医者じゃない私に死因はわからなかった。
ただ彼は息をせず。心地よい体温は永遠に奪われた。
色鮮やかな幸せだった日々は幕を閉じ。
古い映画のようなモノクロの世界が広がっていくのを。
ただ呆然と見続けた。




KNUCKLES...




葬儀はひっそりと行われた。
彼の島に小さな墓標を立て、いつもの顔ぶれで最後の別れをした。
やけに発色が良い青空がその雰囲気に似合わない。
もう青年になったというのに、テイルスは顔をくしゃくしゃにして泣いて。
エミーとクリームは私の肩に遠慮がちに、でもしっかりと、手を添えて顔を濡らしている。
穴があくほど見続けたちゃちな墓石からそっと横へ目を移す。
あの青い髪の男はどんな顔をしているのか。不純だがそんなことが気になった。
180度瞳をずらすと、墓標に背を向けるように佇んでいる二人を見つけた。
シャドウはいつもと変わらぬ無表情で。ソニックは・・・よく見えなかったが。二人は真っ直ぐにマスターエメラルドを見据えていた。
時折シャドウの唇が動くと、僅かながらソニックも反応する。
不意に既視感がこみ上げてくる。エメラルドと二人。ああそうだ、私は彼を思い出しているのだ。そこに立つべきなのはシャドウでは、無い。
私が彼らを見ていることに気がつくと、シャドウは悲しく唇を歪ませてソニックのそばから離れ、墓標に小さな花を一輪そえて去っていった。
ああシャドウ、私は今どんな顔をしていたかしら。自分のこともわからないなんてエージェントとして失格だわ。
ふらふらとソニックの方へ歩いて行く。もうシャドウの悲しい笑みの意味を考えている余裕もなかった。
「ルージュ・・ちょっと」
こちらを見ることもせず、私が彼の横に来たとたんソニックは祭壇の方へ歩き出した。
そして私も、さして考えることもせずぼんやりと彼の後へついて行く。
いつもの私たちを知っている者から見れば随分と滑稽だっただろう。彼が見たらきっといぶかしんで・・・なんて考えている私はもうやきが回っている。
エメラルドの祭壇の階段は、段差自体はそんなに高くは無いが小さくて足を踏み外しやすい。
いつもはふわりと華麗に飛び越えるのだが、一歩一歩歩いたため何度も転びそうになり、石段に手をついた。
じんわりと暖かいその石と彼がだぶる。
この祭壇はだめだ。彼に近すぎる。
壊れた柱に、欠けた石畳に、この登りにくい階段に、逐一心が反応してしまう。
なんとか全部登り切ると、そこには大きな緑青色のエメラルドがある。
静かなるこの聖石は、いつもと異なる様子で、不自然に点滅していた。
まぶしいくらいにチカチカと光る石の逆光で緑色の不健康そうな肌色をしたソニックがじっとそれを見つめている。
「・・・知っているのさ。此奴も。一番そばにいた存在だからな。」
その言葉に答えるように、石は一段と光る。
そうだ。この石は、この石こそが・・・
「だからな・・・俺は此奴こそが奴の墓石なんだと思うんだ。」
この石は彼自身だった。それは彼も自称していた。
思えば初めて会ったのもこの石を巡ってのことだった。
石を前に喧嘩して、バラバラに壊した石を必死になって集めて。
彼はこの石がすべてだと言った。それが使命であり、自分の宿命だと。
自由奔放に飛び回っていた私は堅物で生真面目な彼に惹かれたのだ。
「あ・・・」
気がつけば目の前がぼやけて頬をなま暖かいものが濡らす。
私泣いているんだと気づく前に、その大いなる石の前に泣き崩れた。



夜になり、私は彼の家に泊まることにした。
ここに泊まると言ったとき、エミーやテイルスはしきりに心配していたが後を追うような真似をしないからと言いくるめて家に帰した。
何を思って泊まるのかは自分でもよくわからない。でも、ここに足を踏み入れた回数はたぶん私が一番多いから。
さっき一度泣いてしまってからは、しきりに彼の痕跡を求めている。
思い出に縋るなんてと考えていた昔を思い出してひとりふっと嗤った。
彼の寝室へ入って数時間たつが眠気はない。
冴えた目を右往左往させていると、画鋲がとれたのか、小さな棚にひっそりとある二枚の写真が目に入った。
彼でも写真を飾る趣味があったのかと、おかしくて、少し悲しい複雑な気持ちでそっとそれを手に取る。
「・・・っ。」
息が詰まる、ようだった。
それは去年のクリスマス、クラブルージュで撮った写真。みんな少しお酒が入ってやけに上機嫌で。
酒に負ける気がしなかった私は酔ったふりをして、丁度タイマーが終わる頃に彼に抱きついたのだ。
あ〜あ、赤くなっちゃってvなっさけないわね〜。うるさいっ!
・・・ポタリと落ちた涙に、写真がぬれてはいけないと慌てて手の甲で涙をぬぐうと、写真の裏側に何か書いてあることに気がついた。
つたない文字で、急いでいるように書かれているそれは紛れもなく彼の字で。

『”Knuckles”へ
運命に怯えるな。おまえは一人じゃない。
from ”Old”』

「・・・何、これ?」
自分に宛てた手紙?ではなさそうだ。
”Old”とは誰のことなのだろうか。この写真を持っているのは、自分を含めソニック達以外にいないはずだ。

しばらく訝しんでいると、急に差し込む光で思考を中断された。
太陽光のような気持ちいい光ではなく、すこし不気味な光がルージュの頬を射す。
マスターエメラルドに何かあったに違いない。防人がいなくなったことにどっかの盗賊が気づいたのだろうか。
ともかくアレはカレなのだ。渡すわけにはいかない。
いつもの癖で写真を懐に入れて、ルージュは慌てて祭壇の方へ向かった。

登りにくいあの階段を、今度は羽を使いその名の通り一足飛びで飛び越える。
光源たるエメラルドのところへ行くと、驚いたことに見知った顔がいた。
「あんた・・・」
「・・・来て、しまったんですね・・・」
実際に見たことはなかったが、ステーションスクウェアの事件を調べていたときに良く出てきていた顔だ。
光粒子上で存在し、パーフェクトカオス出現時のみハリモグラの姿をとったとされる幽霊・・・とかいっただろうか。幽霊が写真に写るかと馬鹿にしていたが、実際あの写真と変わらぬ姿が今自分の前にいる。
綺麗な民族衣装を纏った彼女はその光と一体化しているように見える。
「出来れば・・・誰にも知られたくなかった。いずれ必ずわかってしまうしても・・・いまだけは・・・。」
彼女は端麗な眉をひそめて小さく申し訳なさそうに呟く。言われている意味がわからなかった。
マスターエメラルドは脈打つように煌々と光っている。昼間見たときよりも生々しいその光に背筋が凍る思いがした。
「・・・これは、誰にも渡さないわ。」
例え幽霊だろう先祖だろうとこの石はわたせないわ。だってこれは・・・
「・・・ええ、彼自身です。この石は、"Knuckles"のすべて。混沌を、総てを統べるもの。」
思考が読まれたことに身構えた私にかまうことなく、彼女は満点の星空に向かって手を伸ばした。するとマスターエメラルドが一際大きくうねり、彼女の手を七つの光がつつむ。
強すぎる光に思わず目を閉じてしまったが、新たに出現した光は嫌と言うほど見覚えのある光で。
「カオスエメラルド!?」
世界最高の宝石、あたしが求めて止まない七つの秘宝が一瞬にして彼女の元へ集結した。
カオス、マスターエメラルドを総て集めて、そんな壮大な力をもって、
「なにをしようというのよ!!」
柄になく狼狽えてしまう。当然だ。戦えばかなうわけがない。
彼女は悲しそうな眼でこちらを見ると、カオスエメラルドを抱いたままマスターエメラルドに跪いた。
「貴女は見ない方が良いわ。・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・・・・・」
彼女の瞳から止めどなく涙が零れた。ごめんなさい・・・と。彼女はひたすら繰り返している。
どうしたらいいかわからなくなって、ただ呆然と立っていることしかできなかった。
マスターエメラルドはまた違う光りかたをしていた。
私とエメラルドの間を中心に光りを集中させて何かを形取っている。
まさか・・・・
いや、
そんなわけ・・・
恐怖に駆られ背中を冷や汗が伝う。ぞくりとして肩が震えた。
「・・・お願い、聞かせてくれる。」
恐る恐る祈りを捧げる彼女へ視線を向けた。
彼女は瞳を閉じたまま苦悶の表情を浮かべている。
彼女の涙がカオスエメラルドに落ちるたび、力在る石の光は静かにうねった。
「・・・マスターエメラルドは混沌を統べる石。七つのカオスエメラルドを操る最後の希望。」
そう、それは知っている。
アークの時、実際にこの目で見た。
言霊によって発動したこの石は混沌を押さえたのだ。
「だから・・・、悪しき心を持つ者に渡ってはいけない。・・・守り手が必要なのよ。」
私とエメラルドの間に出来た光球は、徐々に幼い少年を形どっていく。
あまりのことに胃の中の物を戻しそうになったがなんとかのど元で我慢した。
きもちわるい。あたまがふらふらする。
「・・・あいつも、こう、生まれたの?」
掠れた声で聞くと、彼女はまた小さくごめんなさいと呟いた。
もう我慢できなかった。
彼女に飛びかかり、その手に持つエメラルドに向かって蹴りを入れる。こんなことはすぐにでもやめさせたかった。
しかしそれもあえなく阻まれる。彼女の周りに出来た強固なバリアにつま先が当たってむなしく弾かれた。
もう一度、今度はマスターエメラルドに攻撃を仕掛けた。が、やはりシールドに阻まれてしまった。
「なんで?なんでよ!!あんた、ナックルズ族なんでしょ?!何でこんなことしてんのよ!!混沌を統べる石が何よ!!」
あの晴れた日。彼とこの祭壇前で話していたことが脳裏によぎる。
物心ついたときから此処にいる。自分は一族最後の生き残りだ。寂しくなんか無い。
このエメラルドを守ることが使命だ。と。
話す彼を見てそういう生き方もあるのだとちょっぴり感心した。
でも、ちがう。
彼に選択権はない。そういう生き方のために「作られて」いるのだ。
「ナックルズ族の断罪を何で今やる必要があるのよ!!」
「じゃあ誰がエメラルドを護ると言うんですか!!あのとき我々ナックルズ族がこの聖域に踏み込まなければエメラルド達は安定したままだったのよ!!・・・ナックルズ族は力が強くあんまり知能が高い種族じゃない。守り手としては最適です。」
自嘲的に嗤う彼女の狂信にぞっとして思わず口ごもった。
また思い出す。
シャドウが漏らした「作る側と作られる側は永遠に理解し合えない」という言葉。
3000年もの間、エメラルドの中でカオスを抑えていた彼女が何を想うかは全くわからない。
しかし、こんなこと・・・良いはずがないのだ。
一人だけのナックルズ族。独りきりの守り手。
「わからないわ・・・、じゃあどうして此処に一人きりで護らせるの?3000年も在ったんだからなんかの種族を繁栄させて護らせればいいじゃない。」
その問いに、彼女は引きつった笑いを浮かべながらこちらを向いた。
「・・・3000年前に裏切られたから、一人に護らせることにしたのよ。最優先すべきはエメラルド。そうDNAに刷り込まれた個体。・・・変わるわけ無かったのよ。」
「な、んですって・・・・?」
DNAに刷り込まれた個体・・・。変わらない意志・・・。
同じ・・・"Knuckles"。
・・・嗚呼彼女の想いは此程までとは。
3000年前の悲劇はこの自分よりもだいぶ幼い彼女にどれほど深い傷を負わせたというのだ。
「そう、同じ個体。全く同じ存在になるはずだった。永遠に続くはずだったのよ。でも違った。あのKnucklesはソニックやみんなに会って変わってしまった!最優先事項がエメラルドじゃ無くなった!その歪みがなかったらエッグマンなんかにカオスが呼び出せるはず無かったのよ!!あなた達のせいだわ!!!」
ぞっとした。
心臓が急激に跳ね上がる。自分の鼓動だとは信じがたいくらいの音だった。
ヒステリックに叫ぶティカルはステーションスクウェアの事件のレポートとはかけ離れ、先ほどまでの可憐な少女とは別人のようだった。
意を決して一歩前に踏み出る。拒まれる感じはしない。私はティカルの頬を思いっきり叩いた。今度は阻まれることなく、乾いた音が闇夜に静かにこだました。
ちらりとエメラルドの方を見るとうってかわって暗く静かに佇んでいる。少年の形をした光も弱々しく光るのみだった。
呆然と眼を見開いているティカルの肩をしっかりとつかんで、無理矢理彼女と目を合わせる。
「落ち着きなさい!あんたずっとこの中にいたんでしょう?・・・今までの”Knuckles”が一人でも全く同じことしてた?癖や好物とか総て同じだった?」
ティカルは弱々しく首を左右に振る。
瞳には段々怯えが見えてきた。おそらく、自分のなかの汚い感情を曝したのは初めてなのだろう。
震える小さな肩をさっきよりも優しく掴んだまま、目線を彼女の高さに合わせる。
「彼だけじゃない。一人一人違うのよ。例え同じ遺伝子配列を持ってしても。同じところは一つだけ・・・一番あなたがわかってるはずよ。ティカル。」
見開かれた瞳からは再び大粒の涙が溢れて彼女の頬を伝う。
彼女はそれを覆い隠すように顔に両手を当てた。
「・・・彼がエメラルドを最優先しなかったですって?笑わせんじゃないわよ。あんたはこんなかで何を見ていたの?ティカル。眼をそらさないで。あたしの質問に答えなさい。」
なるべく胸を落ち着かせて、一つ軽く息を吐き出して。
何を言われても感情的にはならないと彼に誓おう。
「・・・あんたが、殺したの?」
押し殺して吐き捨てた低音の問いは夜の闇に溶け込んで消えた。
びくりと全身を震わせて少女は嗚咽を漏らす。
エメラルドはもう光っていない。
「あ・・・あのときから、ずっと、カオス・・を、抑えてた。・・・ずっと、二人、何千年もずっと、この中にいた。・・・カオスが、解放されて・・・、あたし、彼と、二人で・・楽になれると思ってた・・・。でも・・・、ちがった。ちがったの。わたし・・この中にいた。カオス、が、いなくなって・・・、ひとり・・・。・・・ああ、私・・・、まだ・・・許されないんだって・・、防人を造ることが、・・・ナックルズが・・・"Knuckles"を造る行為を、・・続けるんだって。・・・一人、・・・この中。冷たいの。今まであったかかったのに・・・、いま・・、冷たいの。」
力無く、たどたどしく、彼女は言葉を繋いでいく。
私は下を向いてただ彼女の言葉を聞いていた。
彼女の肩を掴む腕に力が入る。
もし私がこの手をその首においたとしても彼女は抵抗しないだろう。
だから私は肩を掴む。
「わ、私は・・・、王族だから・・・しょうがないと、思った。・・・・・・・・でも・・・・、ひとり、で。・・・・外を見て、ナックルズが、"Knuckles"が・・・、他種族、と、話して。笑って・・・」
彼女はその細い両手を石畳について、力無くうなだれた。
必然的に彼女の声が近くなる。嗚咽が耳元で聞こえて気持ち悪かった。
「・・駄目だと思った。あのこは駄目だと、判断した。・・・全てを捨ててエメラルドを守れないと。・・・・・・怖かった。・・・憎かった。・・・許せなかった。同じ"Knuckles"なの、に・・・」
彼女の爪が石畳に食い込み紅いラインを作る。
私はそっと彼女から手を放し、背を向けた。もう、見ていられなかった。蹴り殺してしまいそうだった。
気持ちの整理がつかなくて唇をかんだ。じわりと滲む鉄の味が気持ち悪さに拍車をかける。
「・・・でも、違う・・・。わたし・・・・・私だった・・・・・。"Knuckles"は・・・変わってなかった・・・変わったのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わたし・・・」
もういいはなさないで。これ以上、聞かせないで。
やりようのない想いにかられ、私は石柱に拳を思い切りたたきつける。
真っ白の手袋が段々紅に染まっていくのに不思議と痛みは感じなかった。
それが嫌でもう一度、拳を振り上げる。

”やめろ、ルージュ。”

制止の声に勢いよくエメラルドを振り返った。
あの心地よい低音は彼女の声ではけしてない。願ってももう二度と聞くことはないと思っていた。
沈黙を守っていたマスターエメラルドは、再び輝きだし目の前にホログラフを作り上げた。
俯いていた彼女も驚きを隠せずにいる。
とくんと音調を変えた鼓動が夢のようなこの事態にいち早く反応した。
”ルージュ・・・すまない・・・”
その優しい声が、アメジストの瞳が、あたしの網膜を刺激する。
愛しさに彼の胸に縋り付きたくなる。でも、今はおくびにもだしてやらない。
「なんであんたがあやまんのよ。」
怒気を含めた私の言葉に、彼は眉をひそめて悲しそうに微笑む。
”・・・正直、エメラルドと同じくらい大事なモノがあった。いや・・・場合によってはエメラルドよりも優先させた。それは事実だ・・・。ティカルを責めないでやってほしい。」
「それは違うわ!たとえそうだとしても、なんであんたが・・・殺されなきゃ・・・」
台詞の途中で彼の腕がそっと制止を施した。私は不満げに口を噤む。
納得がいかなかった。どうして、彼が、消されなければいけないのか。
”今までこの浮遊島に来る奴なんてほとんどいなかった。技術的なこともあったし、頻繁に侵入してくるようになったのはここ最近になってからだ。・・・だから、外部接触でイレギュラーが生じたのもわからなくもない。・・・でもな、俺は逆にそれが良かったと思ってる。なぁ、ティカル。やっぱりカオスが憎しみを抱えたままでいるのは嫌だろ。”
現実離れしたこの状況下で私は酷く冷静に対応できたと思う。少なくとも、ティカルに殴りかかろうとは思わなかった。
瞳を思い切り見開いて涙をこらえる。彼の一挙一動一言一句漏らしたくなかった。
”あれで良かった。・・・ただな、俺は・・・もう一度大きな過ちを犯してしまった。カオスが解放されたことで安心しきってた。あんなに訴えてきた、ティカル、お前のこと。寂しかったんだよな。一人で、辛かったよな。・・・気づいてやれなくて、ごめんな。”
「・・・ちが・・・ナックルズさんは・・・悪く・ない・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・・」
そうだ、そうなのだ。
ティカルは、彼女は、その喪失感に、全てを奪われた。
ナックルズは、彼は、気づかず、最後に知って、何も、言わずに、全てを受け入れた。
そういう男なのだ。彼は、そう。
”でもな、ティカル、俺は・・・”Knuckles”は一人じゃない。この浮遊島の動物たちが、たまにくる旅人が、・・母たるコイツが、俺を一人にしなかった。他の奴らも同じさ。みんな消える前に、”次”が怯えないように何かしら印を残してる。”
「あ・・・」
胸の間に挟んだ写真。裏の言葉。取り出してあらためて写真を確認する。
ああおまえが持ってるのか。私の手の中の写真を見て彼は少し照れながら苦笑する。
”一人じゃなかったんだ今までも、これからも、ひとりだとは思ってない。・・・ティカルだってそうだろ?”
彼女は驚いたように顔を上げた。なにかいおうと口を開いたとき、ぴぃぴぃとチャオたちが彼女のそばに集まってくる。
悲しそうな、寂しそうな声を上げて、実体のないティカルの周りを囲うように。
”・・・ひとりじゃなかったんだよ。こいつらは、おまえのことを忘れてない。人より敏感だから、お前がこの中にいるってずっと前から知ってたんだ。”
怖がって、怯えて、独りだと殻に閉じこもって他人を拒絶してたのは彼女の方で。
優しく諭す彼の言葉が救いになればいいと素直に思えた。
そっと目を閉じて反芻する。忘れてはいけないことがまた増えたから。
「・・・あ、あたしは、どうすればいいんですか・・・”Knuckles”を、作らなきゃ・・エメラルドの守り手を・・作らなきゃいけない。けど、・・・もう、いいの?・・もう作らなくていいの?・・・作ることは”許される”の?・・・・罪を・・・重ねてしまった、私なんて、エメラルドのそばにいる価値さえないのに・・・。」
”・・・それは、エメラルド次第だな。だけど、わかったろ?生まれてきて俺は幸せだった。守り手として生きることに不安を感じたことはないし、誇りに思ってた。・・・マスターエメラルドがどう思ってるのかさっぱりわからないが、俺は、生んでくれて、嬉しい・・・存在できて、嬉しかった。”
彼の言葉は過去形で、無茶やってたころとは違う落ち着いた様子で。それが、寂しくて、切なくて、少し怖かった。
ああ彼は死んでしまったのね。今こうして暖かい言葉を発している彼はもうこの世のものではない。
守り手"Knuckles"。造る者の少女。混沌を統べる石。私の想像もつかない、遠い世界の、絆と血繋がり。
静かに目を開ける。彼は私の目の前に立っていた。私は、斜め上のアメジストを見つめる。彼は少し口角を吊り上げる。
”世話をかける、ルージュ。”
「まったくだわ、あんたの一族がここまで切羽詰ってるとは思わなかったもの。」
”今までがゆっくりしすぎてたんだ。でも、少し楽になるだろうさ。”
ほらみてみろよという彼の言葉に従うかのようにエメラルド達が再び輝き出し、天と地をつなぐ。雲の隙間から出現した天使の階段が暗い真夜中の闇を切り裂いた。
コロイドが光に反射する。一際大きい光の固まりが地上に近づくとティカルは騒然と立ち上がった。
何かを見つめ、震える両手を光にかざす。
「あ・・・いいの?・・・いっしょに、いてくれるの・・・・?・・・・・・・・・・・会いたかったよ、・・・・・・・・カオス。」
ティカルの細い小さな手を、ゆっくりと支える大きな腕がそっと姿を現した。無表情な顔は優しさを湛えている。
かつて水のあやかしとして一つの種族を絶滅させ、一つの街を壊滅させた守護神、カオス。
3000年の時を経て役者がそろう。
急に脈が上がる。これは裁きのときなのだ。傍聴人はおろか私に陪審員をやらせるというのか、このエメラルドは。
しかし、被害者たるチャオとカオスは怒りを投げ捨て、残るは加害者ナックルズの断罪のみ。
ならば私はあえてエメラルドに抗おう。
私はナックルズを弁護する。統べる者は口に出さずとも判るはずだ。すべての思いを込めてエメラルドを見つめた。
翠の秘石はほのかに光る。少年の模る光は私と彼の目前へ。何を思ったか私の手の中で光は実体を持つ。
「なっ!どういうこと!?」
再会に涙していたティカルとカオスも驚きを隠せず、私は皆の視線を集め少しうろたえる。
唐突に現れた手の中の小さな命は、こちらを気にすることなくスヤスヤと眠っている。
困ったように彼に視線で助けを求めると、すべてわかっているような微笑みでそっと私の頬に手をのばした。私はそれを畏れて半歩後ずさる。いやなのだ、すり抜けていく様が。この上なく。彼と私を永遠に離してしまう気がした。
しかし、私の頬には通り抜けた彼の指ではなく暖かい感触が残る。驚いて目を見張った。私に触れている部分から彼の体に質量が生まれる。彼はこつんと額を私のそれにくっつけた。
「ルージュ・・・」
至近距離で発せられる彼の声は先ほどの霞のような儚さが消えて、力強く鼓膜に残る。
驚いて。あまりに嬉しくて。泣きそうになるのを必死でこらえた。
「お願いが・・・あるんだ。・・・もう、わかってしまってるとおもうけどな。」
ゆっくりと唇で顔をなぞり、額にキスを落とす。
膝が笑いそうになるのを、彼にしがみついて耐える。
私は必死だった。
腕に小さな”Knuckles”を抱き、心配しつつも見守るティカルとカオスの視線を感じ、壮大なる"Knuckles"の歴史に判決を下すこの瞬間に、私は彼のことしか考えられなかった。
目の前で、触れて、話して、キスしてくれる彼が。息が止まるほど愛しくて。
「こいつを、育ててほしい。もうひとりの”母”として。エメラルドは継続と変革を同時に望んだんだ。・・・そして、・・・これは俺のエゴだが、疑り深くて傷つきやすいマスターエメラルドとご先祖様たちに、愛すべきものたちがいて初めて強くなれることを証明してほしい。・・・こいつは”Knuckles”。俺自身であり、俺の子だ。」
彼は両手で私の肩に触れ、真っ直ぐに眼を見つめる。
私は緊張してその目を見つめかえす。
「ルージュ・・・おそくなってすまなかった。・・・・・・・結婚しよう。この身はなくとも、俺は”此所”にいる。"Knuckles"としてじゃなく、一人の”男”として。」
思いがけない告白に、私の頭はオーバーフロー寸前だった。”寸前”で止まっただけ、成長したと思う。
顔が火照って赤くなるのがはっきりとわかった。腕の子供を落としてしまいそうになったのをなんとか抱き留める。
言い終わってナックルズもさすがに照れていたが、真っ赤になりながらも必死な彼をみて、そんなところが彼らしくまたそこに惹かれたのだと、張っていた肩の力を少しだけ抜いて、私は微笑みを向けることができた。
そんな私に彼は満足したのか、再び真剣に話を進める。
「真面目な話な、お前を巻き込んでいいのかとずっと迷ってた。そのせいでこんな形になっちまった。すまないと思ってる。・・・断ってくれてもかまわない。」
彼は本当にすまなさそうに、本当に悲しそうにそういって、腕の中の少年を抱き取る。もう、抱くには大きい年頃だったので、まだ腕はぴりぴりとしている。
「ルージュさん・・・」
「・・・・・・・・・・・。」
ティカルは落ち着いたのか、カオスと寄り添ってそっと笑んでいる。
一人同族を作ることに葛藤を感じていた彼女にとっても、その彼女を見ていたカオスにとっても、これは一番の解決法になるのだろうか。
否。それは違う。ティカルはそれでも救われない。自分で自分を責め続けるだろう。
しかし、彼女はもう一人だと感じることはなく、チャオだけではなく最も信頼を寄せているカオスも側にいる。彼女はもう、大丈夫だ。
彼は心配そうにこちらを見つめる。
腕の中の少年も、寝ているものの悲しそうに顔を歪めていて。やはりリンクしているのだろうか、彼らはなんと似ていることか。
否。それも違う。似ているのではない。同じなのだ。DNAではなく。"Knuckles"というだけでもなく。少年は彼であると同時に。
そう、私でもあるのだ。その証は明確で。少年はすぐににこりと笑んだ。
・・・粋なことをしてくれるわ。マスターエメラルド。あたしはこんなにうかれてる。こんなにも嬉しいことなんてない。
「・・・しょーがないわね、ケッコンしてやるわ。」
驚いたかのように皆の目が見開かれる。ちょっとそれは失礼じゃないのだろうか。
切れ長というと聞こえがいい彼の紫色の目がまん丸くなり、口も半開きになっていたので思わず吹き出してしまった。
「んも〜、ありがたくおもっ・・・・!!」
「ルージュ!!」
台詞半ばで遮られる。私の顔は彼の厚い胸板へ埋まる。
以上に早い鼓動が聞こえた。ばかね、断ると思ってたの?ホント馬鹿なやつ。こんなに、心臓が・・・・・・・・・・・、動いていて・・・・
嬉しくて、嬉しくて、私は遂に泣いてしまった。そっと髪を撫でてくれる大きな手が気持ちよかった。
私は彼の名前を、一族の呼称からきた彼の名を、延々と呼び続けた。
たとえ明日、このぬくもりが消えてしまっても、ずっとずっと忘れないように。



次の日、やはり彼は消えていた。
昨夜のことが夢のように思えたが、彼の香りとぬくもりが残るシーツと、替わりに寝ている少年が現実だと主張する。
どくんと胸が波打った。悲しみがじわじわと近づいてくる。恐ろしくなって少年を抱きしめた。
「・・・ん、ママ?」
初めて話した言葉に、驚いて腕の中に包んだ少年を見つめる。
屈託のない笑顔を携えて、彼は小さな包みと写真を差し出した。
昨晩小さな棚からとった二枚の写真。まだ見ていなかった、もう一枚の写真は、私と彼がにこりと笑いあっているものだった。
カメラのほうを向いていないその写真は、テイルスあたりが撮ったものだろうか。私はもらってないわよと心の中で毒づく。
自然に笑えている自分が、ちょっと珍しく、同じフレームに写っている彼も笑顔なことが、ちょっと照れくさかった。
そっと裏返す。彼のメッセージはこれにも書いてあった。
「・・・・・・・・ば、ばか・・・・」
泣かないわよ私はこれくらいで。これは机にしまっておこう。誰にも見せてやらない。かっこつけのあいつがくれたラストレターは私のだけものと思ってもいいはずだ。
「ママ!こっちも!」
ナックルズの少年は小さな包みを私の眼前に突きつける。急かされるままにひもを解くと、ころんと小さな固まりがベッドの下へ落ちた。
「あ・・」
私が拾う前に、少年が飛び降りてそれを拾うと、私の左腕をとる。
にっこりと笑って、薬指にその小さな指輪をはめた。
緑色の宝石がついた、華奢な作りのリング。驚いて言葉が出なかった。
少年はそのリングにキスをして上目遣いでそのすみれ色の瞳を私に向けてぱっと笑う。
「パパのかわりだよ。」
抱き上げてキスをした。抱きしめていい子ねとあやした。せっかく堪えたというのに、目頭が熱くなる。
大丈夫、大丈夫だ。私は。彼と、彼と私の子と、生きていける。
宝石よりも強く美しく輝く、そんな子供にしてみせる。
"Knuckles"としてだけではなく、このこはきっとこの島のみんなが好きになる。
そしてこの島から愛されるのだ。
窓を開ける。祭壇上部に座するマスターエメラルドがちらりと見えた。
さあパパに会いに行きましょう。
水の守護神や可愛いお姉さんもいるかもしれないわよ。
空は昨日と同じく青々として雲一つ無い。
空の色は私の色よ。朝と夕方に彼と混ざる。
限りなく広がる青に手をかざす。薬指のリングが乱反射しキラキラと輝いた。





The End


ナックルズについて書かれた有名小説がありまして。
前にそれを読んでひどく感動したことがあるのです。
先日急に思い出して、自分なりにナックルズをまとめたいなと思い立って数日。あー長かった。
ストーリーを重視しようとしたので心理描写とかいろいろかなり拙いです。
最後の方力尽きてまとまってないです(泣)

ティカルは優しい子だからずっと自分を責めると思います。せめてもの償いにマスターエメラルドに頼み込んでナッコをエメラルドに在中させるので、ルージュとぺちゃぺちゃ話せます。
シリアス台無し(笑)でも、それでいいんです。
カオスはいい人です。チャオがいるので自分もいてもおかしくないですよねとマスターエメラルドを説き伏せて時々外界に出てきます。
ルージュは最後の夜に身ごもりました。後に二児の母です。

結局”Knuckles”は作り続けるのかというと、作り続けると思います。ただし、今度はエメラルドエメラルドしないというか、作るんじゃなくて生む?感じ。エメラルドの守り手をやるかどうかは自分で決めていいけど、やめたらまた生みますよ。って感じで少し寛容。
でも彼らは辞めないし、エメラルドもそう信じてる。そこがちょっと変わったところですね。


*** 作:遊雨さん

さいころ>
遊雨さんが管理されていたサイトのとある場所で公開されてた小説を恐れ多くも貰い受けまして、ここに掲載させていただきました。
読んであまりに感動した私はトチ狂って絵を送りつけてしまったのですがいやはや恥ずかしいです。
あーこの小説は、見れる人皆に見て欲しいと思います。

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