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レッスンの前にトーマスに話しかける。
「この週末、人生の目的について考えていたんですけど」我ながらあまりに唐突。もちろんトーマスにとってもそれは同じだったらしく二人で揃ってぷっと吹き出す。「で、ラッコはコーポレアルマイムを人生の目的とすることを決心してくれたの?」いたずらっぽい笑いを浮かべてトーマスが聞き返す。「いえ、そうでなくて。考えているうちに先生の目的が見えたような気がしてそれをただ伝えたくて。以前レッスンの中でドゥクルーが『今の演劇界は病んでいる。あまりに言葉に依るところが大きい。その治療薬として今後30年間演劇界から言葉をなくすことを提案する』といってコーポレアルマイムのことを話したということが出てきたでしょう?そのことを考えていたらふと気づいたんです。今は演劇界だけでなく、世界中が病んでいるなぁって。そして私も含めて人が皆それぞれのレベルで病んでいるなぁって。そしてマイムを学ぶ中で自分の内面を見つめたり、世界に溢れる美しいものに触れたり、人と動く中でその人のもつ思考のリズムを感じたりエネルギーが行き来することの大切さを実感する中でひょっとしたら先生はこのコーポレアルマイムが演劇界だけでなく世界の治療薬になり得ると考えていて、そのことが先生の人生の目的なんじゃないかなって。」私の言葉に最後まで静かに耳を傾けたトーマスがふっとまたいたずらっぽく笑いながら人差し指を唇にあてながらウインクをした。奇妙なことを伝えてしまったかとも思ったけれど、この週末、「おぉ!そうか!!」と強烈に発見したと感じたことだったのでどうしてもトーマスに伝えたく、そしてもしそんなことは僕の人生の目的ではないよと彼が言ったとしても一向に構わないと思っていた。午後のレッスンのはじめに「今朝、ラッコが面白いことを言ってきてね」とトーマス。「ドゥクルーは『コーポレアルマイムが生き延びれば世界も滅びない』って言葉を残しているんだよ。」これは決してコーポレアルマイムという表現スタイルを愛するがゆえの言葉ではないと理解する。ドゥクルーの作品には人が働く姿を美しく写し取ったものがある。『コーポレアルマイムは労働博物館だ』という言葉もドゥクルーは残していたっけ。人が汗して仕事をする動きは無駄がなく美しい。そしてその動きの中にあるのは”純粋な思い”。哲学や芸術や宗教や政治や、おそらくその始まりは人が幸せに生きることが目的だったに違いない。・・・ここまで考えてまた”あれ?私は何をどう考えていたんだっけ?”と方向を見失う。ふと私の卒論を読み終えた担当教授の言葉を思い出した。「おそらくあなたの推論は正しいでしょう。けれどどうもあなたは1を見て10まで知ったような気になるところがあるようだ。あなたは演劇の道を志していると聞いたけれども今後活動していく中でこれはあなたが気をつけなければいけないところかも知れませんね。」私はまだ表現の1の”い”の部分を覗き見ているくらいの段階。
トーマスは真面目に聞いてくれたけれども少し早計だったかしらとちょっぴり反省。 |
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