徳島・剣山 2002.11.9〜10

城 公彦 記
 11月9日午前4時30分、21名が四国の剣へいざ出発。  午前中は快適に四国の高速道路を突っ走るが、ツアーの添乗員さんの携帯に剣の山頂は積雪30センチ、しかもロープウエイは動いていないと言う暗雲の知らせが入る。 この時点で、もうまともな登山は出来ないなと思われた。天気予報で、この秋一番の寒波が来る事は知っていたが、四国は大した事はないだろうと甘く考えていました。実際、徳島地方の天気は曇りのち晴れの予報であった。

 雨の中、「大歩危・小歩危」では見事な紅葉を見ながら、バスは奥へ奥へと進むが雨が雪に変わり景色もすばらしい紅葉から一面の白の雪景色となる。 賑やかだった女性軍のおしゃべりもだんだん聞こえなくなる。 そして、恐れていたタイヤのすべりも感じて来るようになり、とうとう大きなカーブのところでスリップし、バスが動けなくなった。 女性軍らは大雪にはしゃいでいましたが、添乗員さんや運転手さんは大変だった事でしょう。それこそ頭のなかは真っ白だったのでは。

 結局21名全員バスから降りて、6キロ先の宿までもとの山道を歩いて下り、3時15分にお宿に無事到着。 なおバスは地元の大型ブルの助けをかり、5時ころ宿前に到着、ヤレヤレの思いでした。

プレートの写真  少し一服した後、宿のすぐ下の平家落人伝説のシンボル《二重かずら橋》を全員見物に行き、それこそ命がけで“キャーキャー”と叫びながら、男橋と女橋の二つのかずら橋を渡りました。 かずら橋は足場が悪く、また雪で滑りやすくなっていましたので、一層恐怖感がありましたね。 でもこの「かずら橋」が今回ツアーの一番の思い出となった。高田から持って来たステンの「登山記念プレート」はこの平家落人伝説のかずら橋を渡った所に差し込んで帰りました。 平家落人の魂が見守ってくれる事でしょう。

 夜は大広間でお楽しみの宴会でしたが、食事のお粗末さには参っちゃいましたね。最後に出た「おでん」なんか食べられたモンじゃなかった? それでもお酒の方はビールの大瓶20本以上そして日本酒のかんぴん20本以上、空にしていましたよ。そして最後まで大広間に残っていたのは5〜6人でしたが、なぜか「無法松の一生」を合唱して、剣ツアー宴会の“おひらき”と致しました。

 翌日は皮肉にもまずまずの天気」となり祖谷渓の大スケールの紅葉を見ながら、幻の剣山の麓を後にしました。 途中道路で、誰かさんのWCの為バスが急停車。 午前中はスケジュール通り「金毘羅様」のお参りに行ったところ、ちょうど「紅葉祭」の催しをしていました。 案内役のオジさんのダジャレの連発に皆大笑い。 私は「金毘羅様」は2回目でしたが、あの785段(ナヤム引くイチ)の石段、今回はこたえたー。 そしてお昼に名物「讃岐うどん・セット」が出まして、やっとまともな食事にありつけたと思ったのは私一人ではないでしょう。クスクス、、、。 お腹が空いていましたので「讃岐うどん」2杯、しっかりとおかわり致しました。

 それから一路三崎港に向かったのですが、途中渋滞もなかったのに、なぜか港に着いたのは3時半出航のなんと5分前。 添乗員さんもいささかあわて気味。 松山城見物どころか、女性軍お目当ての「ジャコ天」も食べ損ないましたねえー。

 佐賀関港に着いてから宮河内インターから宇佐まで高速、そして高田には予定より少し早い6時過ぎ無事到着しました。

 今回剣山の登山は残念ながら出来ませんでしたが、参加者の皆さん、それぞれ思い出が胸に残ったのではないでしょうか。 いつかまた剣のリベンジ登山行きたいですね。 はやくも2年先のツアー登山、もうステキなプランが上がっていますよ。 また参学会の2年に一回のメチャ楽しいツアー行きましょうね。

《完





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