時はフランス革命を間近に控えた、ところはパリ。
一方の主役、ジャック。
ジャック・フィリップ・ド・サンジャック……伯爵。
もう一方の主役、ジェラール。
ジェラール・アングラード……平民、ポルノ作家。
歳の差は、親子ほど。
2人の出会いは、娼館である。男娼と客だ。
ジャックは、亡くなった父親の借金のカタに売られて、男娼になった。ので、貴族としてのプライドが高く、甘々な男娼だ。そのプライドを粉々にしたのは、初めての客であるジェラールだった。
登場時のジェラールは、まあただの男色家のオヤジだ。
自分の置かれた立場を受け入れきれずにぎゃあぎゃあ騒ぐジャックに、ジェラールは言う。
「俺は貴族がこの世で一番嫌いだ!」と。
で、まあ、Hがある。
そう、これはバリバリのボーイズラブものなのだ。
けれどこの作品をただのボーイズラブとして読むのは、とてももったいないと思う。Hシーンさえなければ、普通の少女マンガのカテゴリーに入れられるのだが、このHシーンも十分魅力の1つだと思っているので、みんなに紹介したい立場としてはとても難しい。
この作品がただのボーイズラブで終わらないのは、Hの後のことで。
ジェラールが、ジャックの借金を払ってやる、と言うのだ。身請けのためなんかじゃない。彼はジャックに、働いて生きることがどんなに大変なことか、身をもって知れと言うのである。次に来たときも娼館にいたら、軽蔑してやる、と。
落ちとしては、なんとジェラールの家に雇われることになるのだが。
(偶然だ。ジャックは自分で職を探している)
結局ジャックはジェラールに軽蔑されずに済み、新しい「雇い主と下男」という関係を手に入れるわけだ。
雇われたジャックは、最初は何も出来ない。それはそうだ。蝶よ花よと育てられた、伯爵家の一人息子なのだから。
でも彼は、貪欲に仕事を覚える。周囲の大人が驚くスピードでだ。
ジェラールに、「まったくの慈善事業(で雇っている)」と言われて悔しくて、出来の悪い召使いには不相応な菓子などには手も付けず、頑張りまくる姿はとても可愛いしいじらしい。私もそう思うけれど、ジェラールもそう思っていたようだ。
だんだんジャックを息子のように思い始めるジェラール、だったけれど、ジャックはジェラールを恋人のように好きになっていく。
本当は、ジェラールの好きは、複雑だったみたいだけど。
ここで問題になるのは、ジェラールの別れた奥さん・ナタリーだ。
彼女は、今のジェラールが大嫌いだといった、貴族。
愛して、プロポーズして、結婚して、子供が出来て、死産して……。
と、ジェラールは思っていたけど、子供は死んではいなかった。実はその子はジェラールの子供ではなく、不倫相手の子供だったので、人に頼んでどこかへやってしまったのだ、という。それを知ったとき、ジェラールの中で何かが壊れたのだろう。
当時の貴族は愛人を持つのが当たり前、愛人との子を妊娠するのは恥ずべきこと。そんな常識がまかり通った時代で、ジェラールこそ異質だったのかも知れないが、彼の心の方が高潔だ。
子供に罪はない。父親が誰でも、愛する女の子供ならそれでいい。
と、ジェラールは言う。
それが原因で彼は妻と別れ、肺病を患って余命幾ばくもない妻の産んだ子供を引き取り、愛した。
その子供と、ジャックがだぶるのだ。何故なら、ジャックも不倫の子供だったから。
ジャックの父は、ジャックが実の子ではなかったから荒れ、借金のカタにもした。ジャックは、父ではなく自分が悪いのだ、産まれなければよかったのだ、自分が不幸の元凶だ、と、そんな父を弁護する。そこでジェラールは、ジャックに言う。
「俺はそれ(愛した女が産んだ子供)だけで良かった それだけで十分だった!! (中略)お前は何も悪くない!! 子供って奴はどうしてどんな仕打ちをされても親を慕おうとする!?」
これを言ったとき、もう絶対にジェラールは、娘とジャックを重ねていただろう。
この後、続けて「俺が本当の父親よりも母親よりもお前を愛してやる!」と言うのだけれど、実はこの時のジェラールは酔っぱらいだ。なし崩しで始まるかH、の途中で眠ってしまう。
そういうシチュエーションだから、この台詞は本音だったに違いない。だからこそ、目覚めたときにはもう、親の立場、というしがらみに絡め取られてしまったのかも知れない。ジャックの方は、ジェラールを好きな気持ちを自覚してしまったのに。
そして、時代はフランス革命を迎える。
貴族でありながら平民に仕えるジャックの立場は、だんだん難しくなる。
ジャコバン派(ロベス・ピエール)に不満を抱くジェラールの立場も難しくなる。
自分は逃げようと思わないのに(捕まったらギロチンだ)ジャックが捕まるかも知れないとなると血相を変えるジェラール、ひとりでは逃げないというジャック。
お互いが、お互いに、生きていて欲しいと思っているのに、意志の疎通はなかなか難しい。
2人で逃げた挙げ句、宿屋の亭主に密告されて、いよいよ逃げ切れないか、というとき、ジェラールはジャックだけでも逃がそうとする。何故ならジェラールの左目から頬にかけて、大きな傷があったからだ。
ジャックを逃げる気にするために、最後の告白をする。
「…(前略)お前が死んだら生きてはいけない程お前を愛してるよ 俺がこの世に生きているのはもうお前のためだけだ だから生きていてくれ お前が呼吸をしていると思うだけで俺は胸がつまる程幸福な気持ちになれる」
こんな告白を聞いたジャックが、おとなしく逃げる訳なんかない。当たり前だ。
ジャックは、こう返す。
「ああ 神よ!! お許し下さい!! この男と一緒に死ぬことがこんなにも幸福です…!!」
私はここで、目頭が熱くなった。ジャックが報われて良かったと思ったし、ジェラールが本音を言えて良かったと思ったのだ。今までジェラールは、何度もジャックに伸ばした手を思いとどまっていたのだし。
この話の凄いところは、ハッピーエンドへの落とし方ではないだろうか。
結論から言うと、彼らは捕まらなかった。2人が逃げている間に、ロベス・ピエールが失脚していたからだ。
それを知って無邪気な笑顔で喜び合う、ジャックとジェラールの顔がいい。
2人で死ぬのではなく、2人で生きて行けるのだ。それを喜んでいるのだろう、笑顔が。
最後にジェラールは、ジャックを1人先に帰して、死んだ妻の墓を訪れる。
そこで、涙を浮かべ、全ての今までのこだわりを許すという。ジャックを愛したから、と。そうでなければ、自分のことも許せなかったのだ、と。
ジェラールはジャックにとって救いになったが、ジャックもまたジェラールにとっての救いだったのだ。
私は何度も読み返す。
ジャックに、というよりジェラールに肩入れしてしまうのは、私も人の子の親だからか。それとも、ジェラールに過去の重みがあるからだろうか。


よしながふみ
  「ジェラールとジャック」    
    
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