食べ物の味の評価を大きく二つに分けると、「うまい」と「まずい」である。 これは、全世界どこに行っても共通のようである。
しかし、「うまい」の否定は、本当に「まずい」なのだろうか?
ここに第3の評価「ちがう」を採用することにより、 より的確な味覚表現の世界を拡大しようというのが、このページの狙いである。 最初に以下の表により、「ちがう」のイメージを膨らませていただきたい。
| 味覚表現 | 意味 |
|---|---|
| うまい | 味覚を感じることが快感 食わず嫌い王の正解に使えない(んまい) |
| まずい | 味覚を感じることが不快 食わず嫌い王の正解に使える(食えない) |
| ちがう | 味覚を感じることが快感ではない 食わず嫌い王の正解に使えない(食える) |
アイスクリーム(アメリカ) (多い)
日本食(カナダ) (うまい)
それは、1993年の11月に、私がアメリカに行ったときの話である。
オクラホマというのは、アメリカ合衆国の中南部にある片田舎の都市である。 さすがに全世界各地にゴキブリのように出没する日本人観光客も、 ここオクラホマには滅多に訪れないらしい。
オクラホマの空港を降りると、さすがに本場だけのことはある。 人々はオクラホマミクサーを踊りながら迎えてくれる。
嘘である。
オクラホマの人々は、日本のフォークダンスのことはまったく知らない。
日本人に、よくオクラホマミクサーのことを尋ねられるが、
何のことかさっぱりわっかりませーんというのが現実である。
オクラホマには、滅多に日本人は来ないということで、 企業訪問という名目でオクラホマ入りした我々一行を手厚く歓迎してくれた。 歓迎会も開催され、ゲストとして 名門大リーグ球団「オクラホマオカマズ」の主力選手数名が顔を出した。
嘘である。
「オクラホマオカマズ」は、「(C) 江口寿史」であり実在していないようである。
えーっと、歓迎会をしてくれたところまでは本当である。 オクラホマ市の副市長や地元のインディアン文化を伝える皆さんなど、 いろいろな方がいらっしゃっていた。 副市長さんから頂いたオクラホマ市のマークの入ったバッチは、 今でもとってある。 ちなみに、それに引き換え、自分の会社のバッチはどっかに行ってしまった。
本当である。
うっ、さぶ。
そろそろ、話を本題の食べ物の話にしよう。
オクラホマには、3日間ほど滞在しただろうか。 食事は、観光客向けのレストランという感じのところが多く、 それほど奇異な感じは受けなかった。 その食べ物に出会ったのは、 最終日に昼食を食べるために立ち寄ったステーキハウスである。
そのステーキハウスは、市街地から少し離れたところにあり、 明らかに観光客ではなく地元の民を相手に商売しているところである。 私は、地元の本場のアメリカンビーフを食える期待に胸を膨らませた。
そして、ついに肉が出てきた。 霜降り信仰にかぶれている正統派日本人の私にとっては、 ちょっとさっぱりし過ぎていて物足りないかなという感じではあったが、 とりあえず合格点というレベルの肉であった。
最初は、腹が減っていて夢中で食っていたので気がつかなかったのだが、 3分の1くらい食ったところで、何か違和感を覚えた。 日本で食べるステーキと比べて、皿の上の色合いが違うのである。
日本であれば、ステーキの肉のわきには、何種類かの野菜がそえてある。 そのステーキも、たしかに野菜はそえてあった。 しかし、ステーキの添え物としては かつて見たことがないものが、 肉の下に大量に敷き詰められていた。
それが煮豆であった。形と大きさはいんげん豆で、 色は茶色系を中心に3〜4種類くらいあったように記憶している。
いんげん豆と言えば、日本では甘く煮る場合が多い。 ステーキの敷物であるこの豆が甘かったらやだなぁと思いながら、 恐る恐る一口食べてみる。
あ、甘くない。良かった。ほっ。
って、ちょっと待てこら、おい!
ぜんぜん、味ついてないやんけ!
たしかに食えることは食える。 おそらく、パンが伝わる前の地元の伝統的な主食なのだろう。 味がついていないから、飽きることなく食べつづけることができるのだろう。 日本人にとってのご飯に当たるものに違いない。
って、わかる気はするんだけど、でも、ちがーう!
私が第3の味覚表現「ちがう」と出会った、歴史的瞬間である。 そして、我々一行は、大ジョッキのようなグラスに注がれた アメリカンなアイスコーヒーを飲み干し、その店をあとにした。
それは、1993年〜1994年の年末年始休暇の際に、 私がトルコに行ったときの話である。
「こんな辺境の地までは、いかにゴキブリ日本人観光客といえども、 それほど多くはいないに違いない」という私の思い込みは、 入国後10分の空港内で見事に打ち砕かれる。
自分たちと同じようなパックツアーの団体がいくつかあるらしく、 そこいらじゅうを日本人がうようよし、日本語が飛び交っている。 まぁ、これもパックツアーの宿命である。しょうがない。
日本人向けのパックツアーということで、 食事はかなり日本人向けのものを苦労して選択しているか、あるいは 工夫してアレンジしていると思われた。
とにかく、日本人は魚が好きで、魚を食わせないと暴動を起こすと思い込んでいるらしく、 肉料理と魚料理が順番に出すようにかなり気を配っているように見える。 ツアー客は、肉だけだと思い込んでいた人が多く、「トルコって意外と魚もあるんだね」 という感想を持った人も多いようだが、実際のところは不明である。
トルコはイスラムの国ではあるが、酒の入手しやすさという点では、 イスラムという感じはまったくない。街には酒屋もある。
また、レストランでは、確実にビールやワインを注文することができる。 もちろん、そういうところだけ選んでいるのかもしれないが、 街に酒屋があるくらいだから、そう珍しいことではないと想像する。
さて、レストランで食事をすると、食後のデザートということになる。 いくつかのレストランでは、ワゴンにのってケーキが出てきた。 お好きなものをお好きなだけお召し上がりくださいという奴である。
デザート食べ放題なんて言われたら、食べて食べて食べ尽くすのが、 正しいゴキブリ日本人観光客である。 しかし、われわれのツアーのメンバーは、あまり食べていないようである。
おかしいと思い、私も恐る恐る食べてみることにした。
ん!? 別に普通…
うぎゃぁ、あ、あっまぁぁ!
(注)甘い
お砂糖控え目なんていう日本の軟弱なお菓子に慣れていると、 トルコのお菓子(ケーキ)の甘さは半端じゃなく来るものがある。 しかも、そうでなくても極甘のケーキに、 メープルシロップのような極甘の液体までかけているクレイジーさである。
そう言えば、この国は、お茶ですら極甘なのが常識だった...
それは、1993年の11月に、私がアメリカに行ったときの話である。
実は、このときがはじめての海外旅行だったわけである。 シアトルで入国審査を済ませて、国内線に乗り換えてラスベガスに向かう。
さすがにカジノの街ラスベガスである。 飛行機を降りると、空港の中にまるで公衆電話のように 当然のようにスロットマシーンの機械が並んでいる。 その横を小銭を両替してくれるオネエサンが歩いている。(本当)
ラスベガスに到着したのは、現地時間の夕方である。 われわれは、空港を出るとそのままホテルへと向かう。
ホテルは、「フラミンゴヒルトン」という、 けっこう目立つ立派なホテルである。 フラミンゴヒルトンホテルの前の電飾は、ラスベガスの街の代表的な映像として 目にしたことがある方も多いであろう。
そのときのラスベガスは、COMDEXというコンピューターショーのため、 世界中から人が集まっていた。特に我々一行の宿泊したホテルは、 日本人向けの貸し切りでは?っていうくらい、多くの日本人が集まっていた。 控え目に言って、この巨大なホテルの宿泊客の3分の1が日本人だろう。
夕食は、そのホテルのレストランでとることになった。 料理はよく覚えていないが、普通の洋風の料理だったと思う。
そして、デザートが来た。アイスクリームである。
で、でかい。さすがアメリカ。日本とはスケールが違う。 テニスボールよりもひとまわり小さいかな?というでかさである。 しかも、それが2個、当たり前のように全員に出てくる。
さすがに2個目に手をつけた奴はいなかった。
こんな食い方してるから、 この国にゃぁチョデブが多いんじゃぁ!それは、1995年の5月に、私がカナダに行ったときの話である。
それよりも1年半前にアメリカに行ったときに、サンフランシスコで飲んだ、 安物の日本酒が美味しかった気がするので、 カナダでは酒だけではなくじっくりと日本食を味わってみることにした。 なにしろ、最後の3晩連続で日本料理屋に行ってしまった。
バンクーバーの日本料理屋で私が偉い気に入ったのは以下である。
コストパフォーマンスが良い。日本の安酒並みの値段でかなり上等な酒が飲める。 少なくても、日本のように古くなって「ひね香」が出ている酒には出会わなかった。
特に冷奴が美味い。きっと、大豆が違うんだろう。 きっと、それから、変な技術を使わずに真面目に作っているんだろう。
コストパフォーマンスが良い。値段の割に新鮮でネタが良いのである。 特に気に入ったのは、ヒラマサのような魚の握り。あの魚は何と言う名前なんだろう?