4、鳥仙人

恵が深い眠りに付いてから二ヶ月が過ぎていた。

良介は、恵の眠りに付いた状態を、最初は哀れで痛々しく思ったが、時間がたつに連れて、夢の中で思い存分楽しんでいるように感じらた。眠りの世界のほうが、病弱な体に拘束されず、自由に羽ばたけるのではないかと、想像しないわけにはいかなかった。

恵の寝顔に苦渋の色はなく、どこまでも安らぎ、時には笑みも窺え、魔界で生き生きと過ごしているのが分かった。

 恵の夢は、今までは良介にも全て感じ取れたが、今は、良介の脳裏には映し出されなかった。恵は黒服のランナーと競い合ったときに姿を現しただけで、良介が夢を見ても、現れなかった。恵は夢の世界で自立し、自由に飛び歩いているように思われた。

良介は、恵の自立を喜んだが、どうしても寂しさを抑えられなかった。弟の真二に、恵に対する過保護を指摘されたのを思い出し、自分の愚かさを戒めるが、恵からどうしても自立できず、二人で走ったことを思い浮かべるばかりだった。

既に良介の肉体は完全に回復し、いくらでも早く走れるようになっていた。良介としては一刻も早く恵を助け出したいと強く願ったが、恵からの示唆はなく、これからどんな展開になっていくのか、想像が付かなかった。

恵に何かあればきっと姿を現すだろうと分かっていたが、日々の生活の中で、恵に対して何もしてやれないのが苦痛でならなかった。今自分がすべきは何なのか考えてみたが、何も答えが出せないで、ただひたすら走っていた。

真二が提案した、恵のホームページ開設に向け、着々と準備を進めていた。パソコンとデジタルカメラを購入して、真二を中心に使い方をマスターし、恵が目覚めたら、いつでも使える状態にまで、準備は整っていた。

良介もインターネットを知るようになり、ホームページが恵の病弱な肉体を補って余りある、大きな力となって人生を意義付けると感じはじめていた。時間があると、草花や昆虫、野鳥の撮影に精を出し、必要なデータも確保していった。

良介は仕事、撮影、トレーニングと、毎日慌しく過ごし、余計なことを考える余裕がなくなっていた。恵からの示唆は感じられなかったが、恵を救い出すときが遠からずやってくると信じて、トレーニングを最優先にした。

夕方のトレーニングは、日が短くなって、天気のいい日には星を見ながら走るようになった。良介は、一年程前に鮮やかに輝く星に向かって全力で走ったとき、身体が一瞬宙に浮いたように感じられたことがあった。夢を見ているのだろうと、気にもしないですっかり忘れていたが、星を感じながら走るようになると、何故だかその時のことが思い出された。

今の走力は、まだその時の領域に達していないと考えるようになり、同じペースで長く走るだけでなく、瞬間的に早く走れるよう意識するようにもなった。スピードだけでなく星も関係し、星の輝きが一段と増したときに何かが起こるような予感があった。

 良介が薄暗い河川敷のランニングコースを走っていると、ただならぬ気配が感じられた。カラスを中心に、ムクドリ、ヒヨドリ、オナガ、ハトなど、色々な鳥が橋周辺に集まってきたのである。良介は、鳥たちがいきり立っているのが分かり、何が起ころうとしているのか、確認に向かった。

 橋の近くへ行くと、男子中学生が四人、バットや木刀を持って襲撃を企んでいるのが見て取れた。彼らが向けている相手が、橋の下でたむろをしている老人だった。

 良介は老人を今までに何回も見ており、話しは一度もしていないが、顔はよく知っていた。鳥たちによく餌を与えており、老人の周りには、不思議なくらいにたくさん野鳥たちが集まっていた。

良介は鳥仙人と呼び、恵にも老人のことを話したら、恵は嬉しそうにして、

「その人は間違いなく鳥仙人よ」

と、良介の見立てを評価してくれた。

鳥たちが集まってきたのは、少年らの不穏な動きを察し、鳥仙人を守ろうとしているのが想像できた。良介は少年らの暴走を抑えるより、鳥たちに襲われる事態を考えて、近づいていった。

「君たち、ばかなことは、やめなさい」

良介の掛け声に、少年らはいかにも不満そうな顔をして、

「なんだ、お前は」

と言って、攻撃的な姿勢となり、矛先を良介に向けてきた。

「君たちには見えないのかな」

良介は手を上げて鳥たちに向けた。

少年らは辺りを見回し、おびただしい数の鳥が取り囲んでいるのを知った。

「君たちは、あの老人を襲おうとしているようだが、手を出せば鳥たちに目をえぐられ、肉は骨を残すだけで、跡形もなく食い尽くされてしまうかもしれないよ」

少年らは互いに顔を見合い、不安を抱いたようだったが、少年らのリーダーが、脅しに乗るまいとの気持ちが勝って、

「鳥なんか怖くないぞ」

と言って、今にも良介に襲いかかろうとした。

「君たちが信じないなら仕方がない。試しに老人の方に足を踏み出してみたらいい」

少年らのリーダーが、

「みんな、やるぞ」

と声をかけて、バットを振り上げると、二羽のオオタカを先頭に鳥たちが一斉に飛び上がり、激しい羽音を立てて近づいてきた。

良介は、少年らと鳥たちの間に入って手を大きく広げ、オオタカに向かって首を振り、鳥たちに自重を促した。すると鳥たちは、少年らを取り囲むように舞い降りた。

少年らは鳥の異様な行動に恐怖し、頭を抱えて蹲っていた。

「鳥に君たちを襲わせてもいいのだが、人間は、君たちがどんなに悪くても、鳥を害鳥扱いにして、駆除すると言い出すのに決まっているから止めたのだ。君たちみたいな悪い人間はいないほうがいいから、鳥たちと闘ってみたらどうだ」

少年らは震えるほどに怖がり、一人が、

「ごめんなさい」

と、叫んでいた。

「君たちはホームレスの人を見くびって、虫でも退治する感覚で襲おうとしていたのではないのかな。他人に迷惑をかけても何とも思わない君たちこそ人間の屑だ。鳥に食べられてしまったほうがいいのだ」

良介の強い口調に、少年らは、

「助けて」

と、口々に叫び、身動きが取れない格好になっていた。

「家が決まっていなくとも、過去に色々な歴史を持った人たちがいて、悪いことができないから、放浪している人もいるかもしれないよ。人間を見てくれで判断すると、とんでもない過ちを犯してしまうのだよ」

良介は少年らの肩に手を当てて、立ち上がるように促し、

「君たちは両親から大切なことを何も教わっていないのだろうな。君たちの心のもやもやを、他人にぶつけないで、お父さんやお母さんにぶつけてみたらいい。そうすれば、失っていたものが何なのか、分かるかもしれないよ」

と言って、鳥たちを分けて道を作り、帰宅させた。

良介は少年らを帰宅させると、鳥仙人に近づいていった。

鳥仙人はちょうど夕飯の仕度をしているときで、様子から、事の次第を全く知らないのが分かった。

「お忙しいときに申し訳ございません」

良介は恐縮しながら声をかけた。

鳥仙人は良介の顔を見て、すぐに顔を思い出したように、

「ランニングマンか」

と言って、側に座るように促した。

「初めてお話しをさせていただきます。良介と申します」

「良介君と言うのかね。わしもランニングマンと一度話しをしてみたいと思っていたところだ」

「何度もお顔を拝見しておきながら、ご挨拶をしませんで、大変失礼をいたしました」

「何も謝ることはない。ホームレスに好き好んで話しをするばかはいない」

良介は鳥仙人の言葉に手を振って否定し、話しを続けた。

「私は貴方を鳥仙人だと思っています。野鳥たちを大事にする姿を見て、常々感心し、尊敬していたところです」

「なあに、暇つぶしに餌をやっているだけだ」

「でも、鳥たちは貴方を神様と思っているようです」

「ばかなことを言うのではない。わしは家族に見捨てられた、能無しさ。鳥が餌を目当てに近寄ってくるだけだ。ただ、森に棲むオオタカとは特に気が合って、毎日顔を合わせているが」

「妖精の森の、二羽のオオタカですか」

「その通りだ。君も知っているのか」

「一度、妹とオオタカに森を案内して」

と、良介は途中まで話し、夢のような話しをしても信じてもらえないだろうと考え、

「森でオオタカと出会ったことがありました」

と、言い換えた。

「そう言えばオオタカのやつ、二人の兄妹と空高く飛んで、あちこちを案内したって、言っていたな。それは君たちだったのか」

「鳥と話しができるのですか」

「そうではないのだが、オオタカだけは何となく話しが分かる気がするのだ。君たちと一緒に飛んだのをいつも自慢している。空を飛ぶなんて信じがたかったが、オオタカが言うのだから間違いなかろうと思っていた。君の猛スピードで走る姿を見ていると、空に飛び出すのではないかと、いつも思っていた」

良介は、鳥仙人が夢物語に何の抵抗もなく入ってくるのに、驚かずにはいられなかった。むしろ、良介のほうが付いていけなくなりそうだった。

「君の妹さんは花の妖精みたいだな。オオタカは妹さんに惚れ込んでいるみたいだ。最近、ちっとも姿を見せないので心配をしておったぞ」

「貴方は、夢のような話しを本当に信じているのですか」

「確かに非現実的だが、近頃夢が好きになってな。空想するのが楽しくて仕方がない。オオタカの話しを聞くと言うより、こっちで勝手に夢物語を作っているのかもしれん」

良介は、鳥仙人が自分たちのことを何でも知っているようで、少々気味が悪かった。悪魔の使いとは思わなかったが、神の使いとも考えられなかった。これ以上深入りするのは危うく思われて、本来の目的に話しを転じていた。

「先ほど、少年四人が貴方を襲おうとしていました」

鳥仙人は良介の話しを聞いて、すぐに目を曇らせ、視線を高く向けた。

「鳥たちが貴方を守ろうとたくさん集まっていたのです。私が止めなければ、少年たちは鳥に襲われて、大変なことになっていたかもしれません」

「鳥と言うのは人間と違って義理堅いのだな。鳥がざわついているのを感じていたが、まさかそんなことがあったとは、全く気が付かなかったよ。よく騒ぎを収めてくれた。どうもすまなかった」

鳥仙人は深く頭を下げていた。

「頭を下げるなんて、やめて下さい。そんなつもりで話しているのではないのです」

「分かっておるよ。もし鳥たちが少年を襲っていたら大変な騒ぎとなって、近辺では野鳥が棲めなくなっていただろうな。わしが襲われようとかまわんが、鳥たちが殺されたり、追い払われたりしたらかわいそうだ」

「確かにそれが問題なのです。それは、ホームレスの人が襲ってきた少年を傷つけても、同じことが言えると思うのです。少年がホームレスを殺しても、軽い処罰で済まされているのが実態です。同じ人間の命でも値段が付けられているようです」

「ホームレスは気楽でいいが、鳥と仲良くなりすぎてしまったようだ。人間社会は実に住みづらい。これから先のことを考えなければならんな」

鳥仙人は黙って考え事に耽っているのを見て、良介はこれ以上伝えることは無いと判断し、立ち上がって、この場を締めくくることにした。

「少年たちは、私が脅かしておきましたので、もう二度とばかなことは考えないと思います。それでも、他にも同じような少年が出てくるかもしれませんので、充分注意して下さい。それでは失礼します」

鳥仙人は良介の言葉を遮るように、手で合図して、座るように促してきた。良介は素直に応じて腰を降ろし、鳥仙人の言葉を待ち受けた。

良介が腰を降ろすのと同時に二羽のオオタカが飛んできて、鳥仙人の肩に止まった。鳥仙人はオオタカの羽を優しくなぜながら、

「悪がきどもは家に帰ったようだな。どうもご苦労さん」

と、労わりを込めて言葉を投げかけた。

少し間をおいて、鳥仙人はしみじみと、自分の過去を語り出した。

「わしの女房子供は実に立派なのだ。わしが金儲けばかり考えているので愛想を尽かされてしまった。女は好きなものを買い与えておけば満足すると思っていたのだが、我が女房殿はブランド品には目もくれなかった。与えた金を全部貯金しておいて、孤児院を建てたのだ。親に縁の無い幼子を引き取って、育てているのだよ」

良介は、鳥仙人の話を聞いて、恵に案内された孤児院だとすぐに分かった。

「その孤児院は知っています」

良介の言葉に鳥仙人は驚きを隠さず、

「何で君が知っているのかね」

「妹に案内されて見学したのです」

鳥仙人は、驚きと同時に嬉しさも隠さず、

「それでは、わしの息子も知っているのではないのか」

と、問うてきた。

良介は、難民キャンプで献身的に医療に従事する若い医師の姿が思い出され、

「難民キャンプで医療活動をなさっているのですか」

と、すぐに答えを出した。

「その通りだ」

鳥仙人は、一段と大きな声を上げた。

「君たちは大空を飛んで、世界中を見てきたのだな」

「貴方に信じていただけるか分かりませんが、妹に案内されて、世界中の思いやり溢れる人々を見て回ったのです。その中に、奥様と息子さんがいらしたのです」、

鳥仙人は腕を組んで口を真一文字に結び、しばらく唸るような声を漏らしていた。やがて良介に視線を向け、手を取って強く握り締めてきた。

「君は、わしが捜し求めていた若者に間違いない」

鳥仙人は何度も頭を縦に振って、手に力を込めた。

「わしが空想していた通りになった。嬉しい。実に嬉しい」

鳥仙人は満面に喜びを表し、興奮気味であったが、何とか落ち着きを取り戻すと、再び過去を振り返り、言葉を噛み締めながら話し出した。

「女房や我が子を褒めるのは何とも気恥ずかしいが、二人とも信じられないくらいに立派なのだ。わしは金儲けなら誰にも負けない自信があったが、他人に対する思いやりなど、これっぽちも無かった」

鳥仙人は俯いて、深く悔やんでいるのが窺えた。

「わしは会社を持っていたのだが、社員を道具としてしか考えたことがない。人間のずるさをうまく利用して、徹底的に管理し、安い給料で長い時間働かせた。人のためになるなどと一度も考えずに、人間の愚かさを見抜き、欲望をそそるまやかしの情報を流して徹底的に儲けてきた。景気が悪くなっても、わしの会社はびくともしなかった。この世は金が全てで、金があれば何でも買えると考えていた。ところが、わしが有り余る富を誇っても、女房は全く認めてくれなかったのだ。金の価値は食えるだけの価値で、物をどんなに買い集めても何の価値もないと、一蹴されてしまった」

鳥仙人は視線を空に移し、話の様子を思い浮かべていた。

「金を抱いて過ごして何が面白いのかと、全くのばか者呼ばわりだった。本当はわし自身が、金で買えるものが欲求を満たすものではないのを一番分かっていた。次から次へと欲求をそそるのがわしらの仕事で、みんなが満たされていたら経済は成り立たなくなってしまう。社会が腐っていくのを薄々気付いていながら、結局は金儲けのことしか考えない大ばか者だった」

鳥仙人は、自らの責任を明らかにした。

「女房に相手にされなくなって、女房の優しさが身にしみて感じたよ。わしがどんなに我がままを言っても寛容に受け止めてくれてな。健康には人一倍気遣ってくれた。思いやりの大切さを、身をもって教えてくれたのだ。女房子供を失って、自分にとって何が一番大切なのか、やっと気付いたよ」

鳥仙人は、ばかだったと呪文のように何度も口ずさんだ。

「財産を、世の中のために生かせるようになったら面倒を見てあげると、言われたよ。本当は息子に会社を譲って辞めようかと思っていたのだが、息子も母親譲りで、思いやりに溢れた好青年なのだ。金儲けよりも、他人の役に立ちたいと、ボランティアで海外に行ってしまった。仕方がないから会社を他人に譲って、わしは財産を世の中のために有効に使う手立てを求め、放浪を始めたのだ」

良介は、鳥仙人のことは全て飲み込めたと思った。

「女房に誇れる金の使い道を考えたが、金で全てが動く時代では、世直しのために金を使うのが、どんなにも難しいか分かったよ。放浪しているうちにここに辿り着き、オオタカと出会って、不思議なことに話が通じたのだ。本当は夢でも見ていたのかもしれないが、オオタカの話を聞いているうちに、色々と空想するようになり、どんどん夢物語が膨れ上がっていった。夢では君と妹さんが主役で、君が思いやりを守る戦士となって、わしらがこしらえた、腐りきった時代を揺り動かそうとしていた。わしはこれだと思った。君たちに援助して、世直しの一翼を担いたいと願っていたのだ」

良介は、恵と二人だけの小さな小さな夢の話に過ぎないと思っていたのが、現実と夢との境がどんどん薄らいでいき、またまた夢が大きくなってしまったと、怖さを感じずにはいられなかった。

病弱な妹を守りたい、ただそれだけのちっぽけな人間なのに、時代を救う使命を帯び、重圧に、今にも押しつぶされそうだった。

「私は援助を求めるつもりはありません。思いやりを守る戦士として、自分の力の限り戦っていくだけなのですから」

「夢の話しだから、夢で全てが解決できればいいのだが、現実も無視できないのだ。君や妹さんの生活を心配していては、戦いにも力が入らなくなってしまう。それに、君一人だけでなく、思いやりを守る戦士を一人でも多く募っていく必要がある。いつも空を駆け巡っているわけではないだろうから、子供たちに夢を与える仕事もしなければなるまい。金を使う気になればいくらでも必要になってくる。君と妹さんが中心になって、夢会社を作って欲しいのだ」

良介は予想だにしなかった展開となり、戸惑いを感じないわけにはいかなかったが、現実の生活が常に頭に合ったのも確かだった。他の戦士たちのことも、どう保障をしてやれるのか、気掛かりになっていた。それに、悪魔との戦いの他に、子供たちに夢を与えることが、何よりも重要な仕事と考えていた。全てが鳥仙人の言う通りだと、認めないわけにはいかなかった。

「貴方の申し出は願ってもないことだと、何とか理解できましたが、今は妹を悪魔から救い出すことしか考えられません。既に、他にも思いやりを守る戦士がいるのです。弟もその一人で、まだ高校生ですが、私よりも遥かに大人です。弟の能力はこれからの活動に大きな力になると考えています。近々に弟を紹介しますので、弟やその仲間たちと、話し合ってもらえませんか」

良介の申し出に、鳥仙人は満面の笑みを浮かべ、

「それがいい。それがいい」

と、繰り返し、両手で良介の手をしっかりと握った。

良介には、今起こっていることが、余りにも都合よくできているので、偶然だけでは説明できなかった。鳥仙人を神々が送り込んできた使者ではないかと思った。逆に運命付けられていたとも考え、不信は一切抱かずに、精一杯やっていこうと言い聞かせた。

「悪魔との戦いには風神雷神が役に立つ。わしはこのオオタカを風神と雷神と呼んでいるのだが、特別な力が備わっているようだ。風神は風を捕らえるのに優れ、雷神は稲妻を操ってしまう。きっと君の役に立つはずだ。悪魔に立ち向かうときは、風神雷神を連れていくといい」

良介が頷くと、オオタカは良介の肩に飛び移ってきた。

「君が風神雷神を思い浮かべれば、すぐに飛んでくるはずだ」

良介は鳥仙人に挨拶をすると、風神雷神は一気に舞い上がって星空に消え、良介はその足で恵のいる病院へ向かった。

恵の昏睡状態は少しも変わらなかったが、寝顔から、いつもより嬉しそうにしているのが感じられた。恵は姿を現さなかったが、鳥仙人との出会いを見守っていてくれたのだと分かった。

良介は恵と話がしたくてならなかった。恵は自由に夢の中で飛び歩いていたが、良介はいつも現実と夢とのぎりぎりの世界で翻弄され、恵の心に飛び込むことはできなかった。今日は特に自分の置かれた状況が大きく変化し、今後の展開を理解したつもりでいても、気持ちのどこかで混乱しており、すっきりとした気分にはなれなかった。恵の一言が全てを解決してくれると考えていた。

良介は救いを求める思いで、恵の頬にそっと触れて心を読み取ろうとしたが、何も応えが帰ってこなかった。それは、自立を促すサインとも取れて、気持ちを強く持たなければと、自分に言い聞かせていた。

病院を出ると、風に誘われて、再びランニングコースへと足が向いていた。満点の空とはいかなかったが、星の輝きを感じながら走り出した。魔界に飛び立つときはいつなのか、当てのない相手に問いかけてみたが、何も返事はなかった。

良介はスピードを増していき、呼び声に吸い寄せられるように、オリオン星に向かって全力で走った。すると、身体が浮き上がるのが感じら、同時に恵が背中に乗ってきて、しっかりとつかまった。それは振り落とされるからではないと、良介にもすぐに分かった。恵の身体がピッタリと寄せられ、気持ちが直接伝わってきて、心が一つになっていた。

「二人で見てきた夢はこれが最後になるかもしれないの」

恵は、互いに自立することを語っていた。

「分かっているよ。本当はもっと早く自立しなければいけなかったのだよ」

「お兄ちゃんにもっと甘えていたかったけど、互いにやらなければならないことがたくさんあるもの。それぞれが自分の夢を追い求めるときが来てしまったのね」

「寂しいけど嬉しいよ。恵の自立を足踏みさせたのは、お兄ちゃんの所為だ。間違っていた。ごめんよ」

「そんなことを言わないで。お兄ちゃんが大好きなの」

 良介は恵の言葉を聞くと涙が溢れてきた。恵みも泣いており、涙が星屑となって、二人が飛び去った後に残った。

 気が付くと両脇に二羽のオオタカが寄ってきて、良介は風神雷神とすぐに分かった。

「左にいるのが風神だよ」

「前に森を案内してくれたオオタカね」

 恵は手を伸ばして風神を優しくなで、続いて、右を飛ぶオオタカに触れて、

「右は雷神と呼ぶのね」

 と、既に知っている口ぶりだった。

「悪魔との戦いに、とっても強い味方ができたわね」

 良介は頷き、

「二人の夢をたっぷりと楽しもう。しっかりつかまっているのだよ」

 と言って、空高く舞い上がった。

「走ってお兄ちゃん、もっともっと速く走って」

 風神雷神もすぐ側を離れずに付いてきて、二人の両翼を形作った。恵が手を差し出して四体が一つになり、風神が風を、雷神が雷光を呼び寄せると、光速を超えたマシンとなっていた。

現在だけでなく、時空を越えて過去未来、思い通りに駆け巡り、地球に収まらず、銀河へと舞台が移って、星星の鼓動を感じ取っていた。

 遊び心を溢れさせ、無限に広がる宇宙へと飛び立ったが、落ち着いた先は、まだ幼い恵を良介が背負い、野原で花や昆虫、鳥たちと戯れる場面だった。

「お兄ちゃんにおんぶして、野原を走っているときが一番幸せだった」

 恵の願いは二人を過去に溶け込ませ、最も幸福なときを疾走した。

「走ってお兄ちゃん、もっともっと速く走って」

 恵の声がこだまして、いつまでも風を感じて走っていた。

 良介が気付くと、地上をゆっくりと走っているところで、二人の最後の夢はあっという間に終わっていた。良介はそれでも満足し、全てが吹っ切れていた。

 家に戻るとすぐに、鳥仙人との出会いを真二に話した。

 真二は何の躊躇いもなく、

「面白くなってきたね」

 と言い、いかにも楽しそうな顔をした。

「遊び半分ではできないのだよ。誰よりも大きな夢を描かなければならない」

「分かっているよ。本当は、前々から夢を叶える会社があればいいと思っていた。今までも色んなことを考えてきているから、構想はすぐにできると思う。仲間にも話して面白いアイデアがないか聞いてみるよ。それから鳥仙人に紹介してよ」

「真二はいつもすごいことを考えている。兄ちゃんは何も考えていないのだ。鳥仙人に夢会社の話しをされたら、まごつくばかりですぐには返事ができなかった。苦し紛れに真二の名前を出したけど、兄ちゃんの判断に間違いはなかったな」

「そんなに褒められても照れくさいよ。兄貴と恵が一緒になって夢を見ているのが羨ましくて、悔しくて、負けずに夢を見てきた」

 良介は、真二がどこまでもたくましく感じられ、心強かったが、今起きている全てが、一瞬の夢の出来事であって欲しいと願っていた。とんでもない時代に生まれてきたと、つい考えてしまい、自分の女々しさが情けなかった。