期待の大きすぎた本だったのかも知れない、「ムジカ・マキーナ」。

以前読んだ、山之口洋「オルガニスト」は、とても印象的な物語だった。
ネットでいくつか読んだ書評は、どれもその「オルガニスト」を連想させた。
同じような……似たような「匂い」の物語なのだろうか?
そんな風に思っていたのだが……違った。
音楽、という素材がある。
どちらもそれを料理に使っている。でも、それだけだった。

物語の始まりは、オルガン奏者のブルックナー教授が拾ったマリアと名付けられた少女だ。
彼女は世俗のことに反応しないが、音楽にだけは別だった。
教授からマリアを引き取ったベルンシュタイン公爵は、彼女を指針に理想の音楽を探し始める。
その音楽を体現する者として候補に立てられた若き音楽家フランツ・マイヤーは、マリアに魅せられてしまう。
彼女に認められたいのに、棒の先にいるオーケストラが邪魔をする。
そんな風に思っていたフランツの前に現れた誘惑……「ムジカ・マキーナ」、機械で再現される彼の頭の中の音楽だった。

読んでいる内に、時代が分からなくなってくる。
舞台は19世紀の終わり…なのに、時折現代の物語を読んでいる気にもなるのだ。
「機械による音楽作り」を扱っているからだろうか。

システムを扱うイギリス貴族のセントルークスと実際に商売をやるモーリィの二人に見込まれたフランツは、その妖しい機械仕掛けの音楽に魅せられていく。
けれどそのシステムを維持するためにはある麻薬が使われるのだ。「魔笛」と名付けられた、音楽に対して過剰に至福の反応を与える麻薬だ。
それはかつてベルンシュタイン公爵が作らせた「イズラフェル」という薬と同一の物だった。戦争時に、麻酔薬として作らせた物だったが、副作用が苛烈だったので処方ごと破棄させた代物だった。
最初、「魔笛」の出所を探っていた公爵はそれがセントルークスたちと繋がっていることを知り、またフランツが彼らとともにあることを心配し、世情の混迷さに忙しくする中、敵の懐に飛び込んで行く。
フランツもまた、セントルークスたちのシステムの深奥に踏み込み、その異常さに驚く。
それは彼の素性の、音楽家としては変わった部分がポイントだ。
彼は医学生だったことがあったのだ。
その知識が、彼にシステムの異常さを探らせた。
セントルークスのシステムでは、音楽の記録装置として人間を使っていたのだ。
「魔笛」を使って、音楽のことしか考えられないようにして、絞れるだけ絞って、あとは捨ててしまう。

この、秘密を探る過程の部分が、一番読み応えがあった。
ベルンシュタイン公爵がフランス皇帝ナポレオン3世やセントルークスのシステムに溺れたダニエル・クローヴァに会いに行くくだり、フランツが大学に潜り込んで解剖用の死体の中から関係者を探しその頭を開けるくだりは、ドキドキして読んだ。
謎のベールが1枚ずつ剥がされていくのだ。そういうのは、本当に好みだ。

人質に取られた格好のマリアを取り戻すために、「機械」のある場所に乗り込んだのはフランツとベルンシュタイン公爵とブルックナー教授。そこで見たのは、フランツをシステムに引き込むための先駆けとしてシステムに繋がれたマリアだった。
勝ち誇ったようにフランツをシステムに誘うセントルークスたちだったが、自らが繋いだマリアに、全てを破壊される。
マリアは破壊のキーだったのだ!
一方ブルックナー教授は、そのシステムが誰によって作られたのか思い当たる。
何故なら、その人物はオルガン技師だったからだ。

物語は最初に戻る。
冒頭、教授がオルガンを弾いていた、ボーヴァル王国のステラ・マリス大聖堂のシーン。
オルガン技師サンクレールは、そこの調律師だったのだ。
通りすがりの人物とばかり思っていた。このシーンは、オルガン弾きのブルックナー教授のためにあったのだとばかり。
けれどこのシーンは、サンクレールと彼のオルガンのためにあったのだ。

マリアを破壊のキーとして作ったのは、サンクレールだった。
彼こそが、理想の機械音楽を研究していたのだ。
自分で手を貸しておきながら、彼はセントルークス式の、人体を記録装置として使うシステムを是としなかったのである。
だが、彼の作ろうとしていた物の方が、許されざる物だったらしい。
何故なら、そのためにマリアがやってきたのだから。
最後の、本当の対決シーンでは、サンクレール式の音楽とブルックナー教授のオルガン曲との戦いに
なった。
それを助けるために、ベルンシュタイン公爵もフランツも奔走するが、その中でフランツが大怪我をして命を落とす。

フランツの手で雷が呼び込まれ、その雷で機械仕掛けのサンクレールのシステムは破壊され、全てがなかったことになる。
どこからやってきたか分からない、人間でなかったかも知れない少女マリアはフランツとともに亡くなり、公爵や教授は、何事もなかったかのように残りの人生を生きたのだ。

音楽とは、かようにも人に影響を与える物なのだろうか?
この文を読んでいる方の中にも、音楽を切り離せない人は多いことだろう。
友人たちの中にも、そういう人は多い。
でも、何故か私は「聞く」のはダメなのだ。
音楽に気持ちが高ぶることは少ない。落ち着けられることも、慰められることも。
だから、こんなにも音楽を愛する人たちの気持ちなんて、きっと私には分からない。
この物語は、謎解きと人物同士の思いだけを楽しんだ気がする。
音楽好きには、もっと違う楽しみ方があるのだろう。

それともうひとつ。
どうもこの物語の中には、いくつかのパロディ要素があるように思えてならない。
蛇足かも知れないが……偶然かも知れないが……「月に代わってお仕置き」だもの。


高野 史緒
  「ムジカ・マキーナ」    
    
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