した意見を言う5人の映像が流れる。)

男性A: 香港の文化には2つの特徴があると思う。一つは融合性、もう一つは無根性だ。いわゆる、この融合性は中国と西洋の文化が解け合う事を言う。では、無根性はと言うと、それには中華民族文化の過ぎ去った伝統の一部分があるが、もし真相を追求すると言うのなら、私はその文化の伝統は完全には残っていないと思う。この社会文化の雰囲気は必然的に内地の映画やテレビ俳優に何かをもたらす。いくつかの俳優が演じているスタイルとは完全に異なるんだ。周星馳はその中の一つの例だね。

男性B: 彼は本当の市民の心理状態を体現している。本当に人の角度から香港の文化を理解する事ができるんだ。

男性C: 以前の伝統的な香港の喜劇では周星馳のような種類の手法は不可能だ。つまり、基本的に従来の規則に背いているので出現させる事は不可能なんだ。

女性A: 伝統的な種類の喜劇はいつも観客が教訓を得る事を望んで、必ずはっきりと本当の「善と美しさ」と憎むべき「悪と醜さ」の区別をしています。でも、周星馳の映画は道理がないと言えますね。彼は観客を面白いと思わせています。

女性B: 周星馳のイメージはですね…すごく言い難いです。彼は香港の青年のイメージを体現していますね。なぜなら、私は青年としての形体だと思うからです。彼はわりと複雑ですね。その上、特に香港では具体的に、このような社会環境の中で青年は価値観念を現しますし、行動方式は多元な状態になります。

(「家有囍事」のシーンが流れる。)

蔡國慶: それでは香港の観客は、なぜ、あなたの映画を比較的に喜んで見るのですか?

周星馳: 実は香港の観客は特別に私の映画を、喜んで見ている訳ではないんだ。彼らは、ただ面白い映画を選んで見に行っているだけさ。例えば他の映画が、もし面白いなら、やはり私はそっちを見に行くと思う。だから、私は毎回…、できるだけ努力をして良い映画を撮るんだ。もし自分の映画が良く撮れなかったら、観客も見に行かないと思う。

蔡國慶: それでは、あなたの撮ったこれらの香港の観客が喜んで見に行く映画のメインは、あなたの演じる役柄が面白いからこそ、皆が見に行くと思いますか?

周星馳: 映画は役柄を除いた以外でも他の多くの方面での要素、さらに脚本や物語、私を除いた以外で、さらに多くの他の役柄などで観客は見るのだと思う。

蔡國慶: それでは、あなた自身は一体、どのような生活が好きですか?映画の中で演じた、あらゆる役柄と普段の生活は同じですか?

周星馳: それは…生活は当然、映画と同じではないね。私自身そのものは…、私を見てみなよ、今はわりと穏やかな感じだ。面白い所は何もないだろう?映画を撮る時とは、まったく異なってて、違っているんだ。通常、私自身もすごく面白くないと思う。多くの面白い物はすべて私の知り合った多くの面白い友人の身の回りからの物なんだ。彼らの身の回りから盗んで来ている。盗んで映画を撮る時に使うと言う感じだね。

蔡國慶: あなたは多くの面白い構想は友人の中から来たと言います。では、あなたは生活の中でこれらの面白味に満ち溢れて、すごくユーモア感のある友人は好きなのですか?

周星馳: そうだね…。私自身は、あまり面白くないのだけど、私は見たり、聴いたりがすごく好きなんだ。見終わり、聴き終わると、長く経たないうちなら忘れないと言うような感じだね。

(「整蠱專家」のシーンが流れ、「97家有囍事」の撮影風景に合わせて、次のナレーションが入る。)

旁白: 周星馳映画の特徴について言うと、それは本当に黒とも言えませんし、白とも言えません。泣くとも言えませんし、笑うとも言えません。正しいとも言えませんし、邪(よこしま)とも言えません。怪しいとも言えませんし、実情とも言えません。「無厘頭」と言っても彼は少しの不満もありません。細かく考えてみてください。彼の映画は道理に背いているように見えます。それなのに逆に一冊の正当な経典のようなのです。人をどうしようもなくさせます。実は彼の笑いや怒りの感情について、とことん話すと厳しいです。彼はまるで京劇の舞台上の三花臉(道化役)のようです。彼の冗談は大きな悟りを開いた後に感情を吐き出します。彼は自分を、あらゆる物が含まれたシンボルとして、現代社会の人たちのお互いの色々な情報を渡して届けているのです。

(インタビューの続きが始まる。)

周星馳: どんな仕事をするにしても自分の最大の努力を尽くして試してみようと私は思う。最初、俳優になった時、「お前、狂ったんじゃないのか?どうなんだ?やめろよ。もうよせよ。」などと多くの人が思った事もあるけど、私たちは一つ一つの仕事をしに行くのだと思っている。最初に自分に問うんだ。自分は本当に好きなのか、自分は本当に興味があるのかとね。興味は最大の力だと思うんだ。私自身は本当に好きでやっているし。私は、ただスターになりたかったのではない。やはり…スターになった事を満足している感じではないんだ。これは私自身が本当に演技する事に対して大きな興味があるからだ。それから、私は何も気にしないで、自分の最大の努力を尽くして試してみようと言う感じだ。だから若者は自分を見つめるべきだと私は思う。自分の本当に興味は、どんな所にあるのかと。それから必ず努力をする事だ。

(「賭俠II之上海灘賭聖」のシーンが流れる。)

周星馳: 苦しんだり疲れたりすると同時に、その間にも楽しみがある。毎回、1つの映画が完成すると、それが成功、成功しないに関わらず、その中から、いくつかの新しい物を学べると思う。それこそ楽しみだ。成功は当然、最も気持ちの良い物だ。成功しなかったのなら私も「どうして、こうなったんだ?」と考えて、次のチャンスを待つんだ。

(場面が切り替わり、蔡國慶が「食神」を公開している劇場の入り口で次のように語る。)

蔡國慶: 1980年代、世界の映画界にある創作の潮流が現れました。それは英雄は完全無欠ではなくなったのです。彼らの身の回りの到る所に散りばめられているのは平凡さ、真実さ、人情と道理に合った人生などです。平凡から平凡ではない方向へと進み、すでに遠すぎる夢ではなくなりました。努力をし、心を込めさえすれば、いつでもどこでも英雄になれます。

(蔡國慶が言った最後の言葉は「食神」に登場する有名な台詞のもじりとなっている。
(その後、英雄に関した映像として「賭神」「新精武門一九九一」「方世玉」が流れる。)

周星馳: 誰でも、ある時間には英雄になれるんだ。誰でも心は良いと私は信じている。多分、今はろくでもない人でも、ある時間では良い人になるんだ。

蔡國慶: それは、どうしてですか?

周星馳: 多分、わりと私が天“津”爛漫だからさ。


(周星馳は「天真」を「tian1jin1」と発音する。)
 
蔡國慶: 「天真爛漫」ですか。

周星馳: 「天真」だ。そうだった、そうだった。私はそんな感じの事を信じているんだ。だから、こう思うよ。「この世界は、わりと美しくて麗しい」とね。

蔡國慶: 楽しさが必要なんですね。

周星馳: それは違うよ。私自身も信じる事ができるんだ。

蔡國慶: では、あなたのように多くの役柄を演じると皆は多分、あなたが映画の中で演じた面白い役柄や「無厘頭」な役柄などの演技方式はすごく気楽な物だと思います。努力をしなくても良いと言うような…、いや、身を入れなくても良いと言えるような…。気楽に演じる事はできるのだと思いますか?本当の役柄を創造した時は、このような感じだと思いますか?

周星馳: 当然、そんな感じではないね。当然さ。実はね…何度も考えるんだ。すごく長く…すごく長い時間だ。これは見た感じ、多分、簡単な台詞か、すごく短い1シーンだ。でも多分、最も短いのは、それを考える事に費やす時間だ。だから、それは同じではない。だけど、これは必要だと思う。絶対に気をつけて考えて、しっかりと覚えておく。その後、やっと比較的に良い効果がある。私は、こうであるべきだと思うんだ。

(「食神」「西遊記大結局之仙履奇緣」のシーンに合わせて、次のナレーションが入る。)

旁白: 誰もが彼の銀幕の中のイメージから自分の姿を探す事ができます。嘲笑の中の姿は同時に無情にも自分自身を嘲笑するのです。これは、まさに周星馳の「西遊記」の中の演技のようです。彼は決して自分だけではないと言う事を演じました。彼はすでに一遍の寓話になっています。

(インタビューの続きが始まる。)

蔡國慶: それでは、あなたは自分こと周星馳のような演技のスタイルは、どう形成するのだと思いますか?

周星馳: それも自然にだね。

蔡國慶: 「自然に」ですか。

周星馳: なぜなら、誰でも同じではないだろう?誰でも自分の方法は違う。それは…私の方法はこんな感じだ。でも、私はやはり変化するのを見ているよ。少しの変化をね。してこそ…皆がしてこそ…皆が喜んでこそだ。

蔡國慶: 「皆が喜んでこそ」ですか。

周星馳: 毎回、すべて従来の方式なのはダメだ。あまり良くないと思う。

蔡國慶: では、あなたは毎回、新しい物を求めています。旧式の物は不要とし、新しい企画を出すには新しい物を求めますが、すごく辛く、疲れるとは思いませんか?

周星馳: 映画と言う仕事はこんな感じだよ。必ず辛くて、必ず疲れるんだ。

(「家有囍事」「新精武門一九九一」「鹿鼎記」「賭俠II之上海灘賭聖」のシーンが流れる。)

蔡國慶: それでは、あなたは知っていますか?私も報道を手伝ったのですが、香港の現地の観客だけでなく、内地を含んだ年配の方から若者まで、様々な年齢の人があなたの演じた映画を好きなのです。今はすでに1997年ですが、私たちの香港が祖国に返還される日まで、ますます近づいています。毎回、返還を思いつく時、あなたは、どのような気持ち、どのような感じになると思いますか?

周星馳: 私は確実に興奮しているよ。なぜなら…これでは2つの異なる場所の必要がないみたいだ。今、中国人が見に行く香港の映画自体は私たちが言うのなら、すでに中国の映画だ。

蔡國慶: 「中国の映画」ですか。

周星馳: だけど、映画自体に完全に地区と言う物はなく、やはり何か異なった所で区別すると思う。映画は映画だ。1997年以後も私は、やはり最大の努力をして、私自身の理想的な映画を撮るんだ。

(この後、周星馳はカメラに向かって、観客へのメッセージを笑いながら伝える。)

周星馳: 皆さん、私は皆さんの喜ぶ映画を多く撮ります。私の希望は皆さんが覚えてくれて、喜んで見てくれる事です。面白かったら拍手を、面白くなかったら二言、罵って忘れてください。早く、それを忘れてしまってください。

(「西遊記大結局之仙履奇緣」のシーンに合わせて、次のナレーションが入り、番組が終わる。)

旁白: 良い人・周星馳は世界全体に対しての天真爛漫を維持しています。彼は人生の無価値を引き裂いて、人に見せます。人々を心ゆくまで大笑いさせた後、行くべき道を選んで行くのです。1997年の返還は良い人・周星馳をこの上なく興奮させます。彼は家に帰るような感覚です。新しい創作に入る中、私たちは彼の新しい銀幕でのイメージを期待しています。

未放送の質問

以下は本編では放送されなかった蔡國慶の個人的なインタビューです。周星馳が映画を撮る前にTVBの「430穿梭機」で子供の相手を何年間もしていた事に対しての意見を聞いているようです。
蔡國慶: こんなに長い間、苦しみに堪えてきていますが、煩わしいとは思わなかったのですか?

周星馳: どうしてさ?子供と一緒に遊ぶと、かなり面白いよ。ある時、私は彼らに聞いたんだ。「今日は皆で『三国志演義』を語ろう。皆は三国が、どこの三国か知っているかな?」とね。子供たちは「知ってる。三国って言うのは香港、九龍、新界の事だよ。」と言うんだ。

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